幹部会
大理石が使われた廊下に足音が響く。白い壁には、金縁で飾られた大きな絵が何枚も並ぶ。歴代教皇の肖像画だ。老人達が自分の偉大さを示す様に、大仰な姿で描かれる。教会騎士団長ロベルトは、最後の一枚を見て立ち止まった。若く美丈夫な青年の肖像画だ。控えめに微笑み、優しさが込められている。聖職者の手本となる様な雰囲気と佇まいだ。
「こんな笑顔、向けられた事が無いがな」
普段の様子からは考えられない笑顔だ。実際、自分にこんな笑顔を向けられたら、ペラギウスの館からは生きて出れないと確信する。
一つ左に曲がると、大きな両開きのドアに二人の上級騎士がいる。ロベルトが来たのを確認すると敬礼する。
「聖下のお召により参上した」
一人がドアをノックして中から返事が返ってきた。そして、ドアを開けられる。
中に入ると、円形のテーブルを囲う様に人々が座っている。中央奥に座る教皇トゥルスキア四世と幹部達だ。いつもは聖地コバクにいるテイゾ大司教も来ていた。
「失礼しました。私が最後でしたか」
「いや。定刻より早く揃っていただけだ。気にしなくて良い。座れ」
教皇の許しを受けて定位置に座ると会議が始まる。教皇の側に控える、レハン司祭が話を進める。
「お揃いになられましたので、会議を始めさせていただきます。本日は、三つの重要な情報を皆様と共有して、その対応を協議します」
(珍しいな。情報共有はするが、対応の協議とは。いつもは命令が下されるのみだが。余程の内容なのか)
ロベルトの考える通り、一つ目に聞かされた情報は全員が驚いた。アルトが、使徒ノートラスから得た情報だ。この世界を創った神で使徒と自称する存在。そして、使徒の狙い。使徒の願いを実現すべく、力を与えられた勇者という存在が、この世界のどこかで殺し合いをしている事。
(アルトめ。とんでもない情報を持って来たな。それよりも、この組織に組み込まれていたのか)
聖人になった意味がようやく分かった。あれは教皇の布石だったのか。教皇しか与えれない名誉を与えて自分の代理人に仕立て上げる。そして、大きな枠組みとして教会から切り離す。
「二つ目は、二人の勇者の居場所を特定出来た事です。エスト・ノヴァを騒動に引き込んだ使徒ノートラスの勇者エグラーデ。彼女は犯罪組織ペティーサの棟梁です。現在、ウェールド地方の南西のどこかにいるようです」
そこで幹部の一人、ウィリバルト・ハーケンが呟く。ハーケンは、秘密裏に新設された教皇軍の司令官だ。
「巨大犯罪組織の棟梁の居場所なんて、良く絞れたな」
「セレス公爵の配下と、こちらの騎士団が連携をしたのよ。それで大まかだが場所の特定に至った。もうすぐ、具体的な場所まで判明するわ」
教皇の秘密の騎士団団長イヴェット・ヴァレンティアは、ハーケンの疑問に答えた。予想外だった答えにハーケンは驚いて教皇に尋ねた。
「先日、メディクルムから重要な報告があると言われて、エスト・ノヴァに行った。その時、今の報告を聞いてセレスと同盟を結ぶ事を決断した」
「思い切った決断ですな」
「そうだな。じっくりと支配を考えていたが、この状況だ。これでマリーダ伯爵の居る北方と、セレス公爵が居る南方は気にしなくて良くなった。教皇軍の装備や兵站など、必要な物はセレスが揃える。軍の規模も大きく出来る」
ハーケンは息を大きく吸って頷く。現状、六千人だった規模を、目標の一万人まで増やす道筋が着いた。おまけに、有事になればセレス公爵家の領軍も動員できる取り決めになった。
「マリーダ伯爵家の領軍もありますからね。聖下の目標まで一気に計画が進みます」
教皇軍、一万人。マリーダ伯爵領軍、四万人。セレス・ニクス地方領軍、七万人。
教皇派主力軍、十二万人。
秘密の騎士団、七十人。
枢機卿派は、内部の権力闘争が原因で一つにまとまらない。教皇派は、着実に枢機卿派を追い詰める準備が整い始めたな。
「話が逸れたな。もう一人見つけたのは使徒ナリダスの勇者マス・ラグムだ。今、ファーレン伯爵領にいる」
この名前が出た瞬間、場の空気が重くなる。勇者と戦う必要があるのに、五大伯爵家と関わりたくなかった。レハン司祭が三つ目の議題を話した。
「最後の議題です。今、ファーレン伯爵領は獣人達の攻撃を受けています。裏には勇者マス・ラグムがいるでしょう。お話した通り、勇者を勇者以外の人物が倒すと、使徒の侵攻を数十年遅らせる事が出来ます。しかし、ファーレン伯爵領南部は獣人に支配されて北部へと進出を狙っています。このままでは、ファーレン伯爵領は獣人に支配されるでしょう」
おかしい。そんな状態なのに、何故、教会騎士に救援の連絡が来ていないのか。報告は無かった。
ロベルトが疑問を尋ねると想像もしていなかった答えが返って来る。
「現ファーレン伯爵フォルマ様は、教会に救援要請を出されていないのです」
レハンの言葉に教皇以外は、言葉の意味が理解できないでいた。
「ちょっと待て。領地の南部が獣人に支配されているのに、救援要請を出していないのか?」
ヴァレンティアは察した。伯爵側に内通者がいると。ハーケンは信じれないと髪を後ろに撫でる。
「なるほど」
静かに聞いていたテイゾ大司教が呟く。協議の内容を理解した。
「フォルマ殿が何かしらの理由で指揮が取れない。そこに付け込んだ内通者が伯爵家を混乱させている」
白くなった髭を撫でながら考えを巡らせる。
「ファーレン伯爵領が陥落すれば、ジームンド大河より東は、獣人の国が出来る。それが知られれば、各地の獣人達も決死の覚悟で反乱を起こす。そして、マス・ラグムと合流する」
テイゾ大司教の言葉に教皇は頷く。
「マス・ラグムを倒せば、使徒の攻撃は遅らせれるが獣人の国が出来る。そもそも勇者マス・ラグムに遭遇したマードックでさえ、近づく事が出来なかったと聞きましたが。ロベルト団長、どういう戦いだったか教えてくれますかな?」
「はい。マス・ラグムが武器にマーラを込めると、周囲にいた獣人達をマーラの感知者に変化させました。獣人の身体能力と、マーラを使った身体強化が合わさり、強烈な攻撃が方々から襲い掛かった。しかも、直感力も向上している様子だと」
ハーケンとヴァレンティアは眉を寄せた。その反応も当然だ。
「防御に集中していると、マス・ラグムが不破のローブを貫通するマーラの矢を放って来る。そんな物を避けながら戦い、すぐにピンチに陥ってしまった。マードックも善戦したが、マス・ラグムのもとまで辿り着けれなかった。上級騎士サラールは、大勢の下級騎士を相手にしている様な感覚と話していました」
ヴァレンティアは大きく溜息をつく。彼女は上級騎士で、大勢の下級騎士を訓練した。獰猛な攻撃をする大勢の下級騎士。おまけに直感力も向上して、攻撃を読む事も出来る。どれほど厄介な存在かを考えれば溜息も出る。
「マス・ラグムの配下だけでも戦うのは面倒だな。実際、マス・ラグムとも戦えていない事を考えると実力は未知数」
「うむ。使徒の力を一部与えられていると思えば、決して弱くはないのだろう」
テイゾ大司教もマス・ラグムとの直接対決に不安を感じていた。
獣人の侵攻を防ぐか、勇者を倒す事に集中するか。両立は難しい。教皇軍は強力だが各地に散らばっている為、どちらかしか対応できない。いつもは素早く判断する教皇が、悩むのも当然かと納得した。
「聖下」
ヴァレンティアが発言する。
「マス・ラグム討伐より、ファーレン伯爵領を守る事を優先するべきと考えます。お話にもありましたが、獣人の国が出来れば奴隷となっている各地の獣人は発起するでしょう。その対応も考えると、マス・ラグムは後回しが良いと」
「私もヴァレンティアに賛成です。幸いにも、もう一人の勇者の存在と大まかな場所は分かっています。勇者討伐はそちらを優先すべきかと。場所を考えれば、セレス公爵も動ける範囲です。それにペティーサは、遅かれ早かれ壊滅させなければなりません」
ヴァレンティアとハーケンは意見を同じくした。教皇はテイゾ大司教を見る。
「二人の意見に賛成です。騎士団とセレス公爵の力で、勇者エグラーデを見つける。その後、聖地コバクにいる教皇軍と周辺貴族の領軍を差し向けて、勇者とペティーサを滅ぼす」
最後に自分の番となった。
「三人の意見に賛成します。昨今の魔物の出現の対応に、大勢の教会騎士が出動しています。そこに大規模な獣人の反乱が加わると、全体の守りが薄くなり被害が大きくなります」
四人の意見を聞いた教皇は少しの間、目を閉じた。
「……分かった。マス・ラグムは放置する。ファーレン伯爵領の保護を優先。ファーレン伯爵領への援軍として、エストアイルの教皇軍をジームンド大河を登らせて南西から入れろ。傭兵団という形にするんだ。勇者の方は、エグラーデの討伐に集中する。ヴァレンティアとハーケン、頼むぞ。決して逃がすな」
「はっ」
「承知いたしました」
「ロベルト。フォルマが救援を出していない以上、秘密裏に教会騎士を入れる事になる。現地の領軍の指揮を出来る者と、腕のある者を派遣しろ。内通者が伯爵家を支配しているなら始末しなければならない。場合によっては、伯爵家を皆殺しにしろ」
「伯爵家の人間を、皆殺しですか?」
教皇の言葉に動揺したのは自分だけではない。五大伯爵家の一角を潰すのは、他の伯爵家や枢機卿達を、明確に敵に回す事になる。
「暗殺する事になる。教会騎士の仕業とバレない様に気を付けろ。それと送る騎士の中に、メディクルムとサラールとその弟子レドロを加えろ。あの三人なら、強化された獣人との戦い方を知っているだろう。それにフォルマが病で動けないのなら、メディクルムが役立つかもしれない。後の人選は任せる」
「畏まりました」
こうして会議は終わり、二つの作戦が決まった。ファーレン伯爵領の保護とペティーサの壊滅も含めた、勇者エグラーデの討伐。
「狼と盗賊狩りか。忙しくなる」
この先の戦いを想像して、慎重に人選をする。




