外伝:エスト=セレス家の物語⑨ 『ボーリャック出征』
「以上の理由を持って、セレス王国への出兵に反対を投じる様に願いたい!」
市民会が開かれるレヴァン大講堂の中央で、ボルティアは演説をしていた。セレス王国に滞在している間に、見た物や知った事を報告して出兵に反対する様に呼びかけていた。
ヴェシー海戦を始めとする一連のセレス王国の侵攻に、復讐をしようとエストで機運が高まっている。エスト中の市民は大勢の戦死者への弔い合戦をしようと火が付いている。出兵を求める市民達の声が市民会議員の背中を押して、出兵派の勢力が強くなっていた。
「戦争をするなと言うが、あなたの兄君ウィンコット様は侵攻して来たセレス軍を簡単に追い払ったではないですか!」
「バラルト海がダメなら、陸から攻めれば良い!」
「何より、今回の戦死者達の霊はセレス兵の血でしか治まらない!」
その声に傍聴に来ていた市民から同意の激しい声が上がる。セレスに復讐を、と声高に叫ぶ。その中には、臆病者とボルティアを罵る声もあった。エストの王族と言っても違和感の無いエスト家の人間に罵声を送るなど、日常では考えられない事だ。それほどまでに市民達の復讐の思いは大きい。
そんな中で、ボルティアはある人を見て頷く。その人は席から手を上げると、市民会の議長が静粛を求めた。
「ナールディ議員。発言を」
「議員諸君! 市民諸君! 諸君らは、あの戦いにおいてウェンコット様の圧勝を見て、陸伝いにセレス王国への侵攻を考えている。相違ないか!?」
多数の同意する声が上がる。それを確認した後にナールディは続きを話す。
「私は先のセレス王国軍の侵攻の際に、ウェンコット様と共に迎撃に出た。その時の事を話そう」
その言葉に議場は静かになった。中央にやって来たナールディは議場を見渡す。ボルティアはナールディの邪魔にならない様に少し離れた所で待機した。
「ウェンコット様から許しを頂いたので話そう。あの戦いで圧勝した理由を。このスロヴェニア半島を出て西側の陸地には、ウェンコット様が作られた情報網があるのだ」
「情報網? 点々と諸部族が支配する村があるだけではないか。その村々も第三次アーリネス戦争の時に、最終的には反旗を翻した部族だらけだ」
その人の言う通りであった。第三次アーリネス戦争が終結した際に、三国貿易条約を締結する為の条件として、エストからアーリネス連邦まで伸びた支配地域を放棄させられた。その時、諸部族は村にいたエスト人の殺害など攻撃や略奪を行った。協力してもらえる様な良好な関係ではない。
「ウェンコット様は反旗を翻した諸部族と、長い時間をかけて秘密裏に交渉をされていたんだ。エスト家が保有する財を使い、村の発展を約束されたりと味方にしていた。時には、交渉できない部族に対して私兵を送り部族長などの面々を暗殺して従えた事もあった。こうして条約に違反しない様に、エストが支配はしていないが、エスト家が実質的に支配している状態を作られたのだ」
議場のざわめきも当然であった。父オーベルやボルティアも知らなかった事だ。時々、兄が長い留守をする事があったがそれが理由であった。
「セレス軍がエスト方面へ進軍したのを確認した周辺部族は、事前に決められていた方法でウェンコット様に連絡を入れた。だから、統帥権を付与されたウェンコット様はエスト軍の立て直しに時間を割けて、万全の状態で迎撃に動けたのだ」
議場は静かになり、ナールディの話を聞く。
「万全と言えど、我々も人だ。また負けるのではと不安があった。何故なら、遭遇した敵は連絡を受けた時の数よりも多かったからだ。セレス軍の中に、諸部族の旗があった。彼らが味方ではないと思っていた私達からすれば臆するのも当然だ」
物語を聞かされている様な雰囲気が議場を包む。ナールディが議員になったゆえんの上手い話し方は人々を魅了する。
「そして戦場には、開戦を知らせる太鼓と角笛が響き渡る。私達も意を決して敵に向かって走った。恥ずかしい事だが目の前に迫る敵に恐怖があった。我々の先祖達を苦しめて来たセレス軍。ヴェシー海戦でアーリ―将軍を戦死させて海軍を壊滅させたセレス軍。今度は自分達が死ぬ番ではないのかと槍を握る手が震えた。その時、銅鑼が鳴り響いた。勝利を知らせる銅鑼だ。まだ、敵ともぶつかってもいないのに勝利を知らせる銅鑼が戦場に鳴り響いたのだ。場に合わない銅鑼の音だ。両軍とも足が止まり、銅鑼の方向を見ると、離れた場所にあるエスト軍の本陣からウェンコット様が戦場近くの丘に出て来て、銅鑼の叩いていたんだ。何度も、何度もだ!」
大勢がその場面を想像した。元々、報告を受けて知っていた議員達も生々しい戦場の様子に息を飲む。戦場を知らない人達は、想像した光景に少しの高揚感があった。
「銅鑼を叩くウェンコット様の周りにいた兵士達が歌い始めた。聖鳥ヴェラナードの歌だ。我々の先祖達を守り導いてくれた聖鳥を讃える歌だ! 我々の国の歌だ! 我々の誇りを表す歌だ! 私達はやっと手の震えが治まった。そして、心に巣くっていた恐怖が消え去った。代わりに心を満たした物。それは、勇気だ!」
ナールディは何度も拳を自分の胸に叩く。静まり返った議場に、胸を叩く音が小さく響く。それは戦場で鳴り響いた銅鑼を連想させた。
「私達が負ければエストが滅ぶ。故郷をセレス軍が蹂躙する。その気持ちは怒りと言っていい。だが、怒りよりも勇気が勝ったのだ。私達はここで死ぬのかもしれない。だが、後ろにはインペルム・ウェンコットがいる! インペルム・ウェンコットが私達に勝てと銅鑼を使い叫ぶ! 出陣される前に、軍を率いて先頭を進むウェンコット様が、どれほど憔悴されていたかを見たはずだ。大切な弟であるボルティア様が死んだと思い、苦しむ心を抱えながらエストの為に戦場に向かった姿を見たはずだ!」
傍聴席にいた人々が頷く。セレスと戦えと叫んでいた人々が俯く。
「そんなウェンコット様の激励に勇気を貰った! 戦う勇気を、困難に立ち向かう勇気を! そこからの戦いは激しいものだった。私達は死兵になったからだ。インペルム・ウェンコットに勝利を捧げる為に。悔しいが私の隣で戦った兵士は何人も倒れた。だが、彼らは聖鳥ヴェラナードの導かれたのだと確信した。倒れた友は安らかな顔だったのだ。……すまない。少し待ってくれ」
そこまで話したナールディは、下を向いて顔を拭う。何も言わなくても分かる。安らかな友の顔を思い出したのだろう。
再び顔を上げたナールディは声を張り続きを話す。
「エスト軍が押し始めた頃に狼煙が上がった。すると、一気に形成が逆転した! セレス側にいた諸部族が反旗を翻してセレス軍に殺到したのだ。戦場の混乱は激しかった。ひたすら前を向いて戦っていると、先頭に一本の旗が立っていた。赤い生地に金で表されたヴェラナードの旗だ。諸君、誰の旗か分かるだろう?」
議場が再びざわめき出した。これは、議員達も知らない話だった。隠されていた事情を知ると、ボルティアは申し訳なさで頭を地面にこすり付けたい気持ちにさせられた。だが、誰も知らなかった秘密の話は聴衆達に効果的だった。
「エスト本家のみに使用が許される旗だ。いつの間にか銅鑼の音は止み、一瞬の振り返りで見た丘には誰もいなかった。もう分かるだろう。ウェンコット様が前線に来ていたのだ! 私達は驚きと戸惑いがあった。憔悴されていたウェンコット様の姿を知っていたから。戦う事しか命令は出ていなかったが、誰もが旗の元へ駆けつけようとした。すると、先頭から突撃の角笛がなった。意味が分からなかったが、とにかく命令に従った。すると、勝ったんだ!」
話のクライマックスに入り、誰もがナールディの言葉に耳を傾ける。
「突撃の命令と共に、敵を倒した先に待っていたのは敵将を捕らえたウェンコット様の姿だったのだ! その上、敵将はセレスの第一王子だ! 諸部族の裏切りとエスト軍の猛攻で崩壊したセレス軍は、第一王子の降伏を持って戦いは終わった。その後は戦後処理を終えた私達はエストに勝利と共に帰って来た。だが、戦闘が終わり撤収の時にウェンコット様は気力を使い果たし倒れてしまったのだ。兵士達に運ばれながら、そのままエストに入ろうとした。しかし、そこでウェンコット様は起き上がり、騎乗されて鞍とあぶみに体を縛り付けて倒れない様にしてエストに入った。……民衆に不安を与えない為だと言って」
「それで両脇に騎馬がいたのか……」
「あの時にそんな事が」
始めて知った話に、聴衆はそれぞれの思いが呟きになって表れる。聴衆達を見渡しながらナールディは息を大きく吸い最後に話す。
「この話を聞いて諸君らは、あの防衛戦がただの圧勝だったと言えるか? 神がもたらした勝利だと言えるか? セレス軍が弱かったと声もあったが、それが言えるか? 言えないはずだ! あの戦いはセレス王国の侵攻を想定して、何年も前から準備されたウェンコット様の策略による勝利だ。決して、軽く戦って圧勝したものではない!」
議場はナールディの言葉に同意する声で満たされる。
「この戦いの結果を持って、セレス王国に出兵した我らが勝つ見込みがあると言う者は、前に出られよ! 存分に話を聞こう!」
誰も前には出なかった。傍聴席の人々も何も言わない。
「よろしい。それならば情熱ではなく、理性の心を持ってボルティア様が話されたセレス王国の力を考えて出兵の可否の審議を重ねよう」
その後、出兵の求める市民の声は小さくなって、それに背中を押されていた議員達は冷静な討論となり市民会でのセレス王国への出兵案は否決された。反対派が多数だった元老院も市民会の決定に一安心した。
「これで当面はこっちからセレスへの侵攻は無くなりましたね。ナールディ議員、ご協力ありがとうございました」
「いえいえ。私も反対派でしたからボルティア様の話で助かりました」
市民会が閉会した後、ナールディの自宅でボルティアは今回の功労者に贈り物を届けに来て、共に食事となった。
「しかし、ウェンコット様を大事になさってください。陣中で倒れた時は、生きた心地がしませんでした。あれほど弱られたウェンコット様は初めて見ましたよ。生前で元帥になれるほどの絶大な功績を上げられたのに、心労と疲労で凱旋式や勲章式に出れないからと、功績を諸部族の長達と副将達に渡されて」
「本当に兄には申し訳ない事を……」
そんな会話をしながら食事を終えて、ナールディはボルティアの贈り物を開けた。たくさんの宝石と下には羊皮紙がある。
「ありがたく頂戴いたします。そして、これがボーリャック出征計画ですね」
羊皮紙を読むナールディは頷く。
「今、エストに必要なのは書かれている通り勝利でしょう。ですが、隙は突かれませんか?」
「ご安心ください。セレス、クレサン、アーリネス。三か国はエストに攻めて来られません。兄のもう一つの策が三か国を封じ込めています」
「その策をお聞きしても?」
「すみません。自分も表面的な事しか聞かされていないので」
「まぁ、今回の勝利を考えると策を知る人は少ない方が良いでしょうな。わかりました。この計画を市民会で取り上げましょう! その時にウェンコット様のお名前を使わせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい。兄からも許可を頂いています」
ナールディ宅を出たボルティアは、少しずつ進む作戦に希望を感じながら帰る。上を見上げれば、ウィンシアの瞳を思い出させる綺麗な星空がある。
「待っていろ。ウィンシア」
ボーリャック。後の時代のプラド地方南部地域。エストのあるスロヴェニア半島を出て東側に向かいジームンド大河を越えた先にある地域。
このボーリャックの地に住む異民族はジームンド大河を越えて、エストの支配するスロヴェニア半島北部を襲撃する。この攻撃を防ぐ為に重点的に兵力が常時駐屯して、エスト軍の維持を圧迫させる原因だった。
「やつらの侵入拠点であるジームンド大河を攻略して、その対岸に橋頭保を作る。これによってスロヴェニア半島北部の広域な防御線をジームンド大河まで押し上げて、北部に常時駐屯する兵力の削減を目指す」
ボルティアは全体の作戦を、任された部隊に説明する。まだ、一部の秘密になっている『ボーリャック出征』の第一段階として、今回のジームンド大河攻略が承認された。ここでは小規模な戦いだが、エストの士気回復の意味も込められた戦いだ。
今回の総司令官は体調が回復したウェンコットになった。まだ街では、セレス軍との防衛戦とその裏の話が知れ渡りウェンコットの人気が高い。ウェンコットが発案した事になっている作戦とあって、圧倒的な支持を受けての攻略となった。
ボーリャック出征計画の作成中、ボルティアはウェンコットにある事を聞いた。
「兄上、金獅子と呼ばれる兵士をご存じですか?」
「……あぁ。知っているが、どこで聞いた?」
「ウィンシアからです。金獅子を仲間に加えれば戦いは進みやすいから探せと言われていて」
「そういう事か。実はな、その男は『金獅子ボルティア』と呼ばれている」
「え? ボルティア?」
大きなスロヴェニア半島を支配するエストだ。もしかしたら、どこか別のボルティアが呼ばれているのかと思った。
キョトンとする弟の顔を見て笑ってしまったウェンコットは言葉を続けた。
「お前の事だよ。ボルティア」
「俺に、二つ名がついていたんですか?」
「あぁ。今までの活躍でそう呼ばれているんだ」
「初めて聞きましたが?」
「私が、その名を言わない様に軍部に命じていた。軍でお前の人気が高まらない様にしていたんだ」
「何故、そんな事を!?」
ウェンコットに掴みかかりそうになるが、グッと堪えて問いただす。
「エスト家の現状を見てみろ。父は元老院議長。私は元老院議員で人気のあるインペルム。エストに置いてかなりの権力を持っている。お前は知らないかもしれないが、今、エスト家は政治的に攻撃を受けているんだ」
「攻撃?」
「あぁ。エスト本家をただの名称としての、高位貴族の筆頭に戻したいと思っている人達がいる。そこにお前が勇名を馳せると、エスト家は王家にさえなれる力を持てる。政治で言えば父と私。軍で言えば私とお前。もしかしたら、前例として私がいるからボルティアも元老院議員になれるかもしれない。そうなれば、命を狙って来る連中が出ても不思議じゃない」
「そんな!」
家族が暗殺される。自分が目指した先に、そんな可能性があるなど一度も考えた事はなかった。
「今はイグティナがいる。あの子以外を殺して、どこかの貴族が保護する。それで、成長した後はエスト家の復活と新しいエスト家を自分の物にする。そんな未来もある」
ショックを受けて何も話せなくなったボルティアの肩にウェンコットは手を置く。
「大丈夫だ。私がお前達を守る。いずれ通る道が早くなっただけだ。お前は何も心配せずにウィンシア王女との作戦に集中しろ」
ボルティアの顔は晴れない。ウィンシアの事は愛して大切に思っている。だけど、家族も大切なのだ。予想もしていなかった事に動揺する。
「安心しろ。必ず守るから。その為に、この力を授かったのかもしれない。もう気付いている様だから話すが、私はマーラの感知者だ。この力を使ってたくさんの危機を生き抜いた」
「やはり、そうでしたか。ウィンシアもマーラの感知者なんです」
「そうか。もしかしたら王女とは話が弾むかもしれないな。会ってみたいものだ!」
その言葉にボルティアはムッとする。同じ言葉をウィンシアからも聞いたからだ。その顔にウェンコットは笑う。
「やっぱり、まだまだ可愛い弟だ。王女にも同じ事を言われたんだな」
「……マーラを使わないでください。そういえば、伝言を預かっていました」
「王女から私に?」
「第一王子の悔しい顔が見れて嬉しかったです。感謝していると」
ウェンコットはさらに笑った。
ジームンド大河に集結したエスト軍は次々と船で対岸を目指す。大河を渡ろうとするエスト軍を、ボーリャックの異民族は同じく船に乗り戦いが始まる。
「放て―!」
ボルティア率いる十艘の船は、左翼から進み着々と中央との挟み撃ちに成功しつつあった。
「訓練した甲斐があったな!」
「あぁ! こんなに上手くいくなんて思わなかった!」
ボルティアの率いる部隊は船上での戦いで弓を主力武器として使った。以前は、相手の船に近づいて乗り込む白兵戦が主だったが、ヴェシー海戦のウィンシアの戦い方を見習い弓を積極的に使う。
「時間が掛かったが、成果は大きいな!」
弓兵の育成は時間が掛かり、効率が悪いく一部の者にしか使えないと考えられていた。だが、ウィンシアから学んだ技術を使い今回の戦いの為に用意した。ボルティア自身の弓を扱う腕も向上したが、特別に作ってもらった弓の効果が大きい。
(ウィンシア、ありがとう)
贈られた弓を使い、ウィンシアと一緒に戦っている気持ちになる。
「隊長、中央と合流しました。中央は右翼の援護に向かうと。左翼はこのまま前進します!」
ボルティア達の左翼は対岸へ向けて船は進める。
「……そろそろ合流の頃か」
ボルティアは大河のずっと奥を見つける。対岸では、エスト軍を上陸させない様に異民族たちが即席の柵を作って待ち構えていた。相手にも弓兵がいるが、ボルティア達とは練度が違った。
「来た!」
対岸に陣取る異民族の背後が奇襲を受けた。翻る赤い生地に金のヴェラナードの旗。大河を迂回していた部隊を指揮するウェンコットが到着したのだ。柵を壊してもらい上陸したボルティアは小さな角笛を吹く。甲高い笛の音は大河で戦う全員に上陸が出来たと知らせる。
「弓はここまでだ! 剣を抜け!」
上陸したボルティア達は異民族を次々と倒して行く。上陸する部隊も増えて、戦いは決着を迎えた。
夜、ボルティアは天幕にいるウェンコットに会いに行った。
「兄上、行軍お疲れ様でした。」
「あぁ。そっちも無事で良かった。やつらも一週間も前から動いてたとは思わなかったみたいだな。お前の作戦通りに行ったな」
「はい。あとは橋が完成すれば、第二段階のボーリャック出征が始めれます」
「そうだな。予定通り、私はエストに戻る。正式にボーリャック出征を市民会と元老院で可決させて来る。お前は橋が完成するまで警備を頼むぞ。あっちも猛攻を仕掛けてくるだろうが無理はするなよ」
「わかりました。お気を付けて。それと、イグティナにこれを」
ウェンコットに様々な色がついた石を渡す。珍しい石にウェンコットは驚く。
「パルメラ石じゃないか! よく見つけたな」
「実は上陸した時に足下に転がっていたので拾いました」
気の抜ける言葉に兄弟は笑う。
ウェンコットがエストに引き上げた後は、ボルティアがジームンド大河の橋の建設の警備に当たった。
「打って出るぞ!」
ウェンコットの言葉通り、異民族は大河を奪還しようと翌日には攻撃を始めたがウィンシアに教えられた小規模な砦の建築方法をエストでも実現できた為、日が経つに連れ強固な防衛が作られていく。
即席ではあるが弓隊を編成して櫓と柵から攻撃する。勢いが削がれた敵にボルティアは砦から出て異民族と戦う。
敵に迫る気迫と力は、襲い掛かる獅子のごとく激しいものだ。ウェンコットによって禁句が解かれた『金獅子』の二つ名が警備部隊や建築部隊に広まって行く。
名家の美青年と思っていた自分達の隊長の強さと統率力に、兄に負けない大将の姿を思わせた。兜を外すと、二つ名の由来の黄金の髪が揺らめく。
それから少しの時が経ち、遂にジームンド大河を渡れる大橋が完成した。橋を完成させられた異民族は攻撃を諦めて退却した。事前に何度も行われた大河の調査の結果、早くの完成だった。
橋の完成はすぐエストに報告された。
「ボルティア、エストから連絡が来た。市民会と元老院で出征案が可決されたぞ! それと、喜べ!」
「どうしたんだ?」
天幕に飛び込んで来たライオスは羊皮紙をボルティアに突きつけた。それを受け取り読んでいく。
「総兵力は三万人で、総司令官は兄上か。……えっと、ボルティア・エストを総司令官付き参謀にする」
その文字を読み、羊皮紙を握る手に力が入る。ライオスはボルティアの顔を見てニヤニヤとする。
「ライオス。総司令官付き参謀って……」
「あぁ!」
「一軍団。五千人の指揮権!」
ボルティアがグッと口を閉じた。喜びで大声で叫びそうになったからだ。
「そうだ! それと、総司令官からの命令書とウェンコット様からの手紙だ」
「兄上から手紙?」
「違う。総司令官とウェンコット様だ!」
渡された二通の手紙から、命令書を先に開ける。
「ボルティア・エストに一軍団五千人の指揮権を与える。軍団が到着後、速やかに作戦に従いボーリャック南部のレポラの丘まで進軍する事。目的の異民族の対処も一任する」
総司令官の蝋印が付けられた正式な命令により、ボルティアは五千人の指揮権を与えられた。その事実に手が震えて来る。誰かの指揮の下で戦うと予想していた。そんな震える手で兄からの手紙を開ける。その手紙を読み、涙が溜まって行く。ボルティアの様子にライオスは心配した。
「何が書いてあったんだ?」
「……兄上、ありがとうございます」
『幼い頃より、欲しかったものを手に入れる時だ。お前なら出来る。頑張れ』
ジームンド大河を架ける大橋に軍団が通る。ボルティアが指揮を任された五千人だ。
「ボルティア様!」
軍団の中から、一騎駆けて来る。
「テラーロ。補佐はお前だったのか!」
「はい! 総司令官の命令に従い、ボルティア様の補佐に加わります。ウェンコット様から、目的の異民族についてお話は聞きました。それと、いよいよ結婚ですか!」
テラーロは、かつてウェンコットの従者であったが兵士としての能力を買われ軍部へと行かされた。その後、軍団の運用と指揮が出来る人材と成長した。今回は初めて一軍団の指揮をする、ボルティアの元へ派遣された。
「気が早いが、そうだな。悪いな、我がままに付き合ってもらって」
「そう思いなら、結婚式に呼んでください。ボルティア様が一目惚れした王女様を見てみたいです!」
エスト家に仕えていた頃と変わりない様子に笑った。
その後、準備の出来たボルティア達はジームンド大河を出発して、ボーリャックに入る。
ボーリャック出征が始まり数日後、今、平原で大きな戦いが行われていた。
「ボルティア様、敵左翼は崩壊しました。敵中央も前に進み、作戦通りです」
「よし、中央は後退を止め前進。左翼と右翼は中央の敵を包囲しろ」
「はっ!」
伝令達はボルティアの命令を各部隊に伝える。次第に左右の軍と中央の軍が連動して敵の中央軍を完全に包囲した。周りを囲まれて動きが狭まった敵はまともな行動が出来ず、エスト軍による殲滅戦へと移行した。
ボルティアの奇抜な戦いに、作戦を伝えられたテラーロを始め部隊長達は混乱した。複雑な行動で現実的とは思えなかった。しかし、ボルティアが示した伝達方法や部隊配置により作戦が可能となった。
「正直、こんなに上手く作戦通りになるなんて思いませんでした」
「そうだな。俺も最初は疑ったよ」
「ボルティア様が考えたのでは?」
「ははは。戦乙女に教えてもらったんだ」
盤上の駒を使い、何度も戦った相手を思い出す。垂れた長い髪を耳に掛ける仕草や、引っ掛けの駒を回避した時に向けてくれる笑顔が懐かしく思う。
「今、王女様の事を思い出していましたよね?」
「……何で分かる?」
「今の優しい笑顔を見れば分かります。それと、町中の女が倒れるので笑顔には気を付けてください」
テラーロの言葉に、ライオスは下を向いて笑う。
戦いの終わりを知らせる報告を受けると気を引き締めて、次の行動を考える。
「これで主だった抵抗勢力は倒しました。周辺のバキル族とニーダ族は降伏したので、ご命令通り土地を安堵すると伝えています。これでレポラの丘までの道が開きました。本軍も北部を制圧して南下の準備をしていると連絡を受けています。こちらが早く到着しますね」
「わかった。今日はここら辺で終わりだな。明日に備えよう」
「はい。それがよろしいかと」
その日を戦いと戦後処理を終えて、エスト軍は野営となった。
天幕に用意されたベッドに横たわり、これまでの戦いを振り返る。今日の様な大規模な包囲の戦いや、兵力を分散するような戦い。ウィンシアから学んだ事を実戦に活かし、指揮官としての経験値をボルティアは増やしていく。小さな負けはあっても、他で戦果を挙げる事で軍団内でもボルティアの名声が高まる。
「……ウィンシア」
自分の力をここまで高めてくれた、愛しい人の名前を呟く。声にすれば、会えない苦しみに胸が切なくなる。
「ウィンシア」
夜の密会で、ボルティアの話をワクワクとした表情で聞く姿。
「ウィンシア」
山にある弓の訓練場で、彼女の思いのまま与えられる恵みの温もりと感触。
あの温かい日々に戻りたい。そう思った瞬間、夕日が海に沈む絵の話をしてくれた時の彼女の決意を思い出す。
「戻りたいじゃないな。運命を変えて、あの日々より良いものを手に入れるんだ。その為にここまで来たんだ」
そう思い直して笑ってしまう。愛する人を持つと、こんなにも人が変わるのだと。
翌日、出発したボルティア達はレポラの丘付近まで来ると、先に向かっていた斥候が急いで報告に戻る。
その報告を受けて自ら向かうと、目を疑う光景が待っていた。
「……ライオス、総司令官に急報と援軍を求めろ。大至急だ!」
「わかった!」
「テラーロ、兵士を総動員してレポラの丘に砦を築くぞ」
「はい! 周辺の常時警戒も行います」
与えられた役目を果たそうと、急いで行動する。先手を取らなければボルティアだけではなくエスト軍が大きな被害を受ける事になる。
丘から見下ろした先には、大きな一つの瞳とそれが輝くように意匠された旗があった。
「……セレス軍」




