モルという男
「頭が痛い。気持ち悪い。やっと着いた~」
門番の一人ナートとしばらく話していると、外から酒への怨嗟の声と体調が悪いことを呟く声が聞こえてきた。
「ただいま戻りました。やっぱり、ナートさんが言ってた所に薬草ありましたよ。・・・アルト、ちょうど良いところに来た! この薬草を処理して薬を作ってくれよ」
「おはよう、モルさん。俺の薬よりすごく良い薬持って来たよ。二日酔いに効く薬だって。父さんからの差し入れ」
人好きのする笑顔が似合うこの男はアルトを見つけると、幸いとばかりに声をかけたが、アルトはオーロンから託された薬をモルに渡した。モルはコメカミを押しながらオーロンの薬を眺め、なにやら思案した。
「なぁアルトよ。オーロンさんの薬は非常に貴重だ。ましてや二日酔いに効く薬なんて酒場の連中が、銀貨を何枚払ってでも欲しいものだ。だから、これは残しておくよ。代わりにこの薬草で薬を作ってくれよ」
「・・・でも、失敗するかもしれないよ。この前も、傷薬を作ろうとしたけどダメだったんだ」
「失敗してもいいさ。この薬草をそのまま噛むよりはマシだ」
「だけど」
「アルト、大丈夫だ。失敗しても、せいぜい苦いだけだろ? 薬を作ってくれ」
「わかった。作ってみる。すり鉢と火と塩を借りるね」
「あぁ。急がなくていいからな」
薬草を受け取り、門番小屋の台所へアルトは向かった。そのやり取りを見ていたナートは、モルの額を指で弾き笑みを浮かべ門番小屋の外にある椅子に武器を携え座った。モルは机に突っ伏しアルトのことを考えていた。
(何回でも失敗していいんだ。少しずつでもいいから前に進め。失敗しても俺やオーロンさん達がいるからな。だから心配するな)
家族を思うような気持ちでアルトがいる台所を眺めるモルであった。ふと、鼻をかすめる良い香りに気付き二つのカップの中を見て外にいるナートを恨んだが、今、アルトに薬を作らせている状況を思えばたいしたことではないと気持ちを切り替え、薄いはずの酒でなんでこんなに二日酔いになるのか考えた。
しばらくして、出来上がった薬を飲み徐々にモルの顔色が良くなっていった。
「頭がスッキリする! 胸やけも楽になった! よくできてるじゃないか。オーロンさんの薬を残しといてよかった~」
出来上がった薬を飲みモルは喜んだ。ワシャワシャっと頭を撫でられ飴色の髪が乱れる。こんなに喜んでもらえるとは思わずアルトは少し照れた。
嬉しいような恥ずかしいようなアルトの顔を見てモルは薬を作らせて正解だったと思った。
(小さい頃から真面目に勉強し、父の背中を追いかけていたアルトが失敗するわけなんてないのにな)
今は過去の失敗から自信と共に無くした『大事なもの』の影響で控えめだが、本来、アルトには実力がある。薬学をはじめ、モルから学んでいる剣術でさえも。森にいる中型の獣は一人で倒せる。
だから、小さいことからでも良いからアルトに行動させる。今、薬を作らせたように。一回り歳の違う弟みたいな少年は自分には無い可能性を持ってる。あとは、失った『大事なもの』を思い出させるのだ。
あの日以来、ずっと見守ってきたモルはしみじみと思いを巡らせた。
「アルト、ありがとう。・・・これで今日も酒場でいっぱい飲めるな!」
「二日酔いを治したのが俺だってバレたら、アリアさんに怒られる! 真っ直ぐ帰ってよ!」
「それもそうだな。そろそろ酒場で飯を食べる金も無くなりそうだし帰るか。でも、アリアも意固地だよな~。アリアより絶対に俺の方が好きなのに」
村で一番の美女である妻への惚気を聞き流しながら顔色も良くなったモルを見て、そろそろ家に帰るかとアルトは考えて扉に目をやった。
「モルさん、そろそろ帰るよ。用事も済ませたし、家の薬草畑の世話もまだなんだ」
「そうだったのか。悪いな。いろいろと手間かけさせて。今日は剣の訓練は休みだ。日々、励むのはいいが休息も大事だからな!」
二日酔いで動けないだけだろっと言いかけたが、一応、剣の師匠。素直に返事をして席を立った。オーロンさんに感謝を伝えてほしいと伝言を頼まれ門番小屋を出たら、外で椅子に座っていたナートは笑いながらご苦労さんと言い、アルトを見送った。