外伝:エスト=セレス家の物語⑪ 『エレムルスの丘の誓い』
『エスト=セレス家の物語』最終話です!
それを記念してスペシャルイメージイラストを作りましたので、お楽しみください。
少しおやすみを頂いてから、本編のアルトの物語を再開します。
ビルディスとの交渉打ち切りから三か月が経った。
セレス王国に動きは無く、エスト軍はボーリャックの支配を強めていく。その過程の中でウェンコットは強大な権力を手に入れた。
ウェンコットへのボーリャック征服の褒美と、急拡大したエストの支配地域の安定を市民会と元老院は考えていた。そこでボーリャック全域を、ウェンコットに一任する話が出た。
エスト中から信頼の厚いウェンコットなら、任せても良いと声がたくさん上がる。エスト家と距離を置く貴族家は嫌な顔をするが、元老院だけで管理が出来ないのも事実である。せめてもの抵抗として、通常は要職者を任命するのは市民会だが、それを元老院から与えられると体裁を取った。こうしてウェンコットには『ボーリャック総督』の地位が与えられた。
時は進み、更に二か月。
「ウィンシアと別れてから一年か。予想はしていたけど寂しいな」
叱りと喜びが記された手紙を何度も読み再会の時を待つ。そこに連絡が入った。
「ボルティア、セレス王国から使者が来たぞ!」
ライオスからの報告に急いで身支度をして部屋を出る。
「誰が来た!?」
「まだ分からない。ただ護衛の数がすごい。先触れが来て使者だと言っていた」
ウィンシアに会えるのではないかと期待が膨らむが、護衛の数が多い事に引っ掛かる。別の要職者が来たのかもしれない。
ボーリャック南海岸に新しい港町が作られた。総督府も兼ねたボーリャックの地域首都ウェルティアだ。後にアルトの時代ではダリッサの町と呼ばれる事になる。エリー・レドロの故郷だ。
港に向かうとライオスの言葉通り、何本もの帆が付けられた見た事の無い大きな船が来る。
「これは、すごいな」
ウェンコットも感嘆の声を出す。
「もしかしたら、ウィンシアが作ったのかもしれませんよ」
「王女は発明家なのか」
港に船が近づくと帆が畳まれ一艘の船が降ろされた。その船に何人か乗り港にやって来る。
「……まさか」
船に乗る人が近づいて見えて来た。その人物にボルティアの気持ちは昂る。
そして、上陸した人々を迎える。見覚えのある顔の騎士に守られながら、輝かしく上品で一流の品で作られたと思われる服装をした一人の女が前に出る。
「ようこそ、セレス王国の使者殿。私は、ボーリャック総督のウェンコット・エストです」
女は優雅に一礼をする。
「初めまして、ウェンコット総督。私はセレス王国王太女のウィンシア・セレスです。お出迎えありがとうございます」
王位を継承する王太女となって現れたウィンシアに、驚きと再会の喜びが湧き上がる。
「それではボーリャック征服において、捕虜にしたセレス軍の扱いについて話し合いましょうか」
総督府の部屋に案内されたウィンシア達はウェンコットとの交渉に入った。
「はい。身代金ですが、一人当たり、セレス銀貨二百枚でいかがでしょうか?」
「承知いたしました。合計でセレス銀貨百八十万枚ですね」
ウェンコットの言葉にウィンシアは微かに眉を寄せた。
「総督、失礼ながら合計は三百四十万枚ではないでしょうか?」
「いえ。百八十万で合っています。捕虜九千人分です」
「……捕虜は一万七千人だったはずです。八千人はどうなったのですか?」
ニヤリとウェンコットは笑う。
「本人の希望により、囚人としてボーリャックの発展の為に労働をしてもらっています」
「なっ……」
ウィンシアの側に居るセレス側の人間が顔をしかめる。
「ウェンコット総督。私達は捕虜の返還交渉を打ち切った訳ではありません。勝手な事は困ります」
ウィンシアの抗議にわずかに微笑み言葉を返す。それに今度はウィンシアの言葉が詰まった。
「ビルディス王子以降、そちらからの接触が無かったので捕虜を捨てたのだと思っていました。そうなると私も捕虜全員の維持は難しいと、考えて処刑あるいは囚人にして働かせる事を計画しました。しかし、捕虜達の間にどこからかその噂が流れまして。彼らは生き延びる為に囚人になる事を選び、セレス王国に見捨てられたのだと嘆いていましたよ。それが原因なのか、幸いにも囚人として労働をすると誓約をしてくれたので、哀れな彼らの望みを叶えたまでです。ウィンシア王太女、参られるのが随分と遅くなりましたね」
「貴様!」
後ろに控えていたハァサが声を荒げて近づこうとするのを、ウィンシアが手で制す。
「……仰る通り、遅くなりました。彼らが見捨てられたと思っても仕方ありません。しかし、彼らにも故郷で家族が待っています。総督ならお分かりになるはずです。家族が帰ってこない悲しみを!」
その時、ウィンシアはボルティアを見る。その目線に応えて兄を説得する流れを作りたかったが、ウェンコットから交渉の場に来るならエスト家の人間として振る舞えと条件を付けられていた。それと、囚人の件はボルティアも初耳で、少しでも早く会いたいと望んだ結果が裏目に出た。
動こうとしないボルティアをウィンシアは少し目を細めて見ている。
「仰る通りです。弟が生きていると知った時は涙が止まりませんでした。その節は弟がお世話になりました。しかし、彼らは自らエストの為に働くと誓約をしています。もちろん囚人なので刑期があります。刑期を終えた後は、総督の名においてボーリャックにて自由民となる事を約束しました。セレスに帰っても良いと伝えています。そんな彼らが、果たして見捨てられたと思っていたセレス王国に帰りたがるのか……」
「……ちなみに囚人達をセレス王国に返還してもらえるとしたら、身代金はいくらになるのでしょうか」
「貴重な労働力を取られる事になるので、一人当たりセレス銀貨五百枚で。捕虜と囚人を全て合わせてセレス銀貨五百八十万枚」
「無茶な!」
セレス側は莫大な銀貨の要求に非難の声を上げる。セレス王国中の銀貨を集めても足りない金額だった。莫大な銀貨の要求する兄の言葉にボルティアは狙っている物に気付いた気がした。ウィンシアの元にいた時に、セレス王国は金山と銀山をたくさん所有している事を知った。セレス王国の国力を伝える時にこれを話した事があった。
(銀山を手に入れようとしているんだ)
ウェンコットの要求にウィンシアも動揺が隠せなかった。
「……金貨では?」
「申し訳ありません」
ウィンシアの提案をバッサリと切り捨てる。金貨をたくさん持っていても持て余す事が多い。それなら日常で使われる銀貨の方が価値がある。そんな銀貨をセレス王国から根こそぎ奪おうとしている。
悩み戸惑う彼女を助けたいと思っても手が出せない。ウェンコットに段々と腹が立って来た。自分達の望みは明確に伝えて、ここまで協力してくれたのに、何故、今になって関係がこじれる様な対応をするのか。
「私が、ここまで銀貨を要求するのは理由があります」
当然の言葉に周りはウェンコットに注目する。
「これまでエストはセレス王国に、二度も甚大な被害を与えられました。昔はアーリネス連邦を使って、スロヴェニア半島の諸都市国家が壊滅に至る可能性の中、援軍を求めたクレサン王国に莫大な財を取られました。その財のほとんどがセレス王国に流れた。後に、裏で糸を引いていたのはセレス王国と判明しました。その時は、国交が無かったと言えど苦しい時期だったそうです」
エスト側はその話を聞き、ウェンコットの要求の意味が見え始めていた。端的に言えば、信用ならないと。ウェンコットは話を続ける。
「その後の、支配地域を捨てざる得ない苦しい決断をして三国貿易条約を結べば、クレサン王国近辺でのセレス軍の海賊行為。そこから始まったヴェシー海戦など。これらの事で貴国は信用なら無いと判断しました。それなら、現物である銀貨を支払ってもらった方がエストにとっても良い事でしょう」
セレス側は何も言えなくなった。王子達の暴走で戦争が始まった事が、彼女らの言葉を詰まらせる。
そんな中、ウェンコットはボルティアを見た。
(どうすれば良いんだ!)
ウェンコットの視線の意味が分からない。
ボルティアを見ながら、ウィンシアに伝える。
「貴国が信用できるなら、銀貨の要求は大幅に譲歩しても良いのですが……」
(エストがセレス王国を信用する方法。もしかして……)
ボルティアは席を立ちウェンコットの側に行く。
「総督。私が、セレス王国に行きましょう!」
「え?」
「お前がセレス王国に行く? 行って人質にでもなるつもりか?」
「いえ。私がウィンシア殿下と結ばれセレス王家に入ります!」
「えぇ!?」
突然の縁談にその場にいる全員が驚く。ウィンシアは混乱している様だ。
「なるほど。今やエストでも王家と言われる程のエスト家と、セレス王家の婚姻同盟か。ウィンシア王太女、いかがでしょう? 弟は器量が良いですよ?」
「え! あの!」
「突然の話なので、王太女も困りますよね。一度、お部屋で休まれますか?」
「は、はい!」
「総督。王太女をお部屋へご案内して参ります」
ウィンシアはオロオロとしながら立ち上がりボルティアの後を行く。
二人だけとなった部屋で立ち尽くすウィンシアに近づこうとすると、両手を突き出されて距離を取られた。
「待って。今、すごく混乱しているのと、ウェンコット総督に腹を立てているの!」
頬を染めて涙を溜めて怒っている彼女の手を握り抱き締める。
「……こんなの作戦に無かったじゃない」
「スク―デル王子が死んで、一万七千人の捕虜が出たんだ。もう計画通りなんて行かないさ。俺もウィンシアをイジメる兄上に腹を立てたけど。ようやく、会えた」
抱き締めるボルティアの胸に頭をグリグリと押し付けてる。
「会えて嬉しいけど、何でこんなに追い詰められた状態で会わないといけなかったのよ。お兄様達のバカ」
そこから堰を切った様にウィンシアは不満をぶつける。
「ボーリャックでスク―デルお兄様の軍をボルティア達が倒して、スク―デルお兄様の失脚とボルティアの名声を高める予定だったのに!」
「そうだな。でも、名声は高めれた」
「えぇ。あなたが金獅子だったのね。武勇もすごいけど、私との勉強も活かしてくれて嬉しかったわ」
「ありがとう。ウィンシアのお陰だ」
ウィンシアは深い溜息をついて、ボルティアに寄り掛かり遠い目をする。
「前のエストへの侵攻を失敗したビルディスお兄様は力を失って、自業自得の末にスク―デルお兄様は殺害。予想外の捕虜の件も、私が行く予定だったの。それで最後は和平へと話を進めて、ボルティアと婚姻同盟って考えていたのに。ビルディスお兄様がスク―デルお兄様の軍を手に入れようとして勝手に行ったのよ。でも、チャンスだと思って手紙が出せて嬉しかったのに。本当に大変だったわ」
「そうだったのか。よく頑張ったな。ぐはぁ!」
ウィンシアはボルティアの胸を何度も叩く。他人が見れば、ポカポカと可愛く胸を叩いている様に見えるが、マーラを使い身体強化をして叩いていた。
「誰のせいで大変だったと思っているの!?」
「俺が何したんだよ!? それと、身体強化して叩くな!」
「ボルティアじゃなくて、ウェンコット総督よ! 独断で来たとはいえ、使者としてやって来た王子を捕まえるってどういうつもりよ。崖に突き落とされた気分よ!」
ビルディスが捕まった後からのウィンシアの愚痴は止まらなかった。
スク―デルの死に悲しんでいたセレス国王は、使者として出て行ったビルディスがエストに捕縛されたと知って、エストに全面戦争をすると宣言した。普段は貴族の圧力に負けるのにこの時だけは違った。息子の死の悲しみが悪い方向へと進み、捕らわれたビルディスの奪還とエストへの報復に燃えた。
周りの制止も聞かず侵攻の準備をする国王に、ウィンシアは貴族達と協力して国王を倒す事を決断した。
国王派と王女派の戦いは、予想以上に長引いた。王都サラーフを制圧した王女派は、ウィンシアを王太女と国王に認めさせた所で決着が着いた。これが、五か月もエストとの交渉に動けなかった理由であった。
「やっと交渉に来れたら、捕虜は囚人に変わってボーリャックの発展に従事させられているし。ウェンコット総督からは嫌味を言われるし。あれはむかついたわ!」
「嫌味?」
「参られるのが随分と遅くなりましたねって。あの時はマーラをちゃんと使えていたから、意味がすぐに分かったわ。総督は、ビルディスお兄様を捕虜にする事で私が王太女になる事を分かっていたのよ。でも、かなり時間が掛かったから遅いって皮肉を言われたの。全部が突然すぎて、崖から突き落とされた気分ってそういう事よ」
疲れたと呟く彼女をソファに座らせる。ボルティアに寄り掛かりながら二人は手を握る。
「仕方が無いとはいえ、もう一つ問題が出たな」
「えぇ。ボルティアを王位に就かせろって」
ウェンコットが突きつけた要求。エストは今のセレス王家は信用できない。だから、ボルティアを王家に入れてセレス王にしろと要求を出した。ボルティアが王になるなら信用できて戦争は終わりになる。
ウェンコットの要求の狙いは、それだけではないと二人は感じている。それを考えているとボルティアは思い出した。エストに帰国してから、ボルティア達の作戦に協力する代わりにウェンコットの計画を受け入れた事を。
「兄上は、もしかしたら自分の計画を進める為に俺に王位を与えろって言ってるのかも」
「総督の計画?」
そこからボルティアが受け入れたウェンコットの計画を話した。ウィンシアはその計画にとても驚きながら、ボルティアを王位に就かせようとする理由が分かった。
「なるほど。それなら、あなたが王位に就いた方が良いわ」
「でも、ウィンシアはそれで良いのか?」
ウィンシアは迷う事なく答える。
「良いわ。私の目的はボルティアと結婚する事と、セレス王国を争いの無い豊かな国にする事だもの。それに、ボルティアだから心配していないわ。今まで一緒に過ごした中で、あなたはセレス国王として責務を全うしてくれるって確信がある。それに私も政治に加わるもの。一緒にセレス王国を豊かな国にしましょう」
ボルティアはウィンシアの手を握り、彼女に約束をする。
「俺がセレス国王になったら、セレス家の人間として責務を全うする。そして、ウィンシアの大切な願いを実現してみせる。俺達でその未来を作って行こう!」
「えぇ。一緒に頑張ろうね!」
そこでボルティアは一度立ち上がり、ソファに座るウィンシアの前に跪く。そして、ウィンシアの手を取る。
「ウィンシア・セレス殿下。私は、あなたを思い慕っております。私の気持ちを受け入れてくださるなら、私はあなたを生涯かけて守り、あなたの望みを全て叶えましょう。どうか、私の思いを受け取ってください」
「ボルティア・エスト。あなたの求婚を受け入れます。その誓約が果たされる事を願って。……ふふ。ボルティアはもうちょっと文学を学んだ方が良いわ」
ウィンシアの言葉に立ち上がったボルティアは苦笑いしながら頭を掻く。再びソファに座りウィンシアを抱き寄せて呟く。
「それなら、ウィンシアが俺に教えてくれ。あの時の様に」
「えぇ。また一緒に勉強をしようね」
二人は口付けをした。
二人の世界を楽しんでいると扉がノックされる。二人は体を離してノックをしたハァサに応える。
「殿下。ウェンコット総督がお目通りをしたいとおいでになりました」
ウェンコットの名を聞いて嫌そうな顔をするウィンシアに少し笑った。そして、入室を許す。
入って来たウェンコットはウィンシアとボルティアを見て話を始めた。
「ウィンシア王太女。ご気分は良くなられたみたいですね」
「はい。ご心配をお掛けしました。それと総督の要求を全て受け入れます。あと、彼から聞いた計画についても」
「……それは何よりです。殿下のお力添えもあれば計画は成し遂げられるでしょう。今後の殿下の立場を強める為にも捕虜と囚人を合わせて一人当たり銀貨五十枚でいかがでしょうか? これは捕虜の維持費の請求だと思って頂ければ」
「お心遣い、感謝致します」
「いえ。それと帰国した後のボルティアを王位に就ける為に、貴族の説得用に大量の財宝を用意しました。こちらも活用して頂ければ。この交渉を持って、エストとセレス王国との休戦として捕虜と囚人を返還します」
「はい。その後、私が貴族達を抑えて婚姻同盟をして最後はボルティア殿を国王にすると」
「そのように取り計らい下さい。エスト側ではすでに準備は出来ているので、そちらからの要望で受け入れるとなっています」
その言葉に二人は驚いた。ウェンコットがそれほど早く準備を整えていたとは想像していなかった。二人の顔を見て笑いながら伝える。
「結婚をしたいって話を聞いていたから、準備はすぐに始めていたんだ。父上は渋ったが何とか説得できた。ここまでお膳立てしたんだ。二人はセレス王国を手に入れて、時が来たら私の計画を手伝ってもらうからな。それで良いかな。義妹よ?」
「……はい。承知いたしました。お義兄様、計画の作成段階でお手伝いできる事があるかもしれませんので、後日、全容を教えてくださいますか?」
「分かった。ボルティアの妻が聡明な方で良かった。安心して、弟を送り出せる。ボルティア、良かったな!」
「……はい。兄上、諸々のお取り計らいをありがとうございました」
「うん。それでは失礼する。向こうの貴族の説得で、問題があれば私を頼ってくれ。それでは結婚式で会おう、ウィンシア。それまで壮健であれ!」
「はい。感謝致します、ウェンコットお義兄様」
上機嫌に笑いながら去って行くウェンコットが消えると、ウィンシアはボルティアに向かいあう。そして、拳を振り上げてポカポカと叩く。
「うぅ~!」
当然、身体強化をしているので、とても痛い。だが、未来の妻の気持ちを思うと我慢しようとボルティアは決めた。
休戦協定が結ばれた後、セレス王国内でボルティアを国王にする為の活動は、ウェンコットの介入を受けながら順調に進む。ウェンコットの介入で血を流す決断も迫られたが、二人は争いの無い豊かな国を目指す。セレス王国にとって不名誉な婚姻同盟であっても、これからウィンシアとボルティアを中心に王国民の連帯を持って平和な時代を作る。そこに流血は必要ない。
長く続いた内乱の時代と、戦争の時代を終わらせる時が来たのだ。それを終わらせて民を癒せるのは、王国という家をしっかりと支えて来たウィンシアにしか出来ない事だ。
こうして血を流さずに、ボルティアをセレス王国王太子にすると貴族の同意をまとめれた。
全ての準備を終えて、エストに交渉を持ちかけた。その話はウェンコットの言う通り、市民会と元老院もすぐに承認して婚姻同盟が結ばれる事になった。
そして、時が来た。
ウィーナの町に少し離れた所にある丘。黄色やピンク色のエレムルスが咲く丘に、エストの貴族家とセレス王国の重鎮達が集まった。
丘に吹く風は、エレムルスのサボンの様な清潔感のある香りが結婚式場を爽やかに満たす。血の匂いがしない、清潔で新たな時代の象徴を思わせる香りだ。
参列者達は一つの鐘の音と共に立ち上がる。マグナス神の司祭を先頭に、美しい新郎新婦が続く。二人の容姿の美しさは言うまでも無い。
白いドレスがウィンシアの艶のある黒髪や美しい瞳を際立たせ、神秘的な雰囲気を漂わせる。そこに華やかな花を添えられて可愛らしさも加わる。花冠の付いたヴェールはふわりと揺れる。
陽光を受けて輝く、二つ名の由来となった金髪は風に揺れ、髪に結ばれた白帯がはためく。髪の色に合わせて白色のキトンの上には金の装飾が飾られる。それはこの先、彼が背負う権威を表しているかの様な威厳をまとわせていた。アイスブルーの瞳は爽やかでありながら、生涯を掛けて全うする責任を負う覚悟を決めた強い瞳であった。
参列者達は二人に見惚れている。
新郎が差し出している手を新婦が握り、真っ直ぐと司祭の元に行く。
「主神マグナスの元に集いし者達に宣言する。これよりボルティア・エストとウィンシア・セレスの婚姻の儀を行う。異議がある者は前に出られよ」
式場は沈黙を守る。それを見届けた司祭は続ける。
「それでは、誓いを問う。ボルティア・エストよ。ウィンシア・セレスを妻と認め、その生涯に渡り彼女を困難な時も支え守護する事を誓うか?」
「はい。誓います」
「ウィンシア・セレスよ。ボルティア・エストを夫と認め、その生涯に渡り彼を支え励ます事を誓うか?」
「はい。誓います」
二人の誓いを聞き、司祭は持っていた長い杖を振りかぶり地面へ突き立てる。その地面からはたくさんの輝きを放つ粒が噴出して二人に降りかかる。
「二人に、星のご加護を!」
二人はセレス王国では慣習の無い、誓いと愛を示す口付けをした。離れていくお互いの顔には笑顔と少しの涙があった。
エスト家のボルティアと、セレス王家のウィンシア。二人はお互いの家と地位の為に遠くへ離された。だが、今はこうして口付けが出来る程の距離まで来られた。ようやく、想いが結ばれたのだ。
参列者達は立ち上がり、式場の道を進む二人にお祝いの言葉を投げかける。
エスト側には、家族とライオスと約束していた通りテラーロや分家のエスト家達。
セレス側には、乗り気ではないセレス国王と身代金銅貨一枚で返還されたビルディス王子や、二人の結婚を喜ぶ国の代表する貴族達。そこにはシィクスやレダクといったレームン村の人々もいた。新郎新婦以上に緊張しながらもボルティアに声を掛ける。
皆の祝福に手を振り笑顔で応え、式場を出ると更に歓声が上がる。
レポラの丘の戦いで共に戦った軍団の兵士や、ウィンシアの直轄兵が警備をしながらも二人を祝う。町の人々は領主と次期国王の結婚を見ようと集まり、二人の美しさに歓声を上げた。
「あ」
二人の上から花弁が落ちて来る。
「綺麗な赤ね」
「そうだな」
これまでの、平和を求める二人の情熱を現したかの様な綺麗な赤色だった。エレムルスの優しい香りに満たされながら二人は結婚した。そして、お互いの思いと絆を忘れない様に新たな家名を作る。それは、争いの過去との決別であった。
その名は、エスト=セレス家。
戦い続けた両国を結ぶ家名だ。
運命は変えられないと嘆いていたボルティアは、ウィンシアの言葉を信じて共に行動して、不可能と思われていた平和とお互いの幸せを実現した。
『夢を見る。実現させる為に行動を積み重ねる。そして、自分を信じ続ける。その果てに運命は変えられて、望んだ未来を掴み取れる』
ボルティア・エスト=セレスと、ウィンシア・エスト=セレスの二人の日記に共通して書き記されていた言葉だ。
その思いは後世へと受け継がれていく。そして、受け継がれた道の先に自由と希望の象徴エスト・ノヴァ建設へと続いて行った。
果てしなく遠い後世に起きた、戦いや悲劇を二人が知る事はない。しかし、二人の愛によって作られた新しいセレス王国は、その時までウィンシアの望んだ未来の様に平和と豊かな時代の恩恵を受け続けた。
二人の寄り添う姿の肖像画は、今もエスト・ノヴァのマグナーサ宮殿で大切に飾られている。
ボルティア・エストとウィンシア・セレス。こうして、二人の大切な様々なものへの愛を合わせた、エスト=セレス家の物語は終わる。
エスト=セレス家の始まりと共に、南のセレス王国の脅威がなくなったエストでは、ウェンコット・エストの秘密の計画と新たな物語が動き始める。それは、また別の時に。




