天の声
アルトが凍りつくような恐怖を空から感じ、動けなかった。見上げたくない。見れば死ぬのではないか。思考とは別に体が言うことを聞かない。
ミーナとモルは変化には気付いたのか、辺りを見渡している。アルトみたいに動けなくなっていない。
アルトの様子に気付いたミーナは声をかけた。
「アルト、どうしたの? 顔色がすごく悪い」
「どうした。怪我したのか?」
空に感じる存在のせいで声が出せない。
そんな調子で固まっていると、虫の息だった獣人が体を仰向けにして空を見て涙を流していた。
「##、####・・・」
何かを呟いた獣人に返事をするように空から低い女性の怒声が降ってきた。
『役立たずの、獣が!!』
「####・・・」
『黙れ! あれだけ、わらわに労力をかけさせて、娘一人を生贄にもできぬなど。兄上に先を越される。何故だ!?』
この天の声からの疑問を獣人は答えれない。顔は白くなりはじめ、息が浅くなっていく。
この状況にミーナとモルも存在に気付き空を見上げる。
「なんだ、この声は!」
「どこから聞こえてるの・・・」
見上げた先には夜空があるだけ。
天の声は、しばらく沈黙した。だが、徐々に明確な殺気を四人に放った。
足が震える。
『・・・・・・あの男が貴様に力を。そういうことか』
天の声は溜息をつき。宣告した。
『もうよい。せめて、嫌がらせにはなろう。・・・・・・皆、死ぬがよい』
獣人は一言、呟いた。
「たいこう・・・」
死の宣告を告げた天の声は獣人の一言を聞き、パッタリと存在を消した。
すると獣人が叫び苦しみ始めた。その悲痛な叫びは聞くのも辛くなる。
獣人の体から黒い霧が噴出した。それは体を包み、徐々に大きくなり形を作っていく。
アルトはその形に見覚えがある。
かつて、突然、現れて自分達を襲った相手。
かつて、逃げる二人を追いかけて弟の背中を裂いた相手。
かつて、何もわからないまま自分は死ぬのだと覚悟した相手。
魔物だ。
熊のような形をした魔物にアルト、ミーナ、モルは固まった。場違いにも『魔物は獣人やオークの成れの果て』などと考えていた。
魔物の叫びを聞き、一番最初に正気を取り戻したのはモルだった。
「二人とも、逃げろ!」
固まっている二人に叫んだが反応しない。
「くそ!」
魔物が二人に向かないようにモルは斬りかかった。その刃や魔物に届いたが深くは斬れなかった。
手を振り払う魔物に距離を取ったモルは、何度も叫んだ。
「アルト、しっかりしろ! 二人で逃げるんだ! アルト!」
アルトは正気には戻っていたのだ。ただ、恐怖で体が動かなかった。剣を握り目の前に出す事が精一杯だった。
やっと動けたミーナが、アルトに駆け寄り肩を揺する。
「アルト、しっかりして! 逃げないと!」
「あ・・・」
「ミーナちゃん、先に逃げろ!」
『ミーナ』と聞こえた瞬間に魔物はアルト達の方向を向き、向かって来た。
「お前の相手は俺だろうが!」
斬りかかるモルの攻撃を気にすることなく、アルト達に向かって来た。
徐々に近づく魔物に茫然とする。
そんな状況の中、ミーナはアルトを抱きしめて叫んだ。
「『約束』したでしょ!」
(約束)
『絶対に守る! 早く追いついてミーナを絶対に助ける!』
約束を交わした夜に自分が言ったことだ。
(そうだ。守るんだ。助けるんだ。一緒に帰えるって、母さんとも約束したじゃないか!)
「アルト!」
モルの叫び声と、近づいた魔物が腕を振り下ろす。
アルトは、ミーナを抱きしめたまま、横に飛び退いた。
「アルト・・・」
「ごめん、ミーナ。君を守るんだ。約束した!」
「うん!」
モルがアルトの横に並んだ。
「ダメかと思った」
「ごめん、モルさん」
(そうだ。自分は、あの時より強くなってる。モルさんに鍛えられ、マーラを授けられた。もう逃げないんだ!)
「あいつは、ミーナちゃんの名前に反応した。もしかしたら、このまま追いかけて来るかもしれない。アルト、俺達でこいつを仕留めるぞ」
「わかった!」
「あいつは振り下ろす攻撃ばかりしてる。そこに付け入ろう!」
モルが前に出て、それに反応するように魔物は腕を上げた。そこにアルトが一撃を加える。
確かな手応えがある。しかし、傷を一つ付けただけで、魔物は怯む様子がない。だが、アルトの剣には麻痺毒が付いている。この怪物に効果があるかわからないが、期待はする。
「アルト、離れろ!」
魔物が腕を下ろし切ったタイミングでモルの突きが入る。剣は刺さり、魔物が呻く。ねじ込むように引き抜いた瞬間、アルトの直感が告げた。
「横から来る!」
「あぁっ!」
剣を引き抜いて隙が出来たところを魔物がモルに一撃を加えた。モルは吹き飛び地面に叩きつけられた。
「モルさん!」
駆け寄ろうとしたが、この魔物はミーナに反応した。動けば後ろにいるミーナの所へ向かうだろう。
「くそ!」
「アルト、伏せて!」
ミーナの言葉に従い、すぐに伏せた。
頭上を何かが飛び、魔物の顔に当たった。魔物が叫ぶ。
(この匂いは、酸か!)
酸を掛けられた魔物は目のあたりを抑え、見境なく暴れ始めた。
ミーナを連れて、魔物と距離を取りモルのもとに行く。
モルは横腹を裂かれて意識も薄かった。
「二人とも・・・。にげろ・・・」
「・・・ごめん。ミーナ、こっちだ!」
「モルさん・・・」
ミーナの手を引き、森の出口へ向かおうとすると魔物が立ちはだかった。
酸を掛けられた目は片方が潰れているだけだった。
「こいつ!」
魔物は斬られ突かれ、血は流しているがまだ倒れない。
アルトは剣を構え息を整え集中してマーラを使う。
「ミーナ、後ろに下がって」
ミーナが距離を取ったことを確認し、魔物を睨む。
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