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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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外伝:エスト=セレス家の物語⑤ 『知識の取引』

お待たせしました。今回は一万文字です。お楽しみください。

 賊の襲撃を受けて、誘拐されたレームン村や他の地域の人達をボルティアは救出した。しかし、居合わせていたセレス兵に自分がエスト人だと気付かれる。その結果、領主の館があるウィーナの町へ連行される事になった。


 セレス王国に流れ着き、二か月を共に過ごしたレームン村との別れは辛いものであった。助けてくれたレームン村の人達を見て、ボルティアは自分を振り返る機会を得れた。傲慢さや幼稚さ。己の浅慮を恥じた。


 最初は紙作りの技を、見て盗む為に村でたくさん働き信頼を得ようとしていた。だが、村人達はボルティアの貢献を見て、故郷エストでは得れなかったものをボルティアに与えた。『異国の漂流者ボルティア』から『ボルティア』と認めてくれた。故郷のエストで一番欲しかったもの。それは、認めてもらう事だった。エスト家という名前は外れているが、ボルティアをボルティアとして認めてくれた。その喜びは言葉に出来ない。


 そして、認めてもらうという意味を学んだ。たくさんの気付きを与えてくれたレームン村の人々に感謝をした。次第にその心は、エストの名前を捨ててしまおうかと考える程だった。


 エストに戻れても、再び『エスト家のボルティア』としての生活に戻る。認めてもらえる方法を村で学んだが、『ボルティア・エスト』と認めてもらおうとする日々を苦しく思った。レームン村なら、ただのボルティアとして生きられる。貧しくても、それが幸せに思えた。村人達と助け合いながら生きる人生。


 しかし、宿命はボルティアがエスト人という事実から逃がさない。仲間として受け入れてくれたレームン村での生活も、宿命によっていずれ終わるものだった。そして、その宿命が来た。


「エスト人、ここからはお前に拘束を着ける」


 ウィーナの町に近づいた。ボルティアを連行する騎士達の隊長ハァサは、レームン村とボルティアの絆への配慮として、ここまで拘束を着けなかった。


「ハァサ隊長、ここまで配慮を頂きありがとうございました」


「うむ。町に入った後は丘にある領主館に向かう。そこでお前を牢に入れる」


 こうしてウィーナの町にボルティアは入る。

 港町は活気に溢れていた。今までレームン村の穏やかな空間で過ごしていた影響もあって、街の賑やかさに都市に来たのだと実感した。遠くからの鐘の音に船が到着した様子だ。

 通りの人々は騎士に連行されているボルティアを見て驚いている。この中にはエスト人だと知っている人もいるのだろうと感じた。


(良い景色だ)


 連行されて、もしかしたら処刑される可能性もあるのに、異国の町の様子に目が奪われる。呑気だと自分でも思いながら、レームン村とは違う建築様式や屋台に並ぶエストには無い物が気になる。持てば怪我をしそうな刺々しい果物や豚の首が置いてある。


(村の人達にも見せてあげたかったな)


 町が気になるのは、レームン村の人にこの光景を見せれなかったという後悔があったからだ。本来なら自分が、村と町の間の道を明らかにして村人達に外の世界を見せようとしていた。村と町までの道は、地図に描かれていたよりも険しいものだった。事前に道を知っていないと村人達が積極的に外に出ても、ウィーナの町に辿り着くのは難しい。


 砂金を見つけて、お祝いに宴を開いた時のシィクスの言葉が浮かぶ。


『長年かわり映えしない村の日常生活に、新しい発見があって刺激的だった今日の出来事を日記に書ける。日記に華やかな事を書ける。それが嬉しいんだ』


 ボルティアは声を出さない様に笑う。処刑されるかもしれない状況なのに、頭はレームン村の人達の笑顔でいっぱいだった。過ごした二か月の間に、あの村がどれほど好きになっていたのか自覚をして嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。


「着いたぞ」


 騎士達一行は領主館の前に着いた。ボルティアは屋敷を見て意外だと思った。町の活気を思えば、立派な屋敷なのだろうと想像していた。だが、目の前には領主であり王女がいるとは思えない、飾り気の無い落ち着いた雰囲気の屋敷だった。例えるなら、田舎の金持ちの屋敷だ。


 ボルティアは屋敷とは別の場所に連れられる。


「おぉ」


 思わず、感嘆した。屋敷の横には庭があり、色鮮やかな花で溢れている。エストではよく見ていた光景だが、村では緑が多い光景だった。花の良い香りは久しぶりの感覚だ。敷地は広いようで、奥にもう一つ小さな屋敷がある。そこまで見た後に地下室へと連れて行かれた。


「大人しくしていろよ、エスト人」


 ここまで連れて来た騎士は侮蔑する様子だった。ボルティアは牢に入り、鍵が締まる音を最後に無音の世界に閉じ込められた。



 ハァサは、ボルティアを牢に入れたと報告を受けた後、軽く鎧に着いた汚れを落として主人へ報告に行った。部屋の扉の前に立ち、ノックをしようと手を上げると声が掛かる。


「おかえりなさい。入って良いわよ」


 主人の言葉にノックをしようと上げた手の行き場に困りながら部屋に入る。


「失礼致します。領内を荒らしていた賊に関してご報告を」


「えぇ」


 ウィーナ領主及びセレス王国第一王女ウィンシア・セレスは、大きな机に広げられた地図から顔を上げる。


「人攫いをしていた賊の討伐は完了しました。攫われていた人達も救出してそれぞれの村に帰しました」


 そこまでの報告を聞き、ウィンシアは少し笑う。


「面倒事が起きたのね」


「……はい。我々が賊の討伐を始める前に、別の人物が戦っていました。ほとんど、その者によって倒されたも同然です」


「あはは。トンビにオリートフをさらわれたのね!」


「そのトンビですが……」


 いつもはキッパリと言い切るハァサの様子に、ウィンシアは良い予感がした。そして、ハァサは主人に対して嫌な予感がしていた。


「トンビではなく、ヴェラナードです」


 その言葉にウィンシアは黒真珠の様な美しい瞳を大きく開き、両手を合わせて口元に当てる。


「エスト人!」


「……はい」


 その返事にウィンシアは手で笑みを隠す。


「姫様、ダメですよ。彼はヴェシー海戦の生き残りです。戦場からセレス王国に流れ着いたのです」


「あの海戦で生き残ったの!?」


 ウィンシアはますます嬉しそうな顔をする。ハァサは、何を言っても裏目に出ているのではと思った。


「会いたい!」


「ダメです! 戦場の生き残りですよ? あれだけエスト人を殺したのに会いたいって、どういう神経しているんですか!?」


 ウィンシアの考えに顔を青くしながら止める。


「だって、海戦の捕虜は全部バラント将軍に連れて行かれて、お話をする機会が無かったもの。それに、あの大敗の中で生き残ったのよ? しかも、戦場からセレス王国まで生きて流れ着くなんて奇跡じゃない。負傷はしていたの?」


 ウィンシアの問いにハァサは答えない。沈黙の中、お互いに目を背けない。目線での攻防戦の中、ウィンシアの瞳は湿り気を帯びて来る。


 ウィンシアは自他共に認める程に美しい。そんなウィンシアの頬は微かに赤くなり、目は潤む。よく見ると顎をちょっと下げて、上目遣いになっている。


(か、可愛い!)


 戦場でのウィンシアを知るハァサでさえ、その愛くるしい表情に陥落しそうになる。


「ダ、ダメです!」


 いつの間にかハァサの思考は問いに答えるかどうかよりも、良心の葛藤になっていた。


(こんなに可愛い子のお願いを、無視しても良いの? 良くないわ! でも、甘やかしは良くないし)


 ウィンシアの攻勢は続いている。


「うぅ。……負傷して、瀕死になりながらもウィーノ領に流れ着きました」


 その言葉を聞き、花が咲いたような笑顔に変わる。


(可愛い!)


 報告とはいえ話してしまった後悔と、この笑顔が見れた喜び。実は、喜びの方が大きい。

 ウィンシアとハァサの付き合いは長い。だからこそ、ハァサの弱点となる表情を知っているウィンシアの勝利だった。


「やっぱり奇跡ね! 彼に会うわ。経緯はどうであれ領民を助けてくれたのだから、領主として王女としてお礼はしないと」


「そうですね。それでは、昼食の席に連れて行きます。召使い達に準備をする様に伝えます」


 ハァサは退室した。部屋に一人となったウィンシアは、大きな地図に載るエストを撫でる。ヴェシー海戦の光景を思い浮かべていると、ふと思い出した。ナイフを奪い、自分を殺そうとした兵士を。肩に矢を射られ、自分に手を伸ばしながら海に落ちて行った兵士を。


「あの人は生きてるのかしら」



 牢の中は意外にも清潔だった。寝床になる床には藁が敷かれて、掃除もされている。エストの牢と比べるまでもない。


「エストとは捕虜の扱いが違うな。王女がいる屋敷の牢だからか」


 ボルティアは自分でも不思議な程に、この先の未来に悲観をしていなかった。それは諦めかもしれないし、満足したからかもしれない。


「胸が温かい。シィクスさん、レダク、皆」


 自分の胸に手を当てて、関わって来た人達の顔を思い浮かべる。最初に思い浮かぶのがレームン村の人達である事に対して、家族や従者のライオスに申し訳なく思った。それでも、幸せな時間を与えてくれた人達の事が頭から離れない。

 捕虜に待ち受ける運命は二つだ。解放か、処刑。例え処刑される運命になっても、あの幸せな時間がその時の恐怖を和らげてくれるだろうと想像した。


 思い出に浸っていると地下牢に騎士がやって来た。ボルティアを地下牢に入れた騎士だ。


「エスト人。これから牢から出す。不穏な行動をするなよ」


 来たか、と覚悟を決めた。牢屋から出て騎士に腕を差し出す。


「何をしている?」


「拘束はしないのですか?」


「……ついて来い」


 騎士の行動を不思議に思いつつ後を追う。地上に出ると、日光に目が眩む。そのまま後について行くと、地下牢に入る前に見た庭へ案内された。大きなテーブルと二つの椅子が対面にある。座らせられて何が起きるのか分からないまま待つ。

 そこへ、ハァサがやって来た。


「エスト人。殿下が参られる。立っていろ」


「殿下?」


 まさかと思い急いで立ち上がり、わずかに頭を下げておく。少しするとカツカツと石畳を歩いて来る音が聞こえる。


「ようこそ、我が屋敷へ。私はセレス王国第一王女ウィンシア・セレスよ。ここウィーノ領の領主も兼ねているわ。面を上げて良いわよ」


「はい」


 少し下げていた頭を上げて、ウィンシアを見た。


「え……」


 目の前にいる女性の姿を見て体が固まる。治ったはずの矢を射られた肩が痛む。あの女兵士との再会と相手が王女であった事。なにより今は、ウィンシアの美しさに目が奪われる。彼女の後ろにはたくさんの白い花が咲いて、漆黒の美しさを際立たせる。


「……オホン」


 ウィンシアの後ろに控えていたハァサが咳払いをする。そこでハッと意識を戻して礼をする。


「セレス殿下、お目通り叶い光栄に存じます。私はエスト人の、ボルティアと申します」


 家名であるエストは隠して名乗った。ウィンシアは特に気にする事なく、席を勧めた。ウィンシアが座った事を確認して、ボルティアも座る。


「今回、ウィーノ領で誘拐や襲撃を行っていた賊を討伐してくれて感謝するわ。そちらも事情があったみたいだけど、これで領民が怯えずに済む」


「はっ。過分なお言葉、感謝いたします」


 ボルティアはウィンシアの様子から、戦場で戦った相手が自分である事は知らないと感じた。

 それからボルティアは終始、丁寧に言葉を選びウィンシアの言葉に応える。その対応に、ウィンシアは微かに目を細めた。


「それじゃあ、領民を助けてくれたお礼に昼食を一緒に食べましょう。ハァサ」


 その言葉から料理が運ばれて来る。次々と並ぶ料理はレームン村でも見た事の無い物だった。


「エストでは木の実を混ぜた肉団子や子羊の料理、様々な料理が出されると聞いたわ。魚を主とするセレス料理が口に合うと良いのだけれど」


 そこには新鮮だと分かるくらいの艶のある魚の切り身や大きな魚の姿焼き、エストでも見た事のあるミルクの様な味がする貝が並んだ。


「お気遣いありがとうございます。確かにエストは肉料理が多いです。こちらに来てから初めて生魚の切り身を食べましたが、とても美味しいものですね。レームン村で初めて食べる時は緊張しました。こちらの貝はエストでも食べた事があります」


「それなら良かった! さぁ、食べましょう」


 ウィンシアが料理に手を付けてから、ボルティアも料理を食べる。ウィンシアからは領民を助けてくれた事へのお礼の言葉や、当たり障りのない会話をしながら食事を進める。レームン村が話題に上がった所でウィンシアが話す。


「あなたはレームン村に流れ着いたって話だったけど、初めて聞く村名なのよね」


「村人から聞いた話だと、もう三年くらい前から徴税官も来なくなって忘れられたのかもと言っていました」


 その言葉を聞き、ウィンシアは自分が知らなかった理由に気付いた。


「ここは、別の貴族が治めていたの。領主である貴族が町の交易品を使って汚職をしていて、それを私が暴いて失脚させたのよ。私が引継ぐ事になったのだけど、領内の村の一覧から抜けていたのね。見捨てられたって思っていたかしら?」


「そういう理由でしたか。村人達は不思議がっていましたが、見捨てられたと悲しむ様子はありませんでした」


「それなら良かった。今の領内の状況を伝える使者でも出すわ」


 そこでボルティアはひらめいた。村の資源を活用する方法を。


「恐れながら殿下。派遣する使者には鉱山に詳しい者をレームン村に送っていただけませんか?」


「どうして?」


「あの村が管理する領域に川があります。その川から砂金が獲れるのです」


「なるほど。その川の上流を探せば金鉱脈があるかもしれないわね。鉱脈を見つけれれば、レームン村を拠点にして採掘活動をする。そうすれば村も発展すると。良い考えね」


「恐れ入ります。あの村は知識の神マグナスを信仰していまして、その教えの中で日記を書くと言う習慣がありました。新しい事を知り日記に華やかな事を書きたいと求め、知識欲が強い者が多いのです。ですが、外の世界との接触が無い事が原因で、様々な知識が入らないと困っていました。彼らが知る村の外の世界は、何年も前に貰った地図でしか知らず、その中でウィーナの町がどこかにあると言う程度です」


「そうだったのね。マグナス様を信仰する身としては、それは悲しい事だわ。いいわ。あなたの言葉通り、鉱山に詳しい者を派遣しましょう。その後は、発見した分の砂金の買い取りの交渉で商人と、村を警備する者を入れます」


「感謝いたします」


 その後、食事も終わり牢へ戻されそうになったボルティアをウィンシアが止める。


「彼とはもっと話をしたいから、奥の屋敷に行きましょう」


「姫様!」


「さぁ、行きましょ!」


 ウィンシアはボルティアの手を取り、屋敷へと連れて行く。ボルティアも戸惑いながらついて行く。

 近づいたウィンシアから花の香りを感じてドキッとするが、それよりも手の感触の方に驚いた。細い指ではあるが、鍛えられた者の特有の固さをしていた。船の上で戦った時の弓の扱いや格闘を思い出し、見た目に反した強さを感じる。


 奥の屋敷は建てられたばかりで、門の近くにある屋敷に比べると外観も綺麗だ。手を繋がれたまま屋敷に入る。


「あの、殿下……」


 ためらいがちに、手をずっと握っている事を伝えると急いで離された。白い肌はゆっくりと赤くなり慌てる様子を見せる。その姿を見たボルティアは、とある感想を抱きながらも決して言葉にしない様に気を引き締めた。


「えと、こっちの部屋にどうぞ……」


 顔を伏せながらボルティアを部屋に通す。少し気まずい空気の中、部屋にはウィンシアとボルティアとハァサが入った。


「ここは……」


 大きな机に広げられた地図やたくさんの紙で作られた本があった。地図の上には駒が乗っている。

 気を取り直したウィンシアは、地図の側に行く。


「ここは私の作戦室よ。ここでヴェシー海戦の作戦を決めたりしていたの」


「そんな部屋に私を連れて来ても?」


「えぇ。ここでしか話せない事もあるから。ハァサ、お茶を二つ用意して」


「なりません。その男と二人きりになります」


「二人きりになりたいの」


「……かしこまりました。エスト人、何かすれば分かっているな」


 そう言い残してハァサは部屋を出た。それを見届けて、ウィンシアはソファに座る様に言う。それに従い、お互い対面で相手を見つめ合う。ウィンシアの美しさに目が奪われそうになるが、相手がまとっている空気を察して気を引き締める。しばらくの沈黙の後、ウィンシアが口を開いた。


「あなたの正体を教えてもらえるかしら?」


「正体?」


 ウィンシアの言葉の意味が分からず少し戸惑う。


「私はエスト人のボルティアです」


「そう。ただのエスト人が上流階級しか食べない様な、子羊の料理や木の実の肉団子、新鮮な物ではないと食べれない貝を食べるねぇ」


 その言葉にボルティアはウィンシアの言いたい事がわかった。確かに一市民の食べ物では無い。何故、それを知っているのか疑問だったが、言葉が続けられる。


「王族への言葉遣いや態度が徹底しているなんて、エストは一兵士にもそんな訓練をしているのかしら。砂金を餌にレームン村が発展するように考えれるなんて、優秀な学を修めた者をエストは一兵士として軍に組み込むのね」


 ウィンシアは気付いたのだ。ボルティアがただのエスト人では無い事に。自分の行動を振り返れば言われた通りだった。


「……私の本当の名前はボルティア・エストです」


「確か、エスト家は五家あると聞いたわ。どこがあなたの家なの?」


「エスト家の本家です」


 ボルティアは降伏する様に少し伏せていた目を正面に向けた。すると、ウィンシアは笑顔を浮かべていた。嬉しそうな笑顔だ。


「……殿下?」


「都市国家エストの始まりの一族の筆頭の末裔に会えるなんて。ボルティア、こちらこそお会いできて光栄に思うわ!」


 予想外の反応にどうすれば良いのかと戸惑う。ウィンシアは嬉しそうにニコニコしている。


「私、エスト家の方とお会いしたかったの! まさか、漂流した人が本家の方だったなんて思いもしなかったわ!」


(……可愛い)


 少しだけはしゃいでいるようなウィンシアに、思わず抱いてしまった気持ちを掻き消す。


「エストの事は色々と調べていたけど、やっぱり現地に住む人の話を聞いてみたかったの! あなたは都市国家エストの歴史とかは学んでいるの?」


「は、はい。学問に励みましたので、一通りは。それとエスト家の歴史も学びました」


「うんうん。自分の起源を学んでいるのは良い事だわ!」


 最初に出会った戦場での勇ましさと昼食会で感じた王族としても威厳。これらを振り払って、出会ってから一番テンションが高い状態だった。まるで、おもちゃを貰った子供の様に嬉しそうにするので頬が緩んだ。殺し合いをした相手の意外な姿に笑いが堪えれなくなった。


「今、笑ったでしょ!?」


「すみません。その、面白くて」


「もう! でも、はしゃぎ過ぎたわね。本当に嬉しくて。それじゃあ、取引をしましょう」


「取引ですか?」


「えぇ。私はレームン村の人の様にマグナス様を信仰しているわ。しかも、その恩恵を強く受けている。だから、マグナス様の教えには忠実でいるの。その教えの中に『知識の対価は知識で』というのがあるわ。だから、あなたが国家としてのエストの歴史とエスト家の歴史を教えてくれる対価として、二つ、あなたの知りたい事を答えるわ。取引する?」


 取引に乗るべきかボルティアは二つの事で迷った。

 歴史を知られるのは問題は無いが、なぜ知りたがっているのか。取引が終わった後は、自分は処刑されるのではないか。

 これを取引として使っても意味はないだろう。知りたい理由を話した後に、処刑すると言われれば終わりだ。知った後に話さないという手もあるが、おそらく拷問されてるだろう。


「殿下。取引の前提条件を整えてもよろしいでしょうか?」


「前提条件? とりあえず、聞きましょう」


「ありがとうございます。取引に従い話した後も、私の身の安全を約束してください」


「良いわよ」


「え?」


 即答に驚く。


「捕虜は身代金を払えば開放するわ。身代金が払われないと奴隷身分になるけど、あなたがそうなったら私の下で奴隷になってもらうわ。そういう意味でも身の安全は保障するわ」


 何となくウィンシアの言動を考えると、彼女の奴隷になるとボルティアの知識を搾り尽くされそうな気がした。


「でも、ヴェシー海戦で捕虜になった人達は、みんな身代金を払われてエストに返還されたわよ。エストでは捕虜の扱いは過酷らしいけど、私達はそんな無意味な事はしないわ。遺体を片づけるのも大変なんだから。それなら生かして働かせるほうが良いわ」


(これが文化の違いなのか)


 エストでの捕虜の扱いは、ウィンシアが言った通り過酷だ。すぐに殺される事もあれば、辛い運命が待っている事もある。つくづく、セレスの合理性とエストの非合理性を気付かされる。知らないと言うだけでこれほどの差が出るのだ。


「ありがとうございます。それなら取引をしましょう」


「やった! それじゃあ、そちらからどうぞ」


 ぐっと手を握り喜ぶウィンシアは、先をボルティアに譲る。


「では。一つ目は、ヴェシー海戦で使われた大型の船は何だったのでしょうか? 見た事がありませんでした」


「あれは、三段櫂船って言う船よ。見たと思うけど、オールを三段にして通常のガレー船より速度を出せる様にしたの。その推進力を使って、相手の船に突進する。その時に船の底部に付けてある衝角にぶつかる事で相手の船を沈めるのよ。ヴェシー海戦の時は風も味方につけたから、勢いは訓練の時よりも良かったわね。ちなみに設計したのは私よ」


「殿下が!?」


 ボルティアの驚く顔に、ウィンシアはフフンと少し胸を張り自慢げだった。


「言ったでしょ。私は知識の神マグナス様の恩恵を強く受けているのよ」


「すごいな……。それで船同士が接触する前に衝突音がしたのか。では二つ目を。ヴェシー海戦の、その後を教えてください。そうですね。ここで過ごした二か月分くらいの話で」


 ボルティアは海戦で負けた後、エストがどうなっていたのか気掛かりだった。前提条件の話の時に、ウィンシアは捕虜は身代金を払われて帰還したと聞いて、エストが壊滅はしていないのだと思った。だが、そもそもセレスは何を狙って軍事行動をしたのか。その理由が分からなかった。


 それを聞けば軍事行動の理由は話されても、今のエストの状態は把握できない。それならヴェシー海戦の後の話を聞ければ、セレスの軍事行動の理由を含めエストの状況が掴める気がした。


「やっぱり、あなたは賢いのね」


 質問を聞いた後にウィンシアは少し笑い、ボルティアを褒めた。ボルティアの考えに気付いたのかもしれない。


「ヴェシー海戦の後は、二人の王子が率いるセレス王国の陸軍がスロヴェニア半島に向けて侵攻したわ。本来なら、湾岸を進みながら海軍と連携して補給を維持しながら、エストを滅ぼす予定だったけど半島に入る前に大敗したの」


「陸軍の侵攻が失敗したと」


「えぇ。情報によるとエスト軍を率いたインペルム・ウェンコットという人物の策略によって負けたとあったわ」


 兄の名前が出るとは思わず、驚きそうになるが悟られない様に平静を装う。


「その時に、王子が一人捕虜になったのよ。王子と捕虜になったセレス軍の返還を条件として、格安の身代金でエスト側の捕虜を返還したの。こっちにはヴェシー海戦で大勢のエスト人を抱えていたから、そこが交渉の妥協点だったらしいわ。そこで侵攻は終わり、セレス王国の戦果はバラルト海の制海権を手に入れた事ね」


 思い出し笑いをした様で、オマケをボルティアに話した。


「そのインペルム・ウェンコットは、王子が参戦していると知って、居場所を見つけ出して徹底的に追いかけたそうよ。王子は死を覚悟するほど追い詰められて降伏したの。そこが決め手になって軍が瓦解して勝負が着いたわ。ふふふ。自分を目掛けて大勢が殺到してくるのは、とても怖かったでしょうね。まぁ、その人のお陰でお互いに犠牲も少なく戦争が早く終わったのよね」


 さすが兄上だと思っていると、ウィンシアの話しは終わった。ボルティアの質問には全て答えたが、特別に、と付け加えてもう一つ教えてくれた。


「今回の戦争の理由は、王位継承権を巡る競争よ。今、お兄様達と私は王位を巡って対立しているの。そこで手柄を上げようと兄の一人が今回の侵攻作戦を考えて、手柄を横取りしようともう一人の兄が参戦したの。でも、海軍の協力が必要だったから作戦を立てた方の兄が、海軍に影響力を持つ私に参戦するように言って来たのよ。三段櫂船に目を付けたみたい。結果、兄達は戦争で負けた上に一人は捕虜にもなって、私はあなた達を壊滅させた手柄と軍とクレサン王国に影響力を増したわ」


「殿下の一人勝ちという事ですか。負けた身ですが、お見事です」


 ボルティアの言葉にウィンシアは機嫌良く言葉を返して、次はボルティアの番となった。


 知りたかった事を全て知れて、大人しく取引通りウィンシアに歴史を話していった。真剣にボルティアの話を聞き、時には喜び、時には考え、コロコロと様々な表情を見せるウィンシアの事を、可愛いとも美しいとも思った。そんな自分の気持ちを表す言葉が思い浮かんだが、忘れようと努めた。


 戦場で殺し合い、片方はそれを知り。片方は知らずに知識を得る事を楽しんでいる。

 戦場での話をして驚かそうかと意地悪な気持ちも湧くが、楽しそうに笑うウィンシアを見るとそんな気持ちはすぐに飛んでいく。


(今は彼女の求めに誠実に応えよう)


 ウィンシアの笑顔に、ボルティアも笑った。

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