二つに一つ
傷ついたミーナを助ける方法を必死に考えた。モルも助けなければならない。
(全員で帰ってお祝いするんだ! それに薬師の息子だろうが!)
悲しみの涙を拭い、自分の服を脱いでミーナの体に巻き付けた。気休め程度にしかならないが、時間を稼ぐ。
ミーナを抱きかかえ、急いでモルの状態を見に行った。
モルはぐったりと横になって裂けた横腹からは血が流れ、体を濡らしていた。
兄同然な人の、その状態に目から熱いものが込み上げる。ミーナを側に置いて、モルの服を裂いて傷口を池の水で洗い、裂いた服を突っ込んだ。その痛みから、呻き声が聞こえた。モルの意識が戻った。
「あると。・・・・・・だいじょうぶ、か?」
思わず笑いそうになった。自分はこんな状態なのに心配してくれるこの人が、本当に好きだ。
ずっと見守ってくれた。ティトが死んでから隠れて泣いていた時も、この人は何故か見つけて側にいてくれた。泣き腫らした顔をからかいながらも抱きしめてくれる優しさに何度も甘えてしまった。
そして今日、一緒に戦ってくれることが、どんなに頼もしく思ったか。
絶対に助けたい家族。
鼻を小さく啜り答えた。
「・・・大丈夫。魔物も倒した。すぐに助けるから!」
「みーなは?」
「ミーナも怪我してる。大丈夫。二人とも助ける」
この森はかつてティトと薬草を探し回った場所。地図が無くても、なんとなく分布図は覚えている。
血が固まりやすくなる薬草、殺菌できる薬草。急いで森を走り回る。
不思議なことに動物の気配がない。今は都合がいいが魔物の影響だろうか、と考えながらもマーラを使って警戒する。今、自分に何かあれば、みんな死んでしまう。
薬草を集めまわって、二人のもとに帰った。二人とも意識が無いが生きている。
水で洗った薬草で二人の傷口を処置する。
しかし、根本的な問題がある。殺菌しても、血を固めて出血を少なくしても、傷自体は治せない。
傷を治さなければ、一時的に血の流れが少ないだけ。
(どうすれば)
大事な人達を救う方法を考え続けた。
(森の入口だ。あそこに回復薬を準備していた!)
決戦に備えて準備していた荷物を思い出した。あそこには回復薬がある。
「この辺に置いてあったはず・・・。くそ!」
用意していたカバンが踏まれていた。中身の回復薬の瓶も割れている。周りの足跡を見ると、動物達が移動した跡だった。
(やっぱり、森から逃げたんだ。よりにもよって!)
それでも、無事な回復薬もあった。
カバンを持って行き、中身を確かめた。初級回復薬二本、謎の回復薬一本。
二人の傷は初級回復薬が二本では治せない。二人合わせても九本必要だ。
(今からゴル村に戻ったら間に合わない。なんで・・・)
手元にある初級回復薬では傷は癒えない。アルトの視線は謎の回復薬に向いた。
(もし、本当に中級回復薬なら治せる。けど、この量だと一人しか治せない)
握る手に力が入る。この謎の回復薬を使うのは決めている。どっちに使うかだ。もし中級回復薬でも、初級回復薬と合わせては使えない。薬は毒にもなるのだ。
「・・・・・・アルト」
小さくミーナが呼んだ。彼女の手を優しく握って答えた。
「なに?」
「......わたし、かみさまに、まもられてるの」
「っ」
「だからね、あるとが・・・」
何かを言いかけて、ミーナは意識を失った。急いで呼吸や脈を確かめると、ただ意識を失くしただけだった。
『二人とも、時は待ってくれないよ』
「っ」
突然、キケロの言葉を思い出す。アルトが悩み迷っていても時は待ってくれないのだ。
(落ち着け。二人の傷口を確かめる。それで、中級回復薬で治る方に使う。それだけだ)
深呼吸をして、二人の状態を見る。その手は震える。
「・・・ごめん。モルさん」
アルトは涙を拭き、震えそうになる手を必死に制御して、謎の薬をミーナの傷口に慎重に注いでいった。
効果はあった。胸から腹部まで裂かれた傷は跡も残さずに治っていく。むしろ、中級以上の効果だ。
でもアルトの涙は止まらなかった。
あの笑顔が。剣術を習いたいと言った時の驚いた顔が。剣技を覚えた時に乱暴に撫でられた手の感触が。結婚式の時に、酔ってアルトに酒を飲まそうとしてアリアに怒られていた顔が。隠れて泣いてた時に抱きしめてくれた温もりが。
今、消えていく。
ミーナの治療が終わり、アルトは泣き続け、謝り続けた。
『マーラは、物質の根源かな。例えば、私たち人間の体はマーラの結合の連続で出来ている。』
『マーラの感知者は結合や分解なども出来る』
『そして、強い思いを込めてこうすると・・・』
突然、キケロの言葉が頭に流れた。
(物質の根源。マーラの結合の連続。結合と分解。強い思いを込める。まさか・・・)
アルトは立ち上がりモルの横腹の裂け目を抑えつけた。息を整え集中する。魔物を斬った時のように強く思いを込める。だが、結合はわかるが分解がわからない。思いを込めるだけでいいのか。
『この空気も結合したマーラで出来ている』
(結合したマーラが空気にもある)
空気のマーラを分解して傷口に結合させる。想像はしているが、難しくて出来ない。
「くそ! 俺はマーラの感知者じゃないのかよ! 助けて、モルさんを助けて!」
もはや想像でもなくモルを助けてほしいとマーラに強く願った。強く、強く願った。
するとアルトの周辺に光の粒が浮き上がってきた。アルトもその変化に気付いた。自分でもどうなっているのかわからなかったが、ひたすらに願い続けた。
(モルさんを助けて・・・)
周辺の光の粒は増えていく。辺り一面が光の粒になった。そして、傷口を抑えているアルトの手に小さな手が乗った。その手は次第に形を作っていく。
そして、夢で見たティトの姿が出来た。
あの頃のような、小さな手がアルトの手に重なる。
「ティト?」
ティトはニコリと笑いかけ、自分とアルトの手の輝きが増していった。モルの傷が治り始めたのだ。声も出せずに、どんどん傷口が塞がっていくのを見る。
傷が完治する頃になると光は弱まり始め、ティトの光も薄くなる。
アルトはわかった。弟がこのために来てくれたのだと。弟はマーラになっていたのだと。
暗くなり始めた自分の視界にティトが手を振る姿が見えた。片手は誰かにひかれている。
『バイバイ、お兄ちゃん』
頭に別れの言葉が聞こえた後に、ティト以外の声も聞こえたがわからないまま。アルトは気を失った。
その姿を夜明けの光が差し込み照らしていた。
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