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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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リーグ城攻防戦⑦

リーグ城攻防戦編、最終話です。

 睨み合いは、すぐにマス・ラグムの横からの攻撃で破られる。身を捻り、襲撃者の剣を避けると弦を絞り、矢を放つ。相手はスッと避け、マス・ラグムに相対した。


「私の事は覚えているかしら?」


 エリーは不敵な笑みと共に、再度、剣を構える。眉間に皺を寄せるマス・ラグムの顔を見れば答えは明らかだろう。


「そのマーラの感覚。面倒な物に目覚めたみたいだな」


「酷い言い方ね。彼は、私の愛しい人よ。あの洞窟であなたと会ったお陰で、彼の存在に気付けた。そこだけは感謝するわ」


 エリーは得意の速さを活かして速攻を仕掛けた。アルトも連動する。弓を使うマス・ラグムには、近接戦が有利と考えて戦うが、マグナウィティオは打撃武器としても使えた。

 アルト達の剣を受けながらも、獣人の恵まれた身体能力をマーラを使った身体強化で、更に向上させる。人間では追い付かない速さと力だ。勇者の名は伊達ではない。


 だが、マス・ラグムが戦っている相手は教会騎士だ。一人は、上級剣術を。もう一人は、中級剣術を。圧倒は出来なくても、互角の戦いは出来る。


「あの時よりも、成長したじゃないか!」


「お前を倒す為に、修業して来たんだ。洞窟の時の様にはいかないぞ! エリー!」


 その声と共に、エリーは飛び退いた。次の瞬間、マス・ラグムは浄静波に呑み込まれる。


「……マーラが。くそ!」


「やっぱりな。お前のマーラの源泉は、マグナウィティオなんだな」


 マス・ラグムを生命探知で見ると、強い生命のマーラの輝きが弱まっていた。そして、マグナウィティオから感じていた怪しい気配も弱まった。


「エリー、速攻だ!」


「えぇ!」


 連携して剣を絶え間なく振るい、戦いの均衡は崩れ始めた。マス・ラグムに傷を負わせていく。それでも、決定打は防がれる。決めるならここしかない、と攻撃の手を緩めない。


「調子に乗るなぁ!」


 攻撃を躱した後、強力な拳がアルトの横腹を打つ。


「ぐっ。マーラが、戻ったか」


 エリーの攻撃を流し、跳躍しながらマグナウィティオを構えると、三本のマーラの矢を放つ。光の軌跡を残して迫る矢を、間一髪の所で避けた。


「俺は、負けない! 俺は、マス・ラグムだ! 獣人を鎖から解放し、人間の時代を終わらせる!」


 マグナウィティオから与えられるマーラの動きが激しくなった。マス・ラグムの黄金の瞳が輝く。


「マス・ラグム。獣人の受けた苦しみは、俺が想像できないものなんだろう。同じ人間として、本当に申し訳なく思う。だけど、俺も倒れる訳にはいかない! この世界を、使徒に征服させる訳にはいかない!」


 アルトの言葉にマス・ラグムは目を見開いき、顔をしかめる。


「使徒の事を知っていたのか。そういう所を含めて、ナリダス様はお前を排除したがっているのかもしれないな。俺は他の勇者を倒し、ナリダス様の願いを叶える。そして、楽園へ導いてもらう。俺が伝説を成すんだ。その為には何だってする。お前を殺せば、マグナウィティオの力を更に与えると言われている。俺達の、夢の為に死ね!」


 ほぼ連射の様な勢いでマーラの矢が大量に放たれる。不破のローブでは防げない攻撃は、アルト達の体を撃ち抜く。


「弓を使われると、戦いにくいわね」


 エリーは血が滲む腕を抑えながら走り続ける。

 無尽蔵の様に尽きないマーラを使い、マーラの矢はとめどなく放たれる。二人は近づこうにも、俊敏に移動しながら素早い動作で矢を放たれて辿り着けない。


「同じ手は受けない!」


 浄静波や衝撃波を使おうとすると察知されて、黄金の瞳はアルトを捉える。お互いに感覚が鋭くなり、マーラの流れで特有の行動は読めてしまう。


「あれだけマーラを使っているのに、尽きないの!?」


「マーラがあの弓から送られているんだ。弓を何とかしないと、マス・ラグムは倒せない!」


 浄静波を使えば、一時的にマーラの供給を断てるのは分かった。しかし、その隙が無い。先程までの動きとは全く違い、追いつけないでいた。致命傷は避けられても、苦しい戦いになって来た。


「ぐあぁ!」


 ギオルを始め、突撃隊はアルト達の邪魔にならない様に獣人軍と戦っている。しかし、着実に兵士が倒れて行く。早く決着をつけなければ全滅してしまう。獣人軍の勢いは止まらない。


 その不安を感じ取ったのか、マス・ラグムはニヤリと笑う。


「俺を倒そうとここまで来たのは良いが、時間が掛かれば周りの兵は死に絶えるだろうな」


 彼らを救おうにも、マス・ラグムが許さないだろう。かと言って、エリーやアルトの一対一で戦うのも無理がある。フォルマ伯爵の元にも救援に行かないといけない。


 その時、太陽が昇りきり、戦場を陽光が照らした。


「あれは……」


 エリーが東を見る。そこには、黒色のローブを着た人が乗った馬がいた。その後ろには、弓騎兵の紋章が描かれた旗が翻る。


「……来たんだ。援軍が来たんだ!」


 戦場のどこからか、そんな叫びが聞こえた。そして、騎馬兵の大軍は地響きを立てて、獣人軍の後背から突撃した。先頭を走り剣を振るうのは、ファーレン伯爵家の領軍指揮官ジーク・ファーレンだ。獣人軍の後ろから襲い掛かる軍馬は次々と獣人を轢き、騎兵の得物が振るわれる。兵士達を怯えさせた、開戦前の一万人の勇壮な雄叫びは悲鳴に変わる。馬の嘶きと、この大地を支配した遊牧民の末裔達の激しい雄叫びが戦場を支配した。獣人軍は大混乱に陥った。


「逃げるな! 戦え!」


 崩壊が始まった獣人軍からは逃走する者が出て来た。誰かが留めようとしているが、どこからか角笛が響き渡る。


「この角笛は、アーブさんだ!」


 何度も吹き鳴らされる角笛と共に、南から新たな軍勢が現れた。傭兵と偽って秘密裏に派遣された、教皇軍の先遣隊が到着した。その光景は、獣人軍の士気を大きく下げて敗走が始まった。


 リーグ城攻防戦の勝負が着いた瞬間だった。


 逃げれる者と戦う者で荒れた戦場を、マス・ラグムは呆然と見ていた。


「マス・ラグム、勝負はついたぞ」


 アルトは冷静さを保って、マス・ラグムに告げた。すぐにでも戦いたい衝動を抑えている。目の前の獣人を倒せば、自分の家族を奪ったナリダスに一矢報いる事と、マードックの仇が取れる。

 だが、任務を忘れてはいけない。自分達がここに来た理由は、ファーレン伯爵領から獣人軍を追い払う事だ。


「……まだ、負けていない。負けていない!」


 マス・ラグムは叫び、マーラが集まっている事に気付いた。アルトとエリーは、痛む身体に気合いを入れて、再び剣を構える。


「勇者の力を、舐めるなよ!」


「……まずい。やめろ!」


 月長石の弓は掲げられ、怪しい光を放つ。不気味な気配に、アルトはマス・ラグムの行動を止めようとする。


「マグナウィティオ! 我が同胞に、狩猟の女神の力を与えよ! 獣の覚醒(フェラリスルゲ)!」


 その瞬間、マグナウィティオからマーラが噴出した。光の粒が一面に舞う美しい光景の中で、黒い闇の気配を感じた。


「うわあぁぁ!」


 異変はすぐに起きた。獣人達が苦しみ始めたのだ。苦痛の声や、誰かの名前を呟く声。次第に瞳は赤く変化して理性が無くなり、本物の野獣の様になった。そして、本能のまま襲い掛かる獣人と人間の戦いが始まった。


「これは……」


「獣人の中に眠る、獣の本能を目覚めさせたんだ。出来れば使いたくなかったが」


 狂乱の戦場にエリーは絶句した。戦勝気分から急転して、激戦が再開された。戦場を見つめる黄金の瞳は、どこか悲しみを感じさせた。そして、鋭い視線をアルト達に移した。


「俺達も、やり合おうか!」


 言葉と同時に放たれる、マーラの矢。


「浄静波!」


 相打ちを覚悟して放った浄静波は、マーラの矢と交差する。矢は相手を貫き、波は相手を呑み込む。痛みを堪える声と、体をかき回す不快感に耐える声が漏れる。

 マス・ラグムの様子を見計らい、エリーは攻撃を始める。


「アルトは今の内に回復して!」


 貫かれた場所を、得意のマーラの回復術で治す。痛みが和らぎ、安堵の息が漏れる。

 能力が一時的に低下したマス・ラグムと戦うエリーは、優勢に立っていた。


「マス・ラグム。いくら獣人達を強化しても、こっちの数には勝てないわ。弓を収めて、この地から出て行きなさい!」


 その言葉は正しかった。痛み分けの状態だが、戦場はファーレン伯爵領軍と傭兵団の数の力で押していた。


「ここでお前達を倒せば、獣人の国が生まれる。各地の同胞が立ち上がる! ガフォールの失った今、この好機は絶対に逃さない!」


 マス・ラグムの心を燃やす情熱が、彼を決して諦めさせない。友に誓った未来。守るべき家族。同胞達の希望。自らが背負う、大勢の未来の為にも負ける訳にはいかない。


 ただ、その情熱が一つの油断を呼んだ。気付いた時には遅かった。エリーの手数の多い剣を防ぐ内に、視野が狭まっていた。能力が向上している時なら、あり得ない油断だった。自分の死角から迫る刃に、身を捻るが間に合わない。マス・ラグムの背後から、アルトが袈娑斬りをした。目の前のエリーも、その機会を逃さなかった。


 挟撃する二人から飛び退く。背中と横腹に大きな傷を負った。息を切らしても、戦意は衰えていなかった。


「まだ、だ!」


 アルトとエリーは、自身の中になるマーラが引っ張られる様な感覚に襲われて眩暈を起こした。マグナウィティオが周辺のマーラを集めていた。それは、戦場にいる全ての生命から集められている。人間だけではなく、馬もだ。マグナウィティオの効果で、凶暴になっていた獣人達の原動力となったマーラも、吸収している。

 アルトは、止めないといけないと分かりながらも、真っ直ぐ歩けない。


 マス・ラグムはマグナウィティオを、頭上に向けてマーラの矢を放った。真っ直ぐと空高く飛んでいく一本の矢は分裂して増える。マス・ラグムを中心に花が開く様に、広範囲を攻撃する光り輝く矢の雨になった。


「まずい!」


 光り輝く矢の雨を大勢が見つめていた。美しくも、命を刈り取る狂気の雨だ。不破のローブも、鎧も関係ない。マーラの矢は全てを貫く。


「仲間まで、殺す気なのか!?」


 アルトの叫びは届いていなかった。黄金の瞳は弱々しく、虚ろを見ている様だった。ただ、アルトや人間を殺そうと衝動に駆られた、攻撃なのだと理解した。


「ここで使うしかないわね」


 エリーの呟きと、マーラの不思議な流れを感じて振り返る。すると、エリーの剣は光っていた。

 マーラの矢が全員に降り注ごうとしている。


リークトの守護盾(ガァデ・リークトリス)!」


 剣を掲げたエリーを中心に、淡く輝くマーラが大きなドームとなって全員を覆う。迫る大量のマーラの矢は、ドームに触れると全て消えた。


「……これって」


「マーラの矢が、消された?」


 アルトには解った。温かい気持ちにさせてくれる、このマーラの正体を。


「リークト?」


「そうよ。これは、リークトの守護盾『ガァデ・リークトリス』。アルト、今から私を盾にしてあいつに迫るわよ。今の私には、マーラも武器も攻撃は全て効かないわ」


「分かった! 行こう!」


 淡い光を纏ったエリーを先頭に、マス・ラグムの元まで急いで走る。アルトの直感だが、この技の効果が切れた時に、エリーは動けなくなると思った。呆気に取られていたマス・ラグムも、すぐに気を取り直した。


「貴様ら! どこまでも、どこまでも、抗うか!」


 三人共、感じていた。これが最後の戦いになると。

 マス・ラグムは、気を抜けば倒れてしまう体を必死に立たせて、矢を連射する。目前に迫る大量の矢に、近づくのを躊躇ってしまう。


「アルト、私とリークトを信じて!」


「分かった!」


 恐怖を拭いエリーについて行く。そして、マーラの矢はエリーに触れると消えてしまった。


「俺は、負けない! エルグとの約束を果たすんだ! 俺達の、夢を叶える!」


 マス・ラグムはそう叫び、戦う構えを取る。距離を詰めた二人は攻撃する。エリーは自らの防御を気にする事なく、ひたすら前に進み剣を振った。その遠慮のない攻撃は、マス・ラグムを後退させていく。アルトも技の限りを尽くし、剣を振るう。だが、二人に負けじと、マグナウィティオを打撃武器として振るい戦った。

 戦場の目は、三人に向いている。誰もが固唾を飲み、三人の戦いを見続けた。


「攻撃が効かないとは……。洞窟で会った時に、お前だけは始末しておけばよかった!」


「そうね。私とマードック様が会った原因を作って、力に酔っていたあなたの自信が失敗を招いたのよ! アルト、今よ!」


「浄静波!」


 マグナウィティオを大きく弾かれたマス・ラグムに大きな隙が出来た。そこへアルトは近距離で浄静波を放った。そして、目前にはエリーが剣を振りかぶっていた。


「エルグ、メルダ。……サラム」


 微かな呟き。マス・ラグムはエリーの渾身の袈娑切りを受けた。


「ガハッ!」


 マス・ラグムは、倒れた。


「……ラグム様?」

「そんな!」

「ラグム!」


 マス・ラグムが倒れる瞬間を見た獣人達が茫然とする。

 アルトは生命探知で、倒れ血を流すマス・ラグムを見る。生命のマーラは、少しづつ弱まっていく。


「……エルグ。まだ……夢を……サラム……」


 途切れ途切れの言葉を発しながら、手から離れたマグナウィティオの元まで這いずる。


 全員が静かにマス・ラグムを見守った。

 アルトも、その姿を見守る。人間である自分が止めを刺すより、そのまま息絶える方がマス・ラグムの誇りに沿うものだと思った。


「……まだ……」


 勇者マス・ラグムの伸ばされた手は、マグナウィティオに届かなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

リーグ城攻防戦編は終わりです。しかし、第二部第三章は続きます! 遂にアルトは、例の御方とご対面です。一体、どうなってしまうのか……。

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