ラキウスが求めるもの
三人はワイングラスを掲げて乾杯をした。ラキウスへの疑念や不安、何より恐怖を払拭は出来ない。それでも、二つの誓いをちょっとだけ信じてみる事にした。信じてみろと直感が働く。
皿に分けられた料理を食べる。フォークを刺そうとするとホロッと身が崩れるのでスプーンに乗せてスープと合わせて食べる。
「う、美味い! これが魚!?」
思わずといった声で料理に驚くアルトに、見ていたラキウスとレハンは笑う。昔の自分達もこういう反応だったと思い出す。
「フワッとして、面白い食感だろ。魚介のスープも染みて美味いな。これほどの物が手に入るとは思わなかった」
「本当に。まさか、テリーダの中でも最上級のマーダス・テリーダが獲れるなんて」
「マーダス・テリーダ?」
早く次を食べたいと衝動に駆られるが、落ち着いて食べている二人を見てバクバク食べるのを我慢する。
「大きさや脂の乗り具合みたいな、たくさんの条件を満たしたテリーダをマーダス・テリーダって言うの。それが水揚げされたと知った時に漁港にいた人が集まって金貨五十枚でも良いから売って欲しいって船長たちに言ってたらしいの。でも、ラキウスに渡す約束をしているからダメだと言ったら、屋敷に詰めかけて来て、売れ売れの合唱よ」
「中には金貨百枚って言って奴がいたな」
その話を聞いてフォークとスプーンを持つ手が震えて来る。目の前にふっくらと煮込まれた魚が金貨百枚の価値もある。
「ははは。気負いせずに食べればいいさ。今夜の為に手に入れたんだ。楽しもう!」
その言葉に強く頷き、マーダス・テリーダを使った料理アクアパッシィを味わう。
噛みしめる度にテリーダの脂が乗った身がフワッとした食感と脂の甘味が広がり、幸福ではなく口福を感じる。そこに潮香るスープが合わさると感動してくる。他の具材もこの島で獲れた物で、海を口に入れたかのような風土を感じれる逸品だった。
「こんなに美味い料理初めて食べた……」
目が薄っすらと湿り気を帯びながら、勧められたワインを飲む。またそれの美味しさに感動して、頬を濡らした。
「こんなに美味しいワインって久しぶりに飲んだ! 白ワインだと初めてかも……」
「それは良かった。赤ワインだとこれほど美味いワインを飲んだことがあるのか?」
「うん。マードックが残してくれた遺品の中に赤ワインがあるんだけど、それが美味いんだ!」
そうか、と呟いて機嫌が良いのかニコニコと笑う。アクアパッシィを食べ終わり、一息ついた所で少しモヤモヤとしていた。
(もうちょっと食べたい)
十八歳のアルトには大きなテリーダの一皿では少し物足りなさがあった。その時に思った疑問を二人に聞いた。
「そういえば二人共、年齢っていくつなの? 見た感じだと俺と変わらない様に見えるけど」
「俺は二十七歳だ、エヴァリスは二十三歳」
「ラキウス、女の年齢を勝手に言うのは失礼なのよ?」
「アルトは十八歳だったな。青年の部下は久しぶりだ。テリーダ一匹だと食い足りないだろう?」
「ラキウス!」
レハンの鋭い目つきを気にする事なく話しを続け、レハンに怒られる。
「実は食べたりない……」
「ははは。摘まみながらワインでも飲もう」
たくさんの小皿料理が並べられる。今度はチーズや肉料理だった。ラキウスが持って来た新しいワインをポンッと開ける。
「好きなだけ食べていいぞ」
そう言い、一皿を取って食べて行く。その小皿料理も美味しく、アルトの食欲を満たしていく。
エストアイルの豊かな海と山の幸を満喫した食事となった。毒の昼食会とは打って変わって心と腹が満たされる。
最後に少し大きなチーズが運ばれて来た。表面は紫色で微かに甘い香りがする不思議なチーズだ。
「ラキウス、このチーズは?」
「これはワインを作る時に出たブドウのカスに漬け込んだチーズだ」
「それでこの色なんだ。でもチーズとは思えない甘い香りがする」
「このブドウの特徴なんだ。実のまま食べるととても甘い。この店だけにしかないエーブリチーズって言う貴重なチーズだ。いつも食事終わりにこのチーズと、この赤ワインを楽しんでいる。それがここを行きつけの店にしてる理由だ」
ラキウスに切り分けて貰いながら、渡されたエーブリチーズを食べる。
「これって……?」
ブドウの甘く少しの酸味が効いたチーズの表面と、中の塩気と熟成されたチーズの旨味にうっとりとしていると違和感を感じた。その正体はわからないが美味しく食べる。
「美味いか?」
「うん。料理も美味しかったけど、これが一番美味しい。それと何だか懐かしい様な気がする」
その返事に目を細めて笑う。自分もチーズを食べながら赤ワインを飲む。どうしたのかと訝しんでいると、アルトにもワインを勧められて飲む。
「……このワインって」
「この赤ワインはこの店の親族が作っているワインだ。そのワイン作りの中で出たブドウのカスを使ってエーブリチーズを作っている」
ラキウスはワインの銘柄を見せた。そこにはブドウ畑と子供の顔が描かれていた。
「このワインの銘柄はマーチェス。ここに描かれている子供の愛称らしい」
アルトはまさかと思い、もう一度ワインを飲む。そして、この赤ワインの正体を確信した。チョコやドライフルーツ、バニラの香りに甘く濃いブドウの味。アルトが飲みきるには酒精が強いワイン。それは、ワインとは美味しい物だ、と教えてくれた人物との思い出の味だった。
アルトの様子の変化を見て微かに笑いながら、この店の正体を明かした。
「ここはマードックの実家だ。銘柄名のマーチェスはマードックの子供の頃の愛称で、絵の子供はマードックだそうだ」
驚きすぎて反応が出来なかった。マードック本人も忘れた実家に今いるのだ。
「でも、マードックの部屋のワインにはこのラベルが無かった」
「このラベルは最近になって付けられたんだ。店が有名になって、名無しだったワインも好評で外向けに作られるようになってから、マードックの両親がこの銘柄名とラベルの絵を付けたんだ。マードックが買った時にはラベルは無いはずだ」
ラキウスは店の店内の方を見て頷くと、最初に迎えてくれた店員がやって来た。
「彼はこの店の店主でマードックの弟だ」
「マードックの弟!?」
「はい。エーブリと申します。あなたが兄が唯一取ったお弟子さんと伺っております」
エーブリの姿はマードックと同じ髪色と少し焼けた肌色も一緒だった。
「その、マードックの事は?」
「はい。ラキウスさんから聞いています。私は、兄が教会騎士になった後に生まれて顔も知らないのです。ただ、両親がよく兄の話をしていたのでどんな人だったのか気になっていました。そしたら、ラキウスさんの知り合いにお弟子さんがいらっしゃると聞いてお会いたくて、お招きさせて頂きました」
ラキウスはエーブリを座らせてワインを与えて、アルトに話す。
「エーブリにマードックの話を聞かせてやってくれないか? アルトの知っている、マードックの話を」
「……うん。ありがとう、ラキウス」
アルトの感謝に、穏やかに微笑み頷く。
アルトはマードックと過ごした一年を話した。遺書に書かれていた、マードックが体験した悲しみは伏せた。
どんな人であったか、何を考えていたか、ここのワインがお気に入りだった事、実の家族を忘れてしまったけど師匠の家族を通して家族の温もりを知った事、故郷のブドウがとても甘かったと話した事。アルトの知っている限りをエーブリに話した。
そして、自分や仲間を助ける為に犠牲になってしまった事。エーブリに申し訳なく感じながら話していると、肩に手を置かれた。
「大丈夫です。会えずに亡くなった事は悲しいですが、今までの兄の話を聞くと兄らしい決断だったのかと思います。罪悪感を抱かないでください。アルトさんが生きてくれたお陰で、今こうして兄の話を聞けるのですから」
「……ありがとうございます」
そこから、サラールから聞いた大勢の教会騎士に慕われた事や、最後に葬送の時に教会騎士の中で最上位の位を貰って大勢の教会騎士に見送られた事を話す。
「本当にすごい人だったんですね。両親から少ししか聞けなかった兄の姿がやっと見えました」
「良かったです。今、マードックの両親はどうされているのですか?」
「父と母はもう亡くなりました。それで、亡くなる前にこのラベルを作ったんです。幼い兄が一生懸命にブドウ畑の世話をして出来たワインだから、マーチェスと名付けようと。家族の絵に描かれていた兄の姿も一緒にと」
アルトは服の袖で目を拭った。
「マスターの家族に会えるなんて思ってもみませんでした。話せて良かったです」
「ははは。兄はマスターと呼ばれていたのですね。こちらこそ話を聞かせてもらえて嬉しかったです」
アルトは少しだけラキウスを見ていた。その視線を感じてラキウスも見返す。少しだけ息を吸い、エーブリに伝える。
「俺はマスターから託されたものがあるんです。それを学び、次の人に伝えて行って欲しいと願われて。今はその学びの理解を深める為に修業をしています。色々とあって思う様には行きませんが、それでもいつか、マスターの思いを果たせる様に頑張っていきます。お話したエウレウム様から始まった思いをマスターが受け継ぎ、次は俺が受け取りました。それをマスターの願い通り次の人に託せる様に頑張ります!」
「はい。アルトさんなら出来ると、兄も信じて託したんだと思います。頑張ってください!」
そして、少しの話をした後にエーブリの食堂を出た。
アルトはアテも無く歩く。ラキウスとレハンは何も言わずについて行く。花の香りを感じながら歩いた先に小さな広場に出た。そこに置いてある丸太椅子にラキウスと共に座る。涼やかな風が、飲んだワインの酔いとマードックの家族に会えた高揚感で熱くなった体を冷やしてくれる。
「ラキウス」
「ん?」
「俺はラキウスの事がやっぱり怖い。ミーナも人質に取られて、いつ何をされるのかと心配と不安でいっぱいなんだ」
「あぁ」
「逃げれない様に鎖で縛られて自由なんか無い。不本意な忠誠も誓ってラキウスの騎士になった。ラキウスが俺に何をさせたいのか分からないけど。だけど、マードックの思いも果たしたいんだ。だから、ラキウスの騎士として生きる中で生命のマーラを極めたい。それでいつか弟子を持って、次に伝えたい。ラキウスが決めた中での自由でも良いから、マードックの遺言を果たさせてほしい。お願いします」
隣に座るラキウスに頭を下げる。少しの沈黙の後、アルトの肩が押されて頭を上げさせられる。
「良いぞ。生命のマーラを極めて、弟子を取れ。マードックの思いを果たせ。それは俺にとっても望む所だ」
「え?」
「昼食会で言っただろう。アルトが生命のマーラを極めた先で、どの道を進むのかと。生命のマーラを極めてもらう事は前提なんだ。だが、その後にお前が自由を求めて行動されるのは不都合だった。だから、恋人や家族を人質にして鎖で縛る事にした。恐怖を与え、俺が決断すればいつでも処分できると思い知らせた。今も感じている様に、お前を恐怖で支配した。それほど、お前を手放すわけにはいかないからだ」
夜空を見上げて、一つ息を吐く。
「アルト。お前は俺に未来を与えてくれるかもしれない存在なんだ」
「未来?」
「あぁ。可能ならば手に入れたい物だ。マードックに弟子がいると知ってから、その可能性が見えた時に体が震えた。もしかしたらと。その可能性があったから、お前が欲しかった。一番近い可能性を持っていたマードックは隙が無くて出来なかったからな。だから、アルトにやってほしい」
ラキウスはアルトの瞳を真っ直ぐ見る。夜を一緒に過ごしてから、初めて見せる意志の強い爽やかな緑の瞳がアルトを捉える。
「俺は、永遠の命が欲しい」
「え?」
「マードックから聞いたことがないか」
マードックに遺書に書かれて内容を思い出す。エウレウムが長命のエルフ族の妻シーレルと子供のへリオルと共にいようと求めた永遠の命。
「聞いた事があるんだな?」
「うん。聞いたというより、遺書で知った。何でラキウスが知っているの?」
「俺が教皇になってから、枢機卿や周りがマードックを恐れていると知った。それを利用する為に調べて行くと、マードックの師匠であったエウレウムに行き着いた。エウレウムの事件の後に、マードックが教会に出した記録を読むとエウレウムの動きに何かの違和感を感じた。マードックが嘘を入れたからそう感じたのかもしれない。だが、何かを感じたんだ。俺もマーラの感知者だ。直感がそう言って来る。それでマードックと直接会って話を聞いた」
「マードックと会った!?」
「嘘の任務を出して、そこで待っていた。現れたマードックは平然としていたよ。誰かが待っていると感じていたらしい。そこで俺が疑問に思っていた事を聞いて、その答えの中で永遠の命について話しが出た。もっと詳しく聞きたかったが、それ以上は何も答えなかった。エウレウムの弟子と言うだけあって、内心では冷や汗をかきながらの問答だったよ」
「ラキウスが冷や汗をかくなんてあるんだ……」
アルトの心底驚く様子に苦笑いを浮かべる。
「護衛で腕の立つ騎士達が何人もいたのに、余裕を感じなかった。それを見抜かれたのかもしれないな。そういう流れで永遠の命の存在を知った。マードックを手に入れようと色々と考えたが、全く隙が無くて出来なかった。だから、マードックの弟子の存在を知った時は嬉しかったよ。それが、まんまと罠に嵌って、やっと手に入れた。アルトがマードックの越えるにはまだまだ時間が掛かるな」
「うっ」
「そういう訳で、永遠の命を手に入れるには生命のマーラを使える人物が必要なのかと思ってアルトを捕まえた」
「そうだったんだ。……ラキウスは永遠の命を手に入れて何がしたいの?」
アルトは聞かずにはいられなかった。この強大な力を持つ権力者が永遠の命を手に入れて何がしたいのか。ただ、死が怖いからとかでは無いと確信があった。ラキウスの胸に秘められた思いを少しでも良いから聞きたかった。
マードックの実家のワインが飲みたい方は、イタリアで作られる『アマローネ』をどうぞ。高級ワインですが、ランクが一つ落ちて『プチ・アマローネ』という安くなった物もあります。美味しいですよ。
エーブリチーズは『ウブリアーコ・ディ・アマローネ』です。とても美味しいです。
お酒は20歳から飲みましょう!
読者のみなさまへ
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