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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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リーグ城攻防戦⑤

リーグ城攻防戦編、投稿三日目です。本日は三話投稿して、リーグ城攻防戦編を終わります。昨日の投稿分も、是非お楽しみください。

 城門を破った獣人達の苛烈な追撃は、城館へ撤退する兵士達の多くを地に伏せさせた。アルトを始めとした教会騎士達は、一人でも多く撤退させるために奮戦した。


「これで、全員なのか?」


「はい。生き残ったのは、三十人です」


 開戦前は、五百人いた兵士が三十人になった。外ではマス・ラグムを始め、強力な二人の獣人と数えれない程の獣人がいる。彼らは今、最後の砦となった城館の門を破ろうと激しい攻撃をしている。

 この城館には、徴兵をする為に連れて来た男達の家族がいる。夫は息子。恋人と最後まで一緒にいたいと願った人達だった。不安そうにフォルマ伯爵を見る民衆の視線には、深い絶望が映されていた。


 やはり、無理矢理にでも彼らをヴァノール城に行かせれば良かったのか? 戦う事を決意したから、こんな事になったのか? ガルムンドも死んで、大勢の男達を殺してしまった。判断が間違っていたのか?


 フォルマ伯爵の胸中には後悔と悲しみ。そして、死への恐れがあった。


「何でも良い! ドアを塞げ!」


 側では、兵士達が物を積み立てドアが破られない様にしている。


(滑稽だな。ここまで来たら、破滅しか待っていないのに)


 机に手を突いたフォルマ伯爵は何も考えれずに、立ち尽くしていた。





「この! しつこい奴らだな!」


 城館の門の上で、クラルドはあるだけの矢で破城槌を持った獣人を狙い撃ちにしていた。城壁から生き残った弓兵も必死に攻撃する。


「矢の補充です!」


 クラルドの後ろからは、城から集められたありったけの矢が積まれていく。


「クラルド、上!」


「危な!」


 クラルドの上から獣人が飛び降りて来た。すぐさま、距離を取って弓で射る。


「大丈夫!?」


「あぁ! それにしても、兎獣人は、器用なもんだな!」


「……ありがとう!」


 屋根に登って来た兎獣人とエリーは戦っていた。そのエリーの背後に飛び出て来た敵をクラルドが射る。


「アルトはどうした?」


「まだ回復していないみたい。あれだけ暴れていたら反動は大きいでしょうね」


 城門の前で、一人戦うアルトの姿は大勢に畏怖を与えた。衝撃波で吹き飛ぶ獣人。俊敏な動きで次々と斬り倒す。途中からは、薄っすらと光を纏い戦う姿は神々しさもあった。エリーやクラルドが見た事がないアルトの姿だった。


「厳しい状況だな。朝まで持つのか。そっちは大丈夫か?」


 クラルド同様、エリーも激しい戦いの繰り返しで疲労が溜まって顔色が悪かった。不破のローブで打撃以外の攻撃は効かないが、使えるマーラの限界も近く、注意が疎かになって来た。


「正直、辛いわ。でも、負ける訳にはいかない。私達も、ここの人達も生き延びて、行きたい場所があるもの」


「そうだな。そうだよな。マスターが来るまで足掻き続けよう。絶対に助けは来る!」


 クラルドは東を見た。明日の陽が昇る時に、あの場所には騎馬軍団を率いたマスター・イェールがいる。そう信じて。





 城館の奥まった場所では、不安と悲しみを囁く声が満ちている。スレーンは、運ばれて来た負傷者の手当てをしながら、椅子に横たわるアルトを気にしていた。傷は無いが、意識が朦朧としていた。呼びかけても、反応が鈍い。運ばれてきた時は、死んだのかと思い体が凍り付いた。しかし、マーラの使い過ぎによる疲労状態と聞いてスレーンは心の底から安堵の息をついた。

 時を見計らい、横たわるアルトの手を強く握る。


「アルトさん、目を覚ましてください。私の手や言葉では、皆を癒せません。治療を教えてもらったのに、兵士達が死んでいきます。あなたの癒しの手ではないと助けれません。もし、私に出来る事があるのなら何でもします。だから、助けて……」


 城館には、破城槌が叩かれる音が小さく響く。その音に人々は怯える。目に溜まった涙を拭い、スレーンは立ち上がる。


「皆さん。まだ、城は陥落していません。お父様や兵士達は必死に戦っています。私達が出来る事は少ないでしょう。それでも、立ち竦み、怯え続ける訳にはいきません。ここには、まだ助けられる命があります。私達に出来る精一杯の事をしましょう!」


 スレーンの言葉に立ち上がろうとする人もいた。だが、すぐに城を叩く恐ろしい響きに体を固くしてしまう。その様子に大きな恐怖の前では自分は無力なのだと思い知らされる。





「ラグム、大丈夫か!?」


「……ヒーライ。気にするな。あいつが何かをしてマーラが乱された。それよりも、良くぞガメイを助けた」


「すまん。ラグム」


 城門を破壊したマーラの矢を放った時に、すれ違いざまに静浄波を受けたマス・ラグムは、使徒ナリダスの力によって与えられた強いマーラに異変が起きて倒れた。そんな彼の元にヒーライとガメイはやって来た。二人には初めて見る、弱ったマス・ラグムの姿は衝撃的だった。

 諸部族や奴隷となっていた獣人達を、力と知恵でまとめ上げた男が横たわり息を乱している。


「ラグムの力で城門は破壊した。奴らは最後の砦の城館に立て籠もっている。陥落まであと少しだ。指揮は俺達に任せてくれ」


「分かった。ガメイも頼むぞ」


「あぁ。あの小僧の亡骸を、必ず持って来るからな!」


 二人は天幕を鼻息荒くして出て行った。その後ろ姿を見て、頼れる友だと微かに笑う。


「あいつさえ倒せれば、もっと力をいただける。エルグ、メルダ。もう少しで……」


 目を閉じると思い出す。石切り場での、親友との出会いを。


 ウェールド地方とニクス地方の境目にある岩場の牢が、自分達の人生のほとんどを過ごした場所だった。

 そこでは、打ち付けられる鞭の音。服とは呼べない布をから入る冷たい風。自分よりも大きな石が地面と擦れる音。気を抜けば、この石に押し潰されてしまう恐怖と緊張。

 それは、十歳にも満たない子供が味わう物ではない。


「メルダ。俺が押してるから、やってる振りして休んで」


「……ありがとう」


 後に妻となるメルダと一緒に、身長の三倍はある加工された石を運ぶ。メルダの手は擦り切れ震える。石に体を押し付けながら休んでいるメルダの分も、自分が渾身の力で押し進める。


「やっと、運んだ……」


「一人で任せてごめんね。ナーリク」


 ナーリク。後に、使徒ナリダスの勇者マス・ラグムと名乗る狼獣人だ。


「いいよ。気にするな。ここで少し休もう。ん?」


 大きな石の後ろに隠れて休んでいると、叫び声が聞こえた。ここでは叫び声なんて、石が擦れる音と同じくらい聞く日常の音だ。だけど、今回のは違った。


「早く来い!」


「嫌だ! お母さん、お父さん! 助けて!」


「うるせえ! 早く来い!」


 手枷の鎖を引っ張られて、子供は倒れる。それと同時に鋭い鞭の音が響く。


「新入りか。え?」


 少しだけ顔を出して覗くと、目は奪われた。自分と同じ半獣半人の狼獣人で銀の毛並みはキラキラと輝く。澄み切った青い瞳からは涙が零れ落ちる。


(あれって、爺さんが言ってた獣人の貴族?)


 もう死んでしまった老齢の狼獣人の話を思い出した。美しい銀の毛並みと、澄み切った青い瞳を持つ狼獣人は、高貴な存在だと。

 泣き叫ぶその子は牢屋に連れて行かれた。


 その子の名は、エルグ。ナーリクの人生を大きく変えた獣人である。


 それからエルグは、苦役に涙を流しながら奴隷としての人生を迎えた。ナーリクやメルダと言った子供の獣人は、エルグを気に掛けていた。自分達も最初は同じだった。周りの大人の獣人に陰ながら守られて来た。そして、子供達が大人に変わって新入りを慰める。次第に、エルグは孤独の悲しみを和らげて共に働いた。


 ただ、エルグが来た事で細やかな変化があった。


「エルグ! 今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」


 ナーリクが会った老齢の狼獣人が言った様に、エルグは獣人にとって貴族の様な存在だった。その生まれ故、普通の獣人より知的で、子供らしく物語に詳しかった。


「今日は、賢獣王マス・ラグムの伝説の話をするね」


 労働が終わって寝るまでの細やかな時間に、子供達はエルグの元に集まる。絵本や本など読んだ事のない子供達にとって、エルグの話す物語は未知の世界へと導いてくれる。初めての娯楽に、ナーリクは胸を躍らせた。そんな子供達を大人は優しく見つめる。


 エルグはゆったりとした口調で『賢獣王マス・ラグムの伝説』を話す。


 獣人達の故郷、カレリア大陸で獣人部族達は土地を求め争っていた。そんな時代、一人の狼獣人が平和を求め立ち上がった。彼の名はマス・ラグム。彼は、自らの力と知恵と仲間達の支えを受けて、諸部族を統一する奇跡を起こした。

 そして、長く続いた他種族との戦争に勝利して獣人の王国を築いた。彼は他種族と獣人との共存の道を示す。それはカレリア大陸に平和と秩序と繁栄をもたらした。賢獣王と称賛された彼は、治世の終わり頃に予言を残した。


『我が友たちよ。君達は西の地に行きて災厄に見舞われる事だろう。だが、恐れるな。再び私の咆哮が響き、剣が振るわれる時に君達を覆う闇は払われる。伝説の始まりの地へと向かうのだ。仮面を砕きし、真なる神の手を掴め』


 エルグが語る戦いの様子や、どんな国だったのかと想像を巡らせた。そして、最後の予言の部分を聞いて心が震えた。


「それでマス・ラグムの姿は消えたんだ。予言の通りなら、西の地にいる僕達を彼が再び現れて、助けに来てくれるんだ。そうしたら、すごい神様に会えるんだよ。もしかしたら、カレリア大陸に行けるかもしれない!」


「カレリア大陸、行ってみたいな!」


「うん。すごい神様とマス・ラグムに会いたい!」


 その日は、それぞれの感想を話しながら眠りについた。エルグは、マス・ラグムの話が好きで、逸話をたくさん話してくれた。そして、口癖のように「マス・ラグムが助けてくれる」と言っていた。その時は、ナーリク自身もそう思っていた。小さな娯楽は、子供達の希望の灯となった。


 ナーリクは夜な夜なエルグに、マス・ラグムに関しての質問攻めをした。エルグも楽しそうに答えた。いつの間にかナーリクとエルグは親友になった。側には、密かに恋心を抱いているメルダと、親友のエルグが居てくれる。苦しい中でも、幸せを感じていた。

 成長して分別が着く様になると、マス・ラグムの伝説は物語の一つとして割り切れるようになった。エルグも昔みたいに口癖を言わなくなった。共に鎖に繋がれた仲間の死や悲しみがあっても、二人が居てくれるだけで心が救われた。


 しかし、幸せは儚く消える。


「エルグ、しっかりしろ!」


 人間の看守が、岩を運んでいた獣人に鞭を打った。その瞬間、落石が起きてエルグは巻き込まれ大怪我を負った。助け出して、知っている限りの手当てをした。だが、日が経つに連れエルグは弱って行く。それに追い打ちを掛けるように、人間は無理矢理にでも働かせる。どんなに慈悲を請うても、蹴飛ばされる。青ざめた顔で荷物を運ぶエルグを人間は笑って見ていた。

 その時に、ずっと忘れていた事を思い出した。人間にとって自分達は、ただの獣で代わりはいくらでもいる。獣人の命なんて気にする必要は無い。エルグを働かせるのも、面白がっているだけだ。


 そして、最期の時が来た。


「ナーリク、メルダ……」


 弱々しく名前を呼ぶエルグの手を握る。声を掛けたいのに、上手く声が出なかった。


「エルグ。ここにいるわよ」


 側に居るメルダが代わりに話した。自分達を見ているはずなのに、エルグの視線は彷徨っている。まるで、探している様に。


「マス・ラグムが……来て、くれる。僕達を、助けて、くれる」


「エルグ!」


 エルグの気持ちを知った。言葉にしなかっただけで、胸の内にはずっと幼い頃からの気持ちを秘めていたのだと。来るはずもない伝説の助けを待っていた。


「もうすぐ、マス・ラグムが助けに来る。三人で会おう! 俺達、こんなに頑張ったんだって話そう。エルグは教えてほしい事があるんだろう?」


 なりふり構っていられなかった。少しでも、エルグの死を長引かせれるなら何でも良かった。幼い頃にエルグが言っていた事を話し続けた。


「……ナーリク……メルダ」


 青ざめ、冷たくなっていく手を強く握った。ここに居ると伝えたかった。何度も呼びかけた。


「マス……ラグム……会いたかった。それ……皆で……カレリアに……」


「エルグ!」


 何度も呼んだ。メルダに止められても呼び続けた。声が枯れるまで親友の名前を呼び続けた。傍らで泣き続けるメルダを抱きしめて、誓った。


「エルグ。俺が、マス・ラグムになってやる」


 メルダが顔を上げて、俺を見た。メルダを抱きしめて、もう一度言った。


「メルダ、エルグ。俺が、マス・ラグムになる。それで、皆を解放する。皆でカレリア大陸に行こう。俺達の故郷に!」


 眠るエルグを抱きしめた。冷たい感触に声が震える。


「エルグ。俺達の夢を叶えよう。マス・ラグムは皆を解放するんだ。それで、真なる神の手を掴む。自由になろう。カレリア大陸にも行こう。俺がやり遂げるから」


 エルグの顔を伝う自分の涙を拭う。冷たい額を合わせて伝えた。


「今日から、俺は、マス・ラグムだ!」


 その後も、たくさんの苦しみに耐えながら時を待った。そして、ある日に使徒ナリダスの祝福を受け取った。勇者マス・ラグムが誕生した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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どうぞ、よろしくお願いします。

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