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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第二章:砂塵は心を削りて
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奪われし者の羨望

臨時更新

 ≪ラーグ視点≫


 獣人の子供達に引っ張られながら、服を着たまま水場に飛び込んだ親友は嬉しそうに笑う。周りの雰囲気から、彼らの信頼を得られたと確信したのだろう。


「服を着たまま何をやっているんだ……」

「獣人達と心からの交流です。ラーファディ殿は?」

「買い物をしてくると窓から飛び出して行った。せめて、入口を使ってほしい」


 闊達(かったつ)なラーファディ殿らしい。でも、三階の部屋から飛び降りるのは如何なものかと思う。つくづく、遭遇したサハールエルフがルー族で良かった。本気で戦えば、教会騎士だってサハールエルフでも負けない。だが、無駄に死者を出す必要もない。マスターが居てくれて良かった。

 それにルー族が察知する程、この一団の情報がナハルザーク砂漠に広がっている証拠だ。これなら、マーウ・ザハブも気付くはず。今まで隠れ里に近づけたくないから、各地で奴らを摘発してきたが切りがない。今回の計画で潰せれば、俺が教会騎士になった大きな理由の一つが片付く。


「まったく、無邪気に遊んで。マーウ・ザハブも、そろそろ仕掛けて来るだろう。出発までに服が乾かないと戦闘時に不便だ」

「マーラで火を作れるから無理矢理にでも乾かせれるでしょう。あとで話しておきます。今はしっかりと、獣人達と絆を深めてもらいましょう」


 三者三様で、アルトは獣人達を隠れ里に連れて安心できる生活を与えたい。フマディン卿は、憧れの存在であるクッラーファを捕えて伝説を終わらせたい。俺は、隠れ里に安置される秘宝を守りたい。このバラバラな目的を達成する為にも、アルトには獣人達の心を掴んでほしかった。良くも悪くも、獣人に影響を与えられるのはアルトだけだ。幸いにも、アルトの献身が彼らの心を掴んだ。これで道中は、隠れ里へ向かう事に集中できる。


「……羨ましいな」


 思わず零れた心の声に、すぐに口を閉じた。隣にいるマスターへ、聞かれていないか伺うと何も言わず離れて行った。聞いていない事にしてくれたか。


 アルトを見ていると羨ましい時がある。確固たる信念を持って、どんな困難も乗り越えていく。かつて、俺はエスト皇帝の末裔であるセレス家の嫡男で次期当主だった。すなわち、南部の王として俺やセレス家を頼る者達の守護者になる信念を持っていた。戦いの人生の中で、政略結婚ではあるけれど、想い人のセラーナと結ばれる未来が与えてくれる幸福を楽しみに待っていた。


 だけど、俺はマーラの感知者になってしまった。衆目の中、発露した力に絶望した。パトロみたいに隠せるタイミングであれば、教会騎士へならずに済む方法があったかもしれない。でも、全てが手遅れだった。将来の南部の王としての役割を失い、セラーナと築くはずだった幸せも失った。敵であるプルセミナ教会側に付き、先兵である教会騎士にもなった。


 そんな目的も何も無い中、アルトの姿が眩しく見えた。魔物の脅威から大切な人達を守りたいと願い、ライバルの俺に教えを請い強さを求めた。その先で悲劇も起きた。だが、あいつは自分の道を進み続ける。対して俺は、教会騎士団の内部でセレス家の影響を強める事と、巨大犯罪組織ペティーサと盗賊団マーウ・ザハブの追跡の役割を与えられた。確かに教会に居ないと出来ない事で、どれも大事な事だと分かっているけれど、訪れるはずだった未来の喪失感が消えない。


 この想いを知ってか知らずか、アルトは役目を与えてくれた。通貨を使った戦争を知って、俺に幻滅しながらも雪崩や暗殺者から俺を守り抜き、貴族や政治の機微が分かる俺ならではの方法で人々を守ってほしいと願われた。あの言葉には心を大きく揺らされた。


 下級騎士への叙任後、役割と一緒にアルトの願いを果たしていくと、そこから見える人々の笑顔が嬉しかった。南部の事しか眼中に無かった自分の偏狭さに笑った。幸せに生きたいと願う気持ちは、住む場所や種族も関係ない。誰もが願って良い事だ。それは、綺麗事と笑われるアルトの信念が実現した世界の一端を見た気がする。皮肉にも、重責が無くなった自分だからアルトの信念に共感する事が出来た。南部の王であったなら、笑っていた事だろう。


 子供と水場で遊ぶ親友は、人に希望を易々と与えてくれる。滅ぶはずだった獣人を救い、迷う俺の手を取ってくれた。それが出来るのは、揺るがない信念の賜物なのだろう。

 今は、与えられた役割とアルトの手伝いをしているが、俺が行きたい未来をもう一度考えてみよう。きっと、それが新たな信念を作り上げる方法になるはずだ。


「まずは、目下の仕事だな。マーウ・ザハブの壊滅と、秘宝の確認。オムニス・グラモアの封印が解かれつつあるか……あれには何が書かれているんだか」


 秘宝オムニス・グラモア。数千年前から隠れ里の神殿に存在する本。俺達が信仰している使徒マグナスが関係している事は分かる。だが、マーラのような鎖で縛られて決して開けなかった。それが今、開かれようとしている。


「いや、今はマーウ・ザハブに集中だ……おーい、食事にするぞ! 皆、集まれ!」


 食事と言えば、嬉しそうに俺のもとへ集まって来る。ひとまずは、この笑顔が長続きするように努力しよう。


「ラーグ、手伝うよ!」


 アルトの期待に満ちる顔を見るのは気分が良い。大勢を救い敬わられる聖人だけど、この表情は俺や仲間達にしか向けない。ただのアルトになっている。この姿を見れるのは、友人ならではの特権だろう。

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