歴史に刻まれた罠
臨時更新!
バクル伯爵との邂逅の翌日、俺達は見送られながら町を出た。嫌っていても儀礼として挨拶はしないといけない。あっちは悠々と笑いながら、別れを惜む言葉をかけてくる。直感を高めて思考を読めば、本心からの言葉だった。
結局、今まで会った貴族の中で一番残虐な人である事しか分からない。こんな人の手を借りて獣人達を助けないといけないのが悔しい。何度も思い知らされているけど、俺は無力だ。
「あの貴族の人間、良い人だったね。こんなお菓子貰ったんだ!」
「良いなぁ。僕のと半分こしようよ」
近くの子供達が、バクル伯爵から貰ったお菓子を嬉しそうに分け合ってる。一瞬、毒が入ってるかもと思ったけど、あの人はそんな事をしないと変な確信がすぐに思い浮かんだ。
(わざわざ毒殺なんてしなくても。あの人は……)
胸を占める不快感を払おうと、何度も深呼吸をした。
こうして、西方のコローネル伯爵領を目指す旅は、方向転換して南へと向かった。道中の町や村でも、何の問題もなく道を進む。バクル伯爵が言った通り、どこも平和で残虐な統治の成果を見せつけられた。
旅を始めて一か月。春の終わりが近づく。
道中の休憩で、詳細に描かれた地図を指差しながら、ラーグ達と砂漠入り前の計画を話し合う。
「この町に、セレス公が用意した物品がある。ここでナハルザーク砂漠に入る前の準備をしよう」
「分かりました。夕暮れ前に砂漠入りですよね?」
「あぁ。気温が下がり始めた所で出発する。その間に、移動用のコブトカゲを用意しないとな。皆、驚くだろうな」
フマディン卿は休んでいる獣人達を見ながら笑う。
コブトカゲ。ラーグから話を聞くと、背中に二個のコブがある大きなトカゲらしい。砂嵐にも強く、水と食料が少なくて済むからナハルザーク砂漠の主な移動手段だ。ただ、よく見るトカゲのような俊敏性は無い。大きさを聞いても内緒と言われる。嫌な予感がする。
町に着く前日の夜。習慣となった、子供達とのマーラを使った曲芸遊びを終えて、夜の見張りの前にラーグと話をした。ようやく落ち着いた時間が取れた。獣人への気配りや、寄った町や村のでの交渉。挙げればきりがないほど忙しかった。余裕が出来たのは、バクル伯爵領に入ってからだ。
「いつもながら、マーラを使って不思議な事をするな」
「師匠達のお蔭だよ。いや、マグナスの力もあるかも」
「マグナス……父上から話を聞いた時は驚いた。世界を作った使徒と名乗る創造神か。まさか、信仰していたものがリンドアを手に入れようとしてる神だったとは」
「使徒ノートラスへの対抗だったけど、師匠達の資料を星の書にして知識を与えてくれたのは助かったよ」
ラーグは父親であるセレス公爵のウィンザー様から、ある程度の話は聞かされていたようだ。
「その力に関しても、とても興味があるが俺の安全の為に教えてくれないんだろう? 父上は知っているのに」
「ごめんなさい」
使徒の話。勇者の話。話そうと思えば、話題は尽きない。何でこんなに事件の渦中に居るのか、溜息が出てしまう。
「今、判明している使徒はマグナス、ナリダス、ノートラス。選ばれた勇者は、亡きマス・ラグムと犯罪組織ペティーサの棟梁エグラーデか。それでマス・ラグムを倒したから今回の勇者戦争は終わったと。でも、納得していない事があるんだろう?」
「うん。使徒とかに詳しい人の話だと、マーラの海を広げる計画があるらしいんだ」
ラーグは今までの話と、マーラの海がどういう物を知っているから事情を察したみたいだ。そこで疑問に思ってる事を話した。
マス・ラグムが請け負っていたはずの、ナリダス用のマーラの海がどこにも見当たらないのだと。本拠地にしていたノーヴェス城を調べても無かった。イス・メルダさんに聞いてもそれらしい話は聞けなかった。
「ナリダスだけは、徹底的に妨害したかったんだけどな……」
どういう事情か未だに分からないけど、あいつは魔物をティトに差し向けて殺し、最後は村を滅ぼしてオーロンとエルマを殺した。使徒は倒せない存在らしい。だけど、方法は分からなくても何かしてやりたかった。
「場所か。勇者の本拠地に無かったのなら、一つ可能性のある場所がある」
「え、どこにあるの!?」
「カレリア島だ」
カレリア島。このカバヴィル大陸から遠い東にある島で、獣人達の故郷だ。ナーリクとエルグが夢見た、マス・ラグム伝説が生まれた場所。エスト帝国が崩壊して亜人種排除の動きが高まった時、当時のセレス公爵は多くの獣人をカレリア島に逃がした。
「そんな場所に行けないよ……」
「可能性の一つだ。それに低い可能性だとも思う。あっちには多くの獣人がいる。もし、マーラの海を管理しているならナリダスの影響力はとても高まっているはずだ」
「それもそうか。やっぱり、こっちのどこかにあるか」
「言っては悪いが、今は固執する必要もないだろう。ナリダスは、少なくても数十年は手を出して来られないんだ。その間に対策を考えれば良い」
確かにそうだ。今は、彼らを隠れ里に運ばないといけない。その後も、首都に帰ればラキウスがやる事を決めているだろうし。先送りし過ぎはダメだけど、今すぐじゃない。
そんな風に考えていると、ラーグは大きな溜息をついた。
「その話を聞くと、アルキム・セクレがマーラの海の可能性が出て来るんだよな」
「あぁ……」
この話をするのは、ラーグが初めてだ。だからすぐに、思いついたんだろう。確かにアルキム・セクレは、星空が浮かぶ広大で図書室だった。あれが、マーラの海って言われても納得する。
「でも、マーラの海を広げる為の信者ってあそこには居ないでしょ?」
「天井に登って行く光がマーラだったんだろう?」
そういう可能性もあったのか!
星の民の伝統で、毎日書かれる日記は本人の死後にアルキム・セクレへ入れられる。それを司書みたいな存在である魔物が星の書に変えていた。
「星の書がマーラになって天井に登ってたね。そういう信仰の方法があるのかぁ」
「元は、マグナス様の啓示を受けた人物が始めた事だ。多分、その人が勇者だったんだろうな。上手いやり方だ。伝統に組み込んで、誰にも知られずにご自身の力を強めるなんて。知識と秘密の使徒の称号は伊達じゃないな」
そんな話を聞くと、一番危ない使徒はマグナスかもしれない。だけど、似たような状況がもう一つある。これが知られれば、世界がひっくり返る騒ぎになりそうだ。ラキウスも懸念していた存在。
「サドミアが使徒の可能性もあるよね」
「やっぱり、そう思うか。本当なら世界に激震が走る」
プルセミナ教会が信仰する女神サドミア。救世の巫女プルセミナに啓示を与えて、エスト帝国が崩壊する原因を作った神。大陸のほぼ全てで信仰されている。エウレウム様が去り際に話した、世界のマーラの異変はこれなのかもしれない。
お互いに悩みは尽きない。いや、悩みを運んで来たのは俺なんだけどね。
まだ、バラール地方の誘拐事件の被害者の少年で、エレーデンテとして再会したアーウィンの話をしたかった。だけど、今日はそんな気分になれない。夜の見張りに備えて眠る事にした。
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