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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
166/282

外伝:エスト=セレス家の物語③ 『目覚めた先には』

今回は9900文字です。

(熱い、痛い)


 体を焼かれるような熱に沈んでいた意識がゆっくりと戻って来る。目を開ければ日光の刺激しに耐えれず、再び閉じる。温い海水の波が押し迫りボルティアの体を濡らす。

 手で目を覆いながらゆっくりと光に慣らしていく。


「くっ、矢が……」


 右肩に刺さった矢の痛みが、意識を完全に戻した。


「はぁ……。生きているのか」


 ヴェシー海戦でエストの大敗を察したボルティアは。せめて自分達を窮地に追いやったセレスの大型船の構造を覚えてエストに持って帰ろうとした。しかし、弓や格闘が強い女兵士に狙われて海に落とされた。お土産に矢を肩に射られた。


「綺麗だったな……」


 熱や痛みが原因か。茫然と自分を襲って来た女兵士の美しさを思い出す。


「あの瞳は、忘れないな」


 矢を受けて海に落ちていくボルティアを、黒真珠の様な美しい瞳で見つめながら、微かな笑みを浮かべ何かを呟き戦闘に戻った。


「肩を狙ったのって、絶対に嫌がらせだよな。陸に、上がらないと。あぁ!」


 刺さった場所を思うと、生き残っても後遺症が残るかもしれない。あの状況で、女兵士の力量を考えると心臓を狙えていた。

 兜を脱ぎ捨て砂浜で横たわっている体を起こそうとするが、疲労、熱、肩の痛みで苦しい。


「それにしても、ここはどこだ? 日差しが強いな」


 何とか立ち上がり周りを見渡すと、青い海と雑木林。場所の把握を出来るものは何も無い。

 ボルティアは矢の一部を折る。その時の痛みで気絶しそうになるが、意識を保ちながらあても無く歩く。


「……治療しないと」


 暑さと疲労で限界が来て倒れる。


「……ここで死ぬわけにはいかない。帰らないと」


 重くなる目蓋を開け続けようとするが、力尽きる。意識が薄れていく中でも、美しい女兵士の姿が思い浮かんだ。


 遠くから微かに声が聞こえた。意識は途絶えた。



「――。――、――」


(……誰だ?)


 微かに意識が戻り、微睡んでいる様な状態で誰かの声が聞こえた。だが、次の瞬間に一気に意識が戻る。


「あぁぁ!」


 激痛で起き上がろうとする体を誰かに押さえつけられている。口には木の棒が咥えさせられて舌を噛まない様にされていた。右肩を誰かの手が押さえつける。中に何か入っているような違和感と激痛が続く。

 何が起きたのか理解したが、痛みにのたうち回る。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 痛みに慣れた頃に力が抜けて、押さえつけられていた手は離された。そして、また気を失う。



「――。――」


(……呼んでる)


 疲れ切った体は重く、動かすのも嫌になる。だが、自分の違和感に気付いた。右肩が楽になっている。体も冷やされて、最初の記憶の頃より冷たくて楽だ。

 聞きなれない言葉で呼ばれ続け、目を開ける。


「なっ!」


 そこには黒髪と黒色の瞳をした人がいた。


「***?」


「……セレス人」


 ボルティアはセレス王国に流れ着いていた。


 ボルティアは少しだけセレス語が解るが、起こした中年の男性が話しているセレス語には聞きなれない言葉が多く戸惑う。それよりも自分の命の危機を感じていた。


(見た感じは民間人っぽいな。兵士ではない。それに何を言っているんだ?)


 相手もボルティアの反応を見て、言葉が通じていないと分かった。そうすると、肩を指差す。肩には包帯が巻かれていた。男性は肩を指差して、腕を回す。ジェスチャーをしている。


「包帯の交換?」


 ボルティアも同じ動きをする。すると、男性は頷き準備を始める。


(やっぱり、あの時に矢が抜かれたんだ。それにしても痛みが強くないな)


 少しだけ周りを見る余裕が出来て、見てみるとエストとは建築様式が違う建物だった。エストはレンガを積み上げて建てるが、ここは土で作られているような建物だった。

 そして、この家には見た事のある薬草が吊るされて濁った色をした液体が入っている瓶など、治癒院を思わせる雰囲気だ。


 男性は道具を持って来てボルティアの側に座り、包帯を外していく。少しの痛みを堪えて、すべてを外される。

 矢が刺さっていた場所が傷が緑色に変色していた。その場所に薬と思わしき物を塗られる。少しすると痛みが引いていく。それと同時に少しだけ頭がぼんやりとする。男性はボルティアの様子を見て、またジェスチャーをする。


「肩に触る?」


 何となくの理解で頷くと男性は近寄って右肩を触る。耐えれる程度の痛みを感じながら、好き勝手に右腕を動かしている。


(しっかり動く!)


 傷を考えて、もしかしたら右腕は剣が握れないかと思っていた。手を強く握る動作を示されて、それに従う。


「良かった……」


 安堵するボルティアの様子を見て男性は笑い、包帯を新しい物に巻き直した。ボルティアはどう感謝を伝えればいいか困ったが、かつてセレス王国から来た外交使節団の礼を真似てみた。片膝を着き、左手は背中に回して右手の掌を心臓の辺りに置く。


「***!」


 男性は慌ててボルティアを起こし、ベッドに座らせた。そして、玉ねぎと何かを合わせた独特の美味しそうな香りのするスープを差し出して、食べる様にジェスチャーをする。


「美味い!」


 その声に男性は言葉の意味は分からないはずだが、笑って道具の片付けをする。


 体の熱からも解放されて痛みも引き、食事も終えた所で気持ちが落ち着き眠気がやって来る。


(このまま寝て良いのか? 助けてくれたみたいだし、とりあえずは気を抜いても良いのか?)


 その間にもうつらうつらとして来る。男性もそれに気付き、寝る様に示す。ボルティアに手を当てて、優しい微笑みを浮かべて安心させる。

 困りながらも、男性を信じて眠りにつく。


 その後、何度かの発熱で苦しみながらも薬師と思われるセレス人に看病をしてもらい回復した。


「やっと、楽になった。あ、り、が、と、う」


 起き上がったボルティアは薬師に感謝を伝える。

 薬師が話しているセレス語には、この集落の方言が混じっていて解りにくいのだと気付いた。自分の知っているセレス語でどうにか感謝を伝える。


「げんきで、よかった」


 薬師にも通じたみたいで、言葉を返される。

 食事を渡されると、今日は果物だった。少しずつスープから固形食に変わって行き、今日やっと歯ごたえのある物を出された。

 切られて渡された果物は見た目はリンゴだが、色が黄色い。不思議に思いながらも齧ってみる。


「う!」


 どこから出て来たのかと思うくらい、果汁が溢れて来る。果汁が顎に垂れたので手で受け止める。サクッとした感触ではなく、見た目を裏切るジャクっとした汁気の多い感触だ。リンゴの様な爽やかな甘みでは無く、リンゴに近い味だが舌に残るような強い甘味に少しの酸味が合わさり、意外にもサラッと飲める。口に残る淡い余韻が、口を幸せにする。


「このリンゴは何だろう? というか、リンゴなのか?」


 薬師も同じリンゴっぽい物を食べながら、机で何かをしてる。出されたリンゴっぽい物を食べ終わり、体を伸ばす。体力も回復して来た今となっては、暇を持て余していた。何となく立ち上がって、薬師の方を向くと衝撃を受けた。


「紙!?」


 薬師は淡い灰色の薄い物に文字を書いていた。ボルティアの大きい声に驚いた薬師は、どうしたのかと、窺っている。


「え? 何でこんな高級な物を使っているんだ?」


 ボルティアの動揺も当然だった。エストにも紙は存在していたが、それは全てクレサン王国からの交易で手に入れた物だった。

 製法は秘密で数も少なく、高級品でごく一部の人しか使われていない品物だ。都市国家エストの象徴でもあるエスト家でさえ紙を使う事は無い。クレサンとの外交文書で見るくらいだった。主に使われる羊皮紙の方が数を揃えれて安価だ。そんな紙を裕福には見えない薬師が使っているのだ。


 紙に興味を示していると思った薬師は何も書いていない一枚を渡す。何気なくスッと渡す薬師と違い、ボルティアはソッと両手で受け取る。


「本当に紙だ……」


 手触りや匂い、見た目を観察していると薬師は笑いながら、インクと葦のペンを渡す。それをすぐに受け取り、紙にソッと名前を書いてみる。


「……おぉ!」


 羊皮紙とは違う書き応えや、エストで使うインクの速乾性などの違い。滲みも少なく、ハッキリと読める。感動に浸っていると薬師が文字を指差した後にボルティアを指差す。


「あっ」


 名前かと聞かれている気がした。今までの薬師の行動を思うと、自分がエスト人だとバレていない様な気がして素直に頷く。紙にはエスト語でボルティアと書いていた。そこで初めてお互いの名前を知る事となった。


「ぼ、る、てぃ、あ?」


 声にしながら文字と自分の名前を教える。拙い言葉で自分の名前を呼ぶ。それに頷くと、薬師は紙にセレス語で文字を書き自分を指差す。


「シィクス・エレ」


(家名!? 貴族か富豪?)


 エストでは家名は貴族や金持ちだけが持っている。セレス王国の文化に困惑しながらも薬師の名前は分かった。


「ぼるてぃあ、いく?」


 数日のやり取りで少しは言葉が分かって来たので、少ない言葉で意味が伝わる。体調も回復して、初めてこの家から出る。ここに運ばれている時は意識が無かったので、初めての外出になる。


 紙や家名など、まさに異国の文化に少しだけ緊張しながらシィクスに連れられて外に出る。


「……すごい」


 集落かと思って外を出ると、しっかりとした家が並び人の多さから村だと思った。やはり、エストのレンガを重ねる家とは違い、土みたいな物で作られた家だった。遠くからはサーッと波の満ち引きの音が聞こえる。


「海から近い場所にあるのか」


「***、***!」


 やはり、黒髪と黒い瞳の子供がボルティアを指差して駆け寄る。他の子供も集まり始めた。


「えーと」


「こども、ぼるてぃあ、たすけた」


 シィクスの言葉に驚いた。浜で倒れた時に聞こえた声は、この子達だったのだ。何かを言われているが、分からずに困っているとシィクスが子供に話す。それを聞いて、ニコニコとしながらボルティアを見上げてゆっくりと話す。


「げんき、よかった!」


 回復した事へのお祝いの言葉だった。それを聞き、自分の中で何か湧き上がる物を感じた。セレス王国とう敵地で、心の底では助けてくれたシィクスに対しても、セレス人というだけで強く警戒をしていた。


 だけど、見た目からして自分達とは違う人間と知りながら、子供達やシィクスは助けてくれた。エストで得た、少しの情報でしか知らない彼らを蛮族と決めつけて自分の名声の為に征服すると考えていた。傲慢だった自分の方が蛮族だと、自分の浅はかさに恥ずかしくなる。


 もしかしたら、自分がエスト人だと知ったら敵対されるのかも知れない。だが、今は自分を助けてくれた目の前の人達の善良さを見て反省して心からの言葉を伝えた。


「ありがとう」


「***!」


 子供達はニッコリと笑う。その様子にもう一度、お礼を伝えて頭を撫でる。子供達は嬉しそうに笑いながら、手を振り去って行く。


「ぼるてぃあ、いく」


 シィクスに連れられて村を歩く。道中会うセレス人からは好奇の目で見られる。


(そうだよな。皆、黒髪の中を金髪の人間が歩いているんだから)


「しぃくす、どこ、いく?」


 問いかけると、足を止めて考えている。どうやって伝えようかと考えている様だった。


「ぼるてぃあ、あう。ここ、うーん!」


 誰かに会うまでは分かったが、誰に会わせるかの表現が難しいらしい。悩むシィクスの背中を叩き、とりあえず行こうと示す。また、歩き始めると大きく作られた家に着いた。


「ここ、いく」


 目的地にシィクスが入り、それに続く。中には老人が椅子に座っていた。一瞬だけ見た椅子の作りや意匠を見て村の中では高価な物と判断した。おそらく、村長だと思った。


 そこから少しの間、シィクスが村長と思われる人と話をしている。

 話が終わりシィクスがボルティアに聞く。


「ぼるてぃあ、いえ、どこ?」


 家を聞かれているよりも生まれた場所やどこから来たかを聞いているのだと判断した。


(ここがセレス王国ってのは間違いないからな。どうしようか)


 悩んでいるボルティアの様子をシィクスや老人は、表現に困っているのだと思い待ってくれる。


(確信はあるけど、ここがどこか一応聞いてみようかな)


 念の為、ここの場所を聞き答えようと決めた。その間に正直に言うか考える時間を作る。


「ここ、ばしょ、わからない。えーと。ちず!」


 地図を見せて欲しいとお願いをすると、シィクスは老人に伝える。それに頷き、地図を持って来てくれた。


 広げられた地図の半分下にはこの村と、近くの村か町が記された陸地が描かれて、半分上は海の様な模様が描かれる。シィクスは海の近くの丸に指差して、村の場所を教える。


(今、ここにいるのか。これだとセレス王国かは微妙だけど、黒髪が多いからな。それとエストとクレサンは描かれていないな。……シィクスさん、ごめん!)


 心の中で謝りながら海の部分より上を指差す。それに老人やシィクスは頭を傾ける。


「クレサン」


 その言葉にシィクスは驚く。


「クレサン!? ヴェシー、きた?」


 エスト語混じりの言葉で聞かれ、少し驚きながらも頷くとシィクスは老人と話し始めた。


「ぼるてぃあ、クレサン、へいし?」


「……あぁ」


 シィクスは再び老人と話すと、老人は立ち上がりボルティアの手を握る。


「***、***」


「ぼるてぃあ、ここ、かんげい。これ、ひと、ヘーバス・ライグ」


 ヘーバスはにこやかに手を取り、おそらく歓迎の言葉を言っていると思った。


 その夜は、村人達が宴を開いてくれた。見たことの無い鳥や、果物、魚を出される。


「魚を生で食べるのか!?」


 すごく歓迎されて嘘をついている罪悪感にいたたまれないが、料理を食べる事にした。村人達は並んでいる魚の切り身を生で食べていた。その光景に驚いていると、シィクスが皿に盛って渡して来た。


「こども、とった、おいしい」


 魚を獲って来た子供達はボルティアが食べるのを目を輝かせながら見ている。


(うっ、魚を生で食べるって後で腹を下さないかな。でも……)


 食べるか迷っている中でも、子供達が目をキラキラとさせて、ニコニコとボルティアを見る。その顔に負けて、オレンジ色の切り身を恐る恐る食べる。


「う、美味い! 何だこの魚!?」


 少しの生臭さはあるが魚の脂が乗って濃厚な味わいで、焼いて食べる魚とは違う良さがあった。だが、寄生虫がいるかもしれないという不安からしっかりと咀嚼する。


(これだけ噛めば、寄生虫も死んでいるだろう……)


 ボルティアの表情を見た子供達は大喜びで、他の魚を持って来て食べる様に渡して来る。ボルティアも貴族だ。引きつりそうな表情を隠してニッコリと笑い生魚を食べる。一口食べる度に、子供達は喜ぶ。


「生魚ってこんなに美味いのか……」


 渡された魚の最後の一切れを食べようとすると、シィクスが止めた。


「***!」


 何かと振り返ると、その切り身を指差し首を振って子供達に何かを言っている。それに子供達はしょんぼりとした表情をした。シィクスは伝える。


「それ、しぬ」


「……え」


 後で知った事だったが、特殊な加工をして食べないと毒で死んでしまう魚だった。しかし、その加工も難しいので普段は捨てられている。その名もフーゴと言う。海水を吸い込みボッと膨れ上がる魚で、最初は美味しかったらしいが、数分後に激しい苦しみの末に死んだ。猛毒を持つ魚だった。



 命拾いした宴から、一か月が経った。ボルティアはこのレームン村でセレス語を学び、エストに帰る方法を探していた。

 ここ一帯の領地を治める領主がいる港町ウィーナに行ければ帰れる手掛かりがあるかもしれないが、そこまでの道が分からない事と、エスト人である自分が無計画にセレス王国を歩く危険を考えて慎重に行動していた。


 村の人にそれとなくエストの存在を聞いたが、誰も知らなかった。村長とシィクスが、ここがセレス王国である事と海の先にクレサン王国があるのを知っている程度だった。


 レームン村にあった地図は四年前に村に訪れた人から貰った物で、今も地図通りになっているか保証も無い。徴税官も三年前を最後に来なくなり、レームン村の存在が認知されているのかも怪しい。

 そのレームン村の人は、狩猟で村の周辺しか行った事がないので外との交流が無い。


 薬学や医学を学んでいるシィクスなら、もしかしたらウィーナの町までの何かを知っているかと思ったが、シィクスは子供の頃にレームン村に来て両親の教育を受けて薬師をしている。村の近辺から出た事が無い。


 そんな状況の中、村の生活に慣れ始めたボルティアは時間があれば、ある場所に入り浸っている。


「いつ見てもすごいな……」


「あっ、ボルティアだ! 毎日、見に来て飽きないの?」


 紙作りの作業をする子供レダクが作業をしながらボルティアを見つける。


「飽きないさ。これ、すごい事をやっているんだぞ。出来上がった紙は貴重で高値で取引されるんだ」


 レダクは皮が剥がれた厚みのある木の繊維を手作りのローラーで潰して水分を出す作業をする。強く潰せば繊維が割れてしまい紙として使えなくなる。絶妙な力加減が必要な作業だ。


 作業に慣れているレダクは、たくさんの切られた繊維の塊を触りながら分別していく。手の感触で種類分けをして、最後にそれぞれ分別された物を適した力加減で水分を出す。職人技だ。レダクの作る紙は他の人と比べて品質が良い。


「ふーん。僕が生まれてから、ずっとある物だからそんな感じはしないね。でも、紙作りは大事な仕事だから頑張らないと。皆が困る」


「あれは驚いたな。紙の贅沢な使い方だ」


「死んだ時に日記が無いと、マグナス様が天国に連れて行ってくれないからね。高値で売れたとしても紙は無くしちゃいけないよ」


 村人が信仰する知識の神マグナス。伝説によると、マグナスはその人が死んだときに故人の人生や発見した事を知る為に日記を書くように求めた。

 死んだ後、日記はマグナスに回収される。忠実にマグナスの求めに応じ続けた者は、楽園に連れて行く事を約束した。そして、日記を書く事や新たな発見が出来る様に紙を作る技術を授けたとされる。


 レームン村では紙作りの仕事は、神に仕えるに等しい程の尊い仕事だ。


 そういう経緯もあり、ボルティアは紙作りに関わる事が出来ない。しかし、回復してからのボルティアは積極的に村の仕事に関わる事で信頼を得た。そこで特別に見学だけを許された。


「ボルティアも日記を書かないとマグナス様に怒られるよ? 紙を分けて上げようか?」


「ははは。遠慮しておくよ。何かあった時にレダクが困るだろう。そうだ、今の事を日記に書いたらどうだ? 人に大切な紙を分けて上げようとしたって。親切をしたって」


「そうだね! これを書いたらマグナス様に褒めてもらえるかもしれない! ありがとう、ボルティア!」


 こうしてボルティアは帰り方が分かるまで村に滞在している。本音は無闇に動いてエスト人である事をバレない様にする事と、見学の範囲で紙作りの技術を学ぼうとしていた。


 製紙場を出て、見学した紙作りの工程を記憶に刻んで歩く。


「ここに来てから驚く事ばかりだな。ヴェシー海戦前の自分を殴りたい。紙作りもだが、あの大型船を作る事や、村人全員が読み書き計算が出来る事。エストでも全員が出来る事じゃない。小賢しい蛮族と思っていたのが本当に恥ずかしいな。……さてと、森に行くか」


 自分の傲慢を恥じた後、気を取り直して森に行く事にした。森に入って周辺を探索して地図を書き直していく。ウィーナの町に行きたいという自分の思惑もあるが、ここの村人が外と交流できるようになれば色々な事を知れる。その時に、彼らの日記の内容は充実した物になるだろう。


 親切にしてくれるシィクスや村人達に嘘をついている事の罪悪感からの行動もある。だけど、恩返しをしたい気持ちも本物だ。

 ボルティアも兵士。方向さえ決まれば村で数日の食料を貰い、後は自力でウィーナの町に行ける。そして、レームン村とウィーナの町を繋げる。自分にしか出来ない恩返しだと思い森を進んで行く。


 レームン村で剣を貰い、草木を掻き分けながら進む。すると、大型の鹿が襲い掛かって来た。突進を避けながら急所を斬る。


「この剣も切れ味がすごいな。どうやってこんな技術を得たのやら」


 倒した動物の毛は厚みがあり、通常の剣で斬れるのか怪しい所だが貰った剣は難なく斬れる。それはヴェシー海戦の時に、最後の悪あがきだと乗り込んだ大型船で会った女兵士のナイフと似た様な切れ味だ。


「ん? 水の音?」


 遠くからザーザーと激しい水の音が聞こえる。現在地は村の北側で、地図には森としか書かれていない場所だ。


「おぉ……。多分、初めて見るだろうな」


 そこには大きな滝があった。微かな虹が掛かり美しい光景だ。村の周辺の水場は、穏やかな川と海しかない。村人達は初めて滝を見るだろうと想像する。周辺には、紙作りで使われる材料の木であるパレオメラもたくさん生えていた。これだけでも、村人達が喜ぶ光景だ。


「滝よりも、こっちの方を喜びそうだな!」


 特に、一生懸命に製紙場で働くレダクの喜ぶ姿を想像して笑ってしまう。

 よく見ると滝の落ちた先の周辺には小さくキラリと光る物があった。道を探りながら、その場所へ降りていく。


「これは!」


 その正体に驚いた。ウィーナの町とレームン村が繋がった時に、絶対に役立つ物を見つけた嬉しさが込み上げる。周辺を調べた後に村へ帰る。



「ボルティア! 森に何かあった!?」


 ボルティアはシィクスとその家族の家に泊めさせてもらっている。

 食事が終わりシィクスと話していると、シィクスの娘テェオラがボルティアの膝に座ろうとする。それを持ち上げて膝に座らせる。


「すごい物を見つけたぞ。多分、村の人は見たことが無い物だ」


 その言葉にテェオラは黒い瞳をキラキラと輝かせる。


「お父さん! 明日、ボルティアとそこに行っても良い?」


「ボルティアがいるなら大丈夫だろう。行っても良いぞ。何を見つけたんだ?」


「明日、持って帰ります。すごい物ですよ」


 テェオラは嬉しそうにボルティアに抱き着く。それをシィクスは複雑な顔をする。


「……やっぱり、顔か」


 自分には滅多に抱き着いてこないテェオラを見て呟いた。ボルティアの整った見た目は、エストもセレスも関係なく好評だった。村の女性は容姿に頬を染めて、子供達は見た事の無い美しい金髪やアイスブルーの瞳に興味を引かれる。村への貢献もあって人気者になっている。


 翌日、案内役のボルティア、年長のレダクをはじめテェオラと数人の子供、子供達の監督役にシィクスがついて行くことになった。


「レダクも来れて良かったよ。絶対に喜ぶぞ」


「今日は漬け込みの日だから来たんだ。絶対に喜ぶ物って何だろう」


「着いてからの楽しみだ。それじゃあ、行こうか」


 ボルティアは昨日の内に安全な道を探して草などを切り開いていた。その開けた道を辿りながら滝を目指す。


「すごい!」


「パレオメラが……」


「こんな所があったなんて」


 エスト語では『滝』と言えるが、シィクス達が今の段階で知っているセレス語では『滝』を表す言葉が無いので、これが何かは言わないで置いた。

 初めて見る滝に子供達は大興奮。シィクスも驚いている。しかし、レダクだけが目の付け所が違う。

 想像した通りの皆の反応に小さく笑う。


 シィクス達をここで待つように言ってボルティアは滝の下に行く。険しい道を軽快に移動する姿に子供達はまた目を輝かせる。


「これって、まさか砂金!?」


 拾って来た物を見せるとシィクスやレダクは驚く。


「あぁ。ここら一帯に手付かずの砂金があるみたいだ。広い範囲である」


「ボルティアの髪色と似てるねぇ」


 子供達にも見せると、初めての黄金に興味を示す。


「ウィーナの町と村が繋がった時にこの砂金が役に立つ」


「ありがとう、ボルティア! 確かにウィーナの町と繋がれば、今までの様に物々交換は出来ない。マグナス様、お恵みに感謝致します」


 砂金の価値を知るシィクスやレダクはマグナスへと強く祈るのであった。


「今まで色々な事をしてくれたけど、本当に感謝するよ。村の仕事だけじゃなく、地図を更新してくれたり。まさか砂金まで見つけてくれるなんて。本当にありがとう!」


「ボルティア、僕からもお礼を。パレオメラの群生地を見つけてくれてありがとう! 本当にマグナス様のお恵みだ……」


 レダクは涙を拭う。マグナスを強く信仰して、紙作りの仕事を人一倍に誇りに思っているレダク。彼にとって材料のパレオメラが安定して入手できるのは、言葉の通り神の恵みを受けたようなものだ。


(少しだけでも、恩返しになれたかな)


 テェオラや小さい子供達は、兄みたいな存在であるレダクが泣いている意味が分からずに困っていた。だが、涙を拭った後の笑顔を見て良い事があったのだと思った。

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