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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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夜明けの炎

 宿屋から出て来たアルトの合図で、包囲していた衛兵は捕縛と取引に関する資料を回収した。


「すごいな・・・」


 宿屋へ突入した最初の衛兵の呟きだった。


 床はアルトの衝撃波で抉れ、カウンターは崩れてテーブルや椅子が飛散する。死人こそいないが、強力な一撃を受けて全員が気絶している。運悪く、一撃で気絶できなかった者はもう一撃を受けている。

 ただし、例外が一人いた。宿屋の店主である。宿屋にある書類を管理しているとアルトに話て、気絶させられなかった。


 隙を見て逃げようと考えていたが、圧倒的な強さで仲間が目の前で打ちのめされる光景を見て逆らう気力を無くした。アルトが去り、衛兵が入ってきた事が助かったと思う程だった。


「さて、工場に行くか」


 朝が近づき、もう一仕事だと気合を入れる。


「本当に一人で大丈夫ですか?」


「はい。早く子供達や工場で働いている人を助けたいので行きますね。リグラムは俺が片づけるので、ここが終わったら子供達の救助をしてもらいたいです」


「わかりました。できるだけ早く向かいます。お気を付けて」


 北の工場へアルトは走る。ヘルクの苦しむ姿や、他の人達も同じように苦しんでいると思うと胸が締め付けられる。


「絶対に、助けるから」


 長い間、リグラムに支配されている町では、中毒症状で死亡した人もいるだろう。だが、それでも今すぐ行動して救える命を救い、この町の闇を終わらせる。

 生命のマーラの後継者として、聖人として、教会騎士として、薬師として、もう悲劇を終わらせるのだ。


「ここか。この様子だと、まだ寝ているな」


 工場の中を生命探知で見ると、弱い生命のマーラの輝きの人達が一か所に集まっている。通常の輝きの人はそことは別の様々な場所で動いていない。


 見回りも無く、門番もいない様子だったので、門の鍵を壊して敷地内に入る。そこから工場に侵入すると、すぐにリグラム草の臭いがしてきた。中毒を起こすほどではないが、臭いの濃さに気を付けながら進む。


 一階を見て回ると大きな作業場があった。臭いが強く、急いで離れる。


「こんな所で・・・」


 子供達や働いている人が寝ていると思われる場所まで来たが外側からの鍵が必要だった。力づくでも壊せるが、騒ぎは小さくしておきたい。


 鍵を見つける為に一階を見ていたが、人の気配があった。よく周りを見ると他の人も動き始めた。


「これから仕事をするのか。もうやるしかないな」


 アルトは剣を抜く。外で見ていた様子だと棟梁のベラルグは最上階の三階にいるように思えた。


「一気にベラルグを抑えに行くか。一階から登って全員を倒すか。いや、子供達を盾にされると困るな。よし、全員倒していくか。重要な書類も抑えて、汚職衛兵も捕らえた。最悪、逃げられても町は開放される」


 騒ぎになるのを覚悟して、部屋の鍵を壊す。


「皆、起きるんだ! この場所から逃げろ!」


 ポツポツと起きた子供達は疲れた顔で状況がわかっていなかった。


「誰か、意識がハッキリしている子はいるか?」


 一人の子供が前に出た。


「あの、俺は大丈夫です」


「君は?」


「ハウィンです」


「ごめんね。顔を見させて」


 アルトはハウィンの顔や目の色、脈など調べた。


「よし、大丈夫そうだな。ハウィン、皆を連れて外に出るんだ。門の鍵は壊している。外に出て待っていると良い衛兵が来るから助けてもらうんだ。出来る?」


「はい、やります! やっと、終わるんだ」


「よく頑張った。後は頼む」


 涙ぐむハウィンの頭を撫でて、工場の制圧に取り掛かる。


「お前は、誰、ぐはっ」


「襲撃だ!」


 静かだった工場は騒がしくなっていく。一階の敵を倒して、二階へと上がる。

 人も集まって来るが通路での戦いなら、アルトの方が有利だった。


「うわあああ!」


「なんなんだ!」


 衝撃波を放ち、一度に大勢を吹き飛ばす。その隙に斬り込む。


「教会騎士を相手にしたのが悪かったな!」


「教会騎士!?」


「やめろ! 俺達にはお前じゃ、ぐっ」


「もうその言葉は聞いた」


 二階の敵を倒し切り、三階へ上がる。扉を開けると弓矢が飛んで来た。


「ぐっ」


 矢は斬り落としたが、粉が撒かれるように仕込まれていた。アルトは油断して粉を吸い込んだ。


「ははは。リグラムの粉の味はどうだ? 教会騎士」


「・・・お前が、ベラルグか」


「あぁ。町に知らない奴が入ったとは聞いていたが、まさか教会騎士だったとはな。役立たずの衛兵が」


(くそ。視界が揺らぎ始めて来た)


「効いて来たな。さて、俺は逃げさせてもらうか。この町は諦めるよ。それでいいだろ、正義の味方さん」


「逃がすか・・・」


「フラフラで何を言ってるのやら」


 ベラルグは荷物を持って別の出口へ向かう。それを追いかけようとしたアルトは、また油断した事に気付き、その場を飛び退いた。


「ガルガ、ベス。そいつを始末しろ」


「オークか!」


「そいつらはドンゴ地方のオークの中でも強い奴らだ。お前ら教会騎士は打撃に弱いんだろ。運が悪かったな!」


「待て!」


 ベラルグは部屋を出て行った。追いかけたいが目の前のオーク達がそうはさせない。


「主人は逃げたんだぞ。俺達が戦う意味はないだろう?」


「俺達はあの男に刻印をされた。契約を解除しない限り自由にはなれない」


「あんたを倒すしかないのよ」


 二人はハンマーを構える。アルトも視界が歪みながらも剣を構える。


 オーク達は走り出し、アルトに迫る。リグラムの粉の影響で集中が出来ない。

 振り下ろされるハンマーをギリギリで避ける。すぐに来るもう一振りが体を打つ。何度か攻撃を受けて体の痛みに顔が歪む。


「リグラムの粉を吸って参ってるんだろ? 一撃で終わらせてやるから抵抗するな」


「・・・確かに楽になれるだろうな。でも、倒れるわけにはいかないんだ!」


「ッ!」


「あいつがいなくなれば、この町は開放される。でも、あいつの後ろにいる奴も倒さないと終わらない!」


 アルトの剣がオーク達に逆襲をする。鈍くなった思考での攻撃は、鮮明さに欠けるが身体強化での力技で一撃の威力の高める。


「だから! あいつを捕まえて、後ろに隠れている奴も捕まえて、この町から始まった闇を終わらせるんだ!」


 アルトが習得した上級剣術の平和の型での防御が戻って来た。思考や集中力は乱れているが、アルトのたった一つの思いが体を動かす。攻撃を受け流し、着実な反撃はオーク達に傷を負わせていく。


「くそ!」


 細々とした攻撃に痺れを切らせたオークの一人がハンマーを振り回し、アルトを追い払おうとするが、咄嗟に姿勢を低くして両手を二人のオークへと突き出す。


「薬なんかに負けるもんか! 教会騎士を舐めるな!」


 放たれた衝撃波は二人を壁に強く打ちつける。打ち付けられた痛みで苦しむ二人に足下がフラフラとしながらも剣を突きつける。


「ハァ、ハァ。俺はあいつを追いかける。追うならいくらでも相手になってやる。でも、お前達を殺しはしない」


「・・・何故だ?」


「二人がどんな存在なのかは知らない。でも、奴隷にされて無理矢理に戦わされているお前達を、殺す事なんて出来ない。俺がベラルグを捕まえて二人を開放する。だから、ここで休んでいろ」


 アルトは踵を返し、ベラルグが出て行った出口に向かう。


「うっ」


 薬の影響とマーラを使い過ぎた反動で疲労が来る。それでも残りのマーラで身体強化をして立ち上がる。


「おい」


「・・・なんだ」


「その出口の先にはリグラム草の畑に繋がっている。畑を真っ直ぐ行けば川があって、小舟が用意されている」


「わかった。ありがとう」


「・・・お願い。あたし達を助けて」


 アルトは振り返り、笑う。


「任せてとけ!」



 ***



 ベラルグは川に用意されている小舟に向かっていた。


「全く、ここまで育てたのにしくじるとは。場所の選び直しとあの人に連絡して、教会騎士やらが来ない様に手配をしてもらわないとな。あとは客の対応か・・・。損失が大きいな」


 逃げた先での組織の再建。工場の立て直し。取引先との話し合い。たくさんのやる事にベラルグは頭を痛める。


「だが、幹部になるためにもやらないとな。ここで終わるものか」


 ベラルグが望んでやまない椅子に座るために、何度でも挑戦する。それが自分の存在意義だと。


「ベラルグ!」


 畑に響き渡る声にベラルグは後ろを振り返る。


「嘘だろ。あの状態で二人を倒したのか・・・」


「ハァ、ハァ。もう終わりだ。お前を捕まえて、後ろに隠れている奴も捕まえる」


「俺を捕まえるのは構わないが、俺の後ろの人はやめておけ。全てを失うぞ」


「俺が生きている限り、何も失わせない。それと、お前が誰の事を言っているのか知らないけど、俺は大陸で一番怖い人から背中を見られているんだ。それに比べれば、そいつなんて怖くない!」


「震えながら何を言ってるんだ」


「こ、これは薬のせいだ!」


 ここまで色々な勢いで来たが思考が現実に戻り始めて、あの爽やかな緑色の瞳を思い出す。

 だが、それは単に戦いの集中が乱れているからではない。もうベラルグとの戦いは終わっているのだ。


「はぁ。下手に動けば斬られるか・・・。夢は、夢だったか」


 持っていた武器を捨ててベラルグは大人しく捕まった。


「俺の後ろの奴を捕まえたいなら、俺を生かしておく事だな」


 こうして、リグラム草の密培とリグラムの粉を売りさばいていた犯罪組織リグラムは壊滅した。

 工場で働かされていた人達は、ヴィード男爵側の衛兵に保護された。


 ベラルグを衛兵に連行してもらい、アルトは最後の仕事をする。


「これで終わりだ。エウレウム様、大きな根っこは取れていませんが、少なくともエルベンの町に長い間、絡みついていた枝は取りました。この炎が町を覆っていた闇を晴らしてくれます」


 アルトはリグラム草の畑に火を放った。燃えやすい特徴からあっという間に畑は火に覆われる。

 朝日が昇り町の夜は、今、終わる。


「さてと、子供達の治療と衛兵が足りない間の町の治安維持だな。でも、一度眠ろう」


 エルベンの町に来てからのアルトの長い夜も終わった。



 ***



「ゲホ、ゲホ」


 工場で働かされていた子供や大人達は、中毒症状に苦しんでいた。


「頑張って飲んで。楽になるから」


 中毒症状を治す方法は放置して薬の効果が切れるのを待つしかなかった。探せばあるのかもしれなかったが、今のアルトでは方法がわからない。中毒による突発的な症状を和らげる薬を与えながら、リグラムの粉を体が求める様になってしまった人を拘束して看病する。力を無くした人には自分のマーラを送り、少しでも安らかになる様にした。


「ヘルク、よく頑張ったな」


「うん。お兄ちゃんとイルメも助けてくれてありがとう」


「ヘルク・・・」


 ヘルクの兄ハウィンは弟の手を握る。


 ヴィード男爵はマリーダ伯爵へ、町の状況や犯罪組織リグラムの壊滅と提案された援助を求める書状を送った。


「聖人様、治安維持は我々にお任せください。申し訳ありませんが、病人の方は我々では対処が難しく」


「わかりました。それではお願いします。とりあえず、町の門は全て閉じましょう」


「そうですね。この状況ですから下手に人を入れない方が安全ですね。それで衛兵の見回りを強化します」


 アルトは休みながら中毒者の看病に当たった。


 しばらく日が経つと、門に使者と名乗る人がやって来た。この町の領主であるヴィード男爵と教会騎士であるアルトが応対する。


「お初にお目にかかる、ヴィード男爵。私は枢機卿団からの使者です。この町に巣くっていた犯罪組織リグラムの壊滅、誠にご苦労でした。リグラム草の密培と粉の違法販売は重罪です。枢機卿団が教会にて審判をするので捕らえた犯罪者と証拠となりそうな物を引き渡してもらいたい」


「捕まえた犯罪者は領主であるヴィード男爵が処罰するので、引き渡しは出来ません」


 アルトの言葉を聞いた、使者はそれを無視してヴィード男爵に話す。


「早く引き渡しをお願いします。言葉が伝わりませんでしたか? 枢機卿からの命令です。引き渡しなさい」


 ヴィード男爵は何も答えずにアルトを見る。それに頷き使者に再度、伝える。


「誰一人、そちらには引き渡しません。証拠品も渡しません。お引き取りを」


「お前には聞いていない。口を出すな、教会騎士!」


 そこで初めてアルトの方を向き怒鳴りつける。アルトはそれに睨み返す。使者は一瞬、後ろに下がる。


「私の言葉が伝わっていない様なので、率直に言います。帰れ!」


「無礼者が! お前の名前は何だ。エストに戻り次第、処刑してやる!」


「私の名前は、アルト・メディクルムです。最近、教皇トゥルスキア四世聖下より生前聖人と認められた教会騎士です。私の判断により、犯罪組織リグラムの罪人はヴィード男爵と援助をしてくれたマリーダ伯爵にお任せします。私の判断に不服があるなら教皇から、命令書などを貰ってきてください。少なくとも、使者殿と枢機卿から命じられるいわれはありません」


「枢機卿からの命令だぞ! 聖人と言えど逆らえまい!」


 使者は顔を赤くして立ち上がる。アルトは睨み続けながら、止めの言葉を言う。


「私に挑むという事は、教皇に挑むという事ですよ。教皇の敵という事は、プルセミナ教会とプルセミナ共和国の敵という事です。それならば、教皇に認められた聖人として、教会に忠誠を誓う教会騎士として、教皇の敵であるあなたを処刑します。跪いてください」


 アルトは剣を抜き使者に迫る。アルトの言葉と剣を見て使者は慌てふためく。


「待て! 正気なのか、私は枢機卿の使者だぞ!? 私を殺せば枢機卿が黙っていないぞ!」


「それなら、枢機卿も教皇の敵という事ですね。ここでの仕事が終わったら、エストに戻って教皇に報告しておきます。その後は教皇のご判断にお任せしますが。とりあえず、あなたは今の発言などを踏まえて教皇の敵として処刑します。それかエストに戻って自白でもされますか。それならあなたを信じて、このまま開放しますが」


「帰るからやめろ! くそ、ただで済むとは思うなよ!」


 使者はなりふり構わずにエルベンの町を出て行った。ヴィード男爵は感嘆の声を上げる。


「さすがです、聖人様! この情報の早さだと、リグラムの後ろにいたのは枢機卿の誰かですね」


「あぁ~!」


「ど、どうしました!?」


「やっちゃった! やっちゃった!」


 頭を抱えて蹲るアルトをヴィード男爵は心配する。


「落ち着いてください。どうされたのですか?」


「教皇に迷惑をかけるなって言われていたんです。枢機卿、大司教、司教には下手に逆らうなって言われてたんです。なのに、教皇の名前をいっぱい使って枢機卿の使者を脅して追い返して・・・。殺される! 教皇に殺される! 本物の聖人にされる!」


 アルトの話を聞いたヴィード男爵はソッと背中に手を当てる。


「そういう事情がありましたか。教皇の噂を聞いております。聖人様、お約束通りこの町を良くしていきます。ですので、安らかにお眠りください。葬儀には出席いたします」


「やめて! 聞きたくない! 聞きたくない!」


 アルトは耳を塞ぎ、聞きたくないと叫ぶ。ヴィード男爵はもう葬儀に出ているかの様な顔で、約束を果たしますと繰り返す。


 屋敷の人は、エルベンの町の英雄アルト・メディクルムの叫びを聞いて部屋を覗く。

読者のみなさまへ


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