領都到着
今、俺達は大勢の騎馬兵に囲まれている。馬上から槍を突き出され、狙いを定めて弓は絞られている。その騎馬兵が掲げている旗には、雷の紋章の上に馬の横顔が描かれていた。
「お前達は何者だ? 獣人の仲間か?」
囲っていた騎馬兵の一部が道を開けると、青色の鎧を装着した指揮官と思われる騎馬兵が来た。
「この傭兵団の団長のイェールじゃ。ファーレン伯爵家に雇ってもらうと領都を目指していた。その途中で、ここが獣人に襲われているのを見つけて駆け付けたんじゃ」
しばらく、イェール卿と騎馬兵の睨み合いが続くと、騎馬兵達の後ろから数人の村人が声を掛けた。
「ファンク様。そこの方が仰られた通り、襲撃を受けていた時に助けに来てくれました!」
他の村人達も似たような事を話してくれた。その声を聞き、ファンクと呼ばれる指揮官は武器を下ろさせた。
「すまない。誤解してしまった」
「いや。ファンク殿がいらした時の状況では誤解も当然じゃ。包囲も解いてくれぬか?」
騎馬兵から解放されて安堵の溜息をついて緊張を緩めた。騎馬兵達も一部は下馬して、村の状況を確かめに行動する。残りは周囲の警戒に当たる。
少し時間は遡る。この村が襲撃されている事に気付いた俺達は救援に向かった。そこには獣人だけではなく、他の村で聞いた脱獄した人間の犯罪者も交じっていた。村人達の盾になる様に駆けていくと、襲撃者達の後ろから騎馬兵が突撃して来た。突撃に巻き込まれない様に逃げた。襲撃者達を倒した後、逃げ遅れた襲撃者の一部と勘違いされて騎馬兵に包囲される事になった。
騎馬兵を率いていた指揮官ファンクは自己紹介をした。ファーレン伯爵に追放された領軍の部隊の一つだった。
「弟君のジーク様と共にいた領軍は、伯爵と伯爵子息の近衛兵を残して領都から追放された」
「なるほど。領都から追放か。その言葉尻を捕らえて、領内の警備に回っていると」
皮肉にも聞こえるイェール卿の言葉に、ファンクさんは苦笑いをした。領都からは追放されたが、領地から追放はされていない。その言葉の隙をついて、ジーク率いる追放された領軍は、領内を荒らす獣人討伐して回っている。
「それでジーク様と本軍はどちらに?」
ラウさんは、ジークさんの動きを気にした。獣人軍と戦うなら、ジークさんが連れて行った本軍の力は絶対に必要だ。
ファンクさんは答えるのを迷っていた。ただの傭兵の一団に話す内容なのか。正体を明かした方が良いと思ってイェール卿を見つめる。視線に気付いたイェール卿も皆を見て意思確認をしている。
「ファンク殿、騙して申し訳ない。ワシらは傭兵ではなく教会騎士だ」
イェール卿は手首から、証明となる紋章を浮かべてファンクさんに見せた。
「ただの傭兵ではないと思っていたが、納得した。私が領都にいた時は、教会に救援は出していなかった。誰かがやったのか?」
「いや。ここの状況は教会でも少しだが知っておった。伯爵が何らかの理由で救援を出せないのかと考えた上層部が、秘密裏にワシらを派遣したのじゃ。場合によってはそのまま伯爵を助ける様にと」
その言葉にファンクさんは安堵していた。そこで今の伯爵家の事情を話してくれた。伯爵が病にかかり急速に衰えている事。実質、執政官が支配している事。南部の獣人達との関係。
「その執政官は間違いなく裏切者ね」
サラール卿の尤もな言葉だ。執政官グラダナと周辺の人物を排除すれば、領都は取り戻せる。隣にいたクラルドが安心した様に肩を落とした。気負ってい何かが落ち着いたのかもしれない。
「グラダナも、元は平文官だったのだ。それが突然、変わった。あいつに同情はせんが、何があったのかは気になる。すまないが、調べてもらう事は出来るか?」
「分かった。それが、獣人との関係にも繋がるじゃろう。調べておく」
そこからラウさんの質問に話を戻した。領内の地図を広げて今の場所と、ジークさんと本軍がいる場所を示す。
「ジーク様は南西部のエレンボ城にいる。ここには七百人の守備隊と、三千人の領軍主力がいる。その三千人から、私の様に部隊を率いて各地の獣人を攻撃している。そして、獣人の本拠地が東部のノーヴェス城だ。頑強な城だったが、獣人達の猛攻であっという間に陥落した。同行した軍監が言うには、獣人達は脅威的な力を発揮して陥落させたとか。元奴隷であった獣人があれ程の力を持っているのかと疑った」
「……ファンク殿。その中に黄金の瞳をして、弓を使う獣人はいませんでしたか?」
俺の言葉に、エリーとサラール卿が反応した。恐らく、同じ事を考えていたはずだ。
「黄金の瞳かは覚えていないが、変わった弓を使う獣人はいたな。それがどうした?」
言いかけた所で、イェール卿が間に入って会話を流した。言うなって意味だろうと思い口を閉じた。
その後、ファンクさんと別れて領都に向かう。
「アルト。マス・ラグムの事が気になるのじゃろうが、まだ話すな。伯爵の側に居る執政官や、伯爵家に関わる人物には秘密にして動きを見る」
「分かりました。気を付けます」
頭に浮かぶのは、輝く黄金の瞳と挑発するような笑み。弓を構えてマーラの矢を放つ姿。
(いや。今回は、伯爵領の解放が優先。我慢しろ)
二つの村を通過して、領都フォリアに到着した。




