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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第三部:希望の継承者 第一章:駆ける狼
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狼の遠吠え

第二部第三章『駆ける狼』の連載を始めます!

お楽しみ下さい!


挿絵(By みてみん)

 鎧、槍、剣。それぞれが揃いの武具を装備した獣人達は、打ち破った城門から中に殺到する。城を守っていた人間と獣人は激しく戦う。剣戟や悲鳴。血に染まる土。死体を踏み越え獣人達は人間を追いやる。


「内郭に、退避!」


 城の守備隊長は外郭の放棄を決断した。兵士達は急いで主城門に走る。その間も、獣人の追撃は止まらない。無防備になる兵士達の後ろからは雄叫びを上げて走って来る音が聞こえる。


 絶望に陥った一人の青年は走るのを止めて振り返った。そこには剣を持って迫って来る、強靭な体をした獣人達。青年が最後に見た光景は、自分の踏みつけながら走る獣人の姿と陽光を遮る暗雲の空だった。


「失礼します! 兵士の収容は完了しました。ご命令通り、跳ね橋は上げました」


「よし。時間は稼げたな。早く援軍が来てくれると良いが……」


 塔の最上階から城下町を見れば、走って北に逃げていく人達が見えた。その姿に守備隊長は安堵の息を吐く。


「領民達には護衛の兵士が側に居ます。このまま、エレンボ城か領都フォリアに着けばいいですが」


「あぁ。それにしても、なぜ奴らは領民を見逃しているんだ?」


 思い返してみると、奴らはすぐに城攻めを始めた。この城を落としたいから襲撃したのは分かる。なぜ、わざと領民を見逃した?

 今までの、人間への復讐を優先的に考えていた獣人の行動パターンと外れている。何を企んでいる。それにあの装備は何だ。鎧に兜。剣は槍の武器。どうやって、あの数を揃えたんだ。西のノーヴェスで何が起きているんだ?


「隊長、見てください。援軍です! ジーク様の旗です!」


 守備隊長は、兵士が指差す方向を見る。二本の旗を風がひらめかせる。一つは、ファーレン伯爵家の家紋。騎馬に乗って弓を構える、ファーレンの地に住んでいた先祖を表した旗。もう一つは、二十八歳の若き名将ジーク・ファーレンの旗。

 その旗と軍勢に、安堵と勝利を確信した気持ちが声に出た。


「もう少しだ! ジーク様が敵を掃討してくれる。それまで、持ちこたえるぞ!」


 兵士達を鼓舞する言葉は、空に響くほどの兵士達の雄叫びで返って来た。




「間に合ったか!」


「ギリギリでしたね。あれは陥落寸前です」


 ジーク・ファーレンは、現当主フォルマ・ファーレン伯爵の命令で、フォルマの息子ギオルと共に野外訓練をしていた。そこに南部の要所である、ピノン城から援軍を求められて急いで行軍した。


「レオデン、歩兵と弓隊を率いて城下町に入った獣人を倒せ。ファンク、歩兵が外郭に侵入したら騎馬隊で一気に奴らを踏みつぶせ。行け!」


 部下達は迅速に行動する。ジークは全体の様子を見る為に、小高い丘に移動をしようとする。


「叔父上、私にも役目をください!」


 ギオルがジークに強く主張する。そんなギオルの側に寄ったジークは、周囲に聞こえない様に小声で話す。


「兄上の死が近いかもしれん。その時に、お前がいないと伯爵家は継承権で内乱になる。教皇はその隙をついて伯爵家を潰しにかかるだろう。お前を絶対に死なせる訳にはいかない。だから、私の側に居ろ。いいな?」


「……はい」


 ギオルは幼い頃から癖になっている唇を噛みながら、了承した。ジークは苦笑いをして、ギオルの額を指で弾く。それを受けてギオルは恥ずかしそうに俯き、唇を噛むのを止めた。叔父に躾けられている時にやられている指弾きだ。上官と部下の関係から、家族に戻った一瞬だった。

 成人を迎えたばかりだったギオルは血気盛んな青年。悔しそうな顔で戦場を睨む姿は、まさに兄譲りだと苦笑する。


 ギオル。愛しい甥よ。この世界の現実をまだ知らない、真っ白な存在だ。私達や先祖がやって来た残虐なツケの結果が、目の前の光景だ。お前は伯爵家の希望なんだ。教皇の支配が始まった時に、お前の純粋な無知が伯爵家を救う。


 ギオルの存在が、ファーレン伯爵家の生きる希望だとジークは固く信じていた。

 気を取り直して戦場を見渡すと、各部隊が移動を始めていた。すると、空に轟音が響く。


「今のは何だ!?」


「ジーク様、あちらの城壁が崩されています!」


 厚い城壁が大きく崩れて掘を埋めていた。内郭への足場になったそこに獣人が入って行く。


「どうやって、城壁を崩したんだ。各部隊を急がせろ!」


 しばらく戦況を見守っていたが、主塔に上がった旗を見て強く握った拳を振り上げた。そして、数回ほど深呼吸をして静かに降ろす。


「何故、黒旗を掲げているのですか?」


 ギオルの言葉に場は沈黙する。


「……絶望や破滅の意味だ。自分達は死ぬから見捨てろ、と言っている」


 ギオルの驚いた顔や部下達の苦しそうな顔。その場に漂う、暗い空気を吹き飛ばす様にジークは新しい命令を出した。


「全軍、撤収! 道中で会った、ピノン城から逃げた領民と合流する。彼らを保護しながらエレンボ城に移動。その後、領都に帰還する!」


「叔父上、待ってください。まだ、間に合うかもしれません! 急げば……」


「黙れ!」


 ジークの迫力にギオルは肩を跳ねた。


「彼らは、無駄に兵が死なせるなと言っているんだ。もう立て籠もった主塔での戦いになっている。勝敗が決まった。彼らの最後の決意を無駄にはしない。全軍、撤収だ」


 こうして、南部の要所であったピノン城は獣人達により陥落した。先に攻撃を受けていた、東部の要所で堅牢だった城塞都市ノーヴェスも陥落して占領された。


(これで、東部と南部が獣人の支配下に入ったな。奴らは確実にファーレンの地を、手に入れようとしている。兄上、時間がありません。正気を取り戻してください!)


 遠く背後にあるピノン城から、狼の遠吠えが聞こえた。主塔の黒い旗は倒された。




 領都フォリアは、他の同じ強大な権力を持つ伯爵家の町に比べると華麗では無く、質実剛健を感じさせる町だ。ファーレンの地を、馬と共に駆けて武勇を誇った民族らしさが出ている。町を出た広場にはたくさんの馬が飼育されて、大人が子供に乗馬を教えている風景が見れる。

 そして、騎馬民族を率いる長であるファーレン伯爵家が住む領主館は、来る人を威圧する様に威厳に満ちている。

 今、その領主館は人の気分を滅入らせる様な、重く淀んだ空気に支配された。原因は玉座に座る老人、フォルマ・ファーレン伯だ。先代の急死により伯爵家の継承した人物だ。本来の姿は三十歳の盛年の男性だ。鮮やかな金髪はくすみ、生気が無いような白い顔色をしている。虚ろな瞳は死を見ている様だ。


「閣下、盟約を結んでいると仰られた獣人の件についてお話があります」


「待たれよ」


 文官の話を遮る様に、玉座の間に男性が現れた。くすんだ灰色の髪と黄色の瞳。細い体形には合わない赤色の豪華なローブを着て、自らの権勢を象徴している。


「……グラダナ卿」


「見ての通り、閣下は体調が優れぬ。それでも、伯爵として威厳を示そうとここにいらっしゃるのだ。ご無理をさせてはならん。領内の事は、執政の私が承ろう」


 文官ワイリーは、嫌そうな表情を隠そうともせずにグラダナに話した。フォルマの宣言で、奴隷身分から解放された獣人と結んだ同盟についてだった。

 解放された獣人は、伯爵への感謝として独立した領軍となって伯爵家に加わった。彼らは反逆者を見つけたと報告した。反逆者が城塞都市ノーヴェスを占領しているとして、攻撃を行い陥落させた。それ以降、ノーヴェスは獣人軍の本拠地となった。


「その獣人達が領内の村々を襲っている。直ちに同盟を破棄して、討伐軍を派遣するべきです。そもそも、獣人の解放は教会が黙っていないでしょう。教会だけではなく、他の五大伯爵家を敵に回すつもりか?」


「彼らは、ノーヴェスから逃げた反逆者を同盟に従い追討しているのだ。閣下もご承知の事だ。教会に関して言えば、我々は五大伯爵家の一つ。何を言ってこようが、気にする必要は無いでしょう」


「追討するのに、村々を焼き払う必要があるのか!? すでに、教会の密偵も入っている。完全に目をつけられているんだぞ!?」


 玉座の間にワイリーの声が虚しく響く。そこに玉座の間を開ける人物がいた。その人物に、周りは慌てて頭を下げる。ジークとギオルが帰還した。


「兄上、ただいま戻りました。無礼を失礼します。至急の報告です。ピノン城が獣人に襲われて、陥落しました」


 場がざわめく。ワイリーも動揺する。


「ジーク様、それはいつの出来事ですか?」


「九日前だ。兄上の命に従い野外訓練をしている所に、ピノン城から救援を求める使者が来た。援軍に行ったが、間に合わなかった。最後は黒旗を掲げていたよ」


 玉座の間に居た人達は、ジークの最後の言葉で、ピノン城の守備隊の気持ちを察した。その空気を壊す様にグラダナが大声を上げる。


「ジーク様! 閣下の弟君と言えど、勝手に領軍を動かされるとは何事か!」


「黙れ、死神! お前が死の鎌を下ろす前に、剣で首を刎ねてやるぞ!」


 ジークの迫力は、グラダナを怯ませる。そのまま話を続けた。


「私は、領軍の指揮権を持つ将軍だ。緊急時には私が指揮を執る。これは、ピノン城を襲った獣人の兜だ」


 放り投げられた兜には狼の絵が描かれていた。


「これは、ノーヴェスの獣人の兜か」


 誰かの声に、人々は動揺する。控えていた他の文官も、この流れを止めない様に獣人の討伐を、と声が上がる。


「お得意の、ノーヴェスから逃げた反逆者がピノン城にいたとして、守備隊を皆殺しにする理由がどこにある。例えピノン城が反逆を起こしたとしても、連れていた部隊で鎮圧もできる。獣人が勝手に判断して町や村を攻撃しているのだ」


 ジークはグラダナの足下に短剣を投げた。


「危険な獣人と同盟を結び、専横を許して、大勢の民が命を落とす事態を引き起こした執政殿よ。お前には、責任を取ってもらわないといけない。その短剣で自分を刺せ。すぐに楽にしてやる」


 場の空気は執政グラダナが責任を取る空気へと変わった。目に見えて焦るグラダナをフォルマが呼ぶ。


「……グラダナ。グラダナ」


「閣下。ここにおります」


 フォルマは囁くような声で、グラダナに話す。グラダナは段々と笑顔を浮かべていく。


「ジーク・ファーレン。フォルマ・ファーレン伯爵閣下の名において、フォリアから軍と共に追放する!」


「何をおっしゃられますか! 閣下、お言葉をお聞かせください!」


 ワイリーはフォルマに近づこうとすると、グラダナが連れて来た兵士に抑えられる。それでもと食い下がり、何度もフォルマに声を掛ける。


「……ジーク、追放、する」


 途切れ途切れの言葉で、追放を言い渡された。ジークは小声でバカ兄貴、と呟く。


「……スレーン」


 フォルマが呟く。その言葉に、爽やかな緑色の動きやすいドレスを着た女性が側に行く。


「お父様、ここ居ますよ」


 フォルマの瞳には、母親譲りの美しい茶色の髪と緑の瞳を持つ娘の顔が映る。震える手をスレーンの頬に添えて、何度も娘の名前を呼んだ。

 スレーンはフォルマの手を握る。声を震わせながら話す。


「……お父様、今日はもうお休みになりましょう。私がお連れしますね。私がずっと側に居ますから、安心してお休みください」


 体を支えながらフォルマを立ち上がらせる。すかさず、グラダナが手助けをする。


「触らないで!」


「貴様!」


 グラダナに触れられたスレーンは強く拒絶する。そこに、静かに状況を見ていたギオルが駆け寄り、グラダナを突き飛ばす。


「二人共、手厳しいですなぁ。閣下の命により、私はスレーン様の婚約者なのに」


「誰が、あなたと」


「それ以上、妹に近づくな!」


 剣を抜こうとする勢いだったギオルをジークは止める。その後、兄妹はジークを見る。


「兄上、耄碌している時間はありません。このままでは、ファーレン伯爵家は滅びます!」


 最後に想いを伝えたジークは、スレーンに支えられているフォルマに一礼して踵を返す。出て行く直前にワイリーは小声で伝える。


「フォリアからの、追放です」


「分かっている。あの子達を頼むぞ」


 こうして、ジーク・ファーレンは領軍の主力と共に領都フォリアを追放された。

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