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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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狼の巣へ

「皆、可愛かったわね」


「何か新鮮な気持ちになったな。この先、剣術の教官になるのも良いかも」


「意外と教えるのが上手で驚いたわ」


 特別指導を終えて帰る事にした。二人はエレーデンテ達の訓練をする様子に、自分達もあんな風だったのかと懐かしむ。そして、エリーの言う通りクラルドは教えるのが上手だった。意外だ、と失礼な事を思いながらそれぞれの部屋に戻り身なりを整える。今日も、三人で食事をする。


「また、皆で集まって騒ぎたいな」


 今回は、エリーとクラルドだけだがラーグやパトロとも会いたい。五人で飲んで騒いでをして、二日酔いに苦しむ友達に二日酔い止めの薬を作ってあげる。一連の流れが懐かしい。

 それにアーウィンの話を聞いてほしかった。二人が頼れない訳ではない。ただ、何となくラーグに話したいと思っただけだった。


「……ラーグに会いたいな」


 思わず零れた言葉に、溜息も交じる。そのまま歩いていると、二人の足音が止まっていた。何だろうと振り返れば、クラルドは何を言うべきか迷って口を開いたり閉じたりしている。エリーは、昔リークトが贈ったハンカチで目元を抑えている。


「そうね。ラーグに会いたいわよね」


「その、早く会えると良いな!」


 二人は肩に手を置き、先を進んで行った。何だったんだ?




 コン、コン、コン


「はーい」


 ドアを開けると、一人の下級騎士が木箱を抱えて立っていた。


「こんにちは、アルト君。お届け物だよ。それと、面会希望の人が一階で待ってる。これ重いな」


「すみません。エスト・ノヴァで注文した物がまとめて送られたみたいですね」


 下級騎士ガーネルは木箱をテーブルに置いてくれる。彼は、ザクルセスの塔を警備している教会騎士だ。この部屋は、上級騎士が使う区画にある。エウレウムが上級騎士になって与えられた部屋をマードックが使い、自分に引き継がれた。

 ガーネルは様々な称号を持つ俺の部屋に初めて来た時、可哀想になるほど緊張をしていた。しかし、何度も顔を合わせるうちに打ち解けてくれた。震える声で聖人様と呼ばれていたのが懐かしい。


「中身は何だい? ガラスの音がしたから慎重に運んだよ。というか、教会騎士がエスト・ノヴァに注文を出すって。上の人に睨まれるよ?」


「もう、睨まれているので気にしない様にしてます」


 睨まれるも何も、教皇に首根っこを掴まれている状態だ。これほど、恐ろしい状態はないだろう。


「やっぱり、聖人や英雄って呼ばれる人は豪胆だな。中身は、ワインと花と木屑?」


 酒を運ばさせたのか、とガーネルは目を細めて見つめて来る。慌てて違うと否定して、一本の小瓶を見せた。


「これは香水っていう物です。エスト・ノヴァで見つけて作ってみようと思って材料を注文したんです。良い香りでしょ?」


「おぉ。良い香りだ。こんな物があるのか!」


「はい。あっちでお世話になった人達の、結婚祝いで贈ろうと思って買ったんです」


「へぇ。良い贈り物になるな」


 エスト・ノヴァの兄と姉の姿を想像した。荷物を置いた後、待ち人の事を思い出してエントランスへ降りて行った。

 エレベーターから降りると、相手の方から声を掛けられた。


「ダーバンさん!」


 教皇の騎士団に所属する元兵士のダーバン。自分の同僚だ。エストアイルで会った時の様な召使いの服ではなく、町にいる一般人の服装でやって来る。


「久しぶですね。エスト・ノヴァでの活躍は聞きました。何はともあれ、無事で良かった」


「何とか生き延びました。ダーバンさんも、無事に仕事を終えれたみたいですね」


 挨拶を交わしてから、エストアイル出発前にしていた約束を果たそうと城下町に降りた。ダーバンさんの案内で酒場に入る。店主がダーバンさんを見ると、カウンターの仕切りを上げる。そのまま、カウンターを通り俺達は店の奥に入る。


「ここなら気兼ねなく話せる。店主、つまみと麦酒を二つ」


 店主は頷くと部屋を出て行った。ダーバンさんは、自分が持って帰った使徒ノートラスや勇者の話を知っていた。


「まさか、神が実在して世界征服を狙っているとは驚いた。本当に無事に帰って来てくれて良かった。この情報が無ければ、どうなっていたか」


「最初は、ラキウスに信じてもらえるか不安でした」


「ラキウス様も、何か感じる所があったのかもしれませんね。セレス家と同盟を決断するくらいですから」


 その時の話を聞くと、ウィンザー様とラキウスは色々な譲歩を重ねながら秘密同盟を結んだ。使徒に対抗する為に、お互いに必要な物を補う。共通事項は、有事には兵を出す事。

 ラキウスは教皇の権力や教皇派の圧力を使って、セレスやニクス地方に干渉や攻撃をする枢機卿などを封じ込めた。全ての問題が解決した後、南部の自治領化を認める。

 ウィンザー様は、教皇派への加入と、資金援助や兵の貸し出し。新しく創設された教皇軍の装備や兵站を提供する。通貨を使った戦争も終結させる。


「良かった。これなら、ラキウスとセレス家が対立しなくて済むんですね?」


「そうですね。一番の懸念点も、お互いが納得する形で解決しました。南部と戦う事は無いでしょう。念の為、エスト・ノヴァの新しい大司教はセレス家の監視という役目を負います」


 安心して大きな溜息が出た。ダーバンさんは笑いながら、運ばれた麦酒を手に取り乾杯と飲む。


「お金を使った戦争も終われば、人々も生活が楽になります。何より、ラーグやウィンザー様と対立する未来が無くなって本当に良かったです!」


 ラキウス、ありがとう。やっぱり世界を救うのはラキウスだよ。


「ハハハ。今のアルト君の顔を見たら、ラキウス様はどう思うんでしょうね」


 ダーバンさんに恋する乙女の顔とからかわれた。恥ずかしさを隠す為に麦酒を一気に飲み、表情を引き締める。


「さて、今日は約束を果たすのもあったけど、命令が出たので伝えに来ました」


 その言葉に背筋が伸びた。いよいよ、マス・ラグムの討伐に行く時が来たのかもしれない。だけど、その気持ちは裏切られた。


「獣人が軍を作り、ファーレン伯爵領の征服を企んでいます。それを阻止します。操っているのはマス・ラグムでしょうが、今回は放置します」


「何で! あいつを倒さないと、使徒の狙いも阻止できませんよ!?」


 ダーバンさんは、声を荒げて立ち上がった俺を制して座らせる。そこから事情を話す。


「マス・ラグム達がファーレン伯爵領を征服して獣人の国を作るつもりでしょう。それを知った各地の獣人達が大規模な反乱を起こす。今、教会騎士は魔物と亜人種の攻撃に対応する為に出払っています。領軍も、そちらに集中しています。そんな中、全体数が多い獣人が大規模に反乱を起こすと、鎮圧するのに一年以上は時間が掛かる」


 言ってる事は分かるけど納得がいかない。場所も分かって、力もつけて来た。全てが始まった四年前の悲しみの復讐を、使徒ナリダスの野望を打ち砕く事で終わらせれるのに。


「勇者討伐に関しては、使徒ノートラスの勇者エレナーデの居場所を特定が出来つつあります。彼女を倒せば、使徒の侵略は防げます。その為に、大軍を差し向けました。納得がいかないでしょうが、全体を考えた結果です」


 何も言えずに座っていると、ダーバンさんは子供に言い聞かせる様に語り掛けてくれる。


「アルト君。君の生い立ちを考えれば、千載一遇の機会を逃す事が悔しいのは分かるよ。同じ立場なら暴れていると思う。でも、獣人に国を作るられると、どれほど危険かは分かるだろう?」


「……はい」


「次の機会を待とう。それじゃあ、ラキウス様の伝言を伝えるよ。次の機会は譲る、と」


 その後は、任務の細かい話を聞かされた。ずっと、黙ったままだった俺の態度の悪さに、ダーバンさんは何も言わず新しい麦酒を渡してくれた。




 翌日、ロベルト団長に呼び出された。そこには、他の人も来ていた。エリーの師匠であるサラール卿、クラルドの師匠であるイェール卿。そこにアーブさん、ラウさん、エリー、クラルドが並ぶ。

 任務内容は、ダーバンさんに事前に聞かされていた物だった。


「緊迫した状況だがファーレン伯爵が救援を出していない以上、秘密裏に行動しないといけない。だから、伯爵家の状況を見て正体を明かせ。無理なら、そのまま隠して獣人との戦いに向けて行動」


 この一団を代表する様に、年長者であるイェール卿は長い髭を撫でながら答えた。


「して、援軍は来るのか?」


「エストアイルにいた熟練の傭兵団を集めた。彼らは船でジームンド大河を登り、南西から入る。状況を見ながら、領都フォリアを目指す。数は三千人だ。伯爵家の動き次第だが、フォリアに到着するのが早くて一週間くらい。それまで耐えてくれ」


「ふむ。獣人が総力戦で来ると、領都は戦いに向かない。もしかしたら北の要塞に移動するかもしれん」


 白い髭と髪は長く、老年を感じさせるシワ。温和そうな薄青い瞳を持つイェール卿。生まれはファーレン伯爵領の近辺で、任務に行く事も多く地理に精通している。


「具体的に分かるのは、ファーレン伯爵のもとに行ってからだな。アルト。もし、ファーレン伯爵が病で動けないなら出来るだけ治療をしてやってくれ」


「はい」


「アーブ、ラウ。指揮官として培って来た力を発揮する時だ。大きな戦いになる頑張れよ」


「はい!」


「必ず、侵攻を止めさせます!」


「サラール、レドロ。マス・ラグムが率いる獣人達だ。以前、戦った経験を活かしてくれ」


「はい!」


「全力を尽くします!」


「イェール、クラルド。例の事態になったら、頼むぞ。判断は任せる」


「承知した」


「……はい」


 俺達、七人の教会騎士は身元を隠してファーレン伯爵領を目指して出発した。

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