尻尾タッチの誓い
定期更新!
大改稿進捗状況。第一部第二章のリンド村編の後半の下書きをやっています。早く公表できるように頑張らないと!
俺のもとにヤウィンが来たのは驚いた。ベリノに関する内容だけど、いずれ動くと思っていた事だ。それよりも大事なのは、ヤウィンの気持ちだ。誰も傷ついてほしくないって訴え、ベリノを助けて欲しいって願っていた。この話をする決意をしたのは、今までの俺の行動を見て来たからだと。その言葉だけで、目頭が熱くなる。
「まだ、アルトの事は分からないんだ。この話をして本当に良かったのか、裏切られるんじゃないかってすごく怖い。でも、今まで助けて来てくれたのもアルトなんだ。だから、信じてみる事にした」
ヤウィンの心が不安に揺れているのが分かる。父親を殺した相手の近くに居るのが不安で、仲間を裏切っているんじゃないかと不安で。多分、言葉で何かを伝えてもこの子は納得しない。それなら、今まで通り行動で示すしかない。少なくとも、それでヤウィンは歩み寄ろうとしてくれたんだ。
「ヤウィン、約束するよ。ベリノ達が暴れても、絶対に殺さない事を。ただ、戦う必要があるなら傷つけてしまう事は避けられないんだ。そこだけは、許してほしい」
「……うん。戦うならそうなるよね。分かった。約束を守ってくれるって、信じるから。それ、何?」
小指を立てると、ヤウィンは首を傾げる。獣人には無い風習なのかな?
「人間族は約束をする時に、こうやって小指同士を組むんだ。約束を守るよって意味。獣人族でこういう物は無い?」
「あるよ。尻尾タッチの誓い!」
ヤウィンはオコジョと言う獣人で、イタチの仲間みたいだ。イタチ種の子供は約束の時、尻尾タッチの誓いをする。やり方は、お互いの尻尾同士をタッチして「この約束、尻尾が覚えた」って言う。破れば、「噓つきの尻尾だ」って追いかけまわされる。その光景は可愛いだろうなぁ。それにしても、尻尾かぁ。
「人間族に尻尾は無いからな。そうだ、この大切な指輪で尻尾タッチの誓いをしよう!」
「指輪? アルトにとって大事な物?」
「そうだよ。大切な人からお守りにって渡されたんだ。ヤウィンの尻尾みたいに大事な物なんだ」
「分かった! 約束破ったら、その指輪を渡すまで追いかけるからな!」
ヤウィンは尻尾を揺らしながら、ミーナの指輪にタッチした。これで尻尾タッチの誓いが交わされた。
「気になるだろうけど、あとは俺が頑張るからヤウィンは出発まで休んでいて。お母さんも心配してるだろうから」
「分かった……それと、旅の途中でも良いから、何でお父さん達を殺したのか教えてほしいんだ」
「……分かった。父親を殺した話というより、俺から見たあの戦いの理由を話すよ。そこにヤウィンの知りたい事があると思う。もう一回、尻尾タッチの誓いする?」
「ううん。さっきので信じてるからやらない」
「分かった。おやすみ、ヤウィン」
ヤウィンは俺の行動を見て信じてくれたんだ。他の獣人も同じかもしれない。このチャンスを掴むんだ。俺は、あの人みたいに傷つける存在じゃない。俺は、彼らと、皆と一緒に歩く人でありたい。
目を閉じればすぐに思い出せる星空での語り合い。冷酷で残虐な統治者が生み出した世界を否定したい。その為にも、証明しないと。亜人種と人間族は、共存が出来るんだと。
そして、西日が傾き始めた頃。テントの周りに異変があった。何人もの武器を持った獣人が囲んでいる。松明を持っている者もいた。テントを燃やすつもりだろう。角が折れた鹿の獣人が合図をする。松明が投げられた。テントが燃えて行く事で、獣人達は違和感に気付いた。
「そこには誰も居ない。教会騎士に不意打ちを仕掛けるのは難しいぞ。それこそ、マス・ラグム程の力がなければ」
「……それだけではなかろう?」
「まぁ、そうだな。ベリノ、もう止めよう。もし、ここから逃げられたとしても追われる身だ」
「追われる身など、ワシらはいつもそうだった。何も変わらん。変わるとするなら、ワシが新たなマス・ラグムになる事だ!」
その叫びと共に、鹿の脚力を活かして距離を詰めて来る。他の獣人も一斉に襲い掛かる。ベリノは棒術が得意で、鋭い突きが来る。だけど、突き攻撃が得意な親友に鍛えられたら大した事はない。鞘を括りつけた剣でいなし、他の獣人を衝撃波で吹き飛ばす。
「ベリノ、諦めろ。お前が俺をどう思おうと、俺は生きてほしい事を望むだけだ!」
「安住の地などと言って、飼い殺しの生などいらん! あやつが最後まで戦い抜いたように、ワシも最後まで戦う!」
「飼い殺しなんかじゃない。分かっているだろう? あの場に居続けたら、処刑か奴隷に戻すしかなかった。でも、ナーリクとエルグ。そして、イス・メルダさんに皆の事を託されたんだ!」
麻痺をする程の浄静波を放てば、ベリノ達を簡単に抑え込められる。だけど、今は技を使わずに説得をしないといけないと思った。マス・ラグムから戻ったナーリクが願った事を伝えないといけない。ただ、自由に生きて欲しいと。
「マス・ラグムになりたいって言うなら、ナーリクの想いを何だと思っているんだ!?」
「自由になる事だ。人間を滅ぼして真の自由を手に入れる!」
ベリノ以外の獣人も、自分達は自由の戦士だと叫ぶ。ベリノや彼らの言葉を聞いていると、何か違和感を感じた。
「……縋りたいだけじゃないのか?」
「何だと?」
「ただ、負けを認めたくない。それだけじゃないのか? ナーリクの想いを利用して、自分の気持ちを発散させたい。お前達の言葉にはナーリク程の想いが感じられない」
一瞬の顔の歪み。図星を指した感じだ。ベリノは顔を赤くして怒りのまま攻撃をして来る。
「事実で言えば、獣人戦争はお前達の負けなんだ。自分の意地の為に、俺を殺しても皆を苦しめるだけだ。過去は変えられない」
「人間の、貴様が言うなぁぁ!」
「言えるさ。俺は家族を獣人に殺された。ナリダスの命令を受けたマス・ラグムが仕組んだ事でもあるし、お前達の苦しみの積み重ねが誰かを傷つける事を躊躇わなくさせた。俺は家族を殺されて、故郷は滅ぼされて獣人を恨んだ。お前達を倒す先に平和があるって信じていた時もあった。だけど、違うって気付いたんだ!」
ベリノを投げ飛ばし、喉元に剣を突きつけた。他の獣人も打ちつけた体を押さえて痛みが出てきたようだ。
「エスト・ノヴァで自由に暮らす人達を見て知った。誰だって、幸せに生きたい。大切な人の側で笑っていたい。人間も亜人種も変わらず持っている気持ちだ。それに気付いた時、自分の偏見と怒りに歪んだ世界を知った。ずっと後ろを向いて、獣人を倒せば解決だと思い込んでいた。でも、前を向くと違う世界が見えてきた。抱いていた信念が輝いたんだ」
「信念?」
ベリノから剣を離し、故郷を出てから抱き続けた信念を伝えた。世間を知る前まで人間族にしか当てはめていなかった考え。そう思うと、バクル伯爵と俺の違いはどこで生まれたんだろう。
「命を尊ぶ事だ。生きる事は貴く、一度しか得られない貴重な物。だから、大切にしないといけない。大師匠からは、命を奪う時は慎重に考えろって叱られたよ。失った命は戻らないのだから」
「……ラグムを殺しておいて、よく言う」
「そうだな。それについては何も弁解が出来ない。言えるとしたら、ナーリクと俺が掴んだ運命によって、戦う事を決定づけられた未来だった。そのナーリクからベリノ達を託されたんだ。自由に生きられるようにって」
ベリノ達が前を向けるようにするには、どうしたら良いのか分からない。たかが、十八年くらいを生きた人間には思いつかない。
「ベリノが前を向いて、これからの人生を生きられるなら、俺の事をずっと恨んでも良い。罵っても良い。呪い続けたって良いさ。お前の悲しみや苦しみを俺が背負う。その思いをいつか、亜人種が自由に生きられる世界へ運ぶ。だから、手を取って。ベリノ」
倒れたままのベリノに手を差し出した。起き上がれるように。ベリノの悲しみを受け取れるように。
「ワシをこのまま生かしておけば、お前の命が常に危ぶまれるぞ?」
「言っただろ。恨んでも良いって。だけど、殺される気もない。俺は亜人種を自由にして、この世界を滅茶苦茶にした奴らをどうにかするんだ」
「……どうにかって。何だそれは。だから、先を見ない人間は愚かなんだ」
「未来なんて、本来は誰にも見えない事だろ? 頑張って、道を作って行くしかないんだ。誰かさんが定められた未来なんて、壊してやる! さぁ、手を取って立ち上がれ。ベリノ!」
差し出していた手を、ずっと戦い続けたとても固い手が握った。
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