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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第四部:神権の礎 第一章:指輪の記憶
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先輩夫婦の助言

設定の変更

選任貴族→教会貴族。

非選任貴族→無冠貴族。今後、爵位表記を削除します(例:セレス公爵家→セレス家)

 ダーバンさんと妻のカーキさん。最近、成人した娘のホインさんと昼食を食べる。食卓には、果物を使った鮮やかな並んだ。


 中をくり貫いたリンゴに香草や干しブドウを詰めて焼き上げた、リンゴのハーブロースト。

 黒パンとヘーゼルナッツをすり潰し、ブラックベリーと干し果実で風味づけ。団子状にして蒸し焼いた、 木の実とベリーの黒パン団子。

 柔らかく煮込んだ鶏肉に、自家製プラムと乾燥スパイスを加え、蜂蜜でほんのり甘く仕上げた、鶏とプラムの蜂蜜煮込み 。

 薄切りにした焼き洋ナシと、軽く蒸したニンジンやカブをタイムとオリーブ油で和えた、焼きナシとハーブの温サラダ。

 熟れたイチジクを赤ワインと蜂蜜やシナモンで煮たて、冷やして後にチーズを添えた、イチジクのワイン煮。


「ん~、美味しい!」


 思わず唸りながら食べていると、カーキさんが目尻に皺を寄せて笑ていた。


「すみません! 行儀が悪いですね……」

「いいのよ、いいのよ。聖人様の口に合って良かったわ」

「聖人様?」


 カーキさんは、俺が聖人である事を知っていたみたいだ。ダーバンさんがホインさんに説明をすると、驚きながらも最初に会った時みたいに目を輝かせた。


「アルトさんは、教会騎士だったんだ。聖人の称号も与えられるなんて……格好良くて、強いだなんて素敵」


 微かに頬を赤くして、潤んだ瞳で見つめられる。ただし、横からは冷たい視線を感じた。これは、殺気だ……。


「待てよ。アルト君が、ホインの夫か――悪くないのかも」


 横から聞こえた呟きは、聞こえない振りをした。カーキさんは、その呟きに小さく溜息をつく。


 憧れの瞳を向けるホインさん、不穏な事を考えているダーバンさん、そんな二人を放って料理の話や取り分けてくれるカーキさん。ダーバン家との食事を楽しんだ。また、イチジクのワイン煮を食べたいな!


 食器洗いをダーバンさんとしながら、カーキさん達は楽しそうに話している。何だかその光景が眩しく思えた。


「家族って良いですね」

「……そうでしょう。私の宝物です」


 俺の呟きを拾って、ダーバンさんは笑いながら返してくれる。宝物って言った時の顔は、どこかモル(父さん)オーロン()の顔に似てた。


「どんなに大変な任務でも、家族の事を想うと力が湧いて来る。残酷な出来事を目の前にして、心が折れそうな時でも家族の元に帰れば癒される。本当に不思議なものです」


 ダーバンさんは、洗う手を止めて後ろを振り返って妻と娘を見た。いつものキリッとした目付きは和らぎ、微かに口角が上がる。慈しむ瞳だ。カーキさんは、ダーバンさんが見ている事に気付いて微笑んだ。二人がまとう雰囲気は、信頼や愛情といった言葉じゃ表せない物があった。


「家族は良いですよ。子供を持てば、更に人生を豊かにしてくれます。アルト君も、早く結婚した方が良い」

「……実は」


 悩みを話す事にした。ラキウスや生命のマーラの事などを、身近で知ってるのはダーバンさんくらいだ。


「なるほど。特殊な立場ならではの悩みだね。確かに『聖人の妻』というのはシンボルになりやすい。考えている通り、命の危険や政治利用は誰もが考えるでしょう」

「ミーナと結婚はしたいんです。でも、それでミーナの自由が奪われるは嫌です。政治とか命の危険に関わってほしくない。そんな物から守りたいから、教会騎士になったのに……」


 肩を落としていると、背中に手が当てられた。振り返るとカーキさんが微笑んでいる。


「本当に、その子の事を大切にしているんだねぇ」

「カーキ……」


 ダーバンさんはカーキさんを心配気に見やった。それに、もう一度微笑み首を小さく振る。


「私達も似た悩みがあったのよ。あの子が生まれる前にね」

「……少し、昔話をしようか」


 昔話とはダーバンさんの過去についてだった。ダーバンさんは、サーリア地方の教会貴族に仕える兵士だった。しかし、ただの一般兵じゃない。初めて知ったけど、同時に納得がいった。その正体は、情報入手や暗殺も行う諜報員だったのだ。会っても印象に残りづらい風貌や、歩いていても隙を感じさせない所。違和感を覚える所は他にもあった。


 優秀な諜報員として重宝され、各地で任務を果たしていた。カーキさんとは任務先で出会い、一目惚れだったと恥ずかしそうに話す。ダーバンさんは仕事と愛の狭間に悩んだけど、愛を選んだ。自分の正体をカーキさんに明かし、任務の終了と共に二人は秘密裏に結婚した。誰も知らない結婚。カーキさんが組織や敵対者に知られたら、人質や襲撃の可能性が高まる。全ての存在から隠し、二人は新たな人生を楽しんだ。


「だけど、同僚の妬みによって裏切られた。当時、私を抹殺しようと他家から賞金首にされていたんだ。裏切り者は、私の人相や隠れ家を何ヵ所も教えた。その一つにカーキと暮らしていたんだ」


 ダーバンさんは当時の事を思い出して、顔をしかめる。嘘の任務で誘い出されて襲撃を受けた。苦戦しながらも撃退したが、カーキさんに危機が迫っている事を知った。


「本当に、危機一髪だったわ。虫の知らせか、胸騒ぎがして隠し通路を渡って家を出たの。決めていた避難場所に向かっている途中、家を燃やされたのが見えたわ」

「同僚の謀略で組織や主家からは、裏切り者とされて暗殺者が送られた。賞金稼ぎ達も追いかけて来る始末だ」


 ダーバンさんは微かに腕が震えていたカーキさんを抱きしめた。普通に生きていれば経験する事のないものだ。相当、怖かっただろうな。

 各地に二人で逃げながら暮らした。本当に休まる日は無いけど、お互いに愛を交わしながら、ささやかな幸せを噛みしめた。


 二人の様子を見れば聞かない方が良いのに、どうしても聞きたかった事があった。


「そんな危険な目に遭っているのに、二人は離れようとは思わなかったんですか?」


 殴られても文句は言えない質問だと思う。避ける事も出来るけど、そこは受け止めよう。


「ふふふ」

「……え」


 思わず目を閉じていると、カーキさんが笑っていた。ダーバンさんも、目元を緩めて笑っている。


「思わなかったわ。その時、お腹にホインもいたのだけど全く思わなかったの」

「同じく。家族の為に戦ったから、娘と今を幸せに暮らせてる。一度結ばれた縁は簡単には解けない。別れても無関係ではいられないんだ。だから、誰にも追われない人生を掴み取ろうと、旧主家と賞金稼ぎ達と戦った」


 ダーバンさんの話は、俺の悩みへの答えな気がした。リンドの町が村だった頃、ドヴォルや魔物から襲われた時は、ミーナを連れて逃げる事じゃなくて戦う事を選んだ。


「戦ったから、今がある。ゴル村でミーナさんを救い、縁が結ばれた。そして、彼女を想いリンド村で魔物とも戦った。だから、彼女は生きている。結婚が彼女の危険になると思うならやる事は決まっていると思う」


 結婚後、ミーナを危険から遠ざける方法は――。


「戦いを早く終わらせる」


 二人は強く頷く。


「戦いを早く終わらせ、二人で平穏な幸せを掴む。まぁ、聖下と関わっている限り平穏は遠いだろうけどね!」

「ハハハ、そうですね。でも、戦争の時代より全然マシです」

「そうよ。暗殺者に追われたり、戦争の只中にいるより、全然マシよ。それに、お互いの愛を忘れなければ、どんな辛い時代でも乗り越えられるわ。聖下も、私達を守ってくださる事だし」


 経験者だからこそ、カーキさんの言葉は世界の真理のように思える。お互いの愛を忘れない、か。

 それと、ラキウスへの厚い信頼を感じた。二人にも人質とは違う、ラキウスとの何かがあるんだろう。


「お父さん達、大人の話は終わった? 私だって大人なのに……アルトさんの独り占めは良くないと思うんですけど!」


 居間からホインさんの拗ねた声が投げかけられた。カーキさんは、苦笑いをしながらお茶の準備をしてくれる。手伝おうとすれば、ダーバンさんに止められた。


「アルト君、私は旧主家や組織を倒して自由になれたと思っていたんだ。だけど、違っていた」

「自由になれなかった――それは、ラキウスとの関係が?」

「いいや。自由とは幻想だと気付いたんだ」


 自由は、幻想? 掴み切れない言葉に、何と返せば良いのか分からない。


「生きている限り、誰しもが何かに所属しているんだ。組織だったり、種族だったりね。所属の中でも、それぞれの事情があって本当の自由にはなれない」

「……そうですね。何となく分かります」


 この世界に生まれれば、プルセミナ教会の支配下に置かれる。そして、教会の法の下に階級が定められる。人間族なら聖職者や貴族や平民。獣人や亜人種は奴隷。逃亡しても、反逆者って名称に変わり、別の所属になる。


「でもね、世の中には素晴らしい不自由があるんだ」


 ダーバンさんは楽しそうに笑い、ブレスレットを見せてくれた。そこにはダーバンさんとカーキさんの名前が彫られている。そして、少し離れた所に一文も彫られる。


『かつて我が心、風の如く漂えり。されど今、汝という港に、永遠の錨を降ろさん』


「これは結婚の後、旧主家を倒した頃にカーキへ贈った物なんだ。風の如く自由に漂っていた私は、カーキの側でずっと生きるという意味で掘った」

「本当に、素敵な言葉だと思います……」

「結婚とは、自ら選べる不自由の契約だよ。でも、その不自由が愛おしい。自らを捨て、愛する人と一つになる。それを選ぶ決意が愛の形だと思う」


 俺は、ミーナと一つになりたい。自由を手放したって良い。でも、結婚する事でミーナは、関わらずに済んでいた危険を受ける事になる。当然守るけど、一般人に比べたら大きな不自由を負わす事になる。それでも、結婚を承諾してくれるのかな……。


「彼女へ負わす大きな不自由の心配もあるだろう。でも、求めなければ決断は聞けない。一人で悩むより彼女の気持ちを聞いてみなさい。私が、カーキにしたようにね」


 背中を押され、居間に向かう途中で囁かれた。


「心配しなくても、ミーナさんはアルト君と結婚を選ぶさ。そういう人だった」


 まるで、会って来たかのような言葉だった。レハンさんといい、ダーバンさんまでミーナに会ってたなんて。少し拗ねた。


 ホインさんに武勇伝を聞かれたり、ダーバンさんの美食情報を聞きながらお茶をした。温かい空気が漂うダーバン家を見ると、ミーナと向き合う勇気が貰えた。朝から重かった心は軽くなり、ミーナの負担を減らす結婚への道を模索していた。


 ミーナの為なら、俺は自由を手放しても良い。

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