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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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三人組、再会

 訓練を終えて休んでいたアルトは、塔の一階に降りた。今日は嬉しい再会がある。久しぶりに会う二人の姿を思い浮かべ、エレーデンテだった頃を懐かしむ。


「二人共、元気かな」


 エントランスで待っていると、周囲から視線と小さな声が聞こえる。


「ほら、そこに聖人って呼ばれている人がいるぞ」

「ノーラ地方のマリーダ伯爵や、セレス地方のセレス公爵と仲が良いんだって」

「教会騎士が、選任貴族のマリーダ伯爵と仲が良いってどういう事だ? しかも、ノーラ地方の東半分を実質統治してる貴族だぞ」

「その件についても関わっているらしいわ」

「最近、亡くなったグランドマスター・マードックの唯一の弟子らしいよ」

「そういえば、エレーデンテ同期生を殺したとかも聞いたな」


 好奇の声に混じる残酷な言葉。胸をチクリと刺す言葉。

 小さく聞こえる、否定できない言葉から逃げたい。事情があったと言っても、リークトを斬った苦しみは未だに抜けない。


(最近は、特に気持ちが重くなる。ドーキンさんやレミーさんの件が、気持ちを掻き立てたのかな。俺は、自分をどうしたいんだろう。罰したいのか? 許されたいのか? 誰に罰してもらい、誰に許してほしいんだ?)


 壁に寄り掛かり俯く自分の肩に手が置かれた。顔を上げれば、二人がいた。


「久しぶり、アルト!」


 曇っていた気持ちが、二人を見て和らぐ。息を大きく吸い二人の名前を呼ぶ。


「久しぶり。エリー、クラルド!」




「乾杯!」


 エストに帰還したエリーとクラルドは、アルトもエストに居る事を知って懐かしの三人で食事をする事になった。場所はエレーデンテの頃から通った、酔いどれ騎士亭だ。


「本当に久しぶりね。最後に揃ったのって、エレーデンテ卒業式じゃないかしら?」


「そうだな。あれから俺も、エストに帰る事が無かったからな」


「そうなんだ。どこに行ってたの?」


「サーリア地方の東部とプラド地方全域。そうだ、ダリッサの町にも行ったんだ!」


 クラルドは、思い出した様にエリーに話す。初めて見たプラド地方ダリッサの町の光景だった。


「俺が考えていた町とはかけ離れていた。あれは、都だよ!」


 クラルドを鍛えているマスター・イェールは、大陸東部を中心に活動する上級騎士。その影響でプラド地方の地理に詳しい。

 マスター・イェールの言葉を使い、ダリッサの町がどんな物だったかアルトに話す。


『クラルド。ここは、歴史と繁栄の交差点なんだ。教会の統治が始まって、歴史から消えた都。エスト帝国が誕生する前から存在した。ここら辺はボーリャック地域と呼ばれている。南方の敵国を牽制する役割があったんだ。軍事的な意義もあったが、ここで作られた物がバラルト海湾岸世界の文化に影響を与えた』


 アルトはエストアイルに滞在した時、教皇の側近エヴァリス・レハンから聞いたエストアイルの歴史を思い出した。そこにはダリッサの町の名前が挙がっていた。


『全盛期には人々の賑わいが絶えない場所だった。平和な時代からは急速に発展して、エスト・ノヴァに匹敵する東の都になった。市場が街の中心まで伸びているが、昔のままらしい。ここはプラド南部の独特な果物や手工芸品が色鮮やかに並べられている』


 その時に渡された果物を見て、クラルドは衝撃を受けた。薄いピンク色の果物には、爪の様な尖った物が生えている。果物と知らなければ、何かの心臓と思うほど不気味な物だった。

 その言葉を聞いたエリーが笑った。


「ドーラフルフね。見た目に反して、美味しかったでしょ?」


「そうなんだよ。マスターが食べるぞって買って来たんだ。白い果肉はサクッとして、サッパリした甘さだった。ゴマみたいな種子がプチプチしてた。見た目に裏切られる美味しさだった」


 その後は、城壁に大きく囲まれた市街地や住宅街の独特な雰囲気。教会に壊された、かつては壮麗だった神殿の跡地や、大浴場の話を聞いた。やはり、今のエストやエストアイルに残る面影を感じた。


「すごい町だったな。マスターが研究をしたいって言って、長期滞在になったんだ。レドロ男爵にもお世話になった。お世話になり過ぎて申し訳なかったよ」


 首を横に振りながら、イェールの行動に振り回されると嘆いていた。


「気にしなくて良いわよ。お父様からしたら、教会騎士に滞在されて困る事はないもの。今の話を聞いていると、マスター・イェールは学者みたいな人なのね」


「そうそう。そんな感じ。プラド地方ってエルフの遺跡とかも多いから、サーリア地方から移動する時に喜んでた。それと、ごめんな」


 急に謝罪したクラルドに、アルト達は首を傾げる。気まずそうにしながら謝罪内容を話した。


「最初の頃、爵位が継げないと選任貴族に町が乗っ取られて、住人が兵士や奴隷にされるって話をしただろ?」


 二人は何が言いたいのか理解した。エレーデンテになって訓練が始まった頃、非選任貴族や異教徒の関係で平民派と非選任貴族派の二つの派閥に別れた事があった。平民派が一方的に非選任貴族派を嫌っていた時、エリーとクラルドの関係が悪かった。

 そんな二人の仲を戻そうと、アルトはここで喧嘩をさせた。その時にエリーから聞いた、非選任貴族の現実。跡継ぎがいないと、家は潰され町は選任貴族に奪われるという話だ。


「あの時は話を聞いても、理解していなかったんだ。でも、実際に見ると大勢の人達の人生を、レドロ男爵達が背負ってるんだって実感したよ。それで、エリーが泣いた理由が分かったんだ。あんなに良い人達なのに、レドロ男爵がいなくなったら酷い扱いを受ける事になるなんて」


 バカでごめんな、と謝った。


「何するんだ!?」


 エリーはクラルドの赤い髪を乱暴に撫でた。顔を上げたクラルドを、エリーが笑っていた。


「良いのよ。責めるつもりなんてないわ。実際に体験しないと、分からない事はあるものよ。それよりも町の事を褒めてくれて嬉しいわ。私の宝物だから」


 エリーの笑顔を見て、クラルドも笑った。見て会って理解をする事の大切さを、二人から学んだアルトであった。


 エリーは、師匠のサラールと共にノーラ地方西部を中心に活動をしていた。そこで、エルベンの町でアルトが起こした事件の影響の話が出た。


「ノーラ地方は東部をマリーダ伯爵。西部はまとまりの無い諸侯って対立構造が出来ていたわ。大都市のポッソも戦争が起きるって戦々恐々だったわ。アルトがエルベンの町にいた犯罪組織を倒したって理由で、何でこんなにマリーダ伯爵が力をつけたのかしら?」


 エリーの疑問に、アルトは答え方を考える。エリーの様子を見ると、教皇派と枢機卿派の対立は知らなそうだった。


「えーと。犯罪組織を倒した後、マリーダ伯爵が町の再建を援助してくれる事になったんだ。その時、大軍で町にやって来たんだよ。理由を聞くと、マリーダ伯爵領の近辺で嫌がらせみたいな事が続いたから示威行動で、大軍を出したみたい。それを見た他の貴族達は怯えて、マリーダ伯爵の意向に従うようになったらしいよ」


 一気に答えたが、エリーが目を細める。それに耐えれなくなったアルトは視線を横に逸らす。


「……そういう事にしておくわ。いつか詳しく聞かせてね?」


「エリーに嘘はつかない方が良いぞ」


「……嘘じゃないもん」


 アルトの子供の様な言い草に、二人は笑ってワインを飲む。

 アルトも近況を話そうとしたが、色々な肩書を持つ有名人の行動はすでに知られていた。リゾート地で有名なエストアイルで過ごした事は、二人に羨ましがられた。アルトからすれば、教皇主催の枢機卿が毒殺された恐怖の昼食会の話なんて出来ない。苦労が話せないのがもどかしい。


 お互いの任地先で会った人達の話や、マスターの話。そこで、マードックの事をエリーは偲んだ。別れの時、マードックの言葉を胸に修業を頑張ったと話した。

 久しぶりに会う友人との会話は尽きない。酔いも回った頃、アルト達のテーブルにコソッと紙切れが乗せられた。クラルドの近くに置かれた紙切れを読んだ途端、急いでポケットに仕舞った。


「何が書いてあったの?」


「いやー、その。お誘いかな」


 酔いもあって理解が追いつかないアルトの服の袖をエリーが引っ張る。


「見てなかったの? クラルドの恋人からの手紙よ」


 小声で教えてくれたエリーの言葉に、カウンターの方を見る。そこには、アルトが見た事で照れる様に顔を俯かせるナフィがいた。


「ナフィさんと関係が進んでたの?」


「下級騎士になる頃、付き合い始めたんだ」


 大声を上げそうになるアルトの口をエリーが塞ぐ。エレーデンテだった頃、酔いどれ騎士亭の店主メトナーの姪であるナフィにクラルドは恋をしていた。その後、グラウェルの事件もあって恋人だったリークトを失ったエリーの手前、消極的だった。しかし、気にするなとエリーに背中を押された。


「そうだった。卒業式の日、アルトに話ていなかったわね。無事に付き合って、熱々なのよ」


 茶化すエリーに、クラルドは顔を赤くしながら頷いた。落ち着いたアルトは、クラルドを祝福する。


 友人の思わぬ幸せな話を聞けて、アルトの心は温まる。その思いを胸に目を閉じれば、リンドの町で待ってくれているミーナの笑う姿が思い浮かんだ。

 目を閉じたアルトが考えている事を、二人も察して静かに笑う。




 食事や話も落ち着いて帰ろうとなった。


「悪い。俺はもうちょっと居るから、先に帰って」


「……分かった」


 紙切れの事だなと、ニヤニヤしながらクラルドを見るアルトの脇腹を、エリーに小突かれて店を出た。


「楽しかった。二人に会えて本当に良かったよ。研究室に籠りきりだったからさ」


「マードック様から託された物があるからって、無理はしちゃダメよ。体が資本!」


「はーい」


 エリーと二人で帰るのは不思議な思いがあった。


「……リークトだったのにな」


 思わず呟いてしまった言葉に、自分でも動揺しながら口を閉じた。本来、エリーの隣にいるのはリークトだったのにと思いが零れた。エリーに聞こえていない事を祈りながら隣を見ると、優しさが込められた笑顔でアルトを見ていた。


「リークトの事が、まだ辛い?」


「……うん」


 二人は立ち止まり向かい合う。アルトはエリーと会ってから、リークトの姿が脳裏に浮かんでは消えを繰り返していた。


「リークトは、魔物に殺されたの。アルトじゃないわ。それにレバレスを倒す時に、リークトが力を貸してくれたんでしょ? アルトの事をどう思っていたかなんて、明白じゃない。私への伝言までアルトに託してくれたのよ」


「そうだけど。斬った感触や、苦しみに歪んだリークトの顔が離れないんだ。レバレスだって分かっているのに」


「目前で戦ったアルトには、辛い経験よね。多分、私もそんな顔を見たら忘れれないと思う。でも、もう忘れて良いのよ。リーは私の側にいるから。何回も守っていてくれたのよ」


「どういう事? 確かに伝言を伝えた日、エリーの周りで強いマーラを感じたけど。守ってくれた?」


「苦しむリーの顔が忘れれないのなら、この顔を見て上げて。この技を習得できて良かった。よく見ていてね」


 エリーは目を閉じて集中する。すると、周辺のマーラの流れに異変を感じた。エリーの周囲に集まって行く。マーラを吸収しているのかと思い生命探知で生命のマーラの輝きを見る。


「……何で」


 エリーに異変は無いが、側に集まったマーラが人の形をしていく。輝きが増して行き、眩しさに目を閉じた。


「アルト、見て」


 強い存在感を感じながらも、エリーの呼びかけに目を開けた。その光景はアルトの心を強く揺さぶる。


「リークト!」


 エリーの側に現れたのは、淡い光をまとった半透明のリークトだった。


「ぐっすりと眠っている様でしょ?」


 エレーデンテの頃に同室だったリークトの寝顔は何度も見た。まさに、その顔をしている。


「マーラになったリークト?」


「えぇ。マードック様に、私は不思議な力を持っているって言われてからマスターと一緒に研究をしていたの」


 調べていく内にノーラ地方西部に手掛かりがある事が判明した。エリーは眠っているリークトを撫でる様に触る。しかし、淡い光の粒になってしまう。


「そこで守護霊の事を知ったの。占いで出てくるような話で半信半疑だったけど、資料を集めて調べていく内にマーラを使った物って分かったの。手順も理解して、何度もやって行く内にリークトの姿が現れたのよ。これを見た時、泣き崩れたわ」


 その瞬間を思い出してエリーの瞳に涙が溜まる。


「心が楽になったの。アルトが届けてくれた伝言の通り、ずっと私の側に居てくれてたんだって。話しかけても反応は無いし、触れもしない。だけど、ここにいるのよ」


 目元を吹きながらアルトに向き合う。これまであった戦いの中で守護霊という存在になったリークトが助けてくれた事を話す。不意打ちを受けても相手が弾かれる様に飛ばされたり、囁きが聞こえるとその通りになる。何かしらの形で守ってくれている。この話を聞いてアルトも、マス・ラグムが放った矢を消された意味が分かった。


「あの時、エリーの側に誰かが居て俺に手を向けていたんだ。そこからマーラを全部持って行かれて気絶したんだけど、微かに矢が消えたのは見えた。あれはリークトだったんだ」


「もしかしたら、アルトのマーラを吸収したのが守護霊になる切っ掛けだったのかもしれないわね。ねぇ、リーを見て」


 アルトはリークトを見つめる。泣きそうになるのを堪えてリークトを見続ける。


「アルトが見たのはレバレスなの。本物のリークトは、私の側で穏やかに眠っているわ。だから、もう苦しまないで」


「リークト」


 アルトもリークトに触るが、淡くマーラになって散って行く。穏やかに眠るリークトの顔が、アルトの心を温かくしてくれる。


「エリー、ありがとう。これって、負担が大きいでしょ?」


「えぇ。でも、具現化させる価値はあるでしょ?」


「そうだね。その通りだよ。リークト、また会えて嬉しいよ。本当に嬉しい!」


 涙が堪えれなくなったアルトは、崩れそうになる膝に力を入れる。


「アルト、もう苦しまなくて良いの」


 エリーの手が肩に添えられる。その手を握り、顔を上げた。


「うん。エリー、会わせてくれてありがとう」


 その言葉に頷き、力を止めた。リークトの姿は淡く消えて行った。

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