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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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歪んだ世界

 知識と秘密の神マグナスから知識の授与をされた後、二人はアルキム・セクレを出た。マグナスからの接触をセレス公爵にも報告をした。アルトが会ってから悠然と構えていたセレス公爵も、この報告には動揺した。


「マグナス様がそんなことを……。アルト殿、対価に心当たりは?」


「全く覚えがありません。マグナスという神についても名前を知っている程度で、具体的に知ったのはアルキム・セクレでの説明を受けてからです」


 神に対して、払った覚えのない対価。アルトは、自分は何を失っているのか分からなくて恐怖を感じた。しかし、知識の授与はされてしまった。何を失っていたにせよ、失った物は取り返す事が出来ない。


「これ以上、考えても仕方が無い。アルト殿、対価について何か気付きがあればまた教えてほしい。意外な展開になったが、生命のマーラの知識の一部が手に入った事は喜ばしい」


「そうですね。与えられた知識のお陰で、技が使えるようになりました」


 セレス公爵はそれに興味を示して、見せてほしいと願った。それを受けてアルトは、手の平に意識を集中させる。すると、マーラが手の平から出て来て、小さな水球を作った。セレス公爵とマルトは感嘆の声を上げた。アルトが水球を出したのは、昔のことを聞き出すためだった


「この水球には特別な意味があります。初めてマーラに出会ったとき、同じものを見せられました。その人は、黒髪で黄金の瞳。端正な顔立ちで、セレス地方の生まれと話していました。それと教会騎士と名乗っていましたが、騎士団に聞きまわっても、誰もその人の事は知らないのです。その人は未来予知が出来て、その結果で私に会いに来たと言っていました」


「ふむ。セレス地方の生まれで自称教会騎士か。その人の名は?」


「キケロ・ソダリスです」


 その名前を聞き、セレス公爵とマルトは考える。しばらくの沈黙が続いた後にセレス公爵が話した。


「キケロ・ソダリスという人物に覚えは無いが、ソダリスという言葉には思い当たる物がある」


「どんなものでしょうか!?」


「申し訳ない。今すぐには思い出せなくてな」


「私にも心当たりがあります。メディクルム様、資料の受け取りに来られる時までに調べておきますので、お待ちいただけますか?」


 それを了承して、とりあえずはマグナーサ宮殿での用事は終えた。次は、再び教会に向かいギレス大司教に着任の挨拶をする。

 マルトに宮殿の出口まで案内をされながら、アルキム・セクレでの出来事や宮殿の感想などを話した。


「マルトさん。色々とお世話になりました」


「いえ。私も面白い経験をさせていただき、今日の日記に書くネタを得る事が出来ました。町で何かあれば、いつでもお越しください。特にアルキム・セクレに関しては、主に私が窓口なので」


「そうでしたか。それではまたお願いをすると思いますので、よろしくお願いします。それと、マルトさんが良ければですが、メディクルムではなくアルトと呼んでいただけませんか?」


「わかりました。しかし、公爵閣下はアルト殿と呼ばれているので、そちらに合わさせていただきますね」


「はい。ありがとうございます! 教皇より頂いたありがたい名前ですが、メディクルムと呼ばれるのは落ち着かなくて」


 マルトは笑って、その気持ちを理解してくれた。アルトの実力はその名前に相応しいが、『奇跡の癒し手』と呼ばれるのは落ち着かないものだ。

 別れる前にマルトは、これから会いに行くギレス大司教について話してくれた。


「傲慢で嫌な人です。ラーグ様とパトロが教会に行くことになった原因でもあります。しかし、アルト殿にとって避けられない人物なので、殴りかからないよう気を付けてください」


 マルトのとても嫌そうな顔に、どれほどギレス大司教が嫌いなのかよく伝わった。これから、教皇の命令でそんな人物の逮捕をするために調査をしなければならない。マグナーサ宮殿での刺激的な時間は終わり、ここからが本番だと気を引き締めて教会に向かう。

 マルトに別れの言葉を伝えてマグナーサ宮殿を出た。


 門を出て一度振り返って黄金のドームを見上げた。その眼差しは、少しだけ不安をにじませていた。


「あの人が、大陸中の貧困の原因の一つを作っている人なのか」


 かつてメアリーが話したセレス公爵家の、プルセミナ共和国への見えない攻撃。ラーグはそれを事実だと認めた。

 通貨を使った見えない攻撃の結果、大勢の平民が飢えや苦しい労働の果てに、教会や貴族に反乱を起こして命を落とす。反乱を起こさずに村を捨てた者は、賊となり人々を襲う。

 教会と貴族を弱らせるために、二つの重荷を背負わされている平民を弱らせる。恐ろしいが、とても効果がある攻撃だった。アルトは何度も、反乱の果ての悲惨な土地を見て来た。

 エスト・ノヴァを出た世界はそんな現状に陥っている。


「あんなに気さくな人が、あの恐ろしい攻撃をしているなんて」


 気さくで穏やかなセレス公爵が、そんな事をしているなんて信じたくない。しかし、息子であるラーグが認めた。教皇トゥルスキア四世にしても、人は色々な顔を持つ。目に見えやすい表の顔だけでを信じてはいけない。

 セレス公爵が最終的に何を望んで歴代に渡る、あの悲惨な攻撃を継続しているのかアルトは知りたかった。エスト・ノヴァに来る前に、教皇は条件付きだがセレス公爵と和解をする用意はあると言った。もしかしたら、今ここにいる自分が二人の橋渡しになるのではないかと考える。


「いや。出来たとしても急いだらダメだ。動くにしてもセレス公爵の気持ちを知らないとな」



 マグナーサ宮殿のある三層目から一層目まで降りて来たアルトは、街を行き交う乗合馬車に乗って教会の近くまで移動した。眺める街は活気に溢れて、市場の賑わいは衰えない。今まで見て来た貧困に苦しむ世界と、同じ本当に世界なのかと疑いたくなる。

 乗合馬車は満席で立って乗っていると、近くにいた獣人の親子の子どもがアルトを見て笑顔で手を振る。その子供の姿に、任務で各地に旅をしていた時に見た、奴隷として捕らわれ子どもの獣人を思い出させた。


 小さな体で、大きな石を運ばされていた子どもの獣人。あの時の子どもにも笑いながら手を振る未来があったのかもしれない。あの時に、自分の勇気の無さで助けれなかった事に罪悪感が湧く。エスト・ノヴァに来てから強く感じるようになった、壁の向こうの世界の歪みに気持ち悪くなる。

 そんなアルトの様子を見ていた子どもの獣人に、手を振り返してバイバイと言って馬車を降りる。


 教会に着いたアルトは、再び門番に話てギレス大司教が帰って来ている事を教えてもらい中に入った。しかし、教会の中は閑散としており人々の祈りの声も無い。椅子はほこりを被り、掃除がされていない事が分かる。祈りの声の代わりに、奥では教会関係者が昼にも関わらず酔っ払い、賭けカードゲームで遊んでいる声がする。

 開いていた扉をノックした。遊んでいた人たちはアルトを見て、誰だと尋ねる。


「失礼いたします。教会騎士アルト・メディクルムと言います。ギレス大司教に、着任の挨拶に参りました。ギレス大司教はどちらにいらっしゃいますか?」


「あぁ、お前か。教会騎士のくせに生前聖人になった奴は。ギレス大司教はお休みになられている。来た事は話しておく。誰もここには来ないから適当にやってろ」


「……分かりました。今後とも、よろしくお願いいたします」


 去って行くアルトを鼻で笑いながら、尊き血を持つ自分達を差し置いて聖人なんて生意気だと、部屋からはバカにする声が静寂な教会にこだました。

 教会を出ようとした瞬間、不意に声をかけられた。


「嫌な思いをしたでしょう? 私たちに守られているくせに、バカがごめんなさいね」


 振り返ると、毒舌で金髪のショートヘアと緑色の瞳をした女性の教会騎士が立っていた。亜人種を使って巡察をしていたギレス大司教の列に見た教会騎士だ。


「あなたは巡察の列の中にいた……」


「そうよ。やっぱり、あなたは教会騎士だったのね。雰囲気が違うからもしかしてと思って。あなたの話は聞いているわ。ようこそ、腐敗した教会の象徴エスト・ノヴァ聖堂へ。私は下級騎士のレミーよ。よろしくね」


 挨拶を交わした後、レミーは教会の敷地を案内してくれた。ギレス大司教は所々に黄金の装飾がされた二階建ての立派な建物に住んでいる。しかし、実際は別の所にある屋敷で暮らしている。

 司祭以下の教会関係者が住む建物は、小さな宮殿のように豪華絢爛で、黄金の装飾が至る所に施されている。対して教会騎士が住む寮は、その豪華さとは対照的に、質素で古びた建物だった。剥がれかけたペンキとひび割れた壁、木製の家具は年季が入って軋みをあげる。その差は、教会の内部での不平等と腐敗を物語る。


「ここまで来ているのに、他の教会騎士にぜんぜん会いませんね」


 アルトの疑問に、レミーは溜息をついて事情を話した。

 教会内はギレス大司教の腐敗が蔓延し、金銭で堕落した関係者が遊興に耽っていた。寮に帰って来る者はいない。ロベルト団長は、教会騎士だけでも現状を変えるために、配置換えをしようとしたらギレス大司教からの横やりで失敗した。こうして、駐在する教会騎士も堕落をしている。


「それじゃあ、この辺りで魔物が出たら対処する人がいないじゃないですか!」


「その時はエスト・ノヴァの衛兵か、近くの領地にいる教会騎士を呼んで対処しているの。正直、ここの衛兵たちは未熟な下級騎士くらいなら、すぐに倒せるほど強いのよ。それが束になってかかれば、魔物も倒せてしまえるの。死者はたまに出るくらいかしら」


「すごいな。町の人で魔物を倒す話は他の所でも聞いた事はあるけど、その時は衛兵も町も被害が大きいのに」


「そうよね。私ともう一人の教会騎士は積極的に魔物討伐に出るから、彼らの力を側で見るけど。本当に強いわよ。特に近衛兵はダメね」


「ダメ?」


「強すぎるの。以前、手に負えない魔物が出た事があって、近隣の教会騎士に救援を出したのよ。その間、魔物を町に近づけない様に戦っていたのだけど、近衛兵が参戦するとあっという間に片付いたのよ! 最初から来てくれれば良かったのに!」


 レミーはその時を思い出して不機嫌になる。マグナーサ宮殿で会った近衛兵がそんなに強いとは想像もしなかった。そんな話をしながら外に出ると、訓練をしている男性がいた。その人はアルト達に気付くと汗を拭いてやって来た。


「よー! レミー、その人が生きた聖人様か?」


『生きた聖人』という言葉に、エスト・ノヴァに来るまで何度も『死んで本物の聖人』にされるぞと、脅されてきたので、その頃の恐怖心を思い出して顔が引きつる。


「アルト、彼は私と同じ真っ当な下級騎士のドーキンよ」


「よろしく、アルト!」


 黒髪黒目の爽やかな青年はニカッと笑う。

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