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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第四部:神権の礎 第一章:指輪の記憶
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結婚への葛藤

 ラキウスとの面談を振り返りながら、アーウィンの訓練を終えた。


「身体強化のコツは掴めた?」

「はい。初めて訓練を見てもらった時よりも、マーラの流れを意識できるようになりました!」


 朝のトレーニングを終えて、アーウィンと別れる。別れる直前に『聖人様と女神様が結婚かぁ……』と頬を赤くしながら呟いた。ミーナは女神って呼ばれてるみたいだ。どうか、教会の高位聖職者に聞かれないように強く祈った。


 それにしても、ミーナを女神だなんて言うアーウィンは――見る目があるな!


 なんて、考えながら自室に戻る。ミーナの指輪を手の平で転がしながら、結婚について考えた。


 本当に結婚して良いのか迷う。ずっと待たせて、愛想をつかされる前にはって思っているけど、今がその時なのか。


「クーデター、戦争、使徒、生命のマーラの継承、霊体化」


 これから起こる事と、やらないといけない事を呟けば、肩に重しが乗せられた気分になる。


「何より、戦争だよね……」


 俺と結婚すれば、間違いなくミーナは『聖人の妻』として一つのシンボルになる。そこから政治利用もあり得るし、敵からの標的にされる危険が出て来る。ラキウスは、俺個人の戦う理由の為に結婚を勧めてくれたけど、周りも同じ考えとはいかないと思う。


「戦争になれば、今までとは違う人達とも協力していかないといけない。その中に、ミーナを利用する人だっているかもしれない」


 俺と結婚する事で、ミーナに自由があるのか? ただ、ミーナを危険に巻き込み自由を制限させる。本当に良いのか?


「それに……ミーナだけの命を特別にして良いのかな?」


 ミーナだけじゃない。将来、子供が生まれれば特別な命になる。生命のマーラの継承者として、命に差をつけて良いのか?


 机に置いてある研究書を意味もなくめくった。ここには、エウレウム様とマードックが生涯をかけて研究した内容が書かれている。全ては、一つの結果を得る為に。


 人間族であるエウレウム様が、長命のエルフ族である妻のシーレル様と、息子のへリオル君と生きる為に求めた永遠の命。マーラの霊体化。


 エウレウム様は二人を深く愛したから、生命のマーラの教えは発展していった。マーラの霊体化を求める過程で、ただのマーラの感知者には出来ない奇跡のような技も生まれた。でも、深く愛したからこそ残酷な死が二人を襲った時に、エウレウム様は怒りと悲しみのままに力を振るいノーラ地方東部に甚大な被害をもたらした。マードックは、師匠であり兄であるエウレウム様を止めるべく戦って最盛期の力を失った。


 その教訓で、マードックは研究資料に記した。


 『特別を持てば、他の命への責任が曖昧になる。生命のマーラを学ぶ身なら、命は全て同列に扱うように』


 遺書で知った師匠達の過去を想えば、軽く考えられない忠告だった。


 ミーナは大切で愛してる人だけど、万人と同じように大切にしなければならない。それが、師匠達の後継者として相応しい態度だと思う。結婚をすれば、間違いなく今よりも深く愛する自覚がある。元々は、ミーナや大切な人達を守りたい想いから始まった、教会騎士としての人生だ。


「随分、遠くまで来たな……。あの頃は、使徒ナリダスを倒せば良いと思ってたのに」


 マードックに後継者として見出された過去が、少しだけ嫌になった。知らなければ、良い機会だって急いでリンドの町に帰っていたのに。実際にはその機会さえも、後継者だとラキウスに存在を知られた延長で与えられた物だけど。


 単純だと思っていた世界の真実を知って、引き摺られるように使徒や勇者による本当の戦いに放り込まれた。もちろん、誰かが原因じゃなくて、自分で飛び込んだ部分もある。戦いが終わった後に結婚だなんて、甘い見通しだったんだ。


 鬱々とした気持ちを紛らわそうと、研究書を広げ学びを深めようとした。結局、午前中だけしか集中は持たなかった。


「そういえば、ファーニさんに預けた物は完成したかな?」


 ファーレン伯爵家に向かう前、エスト・ノヴァでお世話になった教会騎士ドーキンさんとレミーさんの結婚祝いに香水を作った。熟成が必要で、出発日までに完成しなかった。そこで、俺の代わりに父の師匠であり首都で薬草店を営むファーニさんに預かってもらった。それを取りに行こうと街に降りる。


「何でこんなに並んでるんだ?」


 ファーニさんの店前は男性客の行列ができていた。しかも、身なりが良い。貴族や上流階級の使用人だとすぐに分かった。薬草店にこんなお客さんが並ぶ事なんてありえない。いつもは正面から入るけど、勝手口から入る事を許されているのでそっちから入った。


「これは、香水?」

「……おぉ、アルトや、帰って来てたのかい」

「ファーニさん、大丈夫!?」


 調合室から出て来たファーニさんは目元の隈が酷かった。お歳なんだから、体調に気を付けないと……。


「あぁ、大丈夫じゃ。ちょっと、香水の売上が良くての。数を作ってたから睡眠不足なだけよ」

「やっぱり、香水が原因なんだね。でも、熟成が必要だから駆けこまれても商品が無いでしょう?」


 セレス地方以外では材料が入荷しづらいのと、それなりに熟成期間が必要だから大量には香水を作れない。


「そこは工夫じゃよ。お前さんが試作品にとくれた香水や酒精を調べて、効率の良い方法を見つけたんじゃよ」


 実際に作業途中だった調合などを見せてもらうと、確かに俺がエスト・ノヴァで知った方法より材料消費も少なく、熟成期間が短く済んでる。さすが、父の師匠!

 新しい発見に心躍らせていると、店内から弱々しい女性の声が聞こえる。


「店長、助けて~」

「全く、あの子は。アルト、すまんが手伝いをしてくれんか。駄賃として、好きな薬草をやろう」


 良いご褒美に、思わずガッツポーズをしてしまった。ファーニさんは苦笑しながら作業に戻る。

 店に行くと、女の子が会計や商品案内にてんやわんやしていた。急に現れた俺に驚く。ファーニさんからの手伝いと聞くと、すぐに仕事を振り分けられた。

 次々来るお客さんを捌きながら、店内を見渡していると知った顔があった。


「ダーバンさん?」

「おや、アルト君じゃないですか!」

「お久しぶりです。ダーバンさんも香水を買いに?」


 自分と同じく、ラキウスが組織する騎士団の先輩団員であるダーバンさんが、小瓶を持って会計に来た。


「えぇ。娘に強請られてね。まさか、エスト・ノヴァ以外で香水を見る日が来るとは思いませんでしたよ。ここにいるって事はアルト君が作った物で?」

「いえいえ。ここの店主が薬師としての俺の大師匠なんですよ。預かり物へのお礼に、香水の作り方を教えたらこんな風になっちゃって。はい、おつりです」

「ありがとうございます。そうだ、折角会えたのだから我が家で昼食はいかがですか? 今日は、もぎたての果物を使った料理が出ると妻が言ってましてね」


 果物を使った料理。言葉だけでも美味しそうだ。招待に応じて、ダーバンさんの家の場所を教えてもらった。今日は、薬草も手に入るし、良い日だ。


 香水目当てのお客さんが帰って、店は静けさを取り戻した。ファーニさんの疲労を考えて今日は閉店した。店で働いていた女の子は俺達にお茶を淹れてくれた後、お金の集計や商品の在庫を調べている。働き者だな。


「手伝ってくれて助かったよ。香水が完成する頃を見計らって、今日みたいな状態になるんじゃ。大儲けの犠牲は、ワシの体調さね」

「お歳なんですから、体調には気を付けてください」

「カカカ。このぐらいで、くたばらんよ。さぁ、駄賃の薬草と預かっておった香水じゃ」


 目当ての物を受け取り、ホクホクの笑顔で店を出た。次来る時は、栄養剤でも持って行こう。


 ダーバンさんの家は城壁を出た近くの果樹園だった。だから、果物を使った料理だったんだな。今は、果物や野菜の収穫期になる秋のフルクティオの月。きっと、桃やブドウにイチジクがあるだろうな。

 家の前に到着すると、微かに甘い香りが漂う。ドアをノックするとダーバンさんが迎えてくれる。


「いらっしゃい」

「お邪魔します。この辺りって何度か通った事があるんですけど、ダーバンさんの家だったんですね」


 家の中には、厚手の絨毯や革張りのソファに装飾のあるテーブルなどの『ちょっと良い家具』が揃えられていた。ただの果樹園農家にしては豪華な品々だ。


「あら、あなたがアルト君ね。私は妻のカーキよ。さぁ、座ってちょうだい!」

「ありがとうございます。お土産を持参しました。良かったら、ご家族でお召し上がりください」

「まぁまぁ、ありがとうね。あなたの友人にしては、しっかりしてる子じゃない。あとで頂くわ」


 カーキさんは微笑みを浮かべて、濃紺色の髪と合う襟元にリンゴの刺繍がされた、赤茶色の上質なワンピースを揺らしながら台所に戻った。ダーバンさんは肩をすくめて椅子に座る。


「ここにある家具とかどれも良い品物ですね。カーキさんのワンピースも貴族の使用人が着てるような物ですよね?」

「ほう。アルト君は審美眼も持っているんですね」


 ダーバンさんは、顎髭を撫でながら感心した様子だった。俺も任地で、貴族とかお金持ちに接する事が増えたから、目が肥えたのかもしれない。


「果樹園農家にしては良い物が揃っているでしょう。エスト・アイルで話しましたが、あの方の給金はかなり良いのですよ。それで、ちょっとした贅沢をね」


 あの方とはラキウスの事だな。良い給金とは聞いていたけど、これほどの物を買えるなんて羨ましい。何故かというと、俺はラキウスから給金なんて貰えてないからだ!

 教会騎士としての給金は貰っているけど、聖人になる前と変わっていない。どういう事?


「ただいま。あれ、お客さん?」

「おかえり、ホイン。父さんの友人のアルト君だ。アルト君、娘のホインだ」

「初めまして、ホインさん。アルト・メディクルムです」

「……格好良い」


 ホインさんの呟きに、隣に座っていたダーバンさんから冷たい何かを感じた。

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