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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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宮殿来訪

 衛兵に案内されて門をくぐると、目の前の建物に圧倒される。

 三百年以上も昔に建てられたはずのマグナーサ宮殿は、時の流れに逆らったかのように劣化を見せずにそびえ立ち、壮大な歴史を物語る。エスト帝国の繁栄と、後の時代に起きたプルセミナ教との戦いである『聖戦』の勝利。この宮殿は、太古からの繁栄と圧倒的な敵との勝利を見てきた。


 この宮殿で一番に目を引くのは、やはり黄金で作られた大きなドーム状の屋根だ。見上げれば太陽の光を受けて輝く黄金は、エスト帝国の栄華を見せられているような気持ちだ。この黄金のドームは、王冠のような存在なんだと思えてきた。

 宮殿は大理石などを使った荘厳な石造りで、壁には精巧な彫刻が施されていた。アーチ型の入口や高くそびえる柱は、訪れる者に威圧感と同時に畏敬の念を抱かせる。


「……すごいな」


 思わず零れた感想に、案内をしてくれている衛兵は立ち止まり、気を引き締めていた表情が緩む。


「初めて見られると圧倒されますよね。自分も近衛兵になって宮殿で働き始めた頃は、黄金のドームばかり見ていました。だから、教官に何度も注意されて厳しい追加の訓練をさせられたものです。途中、段差もありますので足下にお気を付けください。ご案内いたします」


 この装備をしている人が近衛兵と知り、強さを感じさせる雰囲気に納得がいった。そんな近衛兵の、ちょっとした昔話に笑って先を進む。


 宮殿の中はアルト達が歩くカツカツとした足音が響く。天井の大きなシャンデリアには輝くパルメラ石が付けられて明るい。正面の階段を上った先にある、大きな窓からは中庭が見えた。そこでは訓練をしている人や、書類を脇に挟んだ文官と思われる人が歩く。

 所々にいる近衛兵は、一瞬だけアルトを見て目線を戻す。

 近衛兵の訓練がどういうものか知らなくても、たたづまいで厳しい訓練を乗り越えて来た自信と強さを感じさせる。プルセミナ共和国の政治と信仰の中心地であるペレギウスの館の衛兵でも、こんな雰囲気を持っていない。


 案内をしてくれてた近衛兵は、途中、どこかの部屋に寄ってラーグに書いてもらった紹介状を渡した。その後、アルトは部屋に案内されて待つ事となった。待つ間、天井のフレスコ画を見ると時間つぶしになると教えられた。


「これって、物語になっているんだ」


 天井の中央には赤い体と翼を持つ鳥がいる。羽は薄紫色でくちばしと尾羽は黄金色。日常で見かける鳥より爪は多く、五本もある。その空を飛ぶ鳥の背中には人間が乗っていた。


 鳥と背に乗る人間を先頭に、後ろには服が破れている人々が、吹雪を逆らう様について行く。

 そこから、少し進み右回りにフレスコ画は続く。

 山や川を乗り越えるシーン。騎馬に追われるシーン。フレスコ画に描かれている人達はどこかに逃げようとしているのだと解る。

 最後の手前では大きな影に対して鳥と人間が戦うシーンが描かれる。

 そして、人々は陽の昇る丘を見つける。鳥が空を舞い、地上の丘では輝く剣を掲げる人間が描かれて、周りの人々は剣を掲げる人間に手を伸ばす姿が描かれる。


「鳥と背に乗る人に、導かれる人たちか。どこかの伝説なんだろうな」


「はい。それはエスト帝国の皇帝一族の始祖と聖鳥ヴェラナードが、人々を北の地から導いた伝説が描かれたフレスコ画です」


 突然、声を掛けられてアルトは驚いた。いつの間に来ていたのか、気付かなかった。扉の方を見ると、黒髪と茶色の瞳を持つ青年が立っていた。年齢はアルトと近いと思わせる。


「驚かせてすみません。少し前に入ったのですが、集中してご覧になられていたので」


「こちらこそ気付かずに失礼いたしました。私は、教会騎士アルト・メディクルムと申します」


「私は、セレス公爵家の家宰事務次官秘書のマルトと申します」


「えっと……」


 貴族家は家の管理をする組織を持っているが、今まで聞いた事の無い数々の言葉にマルトの立場が分からなくて戸惑う。その様子に笑いながらマルトは、簡単に言い直してくれた。


「セレス公爵家の臣下の中で、一番偉い人の仕事を補佐する人の秘書です」


「地位の高い方なんですね。お忙しい所、お時間を取らせてしまい失礼いたしました」


「いえいえ。ただの使い走りの身です。お気になさらず。それにラーグ様の紹介状は私宛でしたので」


「そうでしたか。宛先は公爵閣下かと思っていました」


「私も初めてラーグ様から手紙が送られて、何事かと思い急いで開けました。紹介状にはメディクルム様を閣下に紹介するように書かれていました」


 そこでマルトは声を小さくして続けた。


「それと、アルキム・セクレに案内するようにとも。それでは、閣下の元にご案内します」


 マルトについて行きながら段々と緊張して来た。エスト帝国の皇帝一族の末裔で、大陸最大の力を持つ貴族であるセレス公爵。教皇トゥルスキア四世が厄介な相手と評する人物。

 目的地に着いたマルトは扉をノックする。


「閣下。メディクルム様をご案内いたしました」


 入室を許可する声がかけられた。

 扉を開けた先には、青色のマントと黒色を基調とした軍服を着た壮年の男性が立っていた。黒髪は後ろへと撫で付けられ、少し白色が混じり始めた短い髭。ウィンザー・マージ・エスト=セレス公爵は、にこやかにアルトを迎えてくれる。


「ようこそ。聖人アルト・メディクルム殿」



 お互いに自己紹介を済ませて、セレス公爵に勧められてソファに座り向かい合う。近くで見るとラーグの姿に似たようなものを感じた。


「こうして聖人様にお会いできた事、このウィンザー、生涯の誉れです」


「とんでもありません! 私こそ、セレス公爵閣下にお会いできて名誉に思います。まさか、ラーグ殿の父上にお会いするなんて思いもしませんでした」


 以前は、周りから聖人らしく振舞えと注意をされて気を付けていた。しかし、全ては教皇トゥルスキア四世の策略だった。それなら、気にせずに自分らしく行こうと開き直る。そんなアルトの態度や言葉に、セレス公爵は少し目を開き面白そうに笑う。


「パトロからの手紙で、聖人様の事は知っていましたが手紙通りの方のようだ」


 パトロからの手紙。冤罪で教会騎士団をラーグと共に追放が決まった後、パトロからラーグを守って欲しいと頼まれた。その時に、自分がラーグに抱いている気持ちを聞かせてもらった。

 それはラーグが何よりも大切で、友達でもあるがラーグの臣下である事を忘れていない。仲間内で賑やかにしていても一歩下がった気持ちで周りを見ている。そんなパトロが、自分の様子を書いた手紙をセレス公爵に渡している。自分の行動を振り返り、エレーデンテの時に起こした出来事や事件を知らせていると思うと冷や汗が流れる。


「安心してください。エレーデンテの頃に色々とあったみたいですが、聖人様が目指している世界や考え方を知ると、悪く思う事はありません。むしろ、息子を倒せるほどの力があるのだと驚きました。パトロも聖人様は息子を倒してすごいと書いてあります」


 その言葉にホッと胸をなで下ろす。


「ありがとうございます。自分の行動を振り返れば、パトロからの評価が低くても反論はできません。パトロだけではなく、ラーグ殿にはとても助けられました。ご存じかもしれませんが、私は自分の過ちで友人を殺してしまいました。友人は魔物に乗っ取られたと理解はしていても、後悔と悲しみは消えません。そんな中、ラーグ殿は私の苦しみに寄り添ってくれて、最後は救われました。父上の前で恥かしいですが、ラーグ殿は私の親友です。本当に、二人には感謝をいくら伝えても足りません。そんな私は、今でこそ聖人と持ち上げられていますが、その称号に自分が相応しい人間とは思っていません。なので、どうかアルトとお呼びください」


「分かりました。それではアルト殿とお呼びします。しかし、聖人の称号を与えられる切っ掛けとなったバラール地方での活躍は聞いています。ご自身がどう思われても、少なくとも私はアルト殿の行動は聖人に相応しいものだと思っています。何より、あのマードックの弟子と思えばアルト殿のひととなりは分かります」


 ここでマードックの名前が出るとは思わず、目を見開きセレス公爵を見た。セレス公爵は微笑みながら、マードックの話をしてくれた。


「彼は、自身と彼の師匠であるエウレウムとの研究資料をアルキム・セクレに入れて欲しいとやって来ました。マードックは名高い教会騎士です。そんな彼が、教会の手が届かない秘密の図書室アルキム・セクレに何かを隠したい。私も星の民です。他の者と同じように好奇心が旺盛なので何をアルキム・セクレに隠したいのかと聞けば、生命のマーラについての資料だと話してくれました。自分達が導き出した生命のマーラの教えを教会に潰させないために隠したいと」


 セレス公爵のそこまでの話を聞いて、アルトは胸に付けていたエウレウムのブローチを触る。そしてセレス公爵に自分がここに来た目的を伝えた。


「閣下。私は師匠マードックから願いを託されました。生命のマーラを学び、真のマーラの感知者となって後世に教えを繋いでほしいと。ここに来た理由は、アルキム・セクレに隠された生命のマーラの資料を受け取るためです」


「はい。時が来たのですね。マードックから、翼のブローチを付けて者が来たら資料を渡してほしいと頼まれていました。アルキム・セクレに入る事を許可します。そのブローチが書棚の鍵です。しかし、資料は多いです。分割して受け取りに来ても構いませんが、一度、どんな物か見られてはいかがでしょうか?」


「それならお言葉に甘えさせていただきます。私も教会に関する仕事があるので、そちらが落ち着いてからでも受け取りに来てもよろしいでしょうか?」


 セレス公爵はそれを了承して、扉の近くに控えていたマルトを呼び、アルキム・セクレに案内するように命じた。感謝を伝えマルトについて行こうとした時に声を掛けられる。


「アルト殿、そちらの用事が落ち着いたら食事を共にしませんか? 教会に連れて行かれてから、ラーグは手紙を寄越した事が無いのです。初めて来た手紙はこの紹介状ですよ。向こうでの様子や、二人の戦いの話を聞いてみたい。いかがかな?」


「ありがとうございます。ぜひ、ご一緒に食事を! ラーグの話はたくさんありますから、ご期待に応えれます」


 二人は笑い合い、アルトは退室した。閉じられた扉を見てセレス公爵は微かに笑う。


「マードック。素直な良い弟子を持ったんだな」


 セレス公爵は短い時間をマードックと共に過ごした。その中で感じた、マードックの揺れる心。自分が師匠と共に作り上げた資料を、受け取る人物が現れるのかという不安。この先、自分はどうすれば良いのかという迷い。師匠を手に掛けて、孤独と悲しみに苛まれていたマードックが、大切な資料を託せるほどの良い弟子を取れて、揺れていた心は安らかになれたのだろうと想像した。


 マルトに従い、マグナーサ宮殿の地下へと歩みを進める。歩きながらマルトの話を聞くと、彼はパトロと幼馴染で、ラーグとの出会い後に、もう一人の幼馴染のクアラと四人で遊んでいたという。その後の努力の成果でラーグに取り立ててもらいマグナーサ宮殿で働くことになった。年齢はアルトと同じで十八歳だ。


「私と同じ年齢で重要な仕事をしているなんて、マルトさんはすごく優秀な方なんですね」


「いえいえ。本来なら、子供に勉強を教える仕事に就くはずでした。それをラーグ様が拾い上げてくださり、色々とありまして今の立場にいます。ラーグ様の無茶ぶりは幼い頃から変わりません。メディクルム様もご苦労をなされているのでは?」


「私よりもパトロが日々、大変な目に遭わされていますよ。たまに可哀想に思えます」


 ラーグに振り回された事のあるマルトは、パトロがどんなに大変な目に遭わされたか想像して笑った。その笑顔は楽しさと同時に、昔を振り返り懐かしそうな笑顔だ。


「メディクルム様、着きました。ここがアルキム・セクレの入口です。最初に、ご注意をさせてください。この先には、一般的に言われる魔物が存在します」


 マルトの言葉にアルトはとても驚く。この何重もの鍵が付けられいる古い扉の先に魔物がいる。魔物を倒す事を使命とする、教会騎士としては驚くべき話だ。


「……その魔物は、危害があるものなんでしょうか?」


「いいえ。この中にいる魔物はアルキム・セクレの番人と管理人と学者を兼ねたような存在です。実際は魔物なのかも分かりません。見た目が異形なので、私たちは魔物と呼んでいます。彼らは、ここに納められた物を解析して、別の本にまとめる事をしています。それを彼らの主である、知識と秘密を司る神マグナスに渡しているみたいです。アルキム・セクレを荒らしたり、こちらから危害を加えなければ襲われる事はありません」


「ラーグから聞いた事がありますが、マグナスはセレス地方の民族である、星の民が信仰する神ですよね?」


「はい。このアルキム・セクレはマグナス様の領域の一つなのです。なので、ここに納められた物は朽ち果てる事がなく不滅の物に変化します。私たち星の民にとって、とても大切で神聖な場所になるのでご注意をお願いします。それでは、入ります」


 マルトは、たくさんの鍵が付いている扉に手を当てて小さく何かを呟く。すると、鍵が全て解除されて扉が開かれる。


 秘密の図書室アルキム・セクレに入る。

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