考古学の真価
大変、遅くなりました。久しぶりの更新です。
近々、開催される大型コンテスト向けの長編作品を執筆していきます。その関係で更新がまばらになると思います。
遺跡に入ってからは、数は少なくても幽鬼との戦いが激しくなった。外で徘徊していた兵士の装いとは違い、立派な装備を身に付ける。倒した時に見えた光景から察すると、隊長といった地位の人物だったのかもしれない。
しばらく進み、小部屋で休憩にした。ある程度、奥に進んでから幽鬼の数は減った。復活するとかはないみたいだ。
「まさか、幽鬼の中に獣人とエルフがいるなんて思わなかったなぁ」
「古代は、今よりも種族差別が無かったからな。エレパース曰く、古代時代ではバラルト海沿岸世界は人間族が多数派。その他の地域だと各亜人種が多数派だったと」
「教会騎士の訓練で習ったんだけど、エスト帝国には亜人種の貴族とかいたんだよね?」
「へぇ、そんな事を教えるなんて意外だな。その通りだ。建国された頃は、皇帝が圧倒的な権力を持っていたが、時代が進むと大陸の人口も増えて皇帝だけじゃあ支配が難しくなったんだよ」
エレーデンテ教育だと、そんな話は無かった。皇帝と亜人種を含む貴族達が悪い事をして、世界が混乱したという話だった。
「ただ一人、その事態を考えていた人がいたんだ!」
「あ、静かに!」
カルシアは興奮して叫んだ。慌てて口を押さえ、周囲を確認すると幽鬼達は現れていないようだ。
「悪かった。話の続きだけどな、その後世を考えて準備を記していた人がいたんだ。その人の名は――ウェンコット・エストだ」
ウェンコット・エストは、書籍『エスト=セレス家の物語』に登場する人物の一人だ。彼は、物語の主人公であるボルティア・エスト=セレス国王の実兄。都市国家エストを築いた数多くいるエスト家の本家に属する人でもある。記述によると、マーラの感知者だった可能性が高い。
「エスト帝国の土台を作った古代の大英雄ウェンコット・エストはエスト帝国が生まれる前に、後世での問題を予知して答えを用意していた。未来を信じられる人だから出来たんだろうなぁ」
皇帝一人で統治が出来ないなら、貴族への制限を緩め民衆さえも政治に加えよ、との事だった。ウェンコットは将来の帝国で、学識のある民衆が増え、自重を学び国の守護者たる貴族の存在を信じた。この三者の交わる会議を開いて帝国を動かして行け、と記していたらしい。
亜人種の貴族が誕生した理由は、亜人種だからじゃない。功績や学識のある平民を貴族へ取り立てた。それが、たまたま亜人種だっただけと。
種族を問わず大勢が集まり話し合い、皇帝を助ける体制を作ろうとした。
「今、枢機卿団がやってる事に民衆も加える感じだね……でも、そうか。文字の読める民衆が増えたから帝国は崩壊したんだな」
「そうだ。皮肉だよな。文字が読めるからプルセミナ教会の教えが簡単に広まる。そして、日頃から抱えていた不満のぶつける先を見出して攻撃が始まった」
「問題なんて、すぐに解決する訳ないのにな」とカルシアは呟く。その後、手帳を見せてくれた。そこには壺や何かの工芸品などがスケッチされている。最初は素人目にも綺麗で立派な物だと分かる。
「……これって」
ページを捲る度に、スケッチされた品物は最初のページの物に比べて、意匠や上手く言えない何かが劣化しているように感じた。
「プルセミナ教会が支配するようになって、時代が進んでいるにも関わらず、エスト帝国中期のような技術に劣化しているんだ」
「それは、古いのを見つけただけじゃないの?」
「いや、作られた時期は確実に現代に近い物だ。考古学ってな、物の進化を辿っていつの時代か比較する事が出来るんだ。その手帳は、エレパースがアーリネス連邦を調べていた時に書いた物」
カルシアは、小部屋にあった古びた皿や壺を持って来た。多分、アーリネス連邦が存在してた頃に作られた物だ。
「これは、まさに古代の遺物だ。手帳の後ろページから、最初のスケッチまでこれと見比べてくれ。意味が分かるはずだ」
言う通りにしていくと、物の良さを順番付けるなら一番良いのは最初のスケッチで、次に目の前にある実物。最後は手帳の後ページのスケッチだ。
「最初のスケッチが、エスト帝国後期作。後ページは現代作。目の前のは古代作だ。こういうのが、何点もある。文明の劣化としか言えないだろう?」
プルセミナ教会が支配者になって、時代の停滞どころか劣化が進んでいる。その上、貧困や犯罪が増えて激しい差別にも苦しむ時代。
「暗黒時代……」
「ほう、良い表現だな。歴史学は英雄の声を拾うが、考古学は歴史に乗らない民衆達の声を拾うんだ。一番、当時の実態に近い所で生きる人達のな。物が語る、人類の物語を掘り起こす。それが、考古学の真価だ」
「すごいだろ」とカルシアはニカッと笑った。本当に、考古学が好きなんだな。きっと、劣化した現代では細工職人として学びが少なくなったんだろう。そこへ、考古学の知識と好奇心である意味では先進的になった遺物の意匠を学び腕を上げたいんだと思う。
エグゾシアの指輪が欲しがるのは別の理由もありそうだけど、職人心は少しだけ理解できた気がする。
「さて、休憩は終わりにしようか。カルシア、ありがとう。面白い話が聞けて元気が出たよ!」
「それなら良かった。この先には、試練って呼ばれる物がある。エレパースは突破したけど、答えを記す余裕が無かったんだろうな。文字が乱れて答えが分からない」
読んでいただきありがとうございます。『リアクション』や『感想』をいただけると嬉しいです。評価ポイントでも嬉しいです。




