成長への踏み台
後書きにイラストを載せました。物語と一緒にお楽しみください。
教会騎士の象徴とも言える不破のローブを隠して、俺達はファーレン伯爵領に向かった。ファーレン伯爵領があるサーリア地方は大陸の中心部にある。
サーリア地方は、エスト半島に蓋をする様に存在する前人未踏の山脈である、クラブド山脈周辺以外は平地が多い。気候も安定して農業生産性も高く、人口が多い。そこに平地を利用した大都市の存在や商業活動が活発だ。
これらの地域を『大戦』の結果、支配して力をつけたのが、大陸の支配者である枢機卿を輩出する五大伯爵家。実質的には、五大伯爵家こそが大陸の支配者である。そして今は、俺の上司である教皇トゥルスキア四世と覇権を賭けた静かな戦いを繰り広げる。
今、向かっているファーレン伯爵も五大伯爵家の一角。領地に近づくにつれ、今までと風景が変わってきた。
「ここら辺は、丘陵地帯なんですね。さっきまでとは雰囲気が違います」
なだらかな丘と平野が一面に広がる。俺の疑問を、兵士を指揮する人材として派遣されたアーブさんが答えてくれる。
「ここら辺からプラド地方西部は、こんな感じで丘陵地帯と草原地帯が入り組んでいるんだ。その影響で農業はいまいちだが、馬産業が発展した場所だな」
「ほう。よく勉強しておるな」
アーブさんの解説にイェール卿が反応した。俺の隣にいたクラルドが小さく溜息をついて首を振るう。
「元々、ここには遊牧民族ファーレンが住んでいたんじゃ。草原やこの地形は彼らが得意とする騎馬戦術に向いておるからの。おまけに馬を育てやすい場所じゃ。彼らはプラド地方西部から、ここまでを支配した。丁度、ジームン大河から東地域じゃな。三百年以上前に、大きな戦があって彼らはプラド地方北部に追いやられた。大戦の時に教会の味方について、エスト帝国を倒した功績で今の領地と選任貴族の地位を与えられた」
ジームンド大河から東地域。三百年以上前の大きな戦い。聞き覚えのある話に、頭を捻ると思い出した。セレス地方の女性が大好きな物語の一部を。
「エスト=セレス家の物語に出た、橋の戦いか!」
その言葉に、イェール卿は首をグルっと回して後ろにいた俺を見る。薄青い瞳にはキラキラと輝いた物が見える気がした。
クラルドは更に深い溜息をつき、頭を抱え始めた。
「あの物語を知っておるのか!?」
「……はい。エスト・ノヴァに行く道中で知りました」
余りの気迫にたじろぐ。イェール卿の興奮した様子に、一緒にいるサラール卿やアーブさん達が遠い目をしている。
そういえば、イェール卿は学者っぽいって話だっけ。
「おうおう。あの物語に出て来る、ジームンド大河に橋を架けるのを妨害した民族の事じゃ!」
そこから長話が始まると察したクラルドが横やりを入れて、話を終わらそうとする。
「マスター。先に領都フォリアに行かないと。任務を忘れないでください!」
そんなクラルドにイェール卿は舌打ちをした。語れる同士に会えたのに、と小さく呟く。
「アルト。言い忘れてたけど、マスターの前で歴史の話はやめておけ。ラーグの食堂料理講座よりも長いぞ」
「気を付ける!」
クラルドの言葉で、もう話さないと決心した。ラーグの食堂料理講座は本当に長い。逃げようとすれば捕まえて来る。イェール卿が、今の話で休憩中に捕まえに来ない事を祈る。
もし、捕まえに来たら教えてくれなかったクラルドを恨む。ついでに、横で静かに笑っていたエリーとラウさんも恨む。助けてくれなかった、サラール卿とアーブさんも恨もうかな。
そんな事を考えながら、北西部からファーレン伯爵領に入った。遊牧民族が駆けた土地というだけあって、馬で移動すると楽を感じる。
「止まってください!」
先行していたラウさんが全員を止めた。何だろうと思っていると、すぐに理由が分かった。
「焦げた匂いがするな。どこだ」
それぞれが匂いの方向を探ると、風が和らいだところで微かに煙が上がっているのを見つけた。指差す方向に煙が昇ったのを確認した。今回のリーダーを務めるイェール卿は、すぐに馬首を変えて駆ける。それに合わせて全員がそこに向かう。昇る煙の本数は増えて行き、悲鳴が聞こえ始めた。
「獣人に襲撃されている。クラルド、弓を使え! サラール、そっちを任せるぞ!」
「はい!」
鎧や武器を持った二十人ほどの獣人達が村を襲っていた。
イェール卿とクラルドは馬に乗せていた弓を構えて、進む方向をズラす。
サラール卿に率いられた俺とエリーは剣を抜き、正面に進み獣人に迫る。アーブさんも追従しながら弓を構えている。
ラウさんが、混乱しながら逃げる村人達をまとめて移動させる。
獣人に迫って行くと、槍を構えていた獣人をアーブさんが矢を放ち仕留めた。他の獣人の動きも牽制する。そこへ近づいた俺達が剣を振るった。
広場まで来ると、馬から降りて戦う。
「アルト、俺の背後を守ってくれ!」
馬上に留まりながら、矢を放つアーブさんの援護に回る。戦いながら一瞬後ろを見ると、村に入ろうとしていた獣人達をイェール卿とクラルドが弓で攻撃をしていた。
(弱いな)
マス・ラグムの手先の獣人と思い戦っていたが、手応えがない。訓練された獣人ではあるが、バラール地方で出会った獣人ほど強くない。
しばらく戦っていたら、獣人達は敗走した。イェール卿は追撃を行わず、村に入って合流する。他に隠れていないか確認が終わり、ラウさんが村人を連れて来る。
「騎士様、ありがとうございます!」
村人の青年がイェール卿の側に来る。
「一人でも多く無事なら良かった。たまたま通りかかったんじゃが、ここら辺は武装した獣人がうろついておるのか?」
「この領地の噂はご存知ないのですか? 今、この領地は獣人に攻撃を受けているんです」
イェール卿は初耳という態度を取りながら話を聞く。
「どこからかやって来た獣人が、南の地域を支配してからあいつらがうろつく様になったんです。それに、南の町や城にいた犯罪者も加わって荒らしまわっています」
「酷い状態じゃな。領主様は何もしてくれないのか?」
青年は俯き、手を強く握る。
「領主様は何もしてくれません。乱心して、領軍も追い出したと聞いています」
「それはいつの話だ?」
「全軍ですか!?」
伯爵との話がまとまれば、獣人と戦う為に領軍を指揮する予定だったアーブさんとラウさんが聞いた。
「詳しい事は分かりません。ただ、領都フォリアから他領に逃げる人達に聞きました。弟君のジーク様も一緒に追放されて、領都を守る人が六百人程度とか」
全員が頭を抱えたくなる話だった。出発前に聞いた獣人の数は五千人。もしかしたら、増えている可能性もあるとロベルト団長に聞かされていた。
「……十倍の敵。イェール卿、急いで領都に行った方が良いかもしれません」
「そうだな。全員、少し待ってくれ」
イェール卿はクラルドを連れて俺達から離れた。何を話しているのかは聞こえないが、クラルドが剣の柄頭を強く握っているのが見えた。
再度、出発した俺達は出来るだけ進み領都に急いだ。日も沈み、暗くなった所で野営をした。領都まで後、二日。
夕食も済ませて、寝る時間となった。周辺の危険を考えて交代で見張りを行う。普段なら、マーラの感知者ならではの直感力で危機を察知できるが油断は禁物だ。もう敵地にいる意識を持つようにと、二人の上級騎士に言われた。
焚火が消えない様に枝を入れていると、隣にラウさんが来た。手に持った袋には、マシュマロが入っていた。
「皆には、内緒だよ」
二人で静かに笑い、マシュマロを焼く。
久しぶりに会った、ラウさんとアーブさんは雰囲気が変わっていた。最後に会ったのは、イーグニス・エレーデンテを決める実戦試合の決勝で応援に来てくれた時だ。
「何だか、雰囲気が変わりましたね。久しぶりに会ったからかな」
「僕達だって二十六歳だよ。雰囲気も変わるさ。それに、上級騎士を目指して色々と頑張っているからかな」
「それで、指揮官の訓練をしていたんですね」
「それもあるけど、リンド村での経験を活かそうと思ってさ」
「あの時の?」
「うん。あの時、僕達はマスターを失ったんだ。父の様に尊敬していたマスター・サルージを」
その言葉に含まれる、悲しさと寂しさはよく分かる。自分は実際に実父も失い、尊敬しているマスター・マードックも失った。
マードックの遺言と今までの教えで、悲しみは和らいだけど寂しさは消えない。
ラウさんは少しだけ昔話を聞かせてくれた。幼い頃にマーラの感知者である事が判明して、教会に引き取られた。幼年教育やエレーデンテ課程が終わり、兄弟の様に過ごした仲間達と別れて、アーブさんと一緒にサルージ卿の元で修業をする事になった。その指導のお陰で一人前にもなれた。だからこそ、サルージ卿の凄さを理解した。あの人みたいになりたいと努力をした。いつもアーブさんとセットだが、サルージ卿から指名されて一緒に任務に行く事もあった。その中に、リンド村の戦いに繋がる事件が起きた。
「あの時、周辺の人達を避難させると理由を付けて、大勢のドヴォルから僕達を逃がそうとしてくれたんだ。そして、最後はね」
殿を引き受けてドヴォルと戦い抜いた結果、リンド村を攻撃して来たドヴォルの数は少なかった。あの時、ミーナや家族を守る事で精一杯だった俺が、知る事が無かったサルージ卿の戦い。
戦いが終わって援軍に来た上級騎士の言葉で、二人が涙した理由の意味がようやく分かった。尊敬するマスターの死。父の様に慕う人の死。これを聞いて込み上げてくる気持ちが溢れる。
「……ラウさん。そんな辛い時に、俺達を助けてくれてありがとうございました」
「そんな顔しないで。正直に言うと、あの時は本当に苦しい気持ちで戦っていたよ。でも、マスターの教えを活かさないといけないって必死だった。アーブと軽口を叩きながら気を紛らわしたり。最後は、アルト君に助けられて、大勢の人達を助ける事が出来た。使命を果たしたって満足感があったよ」
そこで、言葉が止まり何かを考えている様子だった。話している内に溶けてしまったマシュマロを見つめながら、続きの言葉を待った。
「……だから、マスターを失ったあの戦いから学んで、さらに成長しようって決めたんだ。上級騎士になって大勢の人を助けれる教会騎士になりたい。マスターがしてくれた様に、いずれ弟子をとって、この思いを繋ぎたい。そして、マスターを失った悲しみを踏み台にしようってアーブと決めたんだ。リンド村の経験で一人で戦う事だけが強さじゃないと分かった。一人ではどうにもならなくても、二人や三人。もっと大勢の力があれば、どんな困難でも乗り越えれる。だから、あの経験を活かして人を勝利に導く知恵を得ようと努力したんだ」
少し俯いていた顔を上げて夜空を見上げて、ラウさんは思いを話し切った。その横顔は力強く。瞳には希望が宿っていた。二人が変わった理由が分かる姿を見た。俺の方に振り向き、ラウさんは笑う。
「ファーレン家の兵士が五百人でも、必ず勝つ。この時の為に、僕達は頑張って来たんだ。アルト君、辛い戦いになるけど、一緒に頑張ろう」
「はい!」
その笑顔に、どこかマードックを思わせる物を感じた。
マシュマロを思い出して見ると、酷く焦げて溶け落ちていた。新しいマシュマロを焼いて、二人でハフハフと言いながら食べた。優しい甘さだった。交代に来たアーブさんに、ズルいと袋を取り上げられた。




