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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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エスト・ノヴァ

更新、再開!

頑張るぞい!

 熱心にボルティア・エストとウィンシア・セレスの恋の話をする女性は、大きくため息をついた。


「大切に思い合う二人の愛があったからこそ、エスト=セレス家が出来たのよ。おとぎ話みたいだけど、これが実話だったなんてロマンチックよね」


「そうそう。あの物語の最後のページに描かれているお二人が、それはもう素敵な顔立ちなのよ。あのお二人の恋の話なんて、胸が高鳴るわ!」


 乗合馬車の女性たちは盛り上がるが、男性たちの様子は何故か暗い。その理由を聞くと、アルトに話しかけて来た中年の男性は疲れたような顔をする。


「女たちは、あの話が大好きでずっとしゃべるんだ。もう聞き飽きた。それにな、国王になられたボルティア様は勤勉で良き王。ウィンシア様の願いを実現された強い王だ。だが、家ではウィンシア様が王様だ。王家の事は、全部ウィンシア様の言葉で決まる。そんなウィンシア様に今も憧れを持っている女が多いんだ。セレスの女は気が強くてかなわないよ」


「何、言ってるのよ。ウィンシア様が王家の事をしっかり管理していたから、ボルティア様は政治に集中できたのよ。お二人の日記にだって書かれているわ。それにお子様を六人もおつくりになる程、愛し合っていたのよ!」


 その言葉には、馬車に乗る皆が笑った。


「その六人のお子様は全員、黒髪黒目だったんだ。ウィンシア様の加護が強いって笑い話さ。でも、ボルティア様の強さは全員が受け継いでたな。お二人の統治を見習い、歴代の国王は試行錯誤して王国を発展させた。今のエスト・ノヴァにもセレス王国の気風が残っているんだ」


 そこからも二人の子どもがどんな人だったか、話は広がって盛り上がる。途中の休憩所ではダーバンが教えてくれた、ラニヒと呼ばれる穀物を炊いた物を料理した名物を食べて、周りの話でセレス家の事を知って行く。ただ、その途中でアルトが呟いた言葉に馬車の中は静かになった。


「ラーグのボルティアって名前は、そんなにすごい人から取ってたんだ。教えてくれても良かったのに」


 全員がアルトを見ている。その雰囲気に耐えれなくなって尋ねた。


「あの、何か良くない事を言いましたか?」


「兄さん、ラーグ様を知ってるのか?」


「はい。色々と助けてくれて、俺の親友です」


「親友?」


「待て。ラーグ様は今は教会騎士だろう。兄さんは、教会騎士なのか!?」


「は、はい」


「今、ラーグ様はどうしているんだ!?」


「元気にされているの!?」


 矢継ぎ早にどんどんと質問されていく。それに一つ一つ答えていっても質問は止まらない。少し疲れた所で、アルトの様子に気付き質問攻めは終わった。


「すまんな。まさか、ラーグ様の様子を聞けるなんて思わなかったから。そうか、ラーグ様は元気かぁ」


 我が子の無事を聞いたかのような、嬉しそうな顔で呟く。心から嬉しいのだと伝わった。


「教会に連れて行かれた時はどうなるかと心配していたけど、お兄さんのような人が友達になってくれて良かったわ」


 ポツポツと零れるそれらの言葉を聞いて、段々と恥ずかしくなって来た。でも、一番恥ずかしいと思うのはこの言葉を聞いた本人だろうと想像すると面白くなる。


「皆さん、ラーグが好きなんですね」


「そうだな。街の皆で成長を見守って来たからな。俺の息子のように大切な方だ」


 女性たちはクスクスと思い出し笑いをする。その瞳には、母親のような存在を感じさせた。アルトを見ている実母アルマのような瞳だ。


「その通りよ。フードを被ってニクス侯爵のご令嬢を連れて内緒で遊びに来ていたけど、周りはラーグ様の存在に気付いているの。本人たちは誰も気付いてないって思って楽しく遊んでいたわね。焼き鳥を買って港の辺りで食べていたわ。私はブドウを差し上げた事もあるのよ。お二人とも美味しそうに食べていたわね」


「ラーグ様は、ボルティア様とウィンシア様の先祖返りみたいな方だ。お二人の見た目が合わさったかのようなの見目麗しさと、ボルティア様のような冴えわたる剣技! そして、ウィンシア様のように賢い!」


「その力を人助けに存分に使われる。立派な方だ!」


 ラーグとのそれぞれの思い出話を聞きながら、馬車はエスト・ノヴァへと進んで行く。親友の意外な話や、さすがだと誇れるような話。皆はセレス家だからラーグが好きなのではなくて、ラーグ個人の事が好きなんだと解ってきた。



 途中の村や町で宿泊しながら乗合馬車の人たちと別れて、ラーグへのたくさんの伝言を頼まれる。そして、見えて来た町に目を大きく開く。

 高い城壁と大きくて頑丈な門。所々に塔が立っている。大きな門には一つの大きな瞳とその瞳が輝いていると思わせる模様が施された、セレス家の家紋が装飾されている。そして、アルトがいる緩やかな丘からでも見える黄金に輝くドーム。昔、ラーグに教えてもらったセレス家が住んでいるマグナーサ宮殿の黄金の屋根だ。


 乗合馬車は大きな門の前で止まった。ここからは町に入るための検査が行われる。大きな門とは別の小さめの門で門番からの検査を受けるようだ。普段は時間が掛かる検査だが、次々に進みすぐにアルトの番になった。町に来た目的を話して、教会騎士になった時に付けられる手首の紋章を浮かせた。すぐに教会の場所を教えられて、一つ注意をされた。


「ここでは獣人を始めとした亜人種たちは、セレス公爵閣下の管理に置かれている者たちだ。危害を加えると罰則が下される。教会騎士でもそれは適応される。注意するように」


 その注意を聞いた後に入った町の光景は、一生忘れないだろうと思った。今まで来たどの町よりも活気に溢れ、人々は商品を売ろうと声を出す。建物は一つ一つが大きく、エストアイルで見た様な土で作られたような物が多い。だけど、そこには細やかな意匠が施され土に穴をあけたような地味な物ではない。道は大きく整備されて馬車や人が往来しやすいようになっている。首都エストよりも、設計された一体感があって美しく町だ。

 だが、アルトの目はすぐに別の方へと移る。その目は人混みに向けられている。


「本当に、人間の中にたくさん獣人がいる。あれは、エルフ?」


 獣人の特徴である頭の上にある耳と体毛。そして、尻尾だ。その獣人が肩に下げたカバンの中には食材が入っている。買い物をしていたようだ。

 独特な長い耳と美しい容姿。教会騎士の訓練に使われる書籍に描かれている、エルフの特徴と一緒だった。初めて本物を見たが、マードックから譲られた部屋に飾ってある、エウレウム一家の絵にあるエウレウムの妻シーレルと似ている所があった。

 亜人種と言われている人たちが町で堂々と歩き、それを誰も気にしない。ラーグがエスト・ノヴァについて言っていた意味を実感した。


「本当に自由の町なんだ」


 馬車が通る道と人が歩く道は、分けられていたので気を付けて進む。三層になっている城壁の奥からは反射している光を感じる。マグナーサ宮殿の黄金の屋根からの光だ。

 一層目の街は大きく賑わい、屋台にはセレス地方独自の商品が並べられる。たくさんいるセレス地方生まれの特徴である黒髪と黒目の人たちとぶつからない様に、マーラを使って街を見渡しながら歩く。道には花壇が作られて、エストアイルで見たような様々な色をした鮮やかな花が咲いている。それが街の雰囲気を明るくしている手助けをしているようだ。店の外にはテーブルや椅子が並べられて、お茶を飲んでいる人たちが、話をしながらのんびりと過ごしている。ダーバンから教えられた物だった。


「あれが喫茶店。あっちは、料理屋か」


 初めて見る食材や商品が並ぶ屋台。独特な商売をする店。物珍しいもので溢れたエスト・ノヴァは、のんびりとした空気で育って来たアルトには刺激的な町だった。それは首都エストでも感じた事の無いものだ。

 好奇心のおもむくまま、色々な所へ行きたい気持ちを抑えて、ここに来た目的の一つでもあるセレス地方管区を治めるギレス大司教へ着任の挨拶に向かう。


 聖堂の場所はすぐに分かった。大通りを進んだ先にある噴水広場で、大きく敷地を使いながら立派な聖堂が建てられていた。アルトは、自分の身分を伝えて二人の門番にギレス大司教に挨拶に来たと話した。


「猊下はただいま、巡察に出ておられます。聖堂の中でお待ちになられますか?」


 巡察という言葉に引っ掛かりがあったが断って、先にセレス公爵へ挨拶に向かう事とした。


「教会が嫌う、セレス公爵の領内で巡察? 何だか引っ掛かるな」


 違和感を感じながら、次は黄金に輝くマグナーサ宮殿を目指した。エスト・ノヴァに着いてから、早く近くで見たいと気になっていたラーグの家に行く。宮殿に着くまでに二層目を通らないといけない。だが、そこまで行くのに意外と時間がかかる。近くに二層目の城壁があっても、道を何度も曲がりながら中央から大きく右端に行って、二層目への入口を見つけた。

 入口の近くの広場には馬車が何台も止まっていた。そこから人々が降りて来る。アルトが歩いている横で何台も馬車が通っていた理由が分かった。


「街の中で乗り合い馬車を使っていたのか。でも、こんなに広いから工夫しないと移動が大変だよな」


 大きな馬に引っ張られる馬車からは、続々と人が降りる。

 アルトも二層目に入ろうとした時に一団が降りて来た。それを見て、聖堂の門番が言っていた巡察の意味が分かった。白い服を着た一団だった。輿に乗る男性はゆったりとした白い祭服を着て、その肥えた体を輿に乗せて移動する。その祭服を見て相手が誰かすぐに分かる。エルムンド・ギレス大司教だ。ギレス大司教の乗る輿を支えて運ぶのは、破れた服を着る屈強な獣人たちだ。ギレス大司教は輿に運ばれながら、二層目から降りて来た所だった。手には鎖を持ち、その先には二人のエルフの首に繋がれている。まるで、ペットの散歩のような姿だ。周りはギレス大司教を睨む人や、目を合わせないように下を向いている人など様々な顔をする。特に亜人種たちは手を強く握り、自分を抑えている様子だ。


「大司教から、彼らを取り返さない様に我慢しているのか」


 ギレス大司教を乗せる輿の後ろを教会の人間が続く。その中で、視線を感じた。見てみると、一人の女性の教会騎士がアルトを見ていた。とっさに頭を下げて目が合わない様にした。ギレス大司教の一団が通り過ぎて、広場は賑やかさを戻す。


「悪趣味だな。それにしても、さっきの教会騎士は俺に気付いていたのかな」


 睨むとかではなく、ただアルトを見ていた。自分が教会騎士だと気付かれたのか疑問が浮かぶが再びマグナーサ宮殿を目指す。


 二層目は一層目に比べて広くは無い静かな所だったが人が多い。よく見れば住宅街となっていると気付く。屋台や店は少ないが、一軒一軒が大きく人の出入りが多い。二層目に住んでいる人たちはここで食料などを買うのだろうと想像した。

 歩き疲れた所で、気になっていた喫茶店に入ってみる事にした。ダーバンから渡された手紙によると、お茶を飲めて、お菓子や簡単な料理が出される。看板に書かれた料金を見て驚く。


「紅茶が銀貨一枚!?」


 他の地域だと、喫茶店は無いが紅茶を買うとしても銀貨一枚はかからない。エストにある普通の茶葉を買うなら銅貨五枚だ。鉄貨十枚で銅貨一枚。銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。喫茶店でお茶を飲むのにエストで茶葉を買うより二倍の値段がかかる。

 値段の高さに打ちのめされている時に思い出した。教会騎士団から追放されて、ソフィアやバーンズ司教がいるアカウィル村に行く時に出会ったメアリーの話を。大まかな記憶だが、エスト・ノヴァでは貨幣の流通を調整して値段をコントロールしていると。その影響で他の地域に比べて物の値段が高いと。ただし、その結果で人々は仕事を得てたくさん働き裕福な人が多い。


「まさか、こんなに高いなんて。諦めるか」


 店から流れて来る焼きたてのクッキーの香りに、後ろ髪を引かれながら立ち去ろうとすると、声が掛けられた。振り返るとエプロンを着た女の子がいた。


「あの良かったら、これをどうぞ。店主さんが、形が悪くてお店に出せないから渡して来なさいって」


「いいの?」


「はい。ずっと看板を見てて、可哀想になったからって」


「可哀想か……。でも、ありがとう。店主さんにもお礼を伝えてくれるかな?」


「はい! 良かったら、またいらしてください」


 女の子は店へと戻って行った。貰ったクッキーを見ながら、お茶に銀貨一枚も払えない自分は可哀想なのかと、ホロリと涙を零す。バターの良い香りがするクッキーは美味しく、ザクルセスの塔にいた頃にパトロが買ってくるお菓子の味を思い出した。


 三層目にあるマグナーサ宮殿への入口はすぐに着いた。そこには、ここまで来るのにすれ違った衛兵や門番とは違う服装をした兵士がいた。鎧や兜、槍と剣と盾を装備した兵士だ。黒と赤の半分に別れた色のマントを着ている。肩から斜め掛けされている白いベルトは印象的だ。存在感があり、その場にいるだけで犯罪の抑止になる。


「失礼します。私は教会騎士のアルト・メディクルムと言います。教会騎士ラーグ・ボルティア・エスト・セレス殿のご紹介で、ウィンザー・マージ・エスト・セレス公爵閣下にお目通りをお願いしたく参りました。こちらがラーグ殿の紹介状です」


 衛兵は渡された書状を読むと、アルトに敬礼する。


「メディクルム殿。確かに、ラーグ様の書状をご確認いたしました。マグナーサ宮殿へご案内いたします」


 アルトは門を開けてもらい、三層目のマグナーサ宮殿へと案内される。

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