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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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聖堂襲撃

 教会騎士招集の鐘はエスト・ノヴァの住人なら、その意味を知っている。


「魔物が出たぞー!」


「早く家に帰るぞ」


「お爺ちゃん、早く行こ!」


「安心せえ。今回も二人が守ってくれるから」


 最初は人殺しをした教会騎士の話で溢れていたが、それを一瞬で忘れて家に避難する。だが、住人達に恐怖が無かった。今回もあの二人が魔物を倒してくれると信じているからだ。ドーキンとレミー。二人が築き上げた信頼が、住人達を冷静にさせて混乱を起こさずに避難が出来る。


「レミー、アルトと会って来たぞ!」


 ドーキンは、先に門前に来ていたレミーにアルトの話をした。


「良かった! それにしても宮殿の人が助けに動いてくれるなんて顔が広いのね」


「あぁ。公爵に用事があるとは聞いていたが、助けてもらえる程の関係だとは思わなかった」


 二人はアルトの意外な人脈に驚きながらも、不思議な空気を漂わせるあの青年ならあり得るのかもと思った。


 教会騎士招集の鐘で、衛兵隊の中でも魔物専門に扱う隊もやって来る。これによりアルトを捜索する人員を減らす事が出来た。二人は、その隊にそれとなく事情を話して城門と城壁に待機してもらう。この話が通じるのも、二人の町への貢献による賜物であった。


「俺達はしばらくここで待機だ。これだけ衛兵を移動させれたから、アルトの目的の時間稼ぎになるだろう」


「そうね。アルト、頑張るのよ!」


 二人は城壁から町の方向を向いて、アルトの無事を祈る。



 ドーキンから渡された宮殿からの伝言に従って、アルトは聖堂へ向かう。聖堂に向かわせる意図が何かは分からないが、捜索する衛兵の数が減った事で大きく移動するなら今しかなかった。


「門番が居ない?」


 いつも聖堂の前に待機している門番がいない事を不審に思うが、門の鍵も開けられっぱなしだった。出来るだけ音を立てずに聖堂の中に入る。念の為、生命探知を使うが人はいない。

 警戒を緩めて聖堂の中を進む。


「これは、メモ?」


 祭壇に置かれた紙を見つけた。そこに書かれた内容は衝撃的だった。


「大司教の汚職の証拠を持っている!」


 その証拠を宮殿側の人間に渡すはずだったが、教会側に目を付けられて逃げると走り書きがされている。会う場所は書いてる途中で途切れていた。


「これを信じるなら、その人を探さないといけないのか」


 メモをポケットに入れて、司祭達の寮を探るが誰もいなかった。司祭の部屋に入って調べるが慌てて逃げ出したかの様に、物が散乱している。頑丈そうな金庫は開けられていた。


「あそこに何かを隠していたのか。ここには用は無いな。装備を取に行かないと!」


 教会騎士の寮に行く。部屋は荒らされておらず、大切な物も全て揃っていた。教会騎士の不破のローブを着て、通り道である聖堂から出て行こうとする。

 だが、聖堂の出入り口には二人立っていた。


「やっと見つけた」


 剣を抜いている人物達は灰色のローブを着ていた。教会騎士だ。


「……教会騎士招集の鐘が鳴っていますよ。城門に行かなくて良いんですか?」


 アルトも剣を抜き、構える。


「そんなもん、あの二人にやらせておけばいい。別に教会騎士がいなくても、この町の衛兵は強い。放っておいても良いだろうに。真面目な奴らだ」


「大司教に従っておけば、良い思いが出来るのにバカだよな」


 三人の間で緊張が走る。目の前の二人は、町を逃げ回っている時に戦った教会騎士よりも強い。

 刹那、二人がアルトに突っ込む。一人目の突撃を避けると、避けた先にはもう一人の剣が迫って来る。だが、アルトの直感力はそれを知らせていた。剣を受け止め、弾き返す。その隙を見逃さない。アルトの放った衝撃波が二人を吹き飛ばすはずだった。


「なんで!?」


 二人の教会騎士はアルトの衝撃波を受け止める様に、両手を突き出して同じように衝撃波を放っていた。


「……確かに、お前に特別な存在なのかもしれない。だが、その特別な力の一部を、誰も使えないと思っていたのか?」


「衝撃波は訓練すれば使える物なんだよ!」


 至近距離で衝撃波によって押し合う三人の間にピリッと小さな雷の様な物が生まれる。マーラが圧縮されて、空間に歪みが生まれていた。

 そして、二人掛かりで放たれる衝撃波にアルトは押され始めた。身に宿すマーラの量ならアルトが上回っているが、ここで押し合いの為にマーラを使い続ければ、後の戦いが不利になる。

 衝撃波の力比べによって、じっくりとアルトが下がらされる。三人の間に出来た小さな雷はアルトの手を焼く。


(ここで、力を緩めたら吹き飛ばされる!)


 二人の教会騎士もアルトの様子を見抜いて、圧力を掛ける。


(ダメだ。吹き飛ばされる!)


 強い衝撃波によってアルトは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。聖堂には装飾によって突起物もある。そこに刺さらなかっただけでも幸運だった。


 壁から崩れ落ちたアルトに二人は止めを刺そうと襲い掛かる。アルトは衝撃の影響で眩暈を起こしていた。


(早く避けないと。くっ、体が!)


 叩きつけられた痛みで体が思うように動かない。迫って来る二人をぼんやりとした視界で捉える。嫌な汗が顔を伝い、思わずミーナの指輪を握りしめた。


『アルト、炎よ!』


 この場にいないはずのミーナの言葉が頭に響く。その意味を理解する前に、体が勝手に動き、マーラを掌に集めて敵に突き出す。

 ゴウッと音を立てた瞬間、悲鳴が上がった。


 意識がハッキリして見えた物は、敵の一人が炎に焼かれている所だった。火を払おうと、不破のローブを脱ぎ捨て床に転がる。

 もう一人は、その状況に隙を見せた。だが、今の攻撃でアルトは大きくマーラを消費した。何とか立ち上がって逃げるのが精一杯だった。落ち着きを取り戻した、もう一人の敵はアルトを追いかけて剣を振りかぶる。


(もう少しなのに!)


 ドアはすぐそこだ。アルトは必死に足を動かす。


(ダメだ。斬られる!)


 後ろから迫る刃の気配を感じながら、ミーナの笑顔が頭に浮かんだ。


(ごめん。ミーナ!)


 指輪を握りしめて、会えなくなる悲しみに涙した。


 その時、ドアが開かれて陽光がアルトの顔を照らす。


「がはっ」


 アルトは倒れ込む。


「……間に合ったか」


 刃はアルトに届かなかった。敵は胸を一刺しされて倒れる。

 アルトは、助けてくれた人の背中を見ていた。平民が着る服とブーツ。くすんだ茶色の髪色。その人は振り返って、手を差し出す。


「無事で良かった。アルト」


 茶色の瞳を細めて笑った。

 差し出された手を握り、立ち上がる。


「助けてくれてありがとうございます。あなたは?」


「俺はクアラ。セレス家の近衛兵の一人で、ラーグ様とマルトの友達だ。マルトの指示で助けに来た」


 マルトの名前を聞き、体が脱力していく。クアラがすぐに体を支える。


「ここにはアルトしかいないのか?」


「はい。恐らくマルトさんの手配で待ち合わせがあったようですが、その人は身の危険を感じてどこかに逃げたみたいです」


 懐に仕舞った、走り書きで書かれたメモをクアラに見せた。それを読んでマルトと合流する事となった。何とか歩きながら、クアラについて行く。


 古い建物の入口の側に一人の男が壁に寄り掛かっている。クアラの姿を見つけて、頷くとキシキシと音を立てる廊下を通り案内された。


「マルト様、到着されました」


 中に入るとマルトが椅子から立ち上がり駆け寄る。


「アルト殿、ご無事で良かったです! その様子だと、途中で戦いがあったのですね」


 アルトを座らせて、治療道具を出して手当をする。消毒だけで良いとマルトに伝えて一息つく。クアラは壁にもたれながら溜息をつく。


「マルト。命懸けの仕事をしてる友達が急いで帰って来たのに、おかえりもないのか?」


「その言葉が欲しかったなんて意外だよ。労おうとすれば約束を放り出して色町に行ってるから必要ないと思ってた」


「……悪かったって。生きて帰った後は、ああいうのが必要なんだよ。英雄、色を好むって言うだろ?」


 その言葉に、マルトは鼻で笑う。


「クアラさんも、ラーグやパトロの幼馴染なんですか?」


「あぁ。パトロがラーグ様に締め上げられた時からの関係だ。色々あって、三人でラーグ様に殴りかかって返り討ちにあったんだ。懐かしいな」


 クアラとマルトは昔を思い出して笑う。


「次の日、ラーグ様のお召でパトロが衛兵に連れて行かれ時は、処刑されるのかと思って大騒ぎしました。パトロはぐずぐず泣いていたっけ」


 エレーデンテだった頃にラーグ達から聞かされた話だと分かりアルトも笑った。そんな二人の話を聞きながら消毒が終わった後と言われてマーラで回復していく。その姿を見て、二人は沈黙する。


「あの、どうかしましたか?」


「失礼しました。パトロから聞いていましたが、本当に不思議な光景だと思いまして」


「あっという間に傷が治るのか。すげえな」


 クアラは傷があった場所を触る。くすぐったいが、声は我慢したが体は震えた。痛がっていると勘違いしたマルトが手を払い落とす。


「それにしても二人だけしか来ていないという事は、協力者は殺されましたか……」


 悲しそうに落ち込むマルトにメモを見せて状況を話した。生きている可能性を知って、沈んだ顔が上がる。


「それなら次にやる事は彼女の発見ですね」


「協力者は女だったのか?」


「うん。教会で下働きをしている獣人とのハーフで、名前はヘリエ。大司教に獣人の母親を殺された恨みがあって、大司教のたくさんの汚職を教えてくれたんだ。彼女の身辺を調査したけど、問題は無かった。それで、具体的な証拠が欲しいと探りを長い間してもらっていたんだ」


「……随分、危険な事をさせていたんだな」


 クアラがマルトを睨むが、気にする様子も無い。逆にクアラをジッと見つめる。その視線は二人にしか意味が分からない物だったのだろう。クアラは目線を逸らす。


「それでは、アルト殿の話を聞かなければなりませんね。報告に上がっている一連の行動を思うと、大司教に攻撃をしようとしていると判断しました。理由を教えてもらえますか?」


 アルトがエスト・ノヴァに来た二つの目的を話した。生命のマーラについてはマルトも知っている話だったので、簡潔に話した。そして、教皇から与えられた任務。ギレス大司教の逮捕を話した。


「教皇があいつの汚職とペティーサの関係を探っていたなんて」


「予想外の話になったな。教皇は大司教を捕まえてどうするつもりなんだろう。ペティーサの壊滅?」


 二人はそれぞれの考えを話している。逃げ回りながらもアルトは任務の本当の意味をずっと考えていた。当たっているか分からない、この予測を話して良いのか迷った。

 その横顔をマルトは見ていた。


「アルト殿。教皇の意思は分からなくても、私達はギレス大司教を倒したいという目的は一緒です。何か考えがあれば話してもらえませんか?」


「恐らく、教皇の目的は二つあると思います。大司教を逮捕して、ペティーサの情報を手に入れて壊滅させる事。もう一つは、セレス公爵との交渉」


 二つ目の予想に、二人は目を見開く。教皇がセレス公爵と交渉する。内容は別にしても、同じ席に着くのは大陸中を騒然とさせる事だ。


「……二つ目の予想の理由を聞いても?」


 その理由の説明に、教皇の秘密の計画を話さなければならないのかと思って迷っていた。この話をした場合、教皇への裏切りになるのか。自分の命だけならともかく、ミーナと家族の命が懸かっている。その迷いがアルトの口を重くする。

 二人はアルトの言葉をジッと待つ。


「……この予想をする理由の全ては話せないです」


「どうしてだ?」


「家族と恋人が人質になって、命が懸かっているからです。俺と教皇の関係は教会という枠組みを外した主従関係なんです。裏切れば人質は殺すと言われて、どこまで話せるのか迷っています」


 マルトはその話に頷くと、話せる所までで良いと言う。


「今、大陸は教皇派と枢機卿派に分かれている話は知っていますか?」


「あぁ。教会の権力闘争で派閥が出来ているのは知っている」


「その権力闘争の一つとしてギレス大司教が逮捕された後は、新しい大司教がやって来ます。その大司教が教皇派である事は想像できます」


 二人はそれに同意する。そこからアルトは、言葉に気を付けながら話していく。


「実は、教皇はセレス地方やエスト・ノヴァの利権に興味は無いようです。今までセレス地方に手を出していたのは枢機卿派で教皇は関与していないと聞きました」


 マルトは、確かにそうだと肯定する。


「セレス地方に手を出してくるのは教会全体ではなく、選任貴族や一部の教会の人間が勝手に行動していると私達も考えています」


「教皇が関心を持っているのは土地ではなくセレス公爵です。ある目的の為に、セレス公爵を力で支配の前に交渉をする余地があると言っていました。それがすぐなのかは分かりませんが、準備の一つとして窓口になる教皇派の大司教を置きたいのではないかと思います」


 マルトとクアラは考えを巡らせる。アルトの予想が正しいのであれば、セレス家だけではなくセレス地方が大きく変わる。


「アルトは色々と事情を知って、そういう予想を立てているわけだし可能性はあるんじゃないか」


「そうだね。アルト殿、話てくれてありがとうございます。念の為、今の話は閣下にも報告は行いません。この場だけの話にします。クアラもいいな?」


「分かった」


 二人の配慮に感謝した。

 そして話はギレス大司教の逮捕に変わる。逮捕するために汚職の証拠を持っているヘリエを保護する。その証拠をセレス公爵に渡して、町の治安を理由に逮捕する。その後、教会に連絡を入れる。この流れが決まった。

 ヘリエの特徴をマルトから聞いた後、それぞれ準備する。


「アルト殿を襲った衛兵に関しては、ご心配なく。捕らえて取り調べを行い、買収されたと分かりました。アルト殿と対面した男以外に仲間はいないそうです」


「ありがとうございます。後ろから刺されないのなら楽になります」


 武器など準備を終えた三人は、二組に分かれた。アルトはクアラと組み、マルトは護衛で連れて来た近衛兵と組む。


「アルト殿、クアラは奔放な所がありますが厳しい訓練を乗り越えた立派な近衛兵です。足手まといにはなりません」


「任務で奔放になっているだけだ!」


「……色町」


 マルトの呟きに、クアラは顔を逸らす。


「その任務って何ですか? 近衛兵が町の外で仕事をしているのですか?」


「まぁ、色々あるが。今はセレス地方にいるペティーサの事で外に出ていたんだ。組織を調べたり、攻撃したり」


 たまたまエスト・ノヴァの近くにいる時に、マルトから至急帰還する様に連絡が来て町に戻って来たと話した。その話を聞いて、クアラの奔放さと色町と任務の関係を考えたが理解できなかった。


「ほら! アルト殿も理解できないって顔してる」


「え! いや、そんな事は……」


 アルトの困惑する顔とマルトの指差しに、クアラはフンッと顔を背けた。


「それでは、ヘリエに教えている隠れ家を調べていきましょう。町で見つけたら、近くの隠れ家に連れて行って連絡を」


「分かった。マルト、近衛兵の護衛がいるからって無茶するなよ。お前も頼むぞ」


 近衛兵は強く返事をして、マルトはありがとうと笑いヘリエの捜索に向かった。

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