斥候の報告
怪我人達が来てから二日が経った。村人達は、斥候に出た教会騎士ラウが戻らない事に不安を感じていた。
西の街ダボンと聖地コバクに援軍の使いも送り、リンド村の門の周辺に柵を何重にも築き、外側には杭を設置した。柵から攻撃できるように即製だが槍も作られた。食料の備蓄もあり、長い戦いへの備えは十分だと考えた。
アルト達も大量に回復薬などの準備が出来た。
ここまでの準備をするのに、疑問の声も出た。村人達に必要以上に恐怖を与えないように詳細は伏せられたのだ。
彼らの理解では魔物十体に対して、リンド村で戦える者は四十人。そして、教会騎士。負けるわけがないと。
だが、ゴル村の惨劇を知る人達に宥められながら作業をして、今日に至った。
しかし、難民達が来た時間を考えると斥候が戻らない不安があるが、もしかしたら、この二日の間に魔物達が別の方向に行ったのではないかと期待する声も上がり始めた。
緊張が緩まりつつある中、斥候に行った教会騎士ラウが帰ってきた。
体中に傷を負い、血を流しながら。
ラウが帰って来たことを知った教会騎士アーブはすぐに門へ向かい、ラウに状況を聞いた。
「マールさんを呼んでください! ラウ喋れるか!? 何があった?」
「スピナー・・・。いちにち」
「あいつらか! 明日、来るのか」
『スピナー』と聞いたアーブは顔をしかめた。
「お待たせしました! 応急処置をします」
マールとアルトが到着して、ラウの治療がおこなわれた。
「切り傷が多いな。アルト君は上半身。僕が下半身をやる。ラウさん、痛むけど堪えてください」
深い傷や浅い傷。ラウの姿を見た村人達は恐怖した。自分達もこうなるのかと。
ラウの小さな呻き声が静まり返った門広場に響いた。
「まずいな」
「・・・うん」
アルト達は別の視点で恐怖を感じた。状況はわからないが、たった一人がこれほどの数の傷を負うと、薬が足りないかもしれないのだ。
マールは、治療を一時アルトに任せて、村人達を落ち着けようとしているアーブに耳打ちした。アーブは表情を変えずに頷いた。
ラウの応急処置が終わり、治癒院へ運び、しっかりと治療をおこなった。喋れるようになったラウは、アーブを呼び状況を話した。マールと村の代表者達も話を聞いた。隅でアルトも聞いていた。
「村を出て、北に行ったら、しばらくは何もなかった。そのまま進むと壊された村があるだけだった。進路を変えたのかと思って、辺りを調べたらドヴォルがスピナーを召喚していた・・・」
「スピナーを召喚? あいつらは召喚して出て来るのか?」
「確かに召喚していた。ドヴォルが地面に紋章を書いて、少し待つとスピナーが出て来た」
「その後は?」
「七体のドヴォルから、三体がスピナーを連れて南下を始めた。残りは西に向かった。そこまで見た後に村へ戻ろうとしたら、先に進んでいたスピナーだけの集団に会った。それを切り伏せながら帰って来たんだ」
「数はわかるか?」
「南下したドヴォルが連れてる一団で二十体くらい」
静かに聞いていた村の関係者から一人質問をした。
「騎士殿、申し訳ないが『ドヴォル』『スピナー』とは何でしょうか?」
「失礼した。『ドヴォル』は私たちが最初に見つけた四体の魔物のことです。人の形をした剣を使う魔物で、今は、十体から七体みたいですが」
アーブはそこで言葉を切り、少しの間、目を閉じた。目を開けると息を吐いた後に続けた。
「『スピナー』は耳が長く背が低い素早い魔物です。音に敏感で鋭い爪を持っています。一体一体は弱いですが、数が多いとラウみたいに傷だらけにされる」
「その魔物達が南下をしていると?」
「はい。しかも明日には村に着くようです。それと、お話したようにスピナーは素早いです。マーラで動きが感知できると倒しやすいですが、皆さんだと、とても苦戦するでしょう・・・」
(動きが感知できるって、多分、直感力が高くなるってことだよな。それなら最初から)
アルトは話そうと口を開いたが、向かい側に座っていたモルと目線が合った。モルは小さく首を横に振った。
(言うなってことか)
口を閉じ、会議を静かに聞いていた。
「西に向かった一団もいるとのことですが、もしかして、ダボンの街に向かった可能性はないですか?」
「確かに西にはダボンの街しかない。すると、援軍は・・・」
重い空気が漂う。最速の援軍がダボンの街。そこを襲撃されると聖地コバクからの援軍しか期待できない。聖地コバクに向かった使いが急いでくれているなら到着は三日。援軍がリンド村まで来るのに早くても四日。使いを出して二日経っている。援軍が来るまで最低、五日はかかる。
「五日」
「無理だ・・・」
「それでも、やるしかない」
溜息と諦めが場を支配する。
会議の結果、魔物の形や特徴と数を他の村人に伝えて、スピナーはマーラで動きが感知できる事と援軍が到着する日は伏せた。
スピナーだけの話なら、二人の教会騎士で対応できるが、後ろに強敵であるドヴォルが三体も控えていると、教会騎士の力が重要になる。
援軍の話は、これから戦う村人達の士気が下がることを避けるために伏せることにした。
治癒院にはアルト、モル、マールが残った。
「モルさん、この状況なら最初から俺が出た方が力になれるんじゃ」
「ダメだ。お前は治療が出来る。マールと一緒に治療に当たれ。それに、俺は門前の柵の中で戦わないといけないが、もし、突破されたら後ろで頼れるのはお前しかいないんだ。アリア達を守ってくれ」
「モルの言う通りだよ。長い戦いになる上で、僕達の働きはとても重要だ。それに怪我人を一人では捌ききれない」
「・・・わかった」
「アルト、もしもの時は迷わずにマーラ力を使うんだ。あの話だとスピナーは今のお前でも倒せそうだから。ドヴォルはどうなるかわからないが」
モルは顔をしばらく伏せて、迷いながらアルトに言った。
「必要だったらアリア達やミーナちゃんを連れて、お前達だけでも村から逃げるんだ」
***
斥候の報告を一部、伏せた内容を村人達に話したが反応は想像通りだった。最初は十体と聞かされていた魔物が二十体になったのだ。それが明日やって来る。落胆と悲しみの声が聞こえる。
だが、全てを知っている人達は、このくらいの反応で済むなら良かったと思っていた。一日でも生きているかわからない状況で、援軍が来るのが早くても五日なのだ。これを知った時、何が起こるのか想像もできない。
アーブは安心させるように話しかける。この状況の不利を一番理解しているはずなのに。
「大丈夫だ! 援軍はもう向かい始めている頃だ! 敵となるスピナーは素早いが、弱い。ラウも一人で集団と戦ったから、あれほどの傷を負った。だが、君達が集団で戦えば勝てない相手じゃない。スピナーさえ倒せれば残るドヴォルは、我々、教会騎士が倒す!」
「スピナーさえ倒せればいいのか?」
「そうだ!」
『スピナーさえ倒せれば』という言葉に希望を見出す人達もいた。沈み切った雰囲気が少し上がるのを感じた。
「共に戦おう! この村を、君達の大切な人達を守るんだ!」
アーブが掲げた銀色に輝く剣は光を反射して村人達を照らす。最後の激励に村人達は答えた。
広場に集まった人達は解散して、それぞれの準備をした。
「アルト、剣の手入れは大丈夫か?」
「まだやってなかった。すぐにやるよ」
「なら、俺が手入れするよ。来い」
モルはアルトを連れて、自宅の庭になる足踏み式の回転砥石を動かした。ガリガリガリと音が鳴る。
「アルト。お前と家族になれて俺は本当に幸せだった」
「急にどうしたの?」
「まぁ、聞け。おふくろは俺を産んで早くに死んで、親父と二人暮らし。家の手伝いや色々とやったよ。それでも、成人する前に親父も病気で死んだ。滅茶苦茶、落ち込んだし辛い日が多かった。アリアやマールは励ましてくれたけど、孤独感に苛まれた」
モルは近場の砥石を見つめているはずなのに、遠くを見ているような目をしていた。
「周りの大人はアルトの時と同じように里親を探してくれたが、全部断った。一人で生きていくって決めていたんだ。もう大切な人を失いたくなかったから。色々なことをやって生活して、旅の剣士に剣術を習った。意外にも剣の才があったみたいでどんどん上達した。成人した後に門番の仕事の目途もついた。
そうやって、不貞腐れたような生き方をしてる時に、お前と会った。4歳だったな。大きい目をキョロキョロさせながら、初めて見る光景に興味津々だった」
覚えてもいない自分の小さい頃の話を聞かされて、アルトは恥ずかしくなってきたが、モルの言葉を聞き続けた。
「周りはオーロンさんを見て山賊が来たって騒いでたけど、そんな中、お前は俺をジッと見ていたんだ。アルマさんの腕から無理やり降りて、俺の所に歩いて来た。すると、急に泣き出したんだ」
その場面を思い出したのか、吹き出すように笑った。
「どうしたらいいかわからなくて、必死に頭を撫でたり抱きしめたりしたんだ。そしたら、俺の頭を撫でて『大丈夫、大丈夫』って言ったんだ。何が大丈夫なのか、訳がわからなかった。
だけど、泣いて熱が上がってるアルトに触れて俺も泣きそうになった。自分の中の何かが溶けていくような感じがした。それから、周りへの見方が変わって来た。今まで、自分で生きてると思っていたのが、生かされてるって気付いたんだ。直接やっても受け取らないって皆わかっていたから、遠回しにやってくれてた。それから、アルマさんが食事を分けてくれたりとかで、お前と関わることが多くなった。俺が家に行くと走って来て、転んで泣きながら俺のもとに来る。弟がいたら、こんな感じなのかなって思ってたよ」
「もう勘弁して恥ずかしい」
「ははは。そんなことをして、大きくなって外で遊んでやることも増えた。かくれんぼする時にいつも同じ場所にいるもんなぁ」
その言葉に、アルトはふと思い出した。自分がいつも隠れていた場所を。
「お前を可愛がっている内に、周りのことも大切に思えるようになった。それで、アリアに恋をした。大切にすることを思い出したんだ。それから結婚して幸せだった。側に愛する人がいて、世界に祝福されたような感じだ。
その後に、お前はティトを失くして塞ぎ込んだ。その姿に、昔の自分が重なったんだ。周りから声を掛けて貰っても、受け入れずに閉じこもる。
だから、俺はお前の側に居ようと決めた。隠れて泣いていたら側に居ようと思った。隠れる場所なんて、小さい頃から変わらないからすぐに見つけれる。俺の腕の中で泣いているお前を守りたいって」
研いでいたアルトの剣の調子を見て、また研ぎ始めた。
「だけど、違った。お前は挫けながらも前を向いて歩き始めた。オーロンさんに薬学を学び、俺から剣を学ぼうとした。自責に苛まれても進もうと頑張った。それから、ミーナちゃんと会って大きく変わった。自信と勇気を取り戻した。物語に出てくるような化け物を相手に戦い。勝った。その上、俺やミーナちゃんの命まで救ってくれた。
オーロンさん達が死んで、悲しんでるお前の側にいれなかったのは悔しかったが、それも自分で立ち直った」
「あれはマールさんが気付かせてくれたことだよ」
「いいや。あいつに聞いたけど、あの言葉で理解して皆を助けようとしたのはアルト自身の力だ。昔の俺には無かった力だ」
モルは断言して剣を磨く手を止めて、アルトの方に顔を向けた。
「勇敢で優しく、頑張り屋なお前と家族になれたのは本当に幸せだ。心から愛してるアリアやアリル。それと同じくらい、アルト、お前を愛してる。オーロンさん達の分まで、お前の笑顔を見ようと思っていた。だけど」
研いだ剣をアルトに渡した。
「この戦いで俺は死ぬかもしれない。だから、お前は無理に戦わずにアリアやアリルを連れて逃げるんだ。宿の裏に隠し道がある。そこからなら少人数なら抜けられる。俺の代わりに、俺の大切な人達を守ってほしい。そして、お前の大切な人を守るんだ」
「俺の大切な人・・・」
「ミーナちゃんのことが好きなんだろ?」
「なんでっ」
「隠すな。ミーナちゃんが大切なんだろ?」
その問いかけに、右手に巻かれたお揃いのお守りを触る。
「・・・うん」
「それなら、逃げる時に一緒に行け。ミルテナさん達には許しを貰ってる」
モルの言葉にアルトは動揺した。ミルテナから『許しを貰ってる』
「ミルテナさんから、宿の裏の抜け道のことを聞いたんだ。逃げる時にミーナちゃんも連れて行ってほしいって。お前なら、あとを託せるって。だから、逃げる時はミルテナさんに言えば抜け道を教えてくれる。その先は聖地コバクを目指せ。東側なら所々に村がある。4人なら、何とかなるだろう。アルト、大切な人達を守るんだ」
モルの言葉にアルトは握りこぶしを作った。
「モルさんのことも大切だよ! それなら一緒に戦おう。俺の力があれば、勝てるかもしれない!」
「ダメだ。・・・・・・大切なんだ、お前達が。生きていてほしい。頼む」
「っ」
アルトは初めてモルの涙を見た。兄のように慕い、父のように大切な人の願いに戸惑った。
「・・・・・・わかった。その時が来たら連れて逃げるよ」
「ありがとう」
肩に乗せられた手は、重く熱かった。
読者のみなさまへ
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