刺さる視線と後悔と失った力
初めての二日酔いで若干フラフラとした足取りでアルトは宿屋に向かった。
宿屋エイドはリンド村の宿と酒場と食堂を兼ねている店で、昼の食事時の今の時間は宿と食堂の業務になっている。アルトは昼食を求めていた。自分の料理の腕が壊滅的なのが災いとした。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ! ・・・アルト、珍しいね。どうしたの?」
中に入るとカウンターで作業をしていたミーナが迎えてくれた。店の中は細々と客がいた。
「今日はご飯を食べに来たんだ。二日酔いになって、マールさんが休みをくれたけど、俺、料理が出来ないから」
「やっぱり二日酔いになってたんだ! 実は、忙しくなった時にアルトに出すワインを薄めるのを忘れて出してたの。帰りにマールさんに運ばれてたから、もしかしてと思って。本当にごめんね!」
「そういうことか・・・。大丈夫だよ。自分の薬のお陰で助かったから。皆があの薬を欲しがるわけを実感した」
ことの顛末を知り苦笑いでミーナに答え、カウンターに座った。水が入ったジョッキを渡されて感謝し、飲み干した。すぐに水は注がれた。
「その調子だと、軽くてサッパリした料理のほうがいいよね。サーリア地方で『パスタ』って言う食べ物を使った料理があるの。それでサッパリとしたものを作るね。待ってて」
厨房へ消えて行ったミーナを見て、アルトはカウンターに突っ伏した。
すると、後ろから声がかけられた。
「二日酔いで仕事休めるなんて、いい身分だな」
その声に後ろを振り返ると、テーブルで食事をしているカラムがいた。彼はゴル村からの移住者ではなく、リンド村に先住している二つ年上の村人だ。
宿屋に配達などで出入りすることが増えてから、アルトに突っかかって来るようになった。
「・・・こんにちは、カラムさん。店主から、初めてだからと特別に休みをもらえて。恥ずかしい限りです」
「成人したばかりなのに酒量をわきまえないからだ。村人が増えてから、それぞれの仕事が重要になってる。しっかりしろよ」
「・・・」
何の理由があって会うたびに文句を言われるのか見当もつかないが、ご近所付き合いだと思い、言葉を受け止めた。
「なに偉そうに言ってるのよ。アルトの作った薬の常連さんのカラム」
奥からミーナが出て来た。手には果物の入ったゼリーを持っていた。
「今、パスタを茹でてるから先にこれでも食べて。リンゴのゼリーよ。冷やした水のボトル置いておくね。自由に飲んで」
「ありがとう」
アルトとミーナの会話を聞いたカラムは不満げな顔をしてバケットを差し出した。
「ミーナ、パンのおかわりをくれ。そのゼリーも」
「残りのゼリーは私のオヤツよ。余りはないわ。もうすぐパスタも出来るからね」
カラムからバケットを受け取り、再び厨房に行った。
ゼリーを食べるとひんやりと微かに甘く、細かく切られたリンゴの食感がいい。喉にスルッと通るゼリーを食べていると、後ろから舌打ちが聞こえた。
アルトは面倒だと思い無視をした。
「なんで、あいつなんだよ・・・」
カラムはボソッと呟いき、その鋭い視線はアルトを捉えていた。
目の前には白いスープが入った皿が置かれた。そこにパスタと思われる細長い物がたくさん入っていた。
「『クリームスープの冷製パスタ』よ。フォークとスプーンで食べるの」
どう食べるか戸惑いながらも、とりあえずスプーンでクリームスープを飲んだ。
「こってりした味かと思ったけど、冷たくてサラサラして食べやすい。玉ねぎとクリームの味で美味しいよ! でも、このパスタってどうやって食べるんだろう」
フォークに持ち替えてパスタを掬うが細いのでスルッと落ちてしまう。ミーナは笑いながらアルトからスプーンとフォークを受け取り、スプーンをスープに浸し、フォークでパスタをスプーンに乗せてクルクルと巻いた。
「ほら、こうやって食べるとパスタも落ちずにスープも絡まって食べれるの。はい、あーん」
ミーナにパスタが巻かれたフォークを、このまま食べるように差し出されたが、アルトは固まった。
ミーナが食べさしてくれる事を恥ずかしく思う。だが、ほんの少しだけ嬉しく思った。
「アルト? 早く食べないと、絡んだスープが落ちちゃうよ?」
「・・・・・・おいしい」
「でしょ」
(美味しい、美味しいけど!)
自分の顔が赤くなるのを感じるが冷静を装い、スプーンとフォークを受け取りミーナの真似をして食べた。
後ろでは、バリバリとパンを勢いよく食べる音と、周りからの強い視線を感じる。マーラの力が悪いように作用している。
そんなアルトの様子を、カウンターで頬杖しているミーナはニコニコしていた。手首にはお揃いの帯状のお守りが巻かれている。
『クリームスープの冷製パスタ』の味は美味しかった、としか覚えていない。
恥ずかしさで上がった体温の影響か、身体に残っていた酒精が飛んだかのように、二日酔いは収まっていく。
「気分良くなった?」
「え、あ、うん。だいぶ酔いが醒めたと思う」
「よかった」
気になる女性に食べさせてもらう羞恥心があって、ニコリと笑うミーナの顔をアルトは直視できなかった。やはり、心なしか酔いは醒めている感じがした。
「昨日カウンターから見てたけど、アルトも意外と飲むのね」
サラリとしたアルトの飴色の髪を触りながら、ミーナは呟いた。彼女の細い指にアルトの前髪が絡まる。
先程からの行動に色々とミーナに言いたい事があるが、それを飲み込み、昨日マールとのことを話した。
ちなみに後ろに座っていたカラムや他の客は、『ミーナのあーん事件』を見た後に、お金を置いて帰っていた。
「そう。やっぱり、あの時の事を考えていたのね。私も、あの後に色々と考えたけど、さっぱりわからなかった。自分が襲われた理由も」
「何もかも、わからない。ただ、今にして思えば、魔物を倒した時やモルさんの傷をマーラの力で治した時、キケロさんの言葉がスッと思い出したんだ。もしかしたらキケロさんは全部を見通して、話をしてくれたんじゃないかって。戦いの結果をアレに導くために」
「・・・魔物と戦うこと。ゴル村が壊滅すること。まさか、そんな人には思えない。短い時間でしか話せなかったけど、アルマさん達やゴル村の人達があんな目に遭うって知ってて私達に会っていたなんて」
「俺も考えたくもないけど、思ってしまうんだ。だから、『たいこう』の事もあるけど、キケロさんに会って話を聞きたい」
「それなら、アルトは教会騎士になるの?」
その言葉にミーナの声は微かに震えているように感じた。
感じ取ったミーナの動揺に心苦しくなりながら、答えた。
「どうしたらいいか、わからない。ここには大事な人達がいて、マールさんが話してくれたように皆の笑顔を守れる仕事もある。マールさんが『この皆の笑顔が僕達の勝ち星なんだ』って意味もよくわかる。
でも、『嫌がらせ』って理由で、父さんや母さん、ゴル村の皆を殺した『たいこう』に仕返しをしたい気持ちもあるんだ」
ミーナは一通り話を聞き、目を伏せて考えた。アルトはこういう時が嫌いだ。マーラの覚醒後、日常の中でも直感力が高くなる瞬間がある。その時は次の出来事を感じてしまう。
今がその瞬間だった。
アルトの手にミーナの手が重ねられ、ミーナは俯いた。
「・・・・・・行かないで。アルト、ここにいて」
「ミーナ」
「魔物に襲われた時、すごく怖かった。教会騎士になったら、何度もあんな目に遭うのよ。・・・・・・もしかしたら、死んじゃうかもしれないのよ。そんなの嫌だよ。
この前だって、ノーラ地方で異教徒との戦いで教会騎士が大勢死んだのよ。なかには、キケロ様と同じ上級騎士もいたみたいだし。魔物だけじゃなく、そんな人達とも戦わないといけないのよ。
アルト、アルマさんやオーロンさん達が殺された怒りや悲しみもわかるわ。でも、それは過去の事よ。変えられない過去の事。ティト君が亡くなった時に、二度と同じ事を起こさない為に頑張ってたじゃない。それは、『未来に向けて頑張ってた』ことよ。だけど、『敵討ち』や『真相を探る』なんて過去のこと。生きて帰れた私達は未来に生きないとダメなの。生きてることに感謝して前に進まないと」
ミーナの言葉にカッとなって、重ねていた手を強く払った。
「それじゃあ、母さんや父さん達は過去の事だから、忘れて生きろって。ナートさんや、果物屋のオリハさん。遊んであげたテルハやナミ、勉強を教えてくれたラミグ爺。皆が殺された事は過去の事だから仕方ないって、諦めて、忘れて、生きろって!?
俺は今、魔物を倒せる力もある。『たいこう』に復讐できるかもしれない力が! なのに、皆の事を忘れて、前に進めって!?」
「違う! 忘れるんじゃなくて亡くなった皆の分まで、大事に生きないといけないってことよ! それは一番わかっているでしょ? 復讐しても誰も帰ってこない。アルトが危険な目に遭うだけ。それをアルマさん達が望んでると思うの!?」
「そ・・・」
「二人とも、どうしたの!?」
アルトが言い返そうとした時に二階からミルテナが降りて来た。
言いかけた言葉を飲み込んで、アルトはカウンターに食事代を置いた。
「すいません。お騒がせしました」
「アルト!」
足早に宿屋からでるアルトをミーナは呼んだが、止まらずに立ち去った。
(アルト、お願い・・・)
ミーナは自分の右手に巻かれたお守りを握った。
***
アルトは宿屋を出て、アテもなく歩き続けた。
(ミーナなら、そう言うってわかってたのに何であんなことを)
苛立ちから髪を掻き立てた。言ってしまった事の後悔が積もる。
(俺はどうすればいいんだ? 父さん、母さん、ティト)
ざわつく胸を鎮めようと近場の倒木に腰掛ける。深呼吸をして、気を静める。ゆっくりと呼吸をし瞑想を始めた。
かつて、キケロ・ソダリスから学んだ方法で未来予知をしてみた。
「・・・・・・くそ」
しばらく瞑想したが、何も見えなかった。
魔物との戦い以来、アルトは未来予知が出来なくなっていた。マーラを強く感じるが、それだけだ。
『強すぎる力は、必ず代償を払う』
キケロ・ソダリスの言葉を思い出す。
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