スペシャルサンクス:旅の仲間へ
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。まばゆい光を受けたような状態だ。
しかし、ゆっくりと視界が晴れて来た。そこには眼鏡を掛けた、小太りな男性が立っている。こちらに手を伸ばす。
手を握れという意味と理解して、掴んだ。すると、男性は微笑みながら導くように前を進む。フワフワした軽い足取りだ。地面では無い、何かの上を歩いている。周りを見渡すと、キラキラと輝く光の粒が漂っている。
次第に足下の感覚が確かな固さを感じて来た。足下を見れば、そこは地面だった。
「顔を上げて」
導く男性の声は、良く通る優し気なものだ。その言葉に従い顔を上げると、その光景に息を飲む。
「やっと、会えた!」
飴色の髪の青年が嬉しそうにこちらを見る。彼の後ろにはたくさんの人たち。彼の左側には、晴れた青空色の髪をした女性が笑顔でいる。右側には黒髪黒目の美青年が立つ。表情は控えめだが、感動を含んだ顔をしている。
「ラーグ、会いたがっていただろ! 素直になりなよ!」
飴色の髪の青年が黒髪の美青年ラーグを小突く。それに対して、小さく溜息をついて笑う。
「そうだな。あなたに会えて光栄に思います。ずっと会いたかった。俺の先祖の物語を読んでくれて、楽しんでくれて嬉しかったぞ。きっと、ボルティア様も、ウィンシア様もお喜びになられているだろう。パトロ、持って来てくれ」
ラーグの後ろから出て来た灰色の髪の青年パトロは包みを持って来た。
「ラーグと妻のセラーナ様と俺の三人で作ったプレゼント。これはフーツていう、セレス地方の伝統的なお菓子なんだ。エスト・ノヴァのフーツは、フィデリコ地域の栄養のある小麦粉と、挽いたゴマを混ぜ込んだパンみたいなやつだ。生地の中には水牛から取れる特別な牛乳を使ったバターをたっぷりと使っているから、シットリとした口の中で溶けるぞ! ラーグの妻のセラーナ様に教えてもらって、ハチミツも入れたんだ! 豊かな小麦の香りと、のっぺりと甘ーい生地。ゴマの微かな香りも良い。一度、食べると手が止まらなくなるくらい美味いくてな、ラーグの淹れた紅茶と合わせれば、天国のお菓子かと思うぞ。それに……」
「パトロ、ストップ! 困っているから! 他の人も待っているから!」
パトロは周りの視線を受けて急いでラーグの後ろに逃げ込んだ。ラーグの隣に立っていた妻のセラーナはクスクスと笑う。
次に出て来たのは、長い茶色の髪をポニーテールにした女性と淡い光に包まれた青年だ。
「パトロのせいで遅くなったわ。知っていると思うけど私はエリーよ。あなたにお礼が言いたかったの。戦いの日々の中で、あなたの応援が私を支えてくれた。辛い事も乗り越えようと頑張れたの。応援してくれて、本当にありがとう。リークト」
淡い光に包まれた青年リークトはバングルを渡す。
「俺がいなくなった後も、エリーを支えてくれてありがとう。俺とエリーは、お似合いのカップルだって言われた時は照れ臭かったぞ! でも、嬉しかった。俺たちを見ていてくれたんだなって。これを渡しに来たんだ。受け取ってくれ」
渡されたバングルには、文字が彫られていた。
『私たちの、旅の仲間へ。〇〇〇に愛と感謝を込めて。エリー・レドロとリークト・レドロ』
赤い髪をした立派な体をした青年が頬を掻きながらやって来た。
「忘れているかもしれないけど、俺はクラルドだ。あなたに覚えてもらえるほど、俺の活躍が見せれなかったのは悔しいけど、俺も皆の裏でたくさん頑張っていたんだ! いつか、あなたが『あの本』を手に取る時には俺の活躍も書かれているから読んでくれ! 何もプレゼントは無いけど、『あの本』に書かれた内容をプレゼントにさせてほしい!」
クラルドは深々と一礼して皆の元に戻る。
隣を向くと二人の男性と一人の女性と女子が笑顔で話しかける。
「俺はモル。こっちは妻のアリアと娘のアリル。それでこっちの腹黒はマールだ」
「モル。衛兵たちに支給しているうちの回復薬だけど、値上げをしておくよ。あと、町の薬師会と協議して衛兵が強くなれるように、医療費を上げておくね」
「お前! それと衛兵の強さに何の関係があるんだ!?」
「治療してくれるって安心感があるから、派手に怪我をするんだよ。緊張感を持たせないと」
モルとマールがいがみ合っていると、後ろから声がかけられる。
「父さん、マールさん! それは、あとでやってよ。でも、俺はマールさんに賛成!」
「アルト!」
飴色の青年アルトは隣の女性に背中を強く叩かれる。話をずっと聞いていたアリアは冷たい目線を三人に送る。その瞬間、三人は凍り付く。そこから、笑顔に戻りこっちを見る。
「うちの男たちが、ごめんなさいね。あなたに感謝を伝えたくて。私たちの息子を、見守ってくれてありがとう。リンドの町から離れられない私たちは、アルトがどんな思いをして過ごしているのか心配だったけど、あなたが見ていてくれるなら安心と思ったわ」
話ていて涙ぐむアリアをモルは抱きしめて、マールと共に下がっていく。戻っていくマールは、少し後ろを向いて、ありがとうと小さく伝えてきた。
金髪と碧眼の女性二人が、何かを詰め込んだ大きな袋を持って来る。
「私はメアリー。こっちは妹のソフィアよ! 神様のお告げで、出来立てジューシーなサウサージをたくさん持って来たの! バジルやニンニク。色んな味のサウサージを作って来たから、どれが美味しかったか、また会った時に教えてね!」
「それと、アカウィル村の水牛チーズも入れました。村の外では高級品らしいので、プレゼントには良いかなって。ぜひ、召し上がってください!」
メアリーは手を振りながら、ソフィアはお辞儀をして下がって行く。すると突然、腰のあたりを抱きしめられる。下を向くと淡い光に包まれている、長い耳とキラキラと輝く黄色の瞳をした少年がいた。
「こら、へリオル。急に抱き着かない!」
「でも、やっと会えて嬉しかったんだもん! 〇〇〇ちゃん、お父さんが言ってた未来予知よりも早く会っちゃったけど、会えて嬉しい~」
ヘリオウルはグリグリと頭を当てて来る。
「もう。ごめんなさい。この子、あなたがここに来てから、ずっと、抱き締めに行こうとうずうずして落ち着かなかったの。私は、シーレルよ」
こちらも淡い光に包まれた人だった。いや、エルフだった。隣にはシーレルと同じように、淡い光に包まれた二人の男性が並ぶ。
「初めまして、〇〇〇さん。私は、エウレウム。このへリオルの父で、シーレルの夫です。アルトから聞きました。マードックの遺書に書かれていた私の最期の時、とても悲しまれたと。あんな最期を見せてしまい申し訳ない。しかし、この後の事はお任せください」
何の話か分からずにエウレウムを見ると、彼は自分を最初にここに連れて来た眼鏡のかけた人物を見る。その人は首を横に振る。
「まだ、彼から許しが無いので後ほど」
赤茶色の髪と日焼けしたような肌を持つ男性が話す。
「私は、マードックです。お会いできて光栄に思います。実は神様からお話を聞いて、会えるのを楽しみにしていました。アルトへ宛てた遺言でしたが、あなたの心の安らぎに役立ったのなら、これほど嬉しい事はありません。何より私の弟子を見守って下さり、ありがとうございます。あの方の許可が出たら儀式を行います。万事、私とエウレウムにお任せください」
そして、腰に抱き着いてままだったへリオルがこちらを見上げてニコニコとする。
「〇〇〇ちゃん。お父さん達に任せれば、大丈夫だからね! すごい物が見れるよ! 楽しみだね!」
離れようとしないへリオルをシーレルは剥がして後ろに戻っていく。
「やっと、俺たちの番だ。ミーナ、行こう! 〇〇〇さん、会えて本当に嬉しいよ。今まで、見守ってくれた事。応援していてくれた事。いくら、ありがとうって言っても足りないくらいだよ。まだ、俺はマスターになれていないけど、必ずマードックが求めた様に立派なマスターになる。この世界が平和になる様に頑張る! だから、いつか会おう! 俺はマーラの感知者だから、〇〇〇さんと再会した時は絶対に分かる。その時までに、皆とカバヴィル大陸中を旅できるように準備しておくから待っていて!」
「〇〇〇さん、いつもアルトを応援してくれてありがとうございます! その、神様から聞いたのだけれど。夫とまだ恋人だった時に、リンドの町で再会して部屋で抱きしめ合って、その、イチャイチャしていた事は忘れてください!」
赤くなっていくミーナの姿に、アルトは小さく可愛いと呟いた。
そして、二人は一輪の花と一つの指輪を渡す。赤い宝石が付いた指輪だった。受け取ると、不思議な温かさを感じる。
「この花は、ここに来れなくなったラキウスからです。今日ぐらい来れば良いのに、枢機卿を倒すのに忙しいって。伝言だけど、『よく頑張った』だそうです。これは知っての通りシースルーの花です。新しい旅の間、良い香りを楽しんで。それと指輪だけど。神様の話だと、この指輪はいつか世界を揺るがす重要な物らしい。だけど今は、指輪がこの世界に存在するのは望ましい事じゃないから、〇〇〇さんに預けておきます。〇〇〇さんが行く所だと、その指輪の力は世界に影響しないらしいから」
そこでアルトは声を潜めて、他の人には聞かれない様に話す。
「実は、その指輪を受け取りに行くのは俺だって決まっているって。だから、この先で一番最初に会えるのは俺だね。皆には内緒で」
「アルト、どうしたの?」
ミーナの声に何でもないと返す。
「〇〇〇さん。やっと会えて嬉しかったけど、俺たちは今日の事を一度忘れるらしいです。でも、その時が来たら思い出せるので、その時まで一時的にお別れです。記憶では忘れていても、マーラを通じて心では覚えています。また、いつか会いましょう!」
アルトは大きく息を吸って叫ぶ。
「皆、せーの!」
『応援してくれて、ありがとう!』
この場に来ていた全員が自分に、ありがとうと叫ぶ。その声は空にこだました。
「エウレウム、儀式を行おう」
こだまが消えた頃に、眼鏡を掛けた人がエウレウムを呼ぶ。
自分の側にやって来たエウレウムは呼びかける。
「皆、集まって円を組むんだ!」
「エリー、ちょっと行って来る。すぐに戻るから」
「えぇ。お願いね」
「お母さん、マードック行こうよ!」
「はいはい。走らないの!」
淡い光に包まれていた人たちが集まる。エウレウムの対面にマードックが行く。
「エウレウム様、マードック。お願いします!」
「ちょっと、待ってくれ!」
ラーグが急いで自分の元にやって来る。自分にしか聞こえない声で話す。
「悪い。これを渡すのを忘れていた。マグナス様からの贈り物だ。これがあれば、こっちの世界の事がいつも分かるから渡せって言われていたんだ」
一冊の本を渡させる。その表紙を見て驚く自分にラーグは笑って、アルト達の元に戻る。
「よし! マードック。皆。行くぞ!」
エウレウムの声掛けに応える。
エウレウムとマードックは共に聞きなれない言葉を呟き続ける。すると、周りは淡い光に包まれていく。自分に集まっていた人たちが輝き、自分を中心に大きな円環が出来上がった。そこから光の粒が吹き上がり空へと昇っていく。
自分の手や足下を見ると、自分自身も光の粒に分解されていく。だが、恐ろしい物では無い。これがマーラだと知っているから。心地良い温かさに安心する。アルト達の方を見ると、皆が手を振っている。アルトは涙を拭きながら、ずっとありがとうと叫ぶ。
眼鏡を掛けた男性も手を振る。そして、その声は鮮明に聞こえた。
『僕らの、旅の仲間。新しい物語が始まる時だ!』
空に昇って行ったマーラはリンドアを越えて、暗闇の空間に出る。正確には、暗くはない。
暗闇の中で大きな光が存在する。大きな光を中心に、円を描きながらゆっくりと吸い込まれる様に、光の帯は流れていく。光の帯の正体はマーラだ。たくさんのマーラが集まり帯に見える。
圧倒的な存在感を放つ、大きく力強い光。それに円環を作るように集まるマーラ。神々しく、命を感じる光景。
マーラになった自分もその帯の中に引き寄せられていく。ゆったりと進む空間の中で、最後にラーグから渡された本を表紙を改めて見る。そこには、表題と著者名が書かれている。
『教会騎士アルトの物語――カバヴィル大陸物語―― 著者 書き手』
本を開くと、ページには次々を文字が書かれていく。アルトの活躍話だった。
ゆったりと進む時間。暇つぶしには困らない。
70万文字も書いているのに、この言葉を表す物が見つからない。『ありがとう』を越えるこの気持ちを表せない。
あなたが、楽しんでくれたからこそ、ここまで書き進める事が出来ました。あの場で言った様に、悲しくはないです。僕は、新たな始まりはあるのだと信じています。
だから、あなたの新しい物語が始まる前にアルトたちからの言葉を届けたかった。
あの世界にいる人たちの結末を、今は見る事がないのでしょう。でも、いつか来る新しい物語の時の為に、この本を手に取ってもらえるように頑張ります。それは長い道のりになりますが、僕は我慢強いので!
それでは、これでメッセージを終えます。
旅の仲間へ、言葉に出来ない僕の心を添えて。




