特別な日と特別な料理
頑強な家とかした台所でオーロン一家とミーナが朝食をとっていた。
「アルト、ミーナちゃん! これも食べなさい。消化も早くて栄養たっぷりだから。あなたは先にこれを食べて。胸焼けを起こしにくくなるから。普段から、お酒を節制しないから!」
甲斐甲斐しく食卓を仕切りながら、アルマは二人の皿にどんどん盛り付けていく
その様子には陰りはない。来るべき時に向けて三人を食事で元気づけていく。そのアルマの差配に従い食事を進める。
麻痺毒の材料を採取しに準備を終えたアルトが、家を出る前に背中を思いっきり叩かれた。
「アルト、頑張りなさい!」
「うん! 行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
アルマに見送られて、アルトは駆けた。
モルの家に着いたアルトは扉をノックした。
「はい」
「アルトです!」
扉を開けたのは装備を整えたモルだった。
「早いな。どうした?」
「父さんから、昨日みつけた草を採取してくるように言われたんだ。あれで麻痺毒が作れるから、場所を知ってるモルさんに連れて行ってもらえって。それと準備した物を森に置いてくる」
「麻痺毒か! それは都合がいいな。武器も門番小屋に準備してある。一緒に持って行こう。・・・・・・アリア、行ってくるよ!」
「モル、待って。アルトがいるんでしょ?」
家の奥からやって来たのは村一番の美女アリアだった。最近は、二日酔い止めの薬の件で叱られてばかりだったので背筋が伸びた。
直立としたアルトを見て、アリアは、くすりと笑った。
「身構えなくていいわよ。今日は叱ったりしないわ。モルから色々と聞いたわ。気を付けてね」
細い手を伸ばし、アルトの飴色の髪を撫でながら労わった。
「必ず帰って来てね。・・・そうじゃないと、この人が二日酔いで仕事にならないから。また薬を作ってあげてね」
「はい! その時は、薬をたくさん作っても怒らないでね」
「そうはいかないわよ! 私、村の奥方代表だもの!」
アリアはアルトの額を弾き『頑張ってね』と言った。
その様子を見ていたモルは顔は笑っているが鋭い目をアルトに向けていた。
「モル!」
「!」
アリアはモルの頬に口付けをした。
「アルト。あっち向いてろ」
はいはい、っと向きを変えて、少しの間があった後に小さく『いってらっしゃい』と聞こえた。
「アルト! 急ぐぞ!」
上機嫌なモルの声が響いた。
門番小屋に着いた二人は手入れのされた武器を集め、森へ向かった。
「そういえば、なんでアルトは市場で戦うことになってるんだ?」
「暗闇紛れて獣人が入って来るんだけど、誰も見えないんだ。そこにマーラの力を使って直感力が上がった俺が入って来た場所を示せる。それをモルさんに伝えて行商人の荷馬車に火をつけて明るくなったところで戦う。こんな感じ」
「確かに夜の村は明かりがないとやりずらいな」
「それと行商人の護衛で来てた傭兵達も戦ってくれるから心強いよ!」
モルは立ち止まりアルトを見つめた。
「アルト、お前は守る為とはいえ初めての人殺しをする事になる。辛いことだが、剣を振り下ろす時に迷うな。『迷えば斬られる』覚えておけ。それと森の中で何が起きてもお前やミーナちゃんを助けるから。一緒に帰ったら、アリアと俺、皆でオーロンさんの家で宴会をする予定だ!」
「大丈夫だよ。俺はミーナを絶対に助けるって約束したんだ。生きて帰ろうって。だから、俺達で頑張ろう。モルさん」
その逞しく決意を込めた顔に怯えはない。アルトは本当に過去を乗り切り『勇気』を取り戻したのだと、モルは実感した。先を行く弟のような子の背中が頼もしく、むしろ自分が助けられるだろうとも思った。
森に着いた二人はさっそく麻痺毒の草を採取した。
この見るからに毒々しい色の草をよく触ろうと思ったな、っと最初に被害に遭った子供達の勇気に溜息をつきながら摘んでいく。
採取を終えた後に、未来予知で途切れた森の入口周辺に回復薬や武器を仕込んだ荷物を隠した。
森での準備を終え、村へ帰った二人はそれぞれ分かれた。アルトはオーロンに草を届け、モルはアリアの下に帰って束の間の休息をとる。
市場や村の家々は扉、窓など補強されて、人気は少ない。行商人の護衛で来てた傭兵が見回ってくれている。皆、顔には不安が現れていた。
「父さん、採取してきた!」
「よし! 急いで麻痺毒を作るぞ。マール、道具を」
高価な金属の道具などを持ってきてオーロンとマールは作業を始めた。
「アルト、お前は夜に備えて家で休んでいろ。長い夜になる」
「アルト君、これを持って行って。この薬を飲んだ後に寝ると、起きた後に体がスッキリするから。ミーナさんにも渡して」
「ありがとう、マールさん」
マールから薬を受け取り家に帰った。時間は昼だ。
アルマとミーナはお茶を飲んでいた。今の村の状態を考えると、のんびりとした光景だ。
「おかえり、アルト。アルマさんのご飯とっても美味しいの! リンド村に帰ったら、同じの作って店の定番メニューにするの」
「アルトも食べなさい」
差し出されたのは、厚い容器の上をパイが包んで膨らんでいる料理だ。
アルトは知っている。この包まれたパイを割るとどうなるか。その中には何が入っているのかも。
「母さん、これは、特別な日にしか出さないやつじゃ」
「そうよ。今日は特別よ。温かい内に食べちゃいなさい」
スプーンとパンを渡されたアルトの喉がゴクリとなる。
ソッとパイを割ると香りが爆発した。吹き出る湯気に、いろいろな香味野菜の香り、肉の脂の香り。
容器に溜まっている赤黒いスープには大きめの肉と野菜。そして、ボルティネスの肝臓が入っていた。
かつて、ティトと食べた時に美味しすぎて泣いた記憶が蘇る。
スプーンでボルティネスの肝臓と一緒にスープを掬い、食べる。
「!」
涙が出そうだった。美味しいからもあるが、ティトとの思い出。家族との思い出。それらが蘇り、勢いよく食べた。
濃厚なスープ。コリコリした野菜。スッと歯の入る柔らかい肉。ボルティネスの肝臓の深い旨味とコク。
「......美味しかった」
涙を拭い、料理の感想を伝えると、ミーナがクスクスと笑っていた。
「アルト。泣くほど美味しかったのね」
「これを食べたんだから、今日を特別な日にするのよ。アルト」
「!」
アルマの言葉にハッとした。
そうだ。今日を特別な日にするんだ。全員で生きてお祝いをするんだ。
「わかったよ、母さん」
アルマはニッコリと笑った。
食事を終えたアルトはオーロンの言葉を二人に伝え、アルトとミーナは眠ることにした。ミーナにもマールの薬を渡した。
「お休みアルト。・・・頑張ろうね」
「うん。お休み」
個人的には、甘く煮たボルティネスの肝臓とセレス地方のシュワシュワしたワインの組み合わせが好きです。パイ包みも捨てがたい。
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