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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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力の探求

 アルトは、エスト・ノヴァから師匠達が遺した生命のマーラの研究資料を、首都エストにある教会騎士団本部ザクルセスの塔に移動した。それから師匠マードックから譲られた部屋の訓練場で、アルトは自分の力の限界を確かめていた。

 床に刺さった木人形は見えない衝撃波によって壁に打ち付けられる。それを再度、床に刺して同じく吹き飛ばす。


「これで七回。まだ衝撃波は使えるな。使えるマーラが増えたのかな?」


 マードックと訓練をした時は七回が限度だった。今は、その時を越える力が残ってる。あの戦いでマルトさんにいっぱいマーラを送ったからかもしれない。俺も自分が倒れるんじゃないかと思う程だったもんな。それでも、ゴルズニルドを仕留める時は力が残ってた。


「そうだ、マーラが湧き出るような感覚だ。あれは、あの時の呪文が影響していたのかもしれない」


 アルトはその時のことを思い出しながら、深呼吸をした。


「あの時、確かに何かが変わった」


 エスト・ノヴァに召喚されたゴルズニルドの攻撃を受けて、アルトはしばらく気絶していた。そこに親友ラーグの幻覚が現れた。ラーグとの会話が終わった後、おぼろげな意識の中で、頭に浮かんだ二つの言葉に唱えた。その瞬間、記憶を遡って行くように、家族や友人が真っ白な視界から流れていく。最愛の女性であるミーナも現れた。彼女は微笑みながら、道を譲る様に横に移動すると最後に彼が現れた。銀髪と黄色の瞳。あどけない笑顔をしていたエルフの子供。大師匠エウレウムの息子へリオルだ。


「何か、一言を言ってた気がしたんだけどなぁ。全く思い出せない。あそこからマーラが湧き出るような感覚になったんだ。それに、あの言葉は星の書で教えてもらった言葉じゃない」


 知識と秘密の使徒マグナスから授与された、星の書『生命のマーラの探求:第一巻』から得た知識ではないと確信があった。


「与えられた所までの資料を探したけど見つからなかった。やっぱり、気絶していた時に何かがあったんだ。本当に、ラーグが助けに来てくれたのかな」


 訓練場の端に置かれたベンチの左半分に座る。へリオルが出て来た理由が気になり思考を巡らせた。マードックの遺書に書かれていたへリオルは、エウレウムと、エルフ族で妻シーレルとの間に生まれた子供。エウレウム譲りの銀髪と黄色の瞳。エルフ族特有の長い耳。


「未来予知、マーラの放出。まだ幼い子供なのに、こんな事が出来るなんてすごいな。父親のエウレウム様も、凄腕のマーラの感知者だったみたいだけど。それが継承されたのかな」


 アルトは、継承という言葉に何かの引っ掛かりを感じた。ずっと思って来た疑問。マードックにその疑問を聞いた事があったが、答えは返ってこなかった。


「解るでも、解らないでもなかった。何も言わなかったんだよな」


 アルトが抱いた疑問。


 マーラの感知者になった親の子供も、マーラの感知者になるのか。


 実父オーロンが、ドンゴ地方で兵士をしている時に勇者が現れる夢を見ていた。黄金色の瞳を持った勇者は、メイスでオーク達の鎖を砕いて彼らを解放した。実際、鎖に繋がれていたオーク達の大暴動が発生した。その出来事を思うと、オーロンは未来予知をしていたのではないか。その力がアルトに継承された可能性を考えた。

 それらの話をしても、マードックは何も言わなかった。その態度に困ったが、それ以降は話に出さなかった。

 遺書で知ったエウレウムは、アルトと似ている体験をした強力なマーラの感知者だった。そして、息子へリオルは未来予知などを使える強力なマーラの感知者。二世代続けて、こんな事が起きるのか。オーロンとアルトの未来予知の関係も含めれば、偶然の一例とは思えない。

 周りの友人達のマーラの感知者になった切っ掛けを振り返っても、疑問に対する答えのヒントは得られなかった。両親や祖父母にマーラの感知者はいなかった。


「でも、マーラの感知者になっても隠れて過ごしている人もいるって、キケロ・ソダリスに聞いたからな」


 マーラの感知者になれば、教会騎士にされる。その未来を憂い隠す人もいる。友人達の先祖の中に、そう言ったマーラの感知者がいたのかもしれない。それが継承された可能性もある。

 マードックが答えなかった継承についての疑問は、アルトへの課題だったのかもしれない。もし、マードックの課題であれば、それは生命のマーラの探求に答えがある。


「そういえば、へリオル君が可愛いってたくさん書いてあったな。叔父目線だったから、余計にそう思ったのかな」


 ベンチの空いている右半分を見る。いつもマードックが座っていた場所だ。


「ここに座って、後ろから俺の訓練の様子を見ていたんだよな。確か、マーラの巡りを操る訓練の時に、集中を邪魔するみたいに話し掛けられたっけ。何の話だったかな……」


 その時、ミーナの顔が思い浮かんだ。


『ミーナさんとは、いつ結婚するんだ?』


『故郷を旅立つ時に、大勢の前で愛の告白をした気持ちはどうだった?』


『首に下げている指輪は、結婚指輪だったのか。アルトは結婚指輪を渡したのか?』


「思い出した! 旅立つ前の辺りの話をして来たんだ。それで、集中が乱れて。何で知ってたんだろ?」


 アルトは覚えていないが、マードック愛蔵のワインを共に飲んでいる時に酔って話した内容だった。

 恥ずかしさに悶えていると、段々と気持ちが沈んで来た。


「もう、いないんだよな」


 集中を邪魔して来た声は聞こえず、優しく見守ってくれていた瞳はない。アルトは頭を振って思考の中にある霧を払った。マードックからの遺言は、今でも覚えている。


「会えると良いな。エストアイルで見つけた、家族や弟さんの話もしてあげたい。あのワインの名前の事も教えたい」


 回想が終わり、アルトは目を閉じて深呼吸をした。あの時の経験が、今の自分を強くしている。再び訓練場に意識を戻し、アルトは木人形に向かってもう一度、衝撃波を放った。


 休憩をしようと部屋に戻る。定位置の椅子に座り水を飲み、一息つく。無心に訓練をした影響で、思考がスッキリとした。その時、ふと浮かんだ言葉を呟く。


「継承、か」


 アルトは、すぐ近くに置いてある一冊の本を手元に寄せる。薬草全集と書かれた本だ。


父さん(オーロン)にいつも読んでもらったな」


 大きなソファに座って、オーロンは弟のティトを膝に乗せている。アルトはその横からオーロンの読み聞かせを聞く。そんな自分達を実母アルマが、後ろから眺めていた。ティトが眠ると読み聞かせは終わる。アルトは、それを不満に思いながらも翌日の楽しみとして我慢した。


「俺は、父さんの仕事をすごいと思って、同じ薬師になりたくて勉強して。ティトは、父さんと母さんに構ってもらえるのが嬉しかったんだよな。そういえば父さんは、子供二人と過ごす時間が嬉しいって話したのを母さんから聞いたっけ。それで、母さんは……」


 思い出を振り返っていると、涙が溜まって来た。

 オーロンの話しを聞いている途中、後ろを振り返ればアルマは三人を見ながらベリーを食べていた。アルトを見て小さく笑ったアルマは、小さなベリーを投げる仕草をする。それを察してアルトが口を開けると、器用にも一粒のベリーが投げ込まれた。甘酸っぱいベリーを噛みしめて笑うと、穏やかに幸せそうに笑うアルマ。


「……ナリダス」


 あの幸せの時間を壊した魔物の存在。ティトは自分の過ちで失ってしまった。あの悲しみは今も消えないが、受け入れるしかない事実だ。だが、両親は違う。ゴル村に獣人を差し向け、最後は魔物を生み出して両親が殺された。ナリダスが消える前に言った言葉は今でも覚えている。


『せめて、嫌がらせにはなるだろう。……皆、死ぬがよい』


 使徒ノートラスとの出会いで知った、使徒という神の恐ろしさ。自分達が生きる世界リンドアの支配を巡って争う六柱の神々。


「あの時、何をしたかったのかは知らないけど。嫌がらせで殺された、家族と村の人達の復讐だけはしてやる。まずは、勇者マス・ラグムからだ」


 ナリダスへの復讐の一歩として、あいつを倒す。そうすれば、リンドアを狙う他の使徒の野望も妨害できる。ノートラスの言葉を信じるなら、使徒の新たな攻撃から数十年は時間を稼げる。その間に使徒自体と戦う方法を見つける。


「ナリダス。お前だけは許さない!」


 大切な家族を、誰かへの嫌がらせで壊した使徒ナリダスへの怒りは、アルトの心を燃やす。ナリダスが、リンドア征服の為に選んだ勇者マス・ラグムとの戦いが近づく。

 星の書で入手した生命のマーラの知識は、アルトに力を与えた。身体強化能力の向上。小規模の自然への干渉。

 生命のマーラ以外で言えば、謎の言葉による溢れんばかりのマーラの獲得。魔物へのダメージを強化する退魔の剣。

 そして、遺された研究書をから学び得た新たな技。このタイミングで入手できたのは、まさに幸運だった。マス・ラグムとの決戦に備え、アルトの力は増幅していく。


 休憩を終えて、訓練を再開する。入手した数々の技を安定して使える様にならないといけない。

 意識を集中させて、手の平に火の玉を出現させる。そこにマス・ラグムがいる事を意識して。小さく弾ける音を立てる火の玉は正面へと放つ。獣人ならではの身体能力を持つマス・ラグムに避けられるのは想定済みだ。

 そこに強い輝きを放つ退魔の剣を出現させて、剣術に沿って振るえば美しい光の軌跡が残る。止めを刺す気持ちで、ラーグと共に研究した二連回転切りを振るう。訓練場に舞う塵が焼ける音がする。

 最後は、前回戦った時の敗北の理由を思い出しながら、剣を持たない手に力を込める。


「あの時と同じだと思うなよ!」


 マーラが集まり、光る拳を突き出せば、アルトより正面の空間全体に光の波が押し寄せる。マス・ラグムに勝つ一番強力な切り札だ。

 アルトはたくさん汗をかきながらマーラが尽きるまで、何度も技を繰り返した。


「父さん、母さん、皆。絶対にあいつらを倒すから!」


 未来の戦いに想いを馳せていると、胸元が光った気がした。そこには、マードックから託されたエウレウムの翼のブローチがある。


「普段は光を反射させないのに、どうしたんだろう?」


 マードックが施した技で、ブローチと付けられた宝石は輝かない様にされていた。任務中も光の反射などで邪魔にならない様にしてくれたマードックの気遣いだ。

 翼のブローチを不破をローブから外す。やはり、ブローチは光を反射している。手で光を遮れば、反射はしない。そして、手を離せば光を受けても反射はしなくなっていた。


「マードックの技の力が弱まったのかな。何だったんだろう?」


 大師匠とその家族とマードックの思いが込められたブローチは、生命のマーラの教えを受け継ぐ者に渡していく後継者の証だ。


「俺もいつか、このブローチを誰かに渡せる様に学びを深めていかないとな。四人の思いは俺の中にありますよ。マスター」

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