白檀の木と謎の薬
門番小屋から帰る途中、アルトは近くにある丘に登った。
そこには北の地域には珍しい太い白檀の木が一本ある。この良い香りがする木はゴル村のシンボルで何十年も前から存在する。
この木には村のみんなの思い出がある。友達と木を回りながら遊んだ記憶。良い香りがするので少し削って持って帰り、親に怒られた記憶。大切な人に愛を告げた記憶。子供を連れてピクニックへ行った記憶。
そしてアルトには、幼い頃、弟と過ごした記憶。
首に掛けて服の下に隠したロザリオを取り出して握り、祈りを捧げた。自分の思い上がりを悔い、助けれなかった弟が天国にいることを願いながら。
微かな甘い香りが肺に満たされた頃にロザリオをしまい丘を降りた。今日も仕事をしなければいけない。そして薬学をもっと学び、誰かを助けれるようになるために。もう失敗しないためにも。
「母さん、ただいま」
「おかえりなさい。モルさんの所で遊んでたの? 遅かったわね」
「簡単な二日酔いの薬を作ってほしいって言われて、時間がかかったんだ。父さんの薬はまた二日酔いになった時に使うって」
「・・・そうなの。薬を作ったのね。上手にできた?」
アルマは少し驚き尋ねた。アルトはペコルには勝てそうなくらいには元気になったっと伝え、薬草畑へ行った。
(モルさんにお礼を言わないとね。今度、オーロンが隠してるウェールドの火酒を持って行こうかしら)
夫のがっかりとした顔が浮かぶが、アルトを見守ってくれる若い門番のやってくれた事を思えば、お酒の一つや二つ贈っても文句は言わせないと、アルマは小さな決意をしていた。
薬草畑は今日も順調に育っている。目標としている中級回復薬を作るための薬草は採れ頃だと見極め、採取して瓶に詰めた。これが作れれば、ある程度の深い怪我は治せる。
だけど、それほどの効果を持つ薬が作れる薬草。非常に貴重だ。こんな辺境で栽培できたことですら、神の恵みかと思うほどに。行商人にでも売れば、いい収入にもなる。
どうするか迷った挙句、オーロンのもとに向かうことにした。事件以来、オーロンとは気まずく、面と向かって話すのが苦手になった。
それでも薬学はアルトの腕を超える父なら中級回復薬を作れるかもと思い、行くことにした。
村の広場に行くとオーロンの店がある。広場には小さいながらも市場があり人の往来がある。見知った顔に挨拶をして店に行くと若い男がカウンターで村人に薬を渡していた。アルトに気付くと、奥を指さした。オーロンの作業場だ。深呼吸をして作業場に入る。
「・・・父さん、今、大丈夫?」
「あぁ、いいぞ。モルには薬を届けてくれたか?」
「うん。届けたけど父さんの薬は貴重だから、また二日酔いになったら使うって。代わりに俺が作った薬を飲んだ」
「薬を作ったのか! 薬草はどうした?」
オーロンは驚き、アルトに振り返った。
「モルさんが持って来たのを使った。・・・まだ、村の外には出れないから」
「そ、そうか。・・・それでどうだった?」
「良かったみたい。苦味は無くて楽になったって喜んでた」
「それじゃあ、今度から応用した二日酔い止めの薬はアルトに作ってもらおうか。酒場の奴らの願いを聞いていたら仕事にならん」
「わかった。モルさんが銀貨を払ってでも皆が欲しがるって言ってたから、俺が作り始めたら、いい売上になるね」
「あぁ、そしたら小遣いも増やしてやる。そういえば、用事があったんじゃないか?」
「これを見て、中級回復薬の薬草の栽培に成功した。父さんに回復薬を作ってもらおうと思って」
「あの畑からできたのか!? すごいな。神の恵みだ。ウェールドならいくらでもできるが、ここの土で成長するなんて。種を撒く前に、畑に大量に腐った葉を混ぜたのがよかったのか?」
「たぶん。観察してると保水が高くないとダメなのかも。行商のおじさんから、湖がある聖地コバクの周辺でも採れるって言ってたから保水力のある土が条件かと思って。それに見て、薬草の根が広くて短いんだ。もしかしたら、あの土に根が短くてもいいくらい栄養と水がいっぱいできたのかも」
しばらくアルトとオーロンは薬草について夢中になっていた。その様子を弁当を届けに来てたアルマは優しく見守って、そっと弁当を置いて立ち去った。
(昔から薬学のことになると、二人とも会話が弾むのよね)
「マール君、お弁当を置いておいたから食べてね。今、二人とも話に夢中になってるから」
「わかりました。ありがとうございます!」
カウンターで仕事をしていたマールはアルマの言葉に珍しがった。
アルトとオーロンが薬草について語り合っている内に、時は昼になっていた。店のカウンターで受付をしていた、薬師見習いのマールは熱心に話し合ってる親子を見て、割り込むか迷ったが空腹に負けてオーロンに話しかけた。
「親方、お昼ですよ。アルマさんが弁当を持ってきてくれてます。アルト君、ごめんね。勉強してたのに」
ふいに掛かった声に親子はマールを見て、長時間に渡って話していることに気付いた。思わずアルトは笑った。こんなに父と話したのは、いつぶりだろうか。あんなにオーロンのもとに行くか迷っていたのが、噓みたいに話が盛り上がった。
「・・・もうそんな時間だったのか」
オーロンも久しぶりに屈託なく笑った息子の顔を見て嬉しくなった。事件以来、息子とどのように向き合えばいいか苦心していたが、今日の息子の笑顔を見て少し肩が軽くなった。
「マール、見てくれ! アルトが自分の畑で中級回復薬の薬草の栽培に成功したんだ!」
マールはオーロンが出した薬草を見て二人が興奮してる理由がわかり、ここで話しを止めなければ昼食は食べれないと察した。長い間ずっと悩み元気がなかったオーロンの、ハツラツとした『もっと息子の偉業を自慢したい』という気持ちを、断腸の思いで切り上げさせて食事についた。
アルマが持って来た弁当は、生のローモンのマリネとふかふかのパンだった。ローモンの独特な魚の脂が甘酸っぱいマリネ液という調味料と合わさりサッパリと食べれる。パンに乗せると液が染み込み、魔法にかけられた様にあっという間に完食してしまった。マールはアルマの事を台所の魔術師だと思っている所以である。
昼食を済ませたオーロンはそういえばとアルトに尋ねた。
「ところで、何の用事で来たんだっけ?」
「そうだった。父さんにこの薬草で中級回復薬を作ってほしくて来たんだ」
「あぁ、そうだった。中級回復薬は一回しか作ったことがなくてな。その時は成功したんだが、材料も高価だったから、あれ以来、作ってない」
「そっか、だったらこれは行商人が来た時に売るしかないか」
「・・・作ってみたらどうだ? 作り方は初級回復薬と一緒なんだ。材料の比率の違いと工程の見極めが難しいだけだ。やってみないか?」
「だけど失敗したら、せっかくお金になる薬草が無駄になる。初級回復薬も成功する回数が少ないのに」
「失敗してもいいじゃないか。また、あの畑で栽培できる。滅多にない経験だ」
「・・・わかった。やってみるよ。しばらく、作業場を借りるね」
作業場でアルトはとても緊張しながら薬の調合をはじめた。その真剣な表情にオーロンやマールにも緊張が伝わり、辺りは静謐な雰囲気に包まれた。
そっと、マールはその場を抜け出し店の看板に閉店の札を掛けた。
日は赤く染まり、人気が減る村。中級回復薬を作り始め、どれほどの時間が経っただろうか。それぞれ工程の変化を見逃さず、手順を一回で覚えるために集中を欠かさない。
アルトは最後の工程をやり遂げた。息をゆっくりと吐き、小さなフラスコに溜まったピンク色の液体を眺めた。段々と張りつめた空気が緩んでいく。
「できた」
「あとは試験石を入れるだけだな」
オーロンが白く輝く石を持って来た。この石は回復薬の成分の量によって色が変わる。中級なら色は黄色になる。
フラスコの液を小分けし試験石を入れた。ゆっくりと混ぜ変化していくのを待つ。そして、取り出す時が来た。震える手でピンセットを持ち、石を取り出す。
色は、青色。初級を示す色だった。
言葉を忘れたかのように、誰も声が発せなかった。
あれほど頑張ったのに、どこで間違えた、やっぱりできなかった。いろいろな感情がアルトの中を駆け巡る。
「待て、石の一部が黄色になってるぞ。・・・フラスコをよく振るんだ! 成分が沈殿してるのかもしれない」
オーロンの言葉にマールが急いで従い、フラスコを振った。そして再度、液を別の容器に分けて試験石を入れる。成功してくれと強く祈った。
石を取り出すと色は、橙色だった。
全員が戸惑った。上級を示す赤色と中級を示す黄色。これらが混ざった色になったのだ。
「成功なのか? それとも上級に近い、中級の薬? こんなの見たことがない!」
この場の中で一番、経験豊富なオーロンの言葉に二人は戸惑う。使って調べたいが、中級回復薬を使うほどの傷を負うのは、とても勇気がいる。ましてや回復成分はあるが、謎の薬になったのだ。
「初級ではないみたいだけど、はっきりしないですね」
「マール、悪いが崖から飛び降りてきてくれ。効果を確かめる」
「嫌ですよ! 謎の薬のために、そんな事しないです!」
少し本気気味なオーロンの提案を拒否したマールは、フラスコを持ち軽く振っている。
とても気力を消耗したアルトは、席から立ち上がるとマールからフラスコを受け取り栓をした。
「まぁ、中級への手がかりにはなったのかもしれないから。一応もらっておくよ。」
「そうだな。それで色々と試してみるといい。さぁ、夕暮れになったし片づけて帰ろう」
オーロンの言葉でそれぞれが動き、店を綺麗に片づける。
マールと別れ、オーロンと共にアルトは帰路につく。
「・・・疲れただろう。結果はわからなかったが、よく頑張ったな」
「うん。でも楽しかったよ。ありがとう。父さん」
カバンに入ったフラスコを撫で、一日を振り返り、久しぶりの充実感に満たされながら道を歩く。近づく家からは、母が作った美味しそうな料理の香りが流れてきた。
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