表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第二章:砂塵は心を削りて
254/282

恵みの雨

定期更新!

 ラーグと別れ、テントに戻った。寝る前に、毛布を何枚も重ねて潜り込む。何日も旅をしてるけど、砂漠の寒さには慣れない。最初こそ、暑い砂漠へ行くのに厚着や毛布が必要なのか分からなかったけど、今は用意しておいて本当に良かった。砂漠を知るフマディン卿の助けがあればこそだ。


 翌朝の目覚めは良かった。誰にも言えなかった燻る想いを話せて心がスッキリした。ただ、ラーグに対して軽率な行動だった。何度も謝りたい気持ちだけど、気にするなって言われたから蒸し返すのも良くないだろう。別の形でお詫びになれるような事があればしたい。


「監視をされているな」

「砂丘で場所が分かりづらいね。砂煙も見当たらなかったし、随分前から居る。マーウ・ザハブかな?」

「マーウ・ザハブ以外にも盗賊はいるからな。様子を見るしかないだろう」


 出発してから、どこからか見られている気はするけど、砂丘が多いと場所が特定できない。このまま進んでも良いのか悩むけど、足を止めたら一気に襲撃してくるかもしれないみたいだ。念の為、中央にはフマディン卿が、最後尾にはラーファディさんが向かった。イス・メルダさん達にも伝えると言ってた。

 その後も襲撃は無く、少しばかりの緊張感を持って砂漠を進む。ラーグは先行して砂丘の上に行き、ずっと使いたがっていた道具を嬉しそうに覗き込む。


「ラーグ、何か見える!?」

「おぉ。こんなに遠くまで見えるのか。やはり、レンズが違うな!」


 聞きたい事と違う返事が来て脱力する。初めてラーファディさんと会った時、町で略奪して来た望遠鏡を夜な夜な何かして、完成したって喜んでいた。あとで使わせてもらおう。


「違う、違う! 人とか何かいない?」

「あぁ、そっちか……人は見えないが、面白いものが近づいて来ている」

「面白いもの?」


 面白いって言うから害のある事じゃないんだろうけど、今は警戒しないといけない時だからもどかしい言葉だ。


「空気が冷たい?」


 日中の砂漠で、冷たい空気を感じるなんて大砂嵐に巻き込まれた時くらいだ。砂嵐が来る? これが、面白いもの? 慌ててラーグに聞けば、ニコニコしながら望遠鏡で一つの場所を見ていた。


「慌てるな。砂嵐じゃない……雨雲だ」


 その言葉の通り、雨が降って来た。砂漠の雨は、水溜まりを作る事はないけど、心地良い気温に下がった。フマディン卿は、雨水が貯められるような壺を用意させた。道中で水を得られるのはありがたい。


「この雨、何だか鉄っぽい風味がする?」

「砂と埋まっている鉱物の匂いを雨が引き立てているんだ。味も砂漠ならではかもしれないな」


 ラーグは口を開けて空を向いた。雨の味が気になって真似をした。舌に触れる雨水は、冷たくて清涼感があった。きっと、さっきまでの暑さとの温度差が原因だろう。他の地域で降る雨より、どこか甘さを感じた。鉄っぽい風味に、甘いと感じる雨。ラーグの言う通り、砂漠ならではの雨だ!


「雨、美味しい!」

「苦くないか?」


 俺達の真似をして、獣人達も雨を飲んでいた。子供には甘く、大人には苦いようだ……もうすぐ二十歳になるけど、俺の味覚は子供のままって事?


「いや、俺は大人。この雨の味は苦い」

「何を言ってるんだ?」


 自分は味覚も大人だと信じながら雨を飲んだ。


 滅多に降らない雨を満喫しようと、一団は進みと止めた。盗賊への警戒で足を止めなかったけど、気配とラーグの望遠鏡で今すぐの危機は無いと判断した。何より、獣人達が喜んでいる場面を邪魔したくなかった。


「雨が降ると、自分から流れた血の味や泥に突き飛ばされた痛みの思い出がほとんどです。弱った体には雨の寒さは鞭のように辛く……エルグが衰弱したのも雨が原因だったわ。だけど、水を与えられず労働で乾ききった体には命を救われた事もあります。嫌な思い出しかないのに、雨をこんなに喜べる日が来るなんて……」


 イス・メルダさんから語られる獣人族にとっての雨は辛いものだった。イス・メルダさんにとっては友人を死に導いたも同然だ。そんな思いの人が多いのか、大人達には泣いてる人がいる。そして多分、雨の与える苦しさを知らない子供達は、親や周りの大人の雰囲気を不思議そうに見ていた。

 人間族にとって雨は、畑への恵みに喜ぶ事や地面のぬかるみを不快に思うくらいしかない。小さな天候の変化でさえ、人間族と獣人族が感じている差は大きい。それが悲しくて、無意識に手を強く握っていた。


「大変な事も多い砂漠ですが、ここに導いていただきありがとうございます。メディクルム殿、雨が嬉しい物になりました」


 そう笑ったイス・メルダさんは、指を組んで祈りを捧げた。この光景がナーリクとエルグへ届くようにしたのかもしれない。


 ただ、油断をし過ぎた。まさか、雨で足音を消して近づいているなんてフマディン卿も想像しなかった。そして、遂に襲撃が始まった。盗賊団マーウ・ザハブだ。

読んでいただきありがとうございます。『リアクション』や『感想』をいただけると嬉しいです(評価ポイントでも嬉しいですよ)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ