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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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騎士達の話

 

「腕がぁ・・・!」


「誰か回復薬を。助けてくれ」


「あいつらが来る・・・」


「しっかりしろ! 奴らからは逃げきれたんだ。もう大丈夫だ!」


 リンド村へ運ばれてきた怪我人達は、疲れ果て、何か怯えているようだった。


「消毒するから痛みます。我慢してください!」


「あぁっ!」


 消毒の痛みに男は暴れそうになる体を必死に律していた。手早く消毒を済ませて、回復薬を傷口に沿ってかけていく。


「今、回復薬で傷を塞ぎます」


「ハァ、ハァ。ありがとう。楽になってきた」


「そのまま横向きで寝ていてください。何かあったら、俺か、あの人に声をかけて」


 怪我の痛みや、治療する痛みでグッタリとした男は眠りについた。目のくまが濃く、何日も寝ていない様子だった。

 アルトは手を休めずに、次の怪我人の治療へ向かった。

 治療中に、間に合わず息絶えた怪我人も出た。その遺体に、家族と思わしき人が泣き縋る。


「やっと、ここまで来たのに! あなたぁ・・・」


 次第に、広場には悲痛な声を上げる人が増えて来た。


「お母さん!」


 小さな泣き声にアルトの心が揺れる。助けれなかった悔しさに飲み込まれそうになるが、目の前の人を助けるために集中する。


 もやは、何人目かわからない程、治療を続け、疲労したアルトの肩を優しく叩く。


「アルト、少し休め。水も飲んでないだろう。マールが、休んでいいって言ってたぞ」


「モルさん・・・。わかった。一息ついたら戻るよ」


「それとアリアに代えの服も持ってきてもらったから、それに着替えておけよ」


 力なく頷き、広場を離れたところに水筒を受け取って座る。自分が血に塗れた服を着ていることに気付き、濡らしたタオルで軽く体を拭き、持って来てもらった服に着替える。血と薬の臭いが取れて、惨状に陰鬱とした気持ちが少しだけ楽になった。

 治療しても、続々とやって来る人達の数に広場は埋められた。まるで、あの日のゴル村の市場の光景に似ている。違うのは、生きているか死んでいるかだ。


 気持ちを落ち着けたアルトは立ち上がり、治療に戻る。すれ違い様に、灰色のローブを着た騎士達の言葉にゾッとした。


「魔物達がこのまま、南下してきたら・・・」


(魔物、南下?)


 少しだけ聞こえた言葉は衝撃的だった。

 今、目の前にいる人達は魔物から逃げて来たのか?

 魔物達。複数の魔物がいるのか?

 魔物達が南下すると、どうなるのか?


 騎士達を捕まえて聞きたいことが沢山できたが、今は悲痛な声を減らすべく、怪我人達に向かった。



 ***



 昼から治療を始めて、いつの間にか夜になっていた。村の広場は松明で照らされて大勢の影が動く。

 結果として、重症者は半分近くが息絶えた。中等、軽症者はほとんどが助かったが、死亡者の中に家族などがいたのか、やっとの思いで身を起こして側に寄る。


「アルト君、お疲れ様。大丈夫?」


 マールが声をかけてきた。その姿はアルトと一緒で血に汚れ、様々な薬品の臭いがする。


「大丈夫。もう怪我人は来ないのかな?」


「うん。これで全員らしい。それで騎士達が、この状況を説明するから村の代表者達を集めているんだ。僕も行って来るから、ここの世話をしてくれる? 怪我人達の治療も終わったから、様子見のために」


 マールの言葉に頷き、アルトは小声で、『ある事』を伝えた。


「騎士達が言ってた事を少し聞いたけど、魔物が関わってるみたい」


「!」


 マールは頷くと、集会所に行った。 


「疲れた~」


「お疲れ様、これ差し入れ」


「ミーナ・・・」


「ビックリしたね。こんなことになるなんて」


 サンドイッチが詰められた弁当箱を渡し、アルトの隣に座った。朝以降、何も食べてないことを思い出した。


「これ、ありがとう。お昼に作ってくれたやつ、食べ損ねた」


「気にしないで。こっちが優先よ。ゆっくり食べてね。水もあるから」


 ハムやチーズが挟まれたサンドイッチを食べ、空腹を満たした。

 アルトは声を小さくしてミーナに話した。


「この人達、魔物に襲われたのかもしれない」


「え! あっ、ごめん」


「騎士達が複数の魔物の話をしてたんだ。南下してくると、どうとか」


「この人達、北から来てたから。もしかして・・・」


「うん。未来予知が無くてもわかるよ」


 隣から、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。松明に照らされた影は、不気味に揺れる。


 怪我人達の治療を終えて広場に寝ずの番をしたアルトに、声が掛けられた。


「おはよう、アルト君。その後はどうだった?」


「マールさん。痛みで苦しむ人がいたから、少量の痛み止めを出したくらい。大体は、落ち着いていたよ」


「よかった。あとは、交代で様子を見よう。先に帰って休んでおいで」


「ありがとう。あっ、これミーナがマールさんの分って置いて行ってくれた物」


「ありがたいねぇ。少しは元気が出るよ。景気の良い話も無いし。食べる事が幸せだよ」


「騎士の話?」


「うん。まぁ、それは後で話そう。今は休んでおいで。昼にここに来て」


 アルトは広場から家に帰ると、優しいスープの香りがした。


「ただいま。いい匂いだね」


「おかえり。朝帰りかと思ったから作っておいたわ。広場の方はいいの?」


「うん。マールさんと交代で見ることになった」


「そう。頑張ったわね」


 アリアの細い指がアルトの飴色の髪を梳く。普段なら抵抗するが、腕を払うのも億劫だった。


「これ食べて休みなさい。交代するなら、いつ起こそうか?」


「昼に起こして。・・・・・・美味い」


 シチューに牛乳が入れられてトロっとした優しい口当たりと味わいにホッとする。具材も柔らかく煮込まれて肉もホロッとほぐれる。野菜の味は、ボーッとした頭でもわかるくらいに濃く美味しい。

 昔、人参嫌いだったティトにアルマがこれを食べさせてから、ティトは人参の魅力に目覚めた。そして、このシチューをよく強請られてアルマを困らせた。

 ちょっとした記憶を思い出し、思わず笑った。


(アリルが人参嫌いだったら、これを食べさせるのかな?)


 まだまだ小さい妹の将来を楽しみにしつつ、食べ終えたアルトは自室で眠りについた。


「――ルト、アルト」


 自分の名前を呼ぶ声に、ゆっくりと目が覚めていく。


「おはよ・・・。起こしてくれてありがとう」


 身支度を整えて一階に降りると、アリルがトテトテと歩いてきた。抱き上げると笑顔を向けてくれる。

 アルトはこの笑顔を見ると、とてもホッとする。小さく温かい妹の笑顔は、命と向き合った後の今は安心感を与えてくれる。


「それじゃあ、いってきます!」


「いってらっしゃい。無茶しちゃダメよ」


 手を振ってくれる義母と義妹に手を振り返し広場へ行く。助けれた命を守る為に。


 広場は、リンド村の村人達が横たわり休んでいる人達の世話をしていた。その他にも、土嚢や武器を運んでいる人達もいる。


「マールさん、戻ったよ」


「おかえり。しっかり休めた?」


「うん。久しぶりにベットのありがたさを思い出した」


「僕はベットよりも、一杯の麦酒の味を思い出したい」


 マールはグッと体を伸ばし、貴重な麦酒を求めた。


「ははは。それで皆の様子はどうだった?」


「落ち着いてる。ただ、夢にうなされてる人がいるみたいだね」


 その言葉にアルトは声を落とし尋ねた。


「やっぱり、魔物が関わってた?」


「うん。ドンゴ地方の南で大変な事が起きてたよ」


 マールは世話をしている村人に、少し外すと伝えてアルトを連れた。


「まず、あの騎士達は下級の教会騎士だった。ドンゴ地方の南で魔物の報告を受けて上級騎士一人とあの下級騎士二人で調査していたらしい。それで、四体の魔物の居場所を見つけた彼らは攻撃したんだ」


「待って。四体の魔物を三人で!?」


「僕らからすれば驚くけど、彼らには苦でもないらしいよ。

 それで、三体を倒したまでは良かったけど、残りの一体が見たことがない、()()をしたんだ。すると、魔物が続々と出て来た。合計で十体。彼らも十体は相手に出来ずに逃げて、手分して近隣の領主や村々に警報を出して避難を促した。けれど、魔物達が集団で南下してる事がわかったんだ。三人の教会騎士達も集合して、直近の領主の領軍を集めて迎撃したけど、負けた」


「そんな・・・。十体の魔物に教会騎士と領軍も負けるなんて」


 アルトの言葉にマールは頷き、溜息を溢した。


「領主が領軍を出し渋ったんだ。五十人を求めたら、出て来たのは十五人。しかも、徴兵されたばかりの若い兵士。

 戦いに負けた後、教会騎士達で足止めをしたけど、抜けた魔物達が南に行った。上級騎士が抑えている間に下級騎士達が追いかけたけど村々は破壊されていた。追いついた頃には、大勢の避難民が逃げていた。魔物が村を破壊するのに夢中になってる間に彼らを守りながら、行き着いたのがリンド村。

 そして、リンド村から北側には、もう村は無い」


 話を聞き終えたアルトは顔が青くなっていくのを感じた。


「・・・・・・リンド村にやって来る」


 マールは静かに頷いた。


「昨日その話を聞いた人達の意見をまとめると、ここで戦うことになった」


「どうして!? 教会騎士でも倒しきれない数の魔物とここで戦うなんて」


「逃げるにしても、今のリンド村の人数で逃げ切るのは難しいんだ。流れてきた人達もいるし、逃げる先で一番安全なのが聖地コバク。そこまで無防備に何日も過ごさないといけない」


 アルトは自分達の状況を思い、頭を抱えた。


「リンド村なら僕達が移住して拡張した時に、備えとして柵だったのを背丈以上の塀で囲った。あの時の経験で武器を使える人も多い。一番マシな選択なんだ。それに今、援軍を求めて西にあるダボンの街と聖地コバクに使いを出した。ダボンの街から急いで来てくれるなら、一日。遅くても二日」


「もし、ドンゴ地方みたいに兵士を出し渋ったら?」


「それは無いかな。幸いにもここはプルセミナ教皇の直轄地。見捨てる事があれば、代官の首が飛ぶ。絶対に援軍を出させる為にも、教皇に代わって統治してる聖地コバクの司教にも使いを出したんだ。あそこの司教は厳しい人らしいから」


 アルトは深い溜息をつき、声を絞り出した。大切な人達の顔が頭をよぎる。


「また、戦うしかないのか・・・」

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