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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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連載一周年記念エピソード『終わった一つの物語』

『教会騎士アルトの物語』が連載一周年を迎えました。この一年間で約六十五万文字。我ながら、良くここまで継続できたものかと感心しました。それも、この小説を読んで下さる読者様のお陰です。

まだまだ、アルトの物語は続きます。ですが、始まりがあれば終わりもあります。アルトの物語の終わりを皆さんにお見せできるように頑張ります!


それでは連載一周年記念エピソード『終わった一つの物語』をお楽しみください。


「アルトー!」


 城の広い庭で衛兵見習い達に剣の訓練をしていると、上から声が掛かる。見上げれば城の二階で青空色の綺麗な髪を風に揺らしながらミーナが手を振っていた。そんなミーナの姿に笑顔になる。

 時間を見て衛兵達に訓練の終わりを告げる。彼らはアルトに敬礼をする。それを見届けた後にアルトは最愛の人の下へ行こうと階段を上がるが、途中で振り返る。


 後ろでは、訓練を終えた衛兵見習い達が上を見上げてコソコソと話をしている。彼らの目線の先にはアルトを待つミーナがいる。


「はぁ」


 溜息をつくと、彼らを睨みつける。その瞬間、見習い達は肩を震わせる。何だ、と慌てる見習い達はすぐにアルトの目線に気付く。


「か、閣下。すみません!」


 そんな彼らを置いて、階段を二段飛ばしで駆け上がりミーナの下に着く。


「見習いの人を脅かしちゃダメじゃない!」


「だって、ミーナに見惚れているから威嚇しておかないと。俺の妻に良からぬ視線を送るなんて……」


 ミーナはそんなアルトの言葉に笑い、自分の左手でアルトの左手を握った。アルトの左手の薬指には、緑色に輝く宝石を麦の紋章が彫られた台座が支えている指輪が通されている。長年、離ればなれになっていた二人を繋ぎとめていた大切な指輪だ。ミーナの左手の薬指には、赤色の宝石がはめられた指輪が通されている。


「良からぬ視線を送られても、なびくわけないじゃない。私の夫はアルトだけよ」


「そうだけど。離れている間、ちょっかいをかけて来る男がいたじゃないか。しっかり警戒しておかないと……」


 すっかり心配性になってしまったアルトに苦笑してミーナは手を繋いで城に入る。



 アルトは数多くの試練を乗り越えて、戦いの日々を終えた。そして、帰って来たのだ。ミーナの待つ、アルトの第二の故郷リンドの町へ。


 凱旋したアルトを多くの人が迎えた。空には花弁が舞い、迎える歓声が響く。最初の故郷であるゴル村を魔物に襲われて、実の家族を失った。そんなアルトの、新たな家族になってくれた義父のモルと義母のアリア。そして、二人の間に生まれた義妹のアリル。アルトが薬師をしていた頃の師匠マール。家族と兄同然の人達との再会を果たせた。リンドの町で過ごしていた間に出来た多くの顔見知り達とも再会をした。


 この道を進んだ先に待っている人に会おうと、気持ちが逸る。群衆に歓迎されながら進んだ先に待っていたのは、一人の女性だ。アルトが教会騎士になる理由を与えてくれた大切な人。ミーナだ。


 リンドの町がかつて村だった頃に、アルトは教会騎士になる為に村を去る事になった。去る事が決まった日に、二人はお互いの気持ちを伝え合い、恋人となった。

 危険な世界に旅立つアルトに、いつも自分はアルトの側に居る事を忘れないで欲しいと、ミーナの祖父の形見であった指輪を貰った。


 この指輪のお陰で、数々の試練や辛い思いをした出来事を乗り越えられた。ミーナがいつも側に居ると指輪を通して信じられたから。


「ミーナ。約束通り、魔物のいない平和な時代を作ったよ。この指輪のお陰だよ」


 たくさんの出会いと別れ。強大な敵との対決。教会騎士アルトの戦いにより、世界は平和となった。


「うん。アルト、無事に帰ってきてくれてありがとう! 会いたかった!」


 自分の胸に飛び込んで来たミーナを抱きしめ、周りの人達は万雷の拍手をした。全て終わったのだと実感した。アルトの戦いの物語は終わり、守りたかった大切な人達とこれからの人生を過ごす。望み続けた幸せな人生の始まりを迎えたのだ。


 リンドの町へ帰って来たアルトはほどなくしてミーナと結婚をした。白いドレスと邪悪な闇から花嫁を守る為の守護のヴェールを身に着けたミーナと共に、司教の下へ続く道を進んだ。世界を守護した英雄騎士アルトと、その伴侶となる晴天の佳人ミーナの結婚式。苦楽を共にした仲間達。二人が結ばれる事を長年に渡り願っていた人達。アルトに救われた人達。大勢が結婚式場に集まり、道を進む二人を見守る。


 守護のヴェールを上げた時に見たミーナの美しさに言葉を失った。そんなアルトの顔をミーナは笑う。上げられた守護のヴェールは役目を果たして、今度はアルトがミーナを生涯守り続けると誓う、愛と誓約の口付けをした。参列者から祝福を受けながら二人は夫婦となった。


「ミーナ、一緒に幸せになろう。ずっと、守り続けるよ。この指輪に誓って」


「うん。アルトはいつも私との約束を守ってくれてたもの。指輪が無くても信じているわ。一緒に幸せになろうね!」


 式場を出た二人は、アルトがミーナを抱えて一回転した。皆に見せつける様に回る。その姿に周りは笑い、祝福の言葉を贈る。二人はずっと求め続けた、幸せの一つを手に入れた。


「アルト、よく頑張ったな! 俺達がこうして暮らせるようになったのはお前のお陰だ。本当によく頑張った!」


 義父のモルは、幼い頃から見て来たアルトの幸せそうな姿に涙を拭う。長年、リンドの町の衛兵長をして町と家族やミーナを守っていた。アルトの子供時代によくやっていた様に、アルトの髪をワシャワシャと掻き撫でる。英雄騎士にこんな事が出来るのはモルくらいだろう。


「父さんのお陰だよ。ずっと、町を皆を守ってくれていたから俺は戦えたんだ!」


 モルの側では、義母のアリアが涙を拭きながら微笑んでいる。


「オーロンさんもアルマさんも、ティト君だって今日のこの日を喜んでいるわ。アルト、愛してるわ。私達の大切な息子よ。……アリル」


 アリアに抱きしめられる。その言葉と温かさに涙が溜まる。そして、アリアに促されてすっかり大きくなった義妹のアリルが前に出た。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。結婚おめでとう! お兄ちゃん、お家に遊びに行くから、また薬のお勉強を教えてね!」


「あぁ。もうどこにも行かないからな。いっぱい勉強しよう!」


「アリルちゃんが遊びに来るなら、お菓子もいっぱい作って待っているからね」 


 アルトとミーナは優しくアリルを抱きしめる。アリルは嬉しそうに二人を抱きしめ返す。


「アルト・メディクルム殿。ミーナ・メディクルム殿。ご成婚、おめでとうございます」


 恭しく一礼をするマールに吹き出す様に笑った。


「マールさん、やめてよ! 英雄騎士なんて呼ばれているけど、父さん(オーロン)やマールさんが俺に薬師としてどう生きるかを教えてくれたから、たくさんの人を助ける事が出来たんだ。……師匠、今までたくさんの事をご教授いただきありがとうございました」


「マールさん。夫を導いてくださり、ありがとうございます」


 騎士が上位者にする様に、片膝をつけて礼をする。ミーナもアルトに習い一礼をする。弟子と弟子の伴侶のその姿に堪えていた涙が溢れる。マールの肩を、妻であるミラが抱きしめる。

 二人の関係を知っている人達は涙を抑えられない。アルトの実父であるオーロンから始まった薬学や医術は、当時、オーロンの弟子であったマールに受け継がれた。そして、実父と兄弟子の教えはアルトへ継承された。命に向き合い、大切にする気持ちが受け継がれたからこそ今のアルトはある。


 感謝を伝え、祝福を受けながら結婚式は終わり、新たな日常が始まる。



 多くの戦いの中で世界は変わり、英雄騎士アルトを中心に諸侯が同盟を結び、リンド同盟が建国された。そして、リンドの町を首都にその一帯はアルトの領地となった。


「薬師見習いだった俺が、一国を担う立場になったのか」


 リンドの町に作られた城の執務室で、アルトは共に来てくれた仲間達と協力して統治を行う。

 窓から城下町を見ていると人々は行き交い、子供達がアルトの剣の模造品を持って遊んでいる。それを眺めながら昔の事を思い出す。あの日々を。



 弟ティトの死から始まった、マーラの感知者としての人生。ミーナと出会い、失っていた勇気を貰った。再び大切な家族を失いながらも、父の背中を見て学んだ事を思い出して人々を助けた。そして、死んでしまっても大切な人達はマーラになって自分の側に居てくれるのだと知った。奇跡を目にした者しか解らない真実だ。アルトは目を閉じる。ティトがアルト達を助けてくれた後、手を振って去って行く姿が思い浮かぶ。


 リンド村が魔物に襲われた時は、大切な人を守りたいと立ち向かう勇気を出して勝利した。しかし、それは大切な人達との別れを意味した。教会騎士としての人生が始まる事になった。恋人になったミーナや、自分を迎え入れてくれた新しい家族や薬師としての道を教えてくれた師匠との別れ。だが、この大切な人達を守りたいからこそ、教会騎士になろうと決意した。


 旅立った新たな世界は残酷なものだった。人々は飢えて苦しみ、賊となり別の人々を襲う。貴族の残酷さを知り、初めての殺人もして苦悩した。だが、対抗する手段を教えてもらい力を手に入れる必要性が出た。


 修業の地であるザクルセスの塔に着いた。新たな仲間と共に訓練に励んだ。苦しい時も、指輪がアルトの心を支えてくれた。自分を導き鍛えてくれた親友でありライバルとの決戦で勝利した時の喜びは、今でも思い出せる。首席となったアルトは、上級騎士グラウェルの訓練によって力を求める日々が続いた。だがそれは、強大な魔物が自らの復活をする為の罠であった。

 そこで、悲劇が待っていた。最良の友、リークトの死だ。レバレスと名乗る魔物にリークトは支配されてしまった。アルトはリークトの全てを支配したレバレスを倒す。倒れたリークトを抱きかかえるが、魔物が死んだ時に見せる体の崩壊は止まらなかった。姿かたちも無くなるリークトを見つめる事しか出来なかった。力を貪欲に求めてしまった代償だ。


 リークトを殺してしまった悲しみを抱え、教会騎士団を追放されて赦しへの旅路が始まった。そこで知った親友の別の顔。たくさんの苦悩を抱えながら、数々の試練を乗り越えた。アルトの過ぎた欲望の結果で死んでしまったリークトへの責任を忘れずに、再び立ち上がった。


 そして、教会騎士になったのだ。


 新たな師匠と共に、修業を受けながら各地で戦い。人間族を恨む獣人の勇者と名乗る者との対決があった。弱かった自分では勝てずに逃げるも、師匠マードックを失った。悲しみはあった。だが、リークトを失った時の様な絶望はなかった。それはマードックの師匠であったエウレウムとマードックが見つけた教えの賜物があったからだ。


「死は終わりじゃない、か」


 生命のマーラという偉大な発見によってもたらされた希望。その希望の糸が切れない様にアルトは継承した。


 勇者との戦いには負けたが、マードックの教えと父オーロンや兄弟子マールの教えを思い出して人々を癒した。アルトが英雄と名前が初めて上がった瞬間だ。


 そこまで思い出してアルトは笑う。


「あれは思い出したくない記憶だなぁ」


 教皇トゥルスキア四世の謀略に嵌って、振り回された日々。


 そこで昔を振り返るのを止めた。執務室をノックされたのだ。扉からは妻が姿を現した。


「アルト、約束の時間よ。準備は出来てる?」


「うん。すぐに行くよ」


 アルトとミーナは町を出て、ピクニックに行った。領主としての役目もあるが、やっと手に入れた幸せな日々を堪能したかった。


「それでさ、俺の剣の模造品を作りたいって職人が何人も押しかけて来たんだ」


「それで、アルトの剣を街の子供達が持っていたのね」


 他愛のない話だ。戦い以外の、他愛のない話。

 作ってもらった蜂蜜付きのぺコルのサンドイッチを食べながら、何気ない日々を話す。二人で過ごす。これだけで幸せなのだ。


 この先、もっと幸せな事があるかもしれない。その気になれば、未来予知で見ても良い。だが、そんな遠くの未来よりも今を大事にしたい。遠い未来に怯えても仕方が無いのだ。最初の試練であったゴル村の戦いの時、アルトは母アルマに言った。『もし』に怯えない事。未来は自然とやって来る。その時までに備える事は出来る。だけど、『もし』に怯えれば何も出来ない。

 その気付きをくれた人を見る。


「どうしたの?」


「いや。それよりも膝枕して欲しいな」


「ふふ。急にどうしたの。おいで」


 ふわりと柔らかいミーナの足に頭を預ける。優しく笑いながら見下ろすミーナは、アルトの髪を撫でる。木漏れ日の下、その心地良さに段々と眠気が来る。


「寝ても良いのよ? アルトは頑張ったんだから」


「……うん」


 重たくなるまぶたは何度も閉じようとするが、ミーナの姿を少しでも多く見ていようと抵抗する。そんなアルトに、ミーナの囁きは子守歌の様に聞こえて心地良く安らぎを与える。ミーナの側で眠れる幸せに目を閉じた。そして、最後の囁きが聞こえた。


「起きたら、また頑張ろうね。私はいつも側にいるから」



 目を覚ますと、机の上に上半身を預けて寝ていた。


「あれ?」


 ボーッとした頭で周りを見渡す。そこはザクルセスの塔で使っているマードックから継承されたアルトの部屋だ。紙の束が散乱して、埃っぽい。頬に冷たい風が当たり、振り向くと窓が開いていた。状況が掴めず、頭を掻いていると何かが光った。


 アルトはそれを持ち上げて、今までの事を思い出した。


「そうだった。部屋の片付けをしていたんだ。いつの間にか寝てたのか」


 持ち上げた指輪を見る。ミーナとの絆の印を。


「……夢だった」


 あれほど幸せに感じていたものは、全て夢だった。少し落胆しながらも、指輪を見つめて笑ってしまう。


「あの夢は、ミーナが見せてくれたのかな?」


 緑色の宝石は光を反射して輝く。その輝きは、本来の持ち主の晴れやかな笑顔を思わせた。

 その時、ある事を思い出した。自分が初めて未来予知をしたのは寝ている時だったと。


「もしかしたら、未来予知で見た光景だったのかな?」


 そう思うと、寝起きの気怠い体に元気が湧いて来る。あれが、自分の未来ならどれほど幸せな事か。


「いや。どっちでも良いか。あの未来になる様に頑張ればいいんだ」


 夢の中で、ミーナが最後に囁いた言葉を思い出す。


「起きたら、また頑張ろうか。そうだね、ミーナ。よし、頑張ろうか!」 


 アルトは指輪に口付けをして立ち上がる。チェーンのついた指輪を首に下げて、思いを巡らす。この指輪を指に通す時は、いつになるか分からない。

 でも、その時が必ず来るように夢から醒めて今を頑張るのだ。まだ戦いの物語は終わらない。


 だけど、始まりがあるなら必ず終わりもある。


 その終わりがどういうものか分からない。ただ、どんな未来が待っていたとしても、『もし』には怯えない。運命は自分の行動の先に待っている。ミーナの側に帰って来れる様に行動して、運命を掴み取る。


 その日が来るまでアルトはこれからも戦う。

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