賢者の助言
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第三部第一章の最終話です。
空に登って行くマーラを見送った後、エウレウム様に肩を叩かれる。
『良くやった。これで、戦場で散った命は生命の循環に加わって、新しい命になる』
「はい。次の生が、幸せである事を祈ります」
悲しみと苦痛が和らいだ戦場は、人間も獣人も前を向き歩みを進める。心を癒す大切さを、もう一度思い出した。傷を負うのは体だけじゃない。
『さて、俺もそろそろ戻るとしよう』
「もう、行かれるのですか?」
『ハハハ。行くと言っても、アルトの中に戻るだけだ。アルトとへリオルのマーラは心地良いからな。それに、リンドアで形を保ち続けるのは苦労するんだ。マーラもかなり使った』
「ご無理をさせてすみません。また、こうして会いたいです。そう言えば、聞きたい事がありました」
二つ質問をした。マス・ラグムと出会った後に、倒れたアルトの中に現れた光の人の正体。もしかしたら知っているかと思い、使徒の侵攻を防ぐ事が出来たのか聞いた。
『あれは俺だな。アルトの力が弱かった時の姿だ。あの後、使徒マグナスの力で星の書を読んだだろう。それのお陰で、こうして外に形を作れる様になった。ノートラスやナリダスといい、アルトは使徒に人気だな!』
「……嬉しくない人気です。月夜の狩森で、勇者の話をしていましたけど、使徒と勇者の関係も知っていたんですか?」
『知っている。使徒ノートラスは騙してはいない。けど、知っているが言わなかった事がある』
やっぱりと言った気持ちだった。数千年もリンドアの征服を望んでいるのに、部外者に勇者を倒されるだけで計画が頓挫するとは思っていなかった。
『勇者が部外者に倒されれば、他の勇者が力を吸収できない。それで使徒を召喚する力は得られない。ここまでが使徒ノートラスが言った表の計画の失敗の話だ』
だから、勇者を倒さないといけなかった。
『だが、勇者の役割に隠された物がある。それが使徒の裏の計画。使徒は常に自身のマーラをリンドアに送り続けているんだ。マーラの海と呼ばれる現象を使って』
マーラの海。二年前、バーンズ司教の元に行く途中のホワイトランディングで誘拐事件が会った時に知った物だ。ラーグの話だと、リンドアを別の世界に繋げて超常的な現象を起こす。当時は、ホワイトランディングの衛兵長が強力な魔物ニガーディアを召喚した。今にして思えば、その時に例え話として出た神の召喚と言うのは、使徒の召喚だったのかもしれない。
その話をすると、大まかには合っていると言われた。
『数千年前に、使徒は勇者を作り出して信者を集め、彼らにマーラの海を開き維持させていた。それをリンドアへの入口にして、自分のマーラを流入させる。リンドアがマーラで満ちると、結界を内側から破壊して侵攻するが、その方法には時間がかかる。長年に及ぶ信者の力が必要だ。そこで、勇者を活用し始めた』
「それが最初の勇者を倒す理由の話に繋がる所ですか?」
『そうだ。勇者には隠された役割がある。勇者に与えられる秘宝には使徒の力が込められている。ナリダスならマグナウィティオだ。それらの秘宝は使徒のマーラの流入を加速させる装置。加速を行いつつ、勇者は使徒への信仰心を集めて信者をマーラの海に導き、信者のマーラを吸収する。そうして入口を広げ流入を速める。入口が大きければ流入量も増える。そんな仕組みだ』
話を聞き、計画の全容が見えてきた。
勇者が本当にやるべきことの一つは、他の秘宝を破壊することだ。秘宝を壊せば使徒のマーラを吸収し、勇者自身も強くする。全ての勇者の秘宝を壊し力を奪い、最強の勇者となって使徒をリンドアに召喚するのが表の計画。一方、信者を集めマーラの海を維持・拡張するのが裏の計画だ。
「マグナウィティオを破壊したけど、完全な勝利と言う訳ではないんですね。でも、ナリダスの信者って……」
『あぁ。獣人達だ。迫害されている彼らが、ナリダスの信仰をやめるとは思わない。機会が得れたならマーラの海の維持と拡張に協力するだろう。だが、加速装置のマグナウィティオは破壊する事は出来た。信者が多くても時間が掛かる。一時的だが、今回の勇者戦争は乗り切れた』
その言葉に肩の力が抜けた。使徒の影響力は少しづつ増していても、今すぐの問題にならなくなった。思う所もあるけれど、マス・ラグムを倒したのも無駄じゃない。
ただ、これをいつまで続ければ良いのか。使徒がリンドアを望む限り、脅威は去らない。その思いを零せば、エウレウム様も同じ気持ちだった。
『使徒がリンドア征服を諦めない限り、秘宝はいずれ復活する。勇者戦争の再開だ。ただ、異変が起きている』
「異変?」
『それぞれの使徒が、すでに送っているマーラに変化を感じる。変質している様な。世界のマーラになった者しか解らない感覚だろう。気になるが、視界が霧に覆われている様で視えない。使徒が原因なのか、それ以外なのか。頭に留めておいてくれ』
「分かりました。気を付けておきます」
そして、エウレウム様は俺の肩に手を置いて、まじまじと見る。自分の中に戻るから、別れって言うのも変な感じだけど、帰る時が来たんだと思った。
『アルトがへリオルの転生で良かった。それだけじゃないが、自慢の孫弟子だ。マードックと引き合わせてくれたロベルトに感謝しないとな。アルト、人生には何があるか分からない。どんな賢者でも完璧な未来は見通せない。辛い事もあるが、その倍以上の幸せもある。悲しみに負けるなよ』
「はい。生命の循環や色々と助けてくれてありがとうございました。死んだ家族が、新しい命になって行くんだと知れて良かったです。何だか心が楽になりました」
『あぁ。生命のマーラは巡り続ける。誰かの死に遭った時は、祈りの光で生命のマーラを導いてやってくれ。可愛い孫弟子への贈り物として、祈りの光が使いやすい様に、そのブローチを強化してやろう』
翼のブローチに手をかざすと、一瞬の光を放ち、元の状態に戻った。ブローチからは強力なマーラを感じる。
「ありがとうございます。生命のマーラの教えを忘れない様に学びを深めます」
エウレウム様は満面の笑顔で応援してくれた。顔が良いから、眩しいものを感じる……。微かに光ってはいるけど。
『おっと、言い忘れる所だった。いずれマードックも、この姿で現れる。楽しみにしておくと良い』
「本当ですか!?」
『洞窟の崩落に巻き込まれる前、生命の循環に導いたんだ。世界のマーラと一体化する方法は教えてある。後は、あいつの努力次第だ』
遺書に書いてあった通り、また会える。嬉し過ぎて涙が出て来る。そんな俺に、エウレウム様は溜息をつく。
『俺は孫弟子に甘いのかもしれない。贈り物ばかりしているなぁ』
「ハハハ。大丈夫ですよ。その分、俺が弟子を持った時は厳しく指導します」
二人で笑いながら、最後の時間を過ごした。エリーや他の人達が来る気配があった。
『イェールも来るみたいだな。あの脳筋学者とやり合うと帰る時間を逃す。さっさと行くとするか』
「分かりました。何か伝言は?」
『また会おうって、伝えてくれ。それと、教皇にも伝言がある』
「ラキウスにですか?」
『あぁ。彼が求めている永遠の命の正体は、世界のマーラと融合する事だと。今の、俺の状態だ。命の理解が出来ないと、この境地には来れない』
「……ラキウスには、厳しい物ですね」
『そうだな。彼自身が選んだ道では難しいだろう。苦しみの中で見出した道とは言え、進む勇気は見事なものだ』
憐れむ様な言葉と悲し気な表情が気になって、詳しく聞こうとしたが出来なかった。遠くから怒声が聞こえる。
「エウレウム! お前との決着をつける時が来たぞ!」
『イェールめ。あいつには、俺の勝ちだと言っておいてくれ!』
「は、はい!」
『アルト。いつまでも、お前をへリオルと共に見守っている。内に聞こえる、自分の声に従え。そうすれば、マーラが暗闇から照らしてくれる。それじゃあ、また!』
「待て! エウレウム!」
俺の胸に手を当てた後、風が過ぎる様に消えた。賢者エウレウムは、俺の心の中へと帰っていった。
「おのれー!」
イェール卿の怒声が響き渡たる。
これで、第三部第一章が完結です。準備が出来次第、第二章を公開していきます。
ざっくりとした内容ですが、ナーリク(マス・ラグム)の最期の願いを叶えるべく、アルトは生き残った獣人達を率いて安住の地へと導く話です。差別を受けて来た獣人達を連れての旅は、大変なものになるでしょう。様々な問題や危機を、アルトは旅の仲間達と乗り越えて安住の地を目指して行きます。
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