砂漠の猛者達
臨時更新!
ナハルザーク砂漠へ入り三日目。夜間移動は順調に進んだ。砂漠の夜空は雲も無く、月の柔らかい明かりで俺達の旅を助けてくれる。
コブトカゲに乗れない人達もしっかりとした歩みで前に進む。最後尾は当初と変わらず、イーライとベリノが見ている。たまに全体の様子を見る為に最後尾まで行くけど、ベリノは俺達人間族と距離感を取りながらも協力してくれる。脱落者が出ないのもベリノとイーライのお蔭だ。
子供達はコブトカゲの不思議な感触がするコブを触りながら、はしゃいでいる。通り過ぎる俺に、手を振ってくれるのはとても嬉しい。気合が入るな!
「アルト、今日の移動はここまでする。明日の朝、オアシスに到着するからな。そこで水の補給をして、すぐに出発だ」
「夕方を待たずに、すぐですか?」
「あぁ。そこのオアシスは選任貴族が治めている。サーリア地方を出る前までは、バクル伯爵派閥だから大人しかったが、あのオアシスの領主は差別意識が強い。巻き込まれる前に出発したい」
納得だ。ここはまだ砂漠地帯の外縁部と言える場所。選任貴族の論理が及びやすい。
「マスター、言葉が足りません。ニクス地方は遊牧民の先住民族がいるんだ。各オアシス都市と彼らは同盟を結んでいる。オアシス都市の方は、彼らが持つ独特な資源の交易と砂漠の情報を得ている。遊牧民の方は近くに来た時の、水の無償提供と休息地を得る事」
お互いに利益のある同盟だ。だけど、同盟というのは単純な話じゃないらしい。オアシス都市からすれば、身を守る為でもある。砂漠に生きる遊牧民は戦い方が巧妙で、襲撃を受けると瞬く間に町で略奪が起きる。場合によっては、定住されて価値がある物を根こそぎ奪っていく。いくら、貴重な水があるとは言え、空っぽになった町で暮らすのはとても大変だ。
そう言った事情もあって遊牧民との同盟は必須。ただし、同盟を結んでしまえば、むしろ安泰。彼らは義理堅く、同盟都市の危機には助けてくれて、交易も無茶を言わない。
「遊牧民は複数の部族がいるんだ。オアシス都市もそれぞれの部族と同盟をしてる。遊牧民にとっての縄張りみたいなものだな。縄張りがあると言う事は?」
「争いが起きるのか……」
ラーグは指を弾き、正解と言う。部族同士の諍いは、そのまま縄張り争いに繋がる。つまり、それぞれに同盟しているオアシス都市に攻撃の危機が迫る。
そこで抗争の雰囲気が高まると、同盟都市は積極的に相手の部族とその同盟都市に働きかけ抗争の未然防止に動く。相手の同盟都市も理解しているから、お互い必死に部族間の調停に入る。
「砂漠で生きるって、大変なんだな。話が見えてきたよ。明日の町は同盟を結んでいないんだ。それで、巻き込まれる前に出発するって事?」
「そうだ。さらに問題なのは、奴らは亜人種にとても優しい。もし、この行列を見て教会騎士が率いているっと知られれば、私達が真っ先に狙われる。あの意味、ベリノが先に行動を起こしてくれて良かった。あの場面を奴らが見ていたら、問答無用で矢の的にされていたぞ」
思ったより、危機一髪だったのか。寒い砂漠の中で、汗が流れた。
「砂漠でサハールエルフを相手に戦うなんて、いくらマーラが使えても無謀だ。何度、命拾いしたか……」
昔を思い出して、フマディン卿は顔をしかめる。サハールエルフは太古の時代、ニクス地方で草木が生い茂っていた頃に住んでいたエルフ種が、砂漠化と共に環境適応した種族。茶褐色の肌と灰色の髪が特徴らしい。砂漠での戦い方と、フマディン卿が使っている極端に湾曲した剣シミターの扱いが上手く、集団で襲撃されるとマーラの感知者でも非常に苦戦する。
苦々しく話すフマディン卿の様子が気になるが、ニクス地方出身なら戦う機会があったのかもしれない。そんな事を思っていたら、衝撃の事実を教えられた。
「私は、遊牧民のサハールエルフと人間のハーフなんだ。人間族の血が濃いから、長命な人間族という感じだな。この剣シミターはサハールエルフの得意な得物だ。初めて参加した抗争では激しい斬り合いだった。その時の相手が生粋のサハールエルフで、何度か死を覚悟した程だ。最後は逃げたがな」
「それは……会いたくないですね。早く町を出ましょう」
「今回はそこまで心配しなくても良いのでは? マスターが居るのですから」
ラーグの控えめな笑い声にフマディン卿はまた渋い顔をする。
「会わなくて良い相手なら、会いたくない。アルトもそうだろう?」
「そう、ですね」
どことなく歯切れの悪い様子だった。
翌朝、獣人の行列に驚いた町は鐘を激しく鳴らし続けて門が閉じられた。様子を見れば、遠くからでも分かるほど外壁はボロボロで壁の意味があるのか分からない。門扉はへこんでいる箇所が多い。何かに襲撃を受けた痕跡が生々しく残っている。きっと、サハールエルフなんだろう。
櫓からは、誰かが望遠鏡でこっちを見て騒いでる。望遠鏡を使ってる?
「あんな町に望遠鏡があるなんて意外だ。誰が売ったんだ?」
「やっぱりそういう品物なんだ。マルトさんの案内で、マグナーサ宮殿の天文部って所で作ってるのを見たよ」
「あれは星の観察用だな。あっちは市井の職人が量産に手こずって、木っ端貴族が買えるような値段じゃないぞ。本当にこっちまで見えてるのか?」
ラーグが櫓の望遠鏡の正体を考えている内に、行列の先頭に教会騎士の旗と教会騎士の剣を掲げた。見えてるなら、これで警戒が解かれるはずだ。すると、鐘の音が止まった。
「見えていたのか!? あれは、気になるなぁ。どんなガラスを使っているんだ。あぁ、分解したい!」
好奇心旺盛な星の民の習性がラーグの心をくすぐっていた。エレーデンテの頃、食堂料理に興味を示していた頃と同じ雰囲気だ。
そわそわしているラーグにフマディン卿は小さく溜息をつき、門から出てきた兵士のもとに向かった。交渉が終わって戻ると、水の補給を拒否された。
「この数の獣人を町に近づけたくないらしい。町へ入るなら私達だけだと言ってる」
「七百人分の水をここまで運ぶのは時間が掛かる」
「まだ余裕はあるけど、念の為にも補給はしたいですね」
もし、水が無くなったらマーラで作ろうと思っていた。戦闘事態に備えてあまりマーラを使いたくないけど、仕方がない状況だ。ただ、砂漠地帯は湿気が少なくて作り出すのも一苦労する。七百人分を維持できるのか心配だ。初めてマーラを見せてくれたキケロ・ソダリスは、ゴル村の環境が良いから水球が作れるみたいな事を言ってたな。今、あの意味を実感するなんて。
「考え込んでも仕方がない。町から獣人が近づいて良い距離まで水を運ぼう。ずっと、ここに留まり続ける方が危険だ。遊牧民の襲撃に巻き込まれない内に、この場から離れたい」
「その方法しかないか。交代しながらやりましょう。一人は休憩のついでにここで周辺の警戒をして、二人で町から運びましょう」
こうして、とんでもない重労働が始まった。獣人達も、近場まで協力してくれるから少しはマシだけど暑さとの戦いになる。毛皮を持つ獣人には無理をさせられない。
上級騎士が戦うのを嫌がる相手。サハールエルフが来る前に終わらせないと!
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