戦場の幽鬼達
情報を集めた結果、コーロダ島には幽鬼と呼ばれる魔物がいる。幽鬼は一般に出回る武器では倒せず、教会騎士の剣に使われるスバラ鉱石を使った物じゃないと倒せない。倒そうと思い近づき過ぎれば、生気を吸われ気力が減退して隙を突かれる。それに、もう一つの特性が厄介だ。
皮肉なものだけど、この地を治める怠惰な貴族のお陰で領軍が派遣されずに犠牲を出さなくて済んだ。
「カルシア、緊張してる?」
「……あぁ。何なら怖いさ。魔物が巣食う場所に行くなんて我ながら呆れるよ。でも、どうしても見返してやりたい」
「見返す?」
顔を伝う汗を拭いながら、カルシアはもうすぐ到着する島を見つめる。最後の一言に引っ掛かりを感じるも、意味を聞けなかった。
「あんちゃん達、もうすぐ着くぞ。契約通り、ワシは牽引した船を置いて帰るからな……」
「あぁ、分かってる。ここまで運んでくれて助かった」
船頭に雇ったお爺さんは、島に着くと牽引していた食料を積んだ帰りの船を桟橋に繋いでくれる。俺達はコーロダ島へ上陸した。
島は昼にも関らず、薄暗く微かな霧に覆われている。幽鬼が出現している時の特徴だ。
「桟橋から遺跡はこっちだな。護衛を頼んだぞ、アルト」
「うん。探りながら進もう」
生命探知を使い、魔物の存在を確認すればこっちに向かっている奴を見つけた。
「ふふふ。幽鬼なのに、生命探知に反応するのか」
肌を撫でる冷たい空気と滲む汗。幽鬼の一番厄介な所は、本能的な恐怖を感じさせる事だ。それによって思考もまとまらず、集中力が乱れる。そうなると、マーラの制御も難しい。
「こういう時は冗句を考えろ、か」
「冗句が何だって?」
「師匠からの教えでさ。幽鬼が与える恐怖を和らげる方法で、笑えってのがあるんだ」
まだ、俺にとって幽鬼が未知の魔物だった頃、マードックに教えてもらった方法だ。その時、マードックが話してくれた冗句が面白かったのを今も覚えてる。
「カルシアは隠れて。敵の場所は把握してるから、心配はいらないよ」
姿を見せた幽鬼は、見慣れない兵士の姿をしていた。体は幽霊のように半透明だけど、装備品は古びていても実物だ。それらは今の時代の武器や鎧じゃない。
「朽ちかけていても、立派な武器なんだな!」
幽鬼の剣筋も的確で、隙が少ない。一合目で砕けると思っていた武器も、予想以上に頑丈だ。体から抜けていく生気を感じながら、目の前の幽鬼の防具部分を蹴飛ばし、二体目の襲撃を迎え撃つ。
鋭い突きを繰り出す槍の軌道を逸らし、一気に間合いを詰めて幽鬼の首を切り払った。霊体は消えて装備は地面に落ちる。
「……何だ、今の?」
倒した時、幽鬼は短い悲鳴を上げた。その瞬間、脳裏に血を吐く誰かの姿が見えた。いつもならこんな事は起きない。
「考えるのは後だ。今はこいつを……またか」
最初の幽鬼を倒した瞬間、また脳裏に光景が浮かぶ。自分が剣で斬り伏せ絶叫する場面だった。
「大丈夫か、アルト!?」
痛みがある訳じゃない。ただ、強烈な光景が脳裏に浮かび、息が乱れて眩暈がする。
道中に遭遇した幽鬼を倒せば、また記憶にない光景が見える。それは段々と眩暈を酷くして行き、疲れが出て来た。遺跡付近まで来た頃には、カルシアも心配するほど顔色が悪くなっていた。
遺跡へ入る前に、隠れそうな場所へ行き休憩した。やっと座る事が出来て深い息が自然と零れる。
「この島の幽鬼は普通じゃない。こんな能力があるなんて聞いた事がないよ」
「……ここの幽鬼ってのは、本当に教会騎士が知ってる類の幽鬼なのか?」
カルシア曰く、コーロダ島は激戦地で多くの死者が眠る場所だから、魔物じゃなくてお化けや幽霊の類の幽鬼じゃないかと。でも、生命のマーラが見えていた。だから、俺は魔物だと思っている。
幽霊がいるなら、すぐに思い付くのはゴル村の森で再会したティトの事だ。父さんが魔物にやられて瀕死だった時に、当時はミーナが持っていたホウレイムの指輪が輝き、ティトが現れて助けてくれた。あの時は、生命のマーラの事は知らなかったけど、マーラである事は確信していた。
「幽鬼を倒した時に見える光景は、ここで間違いないだろう。幽鬼の姿は兵士と似て、装備している物も当時の兵士が使う物だ。兵士の霊が留まり、アルトが知る幽鬼みたいな形でコーロダ島を占拠している。どうだ?」
魔物の正体は、幽鬼じゃなくて戦う幽霊か。しかも、古代の戦場で散ったアーリシア連邦の兵士達。
「そうか。ナーリクやエルグ達と一緒なんだ」
獣人戦争で使徒ナリダスとの決戦後、エウレウム様から学んだ技『祈りの光』でナーリクに戻ったマス・ラグムや、その親友エルグが生命のマーラとして現れた。怪談話に出て来る幽霊と生命のマーラは、一緒なのかもしれない。
「かつての戦場に囚われた幽霊。その怒りが生命のマーラを変容させて、強力な幽鬼みたいになったか」
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