ファーレン伯爵家への仕官
キャラクターイラストを載せました。物語と一緒にお楽しみください。
領都フォリアは暗い雰囲気に覆われていた。町の人は俯きがちで無気力に見える。
「葬式をしている様な空気ね……」
エリーの言葉は、この状況にぴったりだ。未来への希望を失った、悲しみを含んだ重苦しい空気だ。そして、その空気は次々とやって来る人達も同じだった。領都に近づくにつれ平民の行列が出来ていた。並ぶ人に話を聞くと、彼らは避難民だった。獣人に襲われて村や家を無くした人達が安全を求めて領都に押し寄せて来ていた。領都に入れない人は周辺にテントなどを作って留まっている。
「獲物を追い込む時の様なやり方だな」
アーブさんの言う通り、獲物を追い立てて罠を張った場所や必殺の場所に追い込む。弓を構えるマス・ラグムの姿が思い浮かぶ。
俺達はファーレン伯爵家に仕官する事を考えた。内部から様子を見て、裏切り者のグラダナを探る。伯爵の弟ジークが部隊を各地に分けて、獣人達が本格的に北上しない様に攻撃をしてくれている。悠長にしていられないが、そのお陰で時間は稼げている。ファンクさんもジークに俺達の事を伝えてくれると約束してくれた。
「立派な領主館だな。強大な力を誇った遊牧民族の誇りの名残なのかもな」
アーブは丘にある領主館を見上げる。エスト・ノヴァのマグナーサ宮殿が持つ威厳とは違う、武を感じさせる雰囲気だ。
イェール卿が領主館の門番に、仕官を願いに来たと話てしばらく待つ事になった。
何となく周りを見渡していると、領主館の入口を出た所にある見張り台に青年が立っていた。くすんだ金髪は風になびく。遠くの山脈を見ていた。門前にいる俺達に気付くとしばらく見て、領主館に入って行った。
「筆頭文官のワイリー様がお会いになられる。ついて来い」
武器を門番に預けた後、後ろに続きながら領主館のある丘を登る。中に入ると小部屋に案内された。
「五大伯爵家の館だから、豪勢な物かと思っていましたが意外と質素ですね。落ち着いた空間です」
「元々、ファーレン伯爵家は軍事力と武勇に優れている家じゃかろの。他の伯爵家に比べて権力には関心が少ない。前当主は鼻持ちならない男だったが、貴族にしては落ち着いた人じゃった」
サラール卿とイェール卿の話を聞いていると、文官が入って来た。その人は俺達を一瞥して、側にいる人と軽く話してソファに座る。
「私は、ファーレン伯爵家筆頭文官のワイリーと申します。ここにいる全員が当家に仕官をしたいと?」
「そうじゃ。ワシの名はイェール。取りまとめはワシが務めている。ここにいる者達はワシの弟子だ」
ワイリーは俺達の顔を見渡して、訝し気な表情でイェール卿を見る。
「女性も交じっていますが、彼女達も傭兵ですか? それに失礼だが、イェール殿は老齢だ。戦えるのですか?」
「ほう。見た目で判断すると痛い目に遭うぞ。そこのエリーはな、拳でも大勢の男達を平気で伸せるが、剣を握らせれば兵士の十人程度はたやすく斬り伏せれるぞ。ワシは拳で十人は簡単に伸せるがな」
エリーは、イェール卿の言葉に微かに目を細めた。多分、拳でも強いという言葉が嫌だったのだろう。教会騎士になったとは言え、元男爵令嬢だ。それの証拠に俯いて小さく笑ったクラルドの足を軽く踏んでいる。
「ワイリー殿。今、伯爵家は戦える人材を欲しているのではないか? 伯爵領で起きている事を聞いて、力を活かせるならここだと思って仕官をしようと来たのだ。ワシもいつかは引退をせねばならんが、残されるこの子達をならず者稼業から足を洗わせたくてな」
さっきは強いぞと啖呵を切ったのに、弱々しい老人の雰囲気を出して嘘の理由を話す。そんなイェール卿を更に怪しむワイリーは、試させてもらうと言って立ち上がった。
「身元が怪しいのは仕方ないが、確かに戦える人材が欲しい。だが、弱い兵士はいらない。当家は武勇を重んじる家柄だ。イェール殿と、そこのエリー殿にはこちらが用意する兵士と素手で戦ってもらいたい。勿論、複数人を相手にな」
「承知した。では、先鋒はエリーに譲ろう。良いな?」
「……はい」
不機嫌な声で返事をすると、イェール卿は笑いながらワイリーについて行く。俺の後ろを歩くエリーから、小さく物騒な言葉が聞こえた。
「ボコボコにしてやるわ」
地を這うような声は怖かった。
場所を変えた後、小さな広場でエリーは五人の兵士に囲まれていた。兵士達は、本当に戦うのかと戸惑っている。ワイリーが理由を話し、本気で挑む様に伝えた後、開始の合図をした。
「……うわぁ」
勝負はすぐについた。開始すぐに、エリーは正面の兵士の腹を殴りつけ倒した。他の兵士が動揺している内に二人目。動揺が収まった残りの三人の攻撃は全て避けて反撃をする。地面に伏せながら痛みに悶えてる五人の兵士。エリーは息も切らさず立っていた。ワイリーの方を盗み見ると、渋い顔をしていた。
その後ろには領主館に入る前に見た、くすんだ金髪の人が立っていた。近くで見ると成人を迎えた頃の人物は、緑色の瞳を大きく開きエリーを見ている。
「予想してた勝ちだけど、この光景は怖いな」
「うん。俺達もあれにならない様に気を付けよう」
「……お前らな」
クラルドとコソコソ話をしていると、アーブさんに呆れられた。
次は、イェール卿だ。腕まくりをして気付いたが、意外にも腕が太い。両肩を回しながら、二十人でも掛かって来いと大声を上げる。道中の戦いで、剣や弓の扱い。更には馬術も上手いのは知っているが、上級騎士と言えど老年の体で肉弾戦で大丈夫なのか不安を感じた。
イェール卿の要望通り、二十人が出て来て構える。エリーの戦いを見た後なので、全員が気を引き締めていた。
「よぉし! 来い!」
兵士達は多勢の利を活かして、襲い掛かる。
「……クラルド。これって使ってないよね?」
「よく気付いたな。身体強化を使ってないのに、これだよ」
イェール卿と兵士達は激しく殴り合う。いや、表現が違う。殴り合っていない。イェール卿が一方的に殴っている。しかも、身体強化を使わずに地の力で戦っている。時には、兵士を投げ飛ばし。時には、兵士を盾にする。阿鼻叫喚。最後の一人は、周りに助けを求めていた。
「マスターって、魔物を殴り殺す事もあるんだ。素早いトカゲの魔物を、剣で倒し辛いからって素手で捕まえて、頭を殴って潰した事もあった。あれと同じ事をやれって言われて苦労したよ」
魔物を羽交い絞めや磔にして捕まえた後、クラルドに殴り倒す訓練をさせていた。怖い。マードックがマスターで良かったと改めて感謝した。
そんな事を考えている内に、ワイリーが止めに入り最後の一人は生き延びる事が出来た。
「すごい!」
兵士達が倒れている広場に感嘆の声が響く。階段を駆け下りて、イェール卿の元に行く。それを周りやワイリーが止めようとする。
「ギオル様、お待ちください!」
「お名前をお伺いしても?」
敬称をつけて呼んでいた事から、伯爵の身内と判断してイェール卿や俺達は膝を付く。
「私は、イェールと申します。そこの傭兵達の取りまとめ役をしております。今回、伯爵家へ仕官を願いたく試験を受けておりました」
「そうだったのか。あ、失礼した。私は、ギオル・ファーレン。フォルマ・ファーレン伯爵の嫡男だ」
「おぉ。武勇名高い、ファーレン伯爵家のお世継ぎ様でしたか。試験の結果はいかがでしたでしょうか?」
「お見事でした。ワイリー、彼らを仕官させたい。良いか?」
「……はい。見事な強さでした。仕官させましょう」
苦渋の決断と言った様子だが、伯爵領の現状を考えると仕方が無いと思ったのだろう。すごく強い流れ者の傭兵が、わざわざ危険地帯に来て仕官を望む。自分でも怪しいと思うが、目標の一つは達成した。
「決まりだな。イェール殿、私を鍛えていただけないか?」




