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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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最後の夜

 額への温かい祝福を受けて、ラキウスはアルトの頬から手を離した。顔にはラキウスの温もりが残る。


「さて、俺が永遠の命を求める理由は話したぞ」


「……うん。聞かせてくれて、ありがとう」


 自分の思いがラキウスに届かなかった悔しさと、辛い道を歩もうとする悲しみで胸がいっぱいになる。引き留めたくても自分には出来ない。アルトはトゥルスキア四世の騎士なのだ。


「ふへっ」


「そんな顔をするな。……でも、ありがとう」


 沈む表情をするアルトの頬をラキウスは優しく摘まみ引っ張る。


「不思議だな。アルトと話していると、何故か穏やかな気持ちになる。何だか懐かしい感じがする」


「ラキウス……」


 レハンがソッと呟く。その声が聞こえたラキウスは少し笑い、頬から手を離した。


「それでアルト、永遠の命に関しての資料とかはあるのか?」


「うん。ザクルセスの塔にある。少し読んだけど、難しくて理解が出来ない」


「……そうか。もし、永遠の命が生命のマーラの極みならすぐには理解できないか」


 ラキウスは腕を組み暫く考えていた。アルトも何ともなく、星空を見上げる。そこには一つ星座が見えた。


(この星座も知識があるから、見つけられたんだよな)


「……アルト、お前は予定通りエスト・ノヴァに行け。そして、二つやってもらう事がある。一つはアルキム・セクレにある資料を全てザクルセスの塔に移せ。やはり、セレス公爵の元に資料があるのは気掛かりだ。それにアルトがエスト・ノヴァに居続けられるのは、他の任務を出す時に都合が悪い。移送の手配はしておく」


「わかった。二つ目は?」


「セレス地方管区の大司教エルムンド・ギレスの逮捕だ」


「大司教の逮捕!?」


「あぁ。あいつは、アルトが壊滅させた犯罪組織リグラムの上位組織と繋がりがある事が昼に分かった。ギレスを捕らえて、組織を壊滅させる」


 昼に分かったというのは、毒の昼食会で連れて行かれた枢機卿が話した内容なのだろう。


「わかった。やってみるよ」


「よし。先にギレスの逮捕を優先しよう。その時に証拠になる物も回収するんだ。それと、現地の教会はギレスによって腐敗していると思って行動しろ」


 そこから簡単に状況を聞いて、少しの雑談をした。広場を通りかかる人達は、ラキウスを見つけると挨拶をしながら千鳥足で去って行く。その様子に自分達がここに来てからの時間の経過を感じた。


「ずっと思っていたけど、何でここの街の人はラキウスを見ると声を掛けて来るの?」


「あぁ、言ってなかったな。上陸した側の貿易と観光向けの街は、俺とここの人達の金を集めて作ったんだ。ほとんどは俺が持っているが、出した金額に応じてあっちの街での収益を皆に分配しているんだ。だから、こっちの街の人は労働で得た金と、投資で得た金の二つの金で生活している」


「そんな事が出来るんだ! 初めて聞いた!」


「それが、エストアイルが裕福な理由だ。このやり方を俺が考えて実行してから皆を豊かになって、街の人に慕われている。それに、これは誰も知らない事だが特別に教えてやろう」


 ラキウスは手招きをして、アルトの耳に顔を寄せる。


「ここは選任貴族と教会はあるが、実質的には俺の直轄領なんだ」


「え!」


「だから、エストアイル全土からの収入も入って、儲けの大きい投資で作った街からの収益もあるから、俺の財布には金がジャカジャカ入って来るんだ。町の税を低くしても運営が十分に出来る。こうやって一つ工夫すれば、搾り取らなくても金なんていくらでも手に入るのにな」


 ラキウスは楽しそうに笑う。そこには色々な意味が含まれているのだろう。無茶な徴税で最終的には、自分達を苦しめる事になる選任貴族や枢機卿への嘲笑。そして、自分は別の方法でやり遂げた自慢の笑い。


「その金を使って、アルトみたいな騎士達の運営と、秘密裏に進めている俺の直轄で動かせる軍隊。教皇軍の編成に取り掛かっている」


「そんな事をしていたんだ。それが出来るなんて大陸一のお金持ちだ……」


「ははは。セレス公爵には敵わないがな。あいつは通貨発行権を握っているから、大陸に回す金の量を絞って通貨による戦争を仕掛けている。それも平民の反乱の原因の一つなんだがな」


「何でそれを知ってるの!?」


「アルトも気付いていたのか? 世界中の金の巡りを何度か調査したら気付いたよ。エスト帝国の継承者と言う過去の栄光に縋って、未だに独立を企む。厄介な男だ……」


「友達に聞いたけど、教会が南部への攻撃を止めればお金の戦争を止めるって」


「友達? あぁ、セレスの長男か。確か、ラーグだったな」


「うん。俺の親友だ」


 溜息をついて気怠そうな雰囲気で話す。まるで、うんざりとしている様子だ。 


「教会が南部を攻撃と言うが、攻撃しているのは枢機卿達だ。セレス地方には金銀や珍しい物が溢れているからな。その利権欲しさにやってる。俺としては南部なんてどうでもいいんだ。独立はさせないが、共和国の中で秩序を乱さなければセレス公爵とも手を取り合う用意はある」


「本当に!?」


 ラキウスのまさかの言葉に驚き、今の言葉をラーグに届けたいっと気持ちが逸る。


「本当だ。セレス地方に住む星の民と言う連中が、教会では邪神と呼ばれている神を崇拝していようが構わない。俺にとって個別の主義よりも世界を守る事が重要だ。俺の作った枠組みの中で団結して、魔物と対抗する。そして、最後は平和を迎える。その為に俺は戦っている」


 今日、ラキウスと話した中で今の言葉はアルトにとって最高の話だ。セレス公爵がお金の戦争を止めれば、大勢が救われる。最初にメアリーと会って話を聞いてから、自分には何も出来ないと諦めていたことが、目の前の青年によって解決しようとしている。


「それに、セレス公爵と手を結べるなら俺の目指す世界の実現も早くなる。ただ、セレス公爵が俺の創る世界を受け入れるかだ。アルトが言った、冷たい世界を彼が受け入れるかだ」


 その言葉を聞き、アルトは声を詰まらせる。ラキウスの冷たい世界を受け入れるか。アルトはセレス公爵がどういう人物か知らない。ラーグの雰囲気を思うと、その世界を受け入れるような人には思えない。


「しかし、俺も妥協は考えているんだ。どうしても受け入れれないなら首都のあるサーリア地方や、新しい国の経済や安全に関わる部分は取り上げて国の直轄領にする。残りは自治領にして統治を任せる。軍権や安全保障税を貰うが、俺の直接の統治は避けられる。行政権だけが残るわけだ」


 アルトの心が揺れる。時が来たら、この譲歩こそが世界を繋ぎまとめる物になるのではないかと。軍隊や地域の安全の代わりに税を取られるが、ラキウスの冷たい世界からは一歩離れる事が可能だ。


「その妥協にも色々と問題もある。だが、強力な軍事力を持てば大方は片づけれる。最終的に平和になるならそれも手札として持っていても良いと思ってる。それでも受け入れないなら、戦争しかない。俺の手を握るか、握らないか。あっち次第だ」


 予想もしなかった雑談を終えて帰る事になった。宿へ帰る道を教えてもらい、アルトは広場を去ろうとするが振り返りラキウスに伝える。


「色々とあったけどマードックの家族に合わせてくれて、本当にありがとう。それと、これからの世界について考えを話してくれてありがとう」


「いいさ。今夜だけだ。明日からは俺の騎士として働くんだぞ、アルト・メディクルム。最初の任務は、エルムンド・ギレス大司教の逮捕だ。励むように」


「はっ」


 トゥルスキア四世に敬礼をして、広場を去った。不本意な忠誠から始まった、世界を変えるかもしれない人物の目指す未来の為にエスト・ノヴァへ向かう。

 トゥルスキア四世への恐怖はある。だけど、話て分かった彼の姿と二つの誓いを信じてみようと思う。


「また、船か……」


 花の香り溢れる街から、喧騒と潮香る街に戻る。それは夢の様な一時から現実に戻されるかの様な、変わり方だ。これから始まる少しの船旅に気が滅入りながらも、宿の固いベッドに寝転がる。実は船のベッドの方がフワッとして寝心地が良いのだ。


 服に付いたエストアイルの名物であるシースルーの微かな香りを感じながらアルトは眠る。



 ***



 アルトを広場から見送った二人は花の香りを乗せた風を受けながら話していた。


「珍しいわね。あそこまで話すなんて」


「何でだろうな。アルトには話しても良いと思ったんだ。何かが変わる気がして」


「変わる?」


 レハンの疑問にラキウスは笑う。


「何が変わるのかわからない。でも、変わると思ったんだ。多分、直感だろうな。久しぶりだよ。ここまで自分の夢を話すなんて」


 ラキウスは丸太椅子から立ち上がり、体を伸ばす。


「でも、楽になった。アルトは強力な味方になるって確信が持てた。俺と騎士達には恐怖と言う鎖で繋がれている関係が望ましいのに、あいつには何か違う物を求めている様な気がするんだ。胸がざわつく。でも、心地良くて悪い気がしない」


 レハンはラキウスの中にある変化に気付いて驚いた。それを顔に出さない様に気を付ける。彼がその感情を今だけでも楽しめる様に。

 でも、妬けてしまう。ずっと側にいる自分が少しも出来なかった事を、一日を共に過ごしただけの彼がやったのだ。


「永遠の命が手に入らずに倒れても、その後の世界をアルトが何とかしてしまう気がする。勿論、諦めるつもりはない。ただ、自分の後にアルトがいると思うと悪い気がしない。不思議な奴だ」


 ラキウスが贈ったシースルーの花を、大事そうに持つレハンに問う。


「そんなにそれが大事なのか?」


「えぇ。あなたから贈ってもらった花だもの」


「そうか」


 広場の隅から人が出て来た。アルトを迎えに来た使いの者だった。それに二人は何の反応をすることなく向き合う。


「聖下、ご報告を」


「何だ?」


「勇者と名乗った獣人マス・ラグムを見つけました」


「どこにいる?」


「ファーレン伯の南の森一帯に隠れています。一部の監視には気付いている様ですが、全てではありません」


「ははは。獣人のくせに鼻が利かないのか。わかった。しばらく手出しをせずに監視を。大きく動く傾向が出たら対応を。それと教皇軍を分割して入れておけ」


「セレス地方はいかがなさいますか?」


「アルトに任せよう。力試しだ。そういえば迎えの馬車の中で、色々と話したらしいな」


「……はい」


「責めていない。むしろ、良くやった」


 呆気に取られながらも、使いの者は深くは聞かないようにした。


「俺達も帰るか」


「えぇ。……ラキウス。しばらく会えないでしょ」


「あぁ」


「だから、今夜も行って良い?」


「良いぞ。待っている」


「ありがとう。……ラキウス、愛してるわ。私だけは側を離れないから」


 レハンの予想通り、何も返答はなく道を進む。

 今夜は自分が強く求める日だろうと、レハンは思った。その理由はラキウスの心を動かした、アルトへの焼きもちだ。


(悔しい)


 嫉妬心は、握るシースルーの花の香りで少しだけ和らぐ。教皇になってから初めて自分にくれた物を大切に握る。


 ちょっとだけの予想外を含みながら仕事が終わった二人は屋敷へと帰る。今夜はラキウスの好きなシースルーの香水を付けて行く。少しでも自分に意識が向いてくれる様に。

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