籠の中の鳥
「大司教の屋敷に入れば色々と分かるかもしれないけど、警備に教会騎士か……」
ギレス大司教と、深く関りのある犯罪組織ペティーサ。エルベンの町を支配していたリグラムの上位組織で、各地に存在する犯罪組織の頂点の様な存在。
トゥルスキア四世からの命令は、ギレス大司教の逮捕。その為に証拠が必要だ。屋敷にいる教会騎士の警備は固く、潜入は難しい。
「まずは、教会の方を調べてみるか。司祭達の寮に何かあるかもしれないな」
ギレスの汚職の恩恵を受けている教会関係者を探れば何か分かるかもしれない。そう考えたアルトは、エスト・ノヴァ聖堂にいる司祭達の寮に忍び込む。
寮の中には、メイドなどの使用人がいる。それらを生命探知の力を使い、隠れながら進む。
星の書を開いてから、生命探知の力の向上を二つの事から実感した。一つ目は、長時間使うと目の疲労が強く、再度使えるまで時間が掛かった。それが長時間の使用でも疲れる事が無くなった。二つ目は、生命のマーラの輝きの変化である。以前は、全員が同じ輝きにしか見えなかった。今はマーラの感知者には別の輝きがあると気付く。その中でも色に違いはあるが、覚醒をしたかの違いだと思った。
一人一人の部屋を調べて行く。不用心にも鍵は掛かっていなかった。
「まぁ、こんな事する人なんていないからな」
教会に忍び込み部屋を荒らす、盗賊の様な自分の姿に苦笑して物色する。
「大司教からの贈り物だけか。特に役立ちうな物は無いな。あとは、司祭の部屋か」
セレス地方全体の教会に対する指導は大司教であるギレスが行うが、エスト・ノヴァ聖堂の運営は司祭であるグレーン・ホイエンに任されている。着任の挨拶に来た時、アルトをバカにしていた人物だ。
「さすがに、鍵が掛かっているか。聖堂を運営する人なら何か知ってると思うんだけどな」
鍵を壊すことも出来るが、目立つので止めた。
部屋を調べた限り司祭より下の人達は、ギレスからの贈り物だけしか見つからず、ギレスとペティーサに深い関わりがないと判断した。そこで、唯一部屋を調べれなかったホイエンを調べる事にした。
寮を抜け出した後は、生命探知を使いながらホイエンを監視する。
夕方になった頃、ホイエンに動きがあった。他の人とは別行動を始めた。寮に戻った後、服を変えて教会から出て来た。アルトは追跡する。しばらく町を進む中で違和感を感じた。
「誰かにつけられてる?」
ホイエンを追跡して少し経った頃、別の人達がホイエンを追っている様子を感じた。もしかしたら、ホイエンの護衛かもしれない。生命探知を使い周りを見ると、教会騎士と同じ生命のマーラの輝きをした人がいた。もしかしたら、その人の直感でアルトの存在が気付かれているかもしれない。
追跡をするか迷いながらも、相手に動きがない事から追跡を続けた。そうすると、ホイエンは建物に入った。
建物から少し離れた所で、様子を見る。
「こんな古い建物に何の用だろう。会話が聞ければいいのに!」
他の追跡者が建物に入る様子はないが、教会騎士と思われる人も動きを止めて離れている。
下手に建物に近づいて、護衛と思われる人達の目を引きたくはない。そこで、ホイエンの追跡を止めて中にいる人物の追跡をしようと狙いを変えた。エスト・ノヴァを離れる予定も無いので、護衛と思われる人達が付いているホイエンよりも、接触した人を調べる方が早いかもしれない。
「よし。ホイエンと一緒に周りの人達も動いて行ったな。俺はあっちを追うか」
アルトは建物の裏側に行き、ホイエンが会っていたと思われる人物を追う。こちらには護衛の気配が無かった。
空は暗くなった。新たに追跡した人物は酒場に入った。人はまばらで、すぐに見つける事が出来た。アルトは店主にワインを頼んで飲む振りをしながら様子を見る。
酒場にやって来た、フードを被った人物と一緒に店の奥へと行った。直接、奥には行けないので近い所で話を聞く。
「こちらがホイエンから預かった物です。それと新しく教会騎士が派遣されて来たとの話もありました。何でも聖人とか」
話を聞いた男は、鼻で笑い荷物を受け取り懐に仕舞う。
「……その聖人が盗み聞きをするとは。良い趣味じゃないか!」
「え? ぐふっ。な、にを……」
荷物を渡した男は、フードの男に短剣で刺された。アルトも自分の存在に気付かれていた事に驚いたが、すぐに奥へ入る。
「聖人様が人殺しをするなんてな!」
「殺したのはお前だろう。お前は誰だ!?」
「ハハハ。教皇の後ろ盾があってもこの状況はまずいだろう」
男は大きく息を吸い、声を出した。
「人殺しだ! 教会騎士が人殺しをしたぞー!」
その叫びと共に奥へ消える。酒場の方から人が覗きに来る。その中で、カチャカチャと鎧の音も聞こえた。アルトは刺された男を回復させようとしたが、待ったと止められる。顔を上げれば、数人の衛兵がいる。
(このタイミングで、衛兵が来る?)
まるで、待機していたかの様なタイミングだ。衛兵は武器を構える。
「教会騎士、騒乱罪と殺人罪により処刑する。大人しくしろ!」
いきなり処刑宣告をしてアルトに襲い掛かって来た。
「待ってくれ! 話を聞いてほしい!」
「黙れ!」
衛兵達は容赦なく、斬りつける。アルトも殺されるわけにはいかないので抵抗する。しかし、騒ぎが大きくなり他の衛兵も集まりだす。
(逃げるしかない!)
襲って来る衛兵達に衝撃波を放つ。倒れている隙に、店の奥から路地裏へと脱出する。衛兵も追いかけて来て、慣れない町で逃走に苦労する。道も分からず、とにかく走り続けた。
「はぁ、はぁ。撒けたか。あのタイミングで衛兵が来て、いきなり処刑って絶対に仲間だろ。衛兵なんて嫌いだ」
今までの経験から、初めて行く場所ではいつも衛兵に追いかけられる。ホワイトランディング、エルベンの町、エスト・ノヴァ。三つ共、悪い意味で衛兵に関わる。
「これだと、教会騎士の寮にも戻れないよな。どこかに隠れないと」
ホイエンから荷物を受け取った男や、それを殺した男。ホイエンを含めた三人の関係も知りたいが、今は逃げるしかなかった。
頬に大きく傷跡が残る男が豪勢な屋敷へ訪ねる。門番は、その顔に少しだけ動揺した後に門を開ける。スタスタと屋敷へ歩いて行く男を見て門番達は呟く。
「いつ見ても、あの顔にはギョッとさせられるな」
「あぁ。夜に見ると、恐ろしさが二倍だ。大司教も変な連中と絡むよな」
男は屋敷に入ると、案内されて大きな扉の前に立つ。
「ギレス大司教。ハルドルでございます」
「入れ」
扉を開けた先には、肥えた体を豪華なソファに預けて隣に座る美しい女に食事を食べさせてもらっている。白い法衣には食べ物の汁が垂れてまばらに赤く染まる。
「聖人の件ですが、対処いたしました。これで教会騎士や聖人としての活動は出来ないでしょう。密書の通り、司祭や近辺の後を追っていたので大司教を調べる為に派遣されたかと」
「そうだったか。グリド枢機卿の密書のお陰だな。教皇が我々との関係に気付くとはな。ペティーサはこれからどうするのだ?」
「我々を追っている、セレス公の陰の対処をします。少しづつですが、被害を与えられています。聖人とセレス公が連動しているのかは分かりませんが、大司教におかれましてはセレス公への圧力をお願いします」
「分かった。まったく、面倒な奴らだ。聖人の方は任せろ。セレスに命じてエスト・ノヴァを封鎖させる」
「ありがとうございます。ご要望の物はこちらです。報酬はホイエンの使いの者から頂いております」
ハルドルは懐から小さな箱を取り出す。その中には、象牙で作られた小さな天秤の彫刻が入っていた。ギレスは天秤の彫刻を慎重に持ち上げる。
「おぉ。これが富をもたらす加護を与えるノートラスの天秤か。この触り心地や細部まで作り込まれた美しさ。見事だ……」
念願だった物を手に入れて見惚れるギレス。ハルドルは、その様子に小さく笑みを浮かべる。
「エグラーデに感謝を伝えてくれ。見事な物を貰った」
「必ずお伝えします。これで大司教も、我々の様に巨万の富を手にする事になるでしょう。これからも商売のご支援をよろしくお願いします。それでは、失礼いたします」
屋敷を出て、陰に隠れる様にハルドルは道を行く。主人の役に立てた湧き上がる喜びを嚙みしめながら、エスト・ノヴァを後にする。
誰もいなくなった所で声を上げて笑う。
「エグラーデ様。あなたの望みはもうすぐ叶います!」
セレス地方の満天の星空を見上げて、指を差して挑戦する様に笑う。
「これで、エスト・ノヴァは壊滅する。マグナス、お前の支配は終わりだ!」
翌朝、エスト・ノヴァは騒然としていた。
「教会騎士が人殺しをしたそうだぞ」
「それで、逃がさない様に町を封鎖したのか。取引に行けねじゃねぇか!」
昨日、アルトは廃屋に隠れていた。拾って来たフードを深く被り、町の状況を調べる。町の封鎖や自分の事が話されている。
「聖人って呼ばれてる奴が、暴れたんだとよ」
「教会騎士になったのは同情するが、ここで暴れるなってもんよ」
その次の言葉にアルトは冷や汗を流した。
「ギレス大司教が教会の不始末を片づける為に、教会騎士アルト・メディクルムに討伐令を出したぞ!」
「公爵から近衛以外の衛兵の指揮権を握ったらしい。こりゃ、生きてエスト・ノヴァは出れなくなったな」
ギレスはアルトに対して、必ず殺すと宣言を出した。
今、エスト・ノヴァの全てがアルトの敵となった。




