マールの覚悟と指輪
マールの話を聞き、再び魔物との戦いに追い込まれて気持ちが沈んだ。ゴル村の戦いの時のように、父オーロン、母アルマ、多くの村人達の死を思い出す。乗り越えた苦しみが迫っているのを感じた。
「アルト君が休んでいる間に教会騎士の指示で、僕とアルト君は後ろで怪我人の治療に当たるように言われた。モルや戦える人は門や物見櫓から攻撃する。教会騎士の一人が物見櫓から命令を出して、もう一人が下で指揮を執る手筈」
「アリアさん達は?」
「村の奥まで避難させる。気休めにしかならないけど、門が破られても少しは時間がかかる」
「・・・」
沈黙するアルトの肩にマールは手を置いて、話しかけた。
「実際、魔物と戦ったアルト君なら防衛とはいえ難しい戦いになるのはわかっていると思う。それでも戦わないといけない。守りきらなければならない。二度とゴル村の時のように、大切な人達を失うわけにはいかない。僕達は僕達で、出来る事を精一杯やるしかない」
マールはそこで一区切りをつけるように息を吸い込んで、先程とは違う、雰囲気をだした。
「・・・アルト君、一つ覚悟をしてほしいことがある。必要になれば、マーラの力を使って君が戦うことがあるかもしれない。そのあと、君は教会に認知される存在になる。今までだったら丁度よく、未来予知が出来る程、マーラは強くなかったから存在を隠せた。だけど、認知されてしまうと教会に連れて行かれる」
「・・・そうだった」
「マーラの感知者になったことがわかった時に、オーロンさんは教会に連れていかれる事を危惧したんだ。ゴル村で会ったって話してた、キケロ・ソダリスにも言われただろう。村に残ってくれる決心をしてくれたのに、こんな事になって。悔しいよ」
そういうとマールは目を閉じて、何かを堪えている様子だった。アルトの肩を握る手に力が入る。
「マーラの力を使わなくていいなら、それで済むけど。そうもいかないだろうから。だからと言って、必要になったら時は気にせずに使うんだ。アルト君自身や大切に思う人達が生き残れないと意味がない。その後のことは僕も考えておくよ」
一通り話したマールは、休息のために家に帰ることにした。
日暮れまえ頃に自宅を兼ねた治癒院に来るように伝え、その間にやる事も指示を出した。
マールが去った後にアルトは独り言を呟いた。
「村を出ないといけないのか・・・」
目を閉じて、この言葉の重みを感じた。
***
治癒院を兼ねた自宅に着いたマールは、先住していたリンド村の村人から治療の御礼にと送られた、革張りの一人掛けソファに座りもたれかかった。体が沈み込む感覚が心地よい。長い夜を過ごした後の、この座り心地に一瞬で眠気を誘われる。
まどろむ思考の中で、師匠と唯一の弟子のことを考えた。
「オーロンさん、すいません。最期に、あの子を託されたのに段々と手が届かなくなっていく。運命に引っ張られているような。僕は薬を作ることしか出来ないけど、あの子が自分の道を進めるように尽くします。だから、力を貸してください・・・」
瞼が重くなる中、謝罪と祈りを捧げマールは眠りについた。
***
マールが寝ている間にアルトは指示された事をおこなっていた。
まずは、広場にいる流れて来た人達を村の奥へ移動させる。最初は大勢いたが死んだ人も多く、少なくなったことを実感した。村の奥では宿屋の周りにテントなどを張って、村の女性達や子供達が料理を作り、手伝っていた。
そこにはアリアがいた。こちらに気付いたアリアがやって来る。
「アルト! まさか、見送った後にこんな事になるなんて思わなかった。あの後、モルが話してくれたの」
「まさか、また戦わないといけないなんて思ってもみなかった。モルさんは?」
「モルは家で休ませてる。少しでも眠らせてあげたいから。村の代表達は徹夜だったからね。マールはどうしてるの?」
「マールさんも寝に帰った。夕暮れ前に起こして、その後に大量の薬を準備するよ。だから、二人分の弁当が欲しいんだ」
「わかったわ。そういえばミーナちゃんとは仲直りできた?」
アリアには話してなかった事を聞かれて動揺したが、モルがあの後に話したのかと思い自分を落ち着かせた。
「仲直りできたよ。ただ、新しい問題も起きた。もしかしたら、教会に連れて行かれるかも・・・」
少し沈黙が流れた。
「・・・そうね。今、この状況だと助かっているけど教会騎士がいるから。そのことは話したの?」
「話してない。それよりも今は、戦いに集中しないと。終わった後のことは後で考えるよ」
「それがいいわ。弁当は食堂の方に沢山あるから、そこから持って行って」
「わかった」
通り過ぎようとしたアルトをアリアは後ろから抱きしめた。二年前よりも大きくなった体に、愛しのモルを治してくれた愛する息子の成長を実感した。
「アリアさん?」
「気を付けてね。また、モルと一緒に帰って来るのよ」
「・・・うん」
体にまわされた、もう一人の母の手を優しく握り、返事をした。
***
食堂には、ところ狭しと人が詰めかけて賑やかだった。
奥にミーナを見つけ声を掛け手を振った。
「ミーナ!」
「アルト! どうしたの!?」
「二人前の弁当を貰いに来た! マールさんと治癒院にしばらく籠るから!」
「わかった! 用意するから待ってて!」
邪魔にならないように壁際に移動して待っていると、灰色のローブを着た騎士が入ってきた。下級の教会騎士だ。カウンターにいた人に声を掛けていた。
「忙しい中、すまない。食事を分けて貰えないか。二人分頼む」
「は、はい! すぐに用意します!」
カウンターにいた女性は急いで厨房に行った。
教会騎士の着ているローブには銀の糸で半分になっている太陽の紋章が刺繍されていた。
彼は喧騒に包まれた宿屋を見まわしていると、アルトと目が合った。思わず目をそらしてしまった。教会騎士はアルトに近づいてきた。まさか、マーラの感知者であることがバレたのかと緊張した。
「やぁ。薬師マールの見習い、アルト君だね?」
「はい」
「俺は、教会騎士のアーブだ。よろしく。貴重な薬師がリンド村にいてくれて助かったよ。全員とはいかなかったけど、助けることが出来た人達も多い。君達が頑張ってくれたお陰だよ。ありがとう」
教会騎士アーブは礼を言い、頭を下げた。マーラのことではなく薬師の話の方で、安心した。
「いえ。俺達は出来る限りのことをしただけです。全員、助けることができれば良かったのですが」
「それでも、あのまま全滅するよりマシだったよ。それと、この村で戦うことになってしまって申し訳ない。その時は君達の助力が必要だ。君達は必ず、俺ともう一人の騎士ラウで守るから、怪我人達を頼む」
「わかりました。頑張ります!」
アルトの言葉にアーブは笑顔を浮かべ、食事を貰い去って行った。
その姿は、どことなくキケロ・ソダリスを思わせる雰囲気があった。
(教会騎士の人達って、あんな人が多いのかな?)
「アルト! 弁当作ったよ!」
ミーナの声にカウンターに向かう。
「弁当と、これを上げる。お守りに」
渡されたお守りは以前、見せてもらった指輪だった。綺麗な緑の宝石を麦の紋章が彫られた台座が支えている。
「これ、お祖父さんの形見の指輪じゃ」
「うん。お守りだから大事にしなさいって言われたけど、私よりもアルトの方が危険でしょ。だから、指輪を上げる。これがきっとアルトを守ってくれるから」
「ありがとう。大事にする」
鎖のついた指輪を首に掛けて握った。ミーナは小声で続けた。
「それにアルトは私を守ってくれるんでしょ。だから私の代わりに、この指輪がアルトを守ってくれるようにって思って。あの時の『約束』を守ってね」
「うん。必ず、『約束』を守るよ」
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