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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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生き残った意味

 

 ミーナと言い合いをして二日経った。アルトにとって幸いにも、薬の配達は暫く先だったので一度も顔を会わせずに済んだ。ミルテナやマールが取り計らったように、本来、二人はそれぞれの仕事で忙しい身なのだ。機会がなければ、なかなか会えることはない。

 アルトは謝りたいとは思いながらも、どこか納得出来ずにいて、モヤモヤと気持ちを持て余していた。

 その様子は、いつもと変りなく見えるが、小さい頃からの付き合いであるマールには見通されていた。


「アルト君、僕の目は誤魔化せないよ。君がアルマさんに抱っこされてる時から、君を見ているんだから。最近、何かあった?」


 アルトは、すり鉢で種を挽く手を止めてマールに一言だけ話た。


「ミーナと喧嘩した」


 マールは、『ミーナ関連だな』と当たりをつけていたが、正解だった。


「珍しいね。どうして喧嘩に?」


「『たいこう』の話とかで言い合いになって」


「・・・・・・そうか。具体的にどんな話になったかはわからない。けど、ミーナさんは賢く思いやりのある女性だ。アルト君を思って、言ったってことは想像できる。謝らないといけないってわかってるけど納得していない感じだね」


 マールは少し笑い、アルトの心情を言い当てた。


「何でわかったの?」


「結婚する前のモル達の喧嘩を知ってるから。きっと、『たいこう』への復讐の話だよね?」


「うん。復讐しても意味がないって。わかっているけど、でも」


「・・・・・・アルト君、僕やモル、アリアや皆は、君を大切に思ってる。幸せになってほしいって思ってる。オーロンさんやアルマさんの願いも一緒だって確信してる。この前、話てくれたように怒りや悔しさがあるのもわかる。

 けれど、人間は後ろを向いたまま歩けないんだ。必ず、どこかで転ぶ。だから、前を向いて進むんだ。ティト君が亡くなった時に、アルト君はまがいなりにも前を見て進んだじゃないか。それと一緒だよ」


「・・・」


「僕も、父さんと母さんが死んだ。あの日、アルト君が二人の死を知った時みたいに、茫然としたよ。怒りや悲しみ、悔しさや無力感。

 でも、傷つき生き残った人達を見て、気付いたんだ。オーロンさんがいない今、彼らを治療できるのは僕だけだって。生き残った者として、皆を助けなければいけない。そうしないと、生き残った意味がないって。皆を助けるために生き残ったんだって意味を見つけた。

 だから、家に体を押し潰されて死んだ両親を、家から引っ張り出して市場に運び、散々泣いて立ち上がったんだ。生き残った意味と、皆が自力で前へ進めるようになるために」


 マールは顔を上げて、その真剣な瞳はアルトを写した。


「アルト君、君が生き残った意味は?」


 アルトは答えれなかった。その様子にマールは少し笑い、よく考えてごらんと言った。



 ***



 仕事が終わり家族との団欒だんらんを過ごした後、アルトは家を出て剣を振った。

 家の庭に置いてもらった木人形を打ちつける。

 疲れるまで打ち込んだ後に、腕に強い思いを込めて打ちつける。


 バキッ


 剣が木人形に食い込んだ。


「ハァ、ハァ」


「気合が入ってるな」


「モルさん・・・」


「ほら、水」


 投げて渡された水筒を受け取り水を飲む。熱い体に冷たい水が染みる。


「今のは、マーラを使って斬ったのか?」


「うん。腕に強い思いを込めて斬りかかると、こうなる。これで魔物の腕を斬ったんだ」


「マーラってすごいな。俺の傷を治したり、腕力を上げたり」


「モルさんの傷を治したのはマーラになってたティトだよ。俺はずっと願っただけだった。それにあれから、未来予知も回復も出来ない。多分、ティトが側を離れたからだと思う。バイバイって手を振ってた」


「そうだったな。・・・・・・それで、どうした?」


「どうしたって?」


「迷ってること、困ってることがあるんだろ。俺もアリアもお前の最近の様子で気付いてる」


「そんなにわかりやすかった?」


「俺は長い間、兄貴みたいなもんだったんだ。気付くさ。一緒に暮らしてからは、もっとわかりやすくなった。ほら、話てみろよ」


 剣を立てかけ、二人は椅子に座った。躊躇いがちにアルトは話ていった。


「ミーナと『たいこう』への復讐とかで、カッとなって言い合いになった。それで気まずくなった。

 そのことを気付いたマールさんに話て、マールさんの色々なことを聞いて、俺の『生き残った意味』を聞かれたけど、答えれなかった。だから『生き残った意味』を考えてるけど、モヤモヤして木人形に八つ当たりしてた」


「そうか。・・・あいつはホントに俺の父親業を奪うよなぁ。酒場の事といい、今回の事といい。

 アルト、お前の里親を決める時に、あいつが真っ先に手を上げたんだ。だが、あいつ自身のこともあって色々と話て俺達の所で引き取る事にしたんだ。あいつも、お前のことを息子のように思ってるんだろうな。今度、あいつに文句言ってやろ。俺の息子を盗ろうとするなって」


 モルは溜息交じりに笑い、アルトに渡した水筒を取り水を飲んだ。視線は遠くを見つめていた。


「アルト。ティトが死んだ後に、何を思って俺に剣を学びたいと思ったんだ? 何で薬学をもっと極めようと思ったんだ?」


「・・・強くなって、もっと良い薬を作れるようになって、二度とティトみたいに大切な人達を失わないようするため」


「そうだな。ミーナちゃんと会って、未来予知を確信した時には何で命懸けで戦いに挑んだんだ?」


「獣人からミーナと村の皆を守るために戦った」


「戦いが終わって目が覚めた時に、何で皆の治療をしていったんだ? オーロンさん達が死んで悲しんで俯いたままでも誰も責められなかったのに」


「・・・助けたかった。一人でもいいから、誰かの大切な人達を。ティトが死んだ時みたいに、悲しんでほしくなかった」


 アルトはモルに顔を向けて、途切れ途切れに言った。


「俺は、皆を守りたかった。皆を助けたかった。俺にとってのティトや、父さん達みたいに、誰かの大切な人達を守って、笑顔でいてくれるように、したかった!」


「あぁ。それが、マールが言う所の『生き残った意味』じゃないか?」


 モルは強く頷くアルトを見て、自分は過保護なのかなっと思った。もしかしたら、それでマールはアルトに『気付くきっかけ』を与えずに考えるように言ったのかもしれない。

 だが、モルもすぐに成人する息子を持っての父親歴二年しかないのだ。正しい答えはわからない。


 庭の側にある窓から、二人の話を聞いていたアリアはアリルをあやしながら言った。『お兄ちゃんは優しくて頑張り屋さんなんだよ』と。そして、親の特別感と息子をマールに盗られたような気がして、少しだけ悔しかった。



 ***



 マールやモルとの会話で自分の心の底にあった思いを自覚して、ミーナに謝ろうと機会を待った。

 とうとう宿屋に薬を配達する日だ。


「マールさん、今日はちょっと宿屋で長居するかもしれないから」


「わかった。頑張って」


「うん」


 薬箱を抱えて、宿屋へ向かう。途中、村の大通りに人垣ができていた。行商人でも来たのかと思い、そのままミーナのもとに行った。


「こんにちは」


 思わず、声が小さくなってしまった。


「こんにちは!」


「・・・はい! すぐ行きます!」


 久しぶりに聞く、馴染みのある声に少し緊張した。


「アルト・・・」


 厨房から出て来たミーナは、アルトを見て少し表情が曇った。


「えっと、薬の配達よね。こっちに置いてくれる」


「うん」


 薬を置いた後、二人の間に少し沈黙が続いた。それを破るように、アルトは深呼吸をして言葉を発した。


「この前は、ごめん! カッとなって、ミーナを一方的に怒って。

 今日まで色々と考えたんだ。あの戦いで大勢が大切な人を失って悲しみや色んな気持ちを抱えてる。それでも、前を進もうと頑張ってるんだって気付いた。それなのに、俺は失ったものしか見えてなくて」


 アルトは一呼吸してミーナに伝えた。


「俺は、皆の大切な人達が笑顔でいてくれるようにしたかった。そのために剣術を覚えて、色んな薬を作れるようになった。あの戦いで生き残った意味はこれなんだってわかった。だから、復讐はしない。俺の大切な人達、誰かの大切な人達が笑顔でいられるようにしたい」


 全てを言い切ったアルトは肩の力が抜けた。ミーナの言葉が返って来るのを待つ。


「アルト、決心してくれてありがとう。私もごめんなさい。アルトが危険な目に遭ってほしくなくて、遠くへ行ってほしくなくて、アルマさん達のことまで使って言ったの。卑怯だったよね」


「いいや。実際、母さん達もそう言うと思う。ミーナ、心配してくれてありがとう。この村で出来ることを頑張るよ」


「うん」


 ミーナは周りを見渡した後、アルトに近づき、細く白い腕がアルトの背中にまわされた。


「アルト、ありがとう」


「・・・うん」


 ぎこちなく、二年前より逞しくなった腕をミーナの背中にまわした。

 ゴル村の戦いの前夜、アルトの家で『約束』を交わした日以来の、懐かしい温もりだった。


 しばらくしてお互い体を離し、いつもみたいに会話を楽しんだ。今回はマールやモルに言われた事がネタになった。ミーナもどうしようかと悩んでいたことを話て、久しぶりに落ち着いた時間を過ごした。


「今日も昼弁当作ってくれて、ありがとう」


「ううん。いつも余り物でごめんね」


「そんなことないよ。いつも美味しくて、ここの配達の楽しみの一つなんだ!」


「『楽しみの一つ』なんだ。他に楽しみがあるの?」


「・・・仕事をちょっとだけサボる楽しみ」


「あはは! それは楽しいよね。マールさんには内緒にしておくね。だから、また夜にでも遊びに来て」


 余計なことを言ってしまい、急いで適当なことを言ったが乗り切れたみたいだ。

 別れを告げて、宿屋を出た。アルトの気分は爽快だった。



 ***



 店に戻ると、マールは慌ただしく動いていた。アルトが帰ったことに気付くと粉薬を固めた物を袋に詰めながら迎えた。


「おかえり。長居は出来たみたいで良かったよ。お昼にしたいところだけど、一緒に門まで来てほしいんだ。大勢の怪我人が村に来た。しかも、まだ人がくるらしい。門番が急いで来たけど、具体的な事を言わずに戻った。とりあえず、清潔なナイフと大量にガーゼを用意して!」


「わかった!」


 準備を整えた二人は門へ急いだ。そこには他所の村人と兵士と教会騎士を思わせる刺繍が入ったローブを着た人達。合わせて二十人くらいがいた。リンド村の村人達が怪我人を運んでいる。

 ほとんどが怪我を負い、なかには、見るからに重症の者もいた。

 モルが二人に気が付き声をかける。


「二人とも! 重症の人はこっちにまとめたから、先に治療を頼む!」


「わかった! アルト君、手分をしよう。状態がわからない人とかいたら呼んで」


 アルト達は分かれて、怪我人達の治療に向かった。


 ふと見たリンド村の北の遠い山脈に、黒い雲がかかっていた。

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