夜空の告白
「バーンズ司教、だいぶ痩せていたね」
「はい。食事も少量しか食べれないみたいで。正直に言うと、そろそろなのかなって」
アカウィル村の教会で一泊する事になったアルトは、ソフィアと夕食を食べていた。昼間に会ったバーンズ司教の生命のマーラを見て、輝きが弱くなっている事に気付いていた。
「これからソフィアはどうするの?」
「ホワイトランディングに働きに行こうかと思っています。教会の建物自体は村の皆が維持してくれるそうで。今まではバーンズ様から給金を頂いていたのですが、それが無くなると家族にも負担になりますから」
「そっか」
静かな空気の中、夕食を終えて少しの雑談をして就寝となった。
ベッドに寝転がりながら考え事をしていた。弱ったバーンズ司教の姿。そして、不安を抱えているソフィアの姿。
「ちょっと外に出るか」
何となくだが、星空を見たくなった。教会の庭から見える夜空はとても綺麗だった。
アカウィル村で生活をしている時にラーグと共に星空を見ながら、星座という物を教えてもらい、どんな星座があるか探していた。
「今日も星座が見えるかな」
庭に出ると先客がいた。
「ソフィア、どうしたの?」
その後ろ姿から、聞くまでもなかったが問いかける。服で顔を拭いた後にアルトの方へと振り返る。
「あの、すみません。大丈夫です」
一人で泣いていた姿に、どことなく昔の自分が重なった。
「ソフィア、こっちにおいで」
庭のベンチにソフィアを呼ぶ。おずおずとソフィアも座る。
「バーンズ司教の事だよね?」
「・・・はい」
「話してごらん」
ソフィアのバーンズ司教との出会いや思い出。長く一緒に過ごした日々をアルトに話す。最後のバーンズ司教の状態を話す時に、再び涙が落ちる。ソフィアの背中に手を当てて静かに聞く。
「バーンズ様が死んじゃうのが怖いです。とても悲しいです。毎日が不安なんです」
その言葉を聞き、アルトはソフィアを優しく抱きしめる。女性を軽々しく抱きしめるなんていけないと知っているが、今はこうするのが正しいと思った。アルトが今まで、たくさんの悲しみや苦しみの中で皆がしてくれた事。その思いと温かさがアルトの心を何度も救い、癒してくれた。
突然、抱きしめられてビクッと体を震わせたが段々と力が抜けて来た。そんなソフィアに自分の心臓の音が聞こえる様にソフィアの頭が胸に当てる様にする。
そして、今や自分しか知らない話をする。
「ソフィア、今から話すのは俺が師匠から学んだ事なんだ。とても大切な教え。全ての生命にはマーラが宿っているんだ。俺にもソフィアにも、全ての生命に」
「全てですか?」
「そう。全てに。これを生命のマーラって呼んでる。そして、命が尽きる時に生命のマーラは、その体から抜けて世界に満ちている大きなマーラの中に溶け込んでいくんだ。そのマーラが世界を造っている。だから、生命が消えても大切な人達は大きなマーラになって俺達の側にいてくれるんだ。マーラの感知者じゃないと信じれない話かもしれないけど、確かな事なんだ」
アルトはかつて見た奇跡を話す。
「俺は弟を失い、その後に魔物に襲われて両親を失った。ある時、魔物と戦って兄の様な人が瀕死の傷を負った。もうダメかと思っていた時に、弟が現れたんだ。光の粒になって。弟は俺を見て笑い、瀕死の傷をあっという間に治してくれた。その後に、両親に手を引かれながら言ったんだ。『お兄ちゃん、バイバイ』って。今にして思えば、あの時に完全に世界のマーラに溶け込んだんだと思う。でも、弟は死んだ後もマーラになって、ずっと側にいてくれたんだ。世界のマーラの一部になっても、その中に父さん、母さん、弟がいるんだって知った。だから、死んでもそれで全てが終わりじゃないんだ」
アルトは息を大きく吸い、師匠の言葉と加護をくれた光の人の言葉を伝える。
「死は悲しい事じゃない。当然、失えば悲しい。涙も出る。だけど、マーラになって側にいてくれるんだ。目に見えなくても、触れなくても、声が聞こえなくても。必ず側にいてくれる。ソフィア、俺の鼓動は聞こえる?」
「はい」
「俺もいつかはこの鼓動が止まる日が来る。それは戦死かもしれないし、寿命かもしれない。そしたら、俺の中の生命のマーラは世界のマーラに溶け込む。そして、皆の側にいる。勿論、ソフィアの側にも。マーラになって皆を見守っているよ。だから、死を悲しまないで。バーンズ司教の生命のマーラは、世界のマーラになってソフィアを見守ってくれる。マーラの感知者じゃないと世界のマーラの存在はわからない。言葉でしか伝えれない。だけど、マーラがどういう物か見せてあげる。手を見てて」
アルトは手にマーラを集中させる。すると、手に光の粒が見えて来た。それはアルトの手を包む。マーラで回復を使う時に起きる現象だ。
「綺麗・・・」
「綺麗だよね。この光の粒がマーラなんだ。このマーラの中に皆がいる」
ソフィアはアルトのマーラに包まれた手を握る。
「温かい」
「こんなに綺麗で温かい物の中に皆はいるんだ。そう思うと、悪い気はしないだろ。あとは、生きている間にたくさんの思い出を作るんだ。胸の中にその人の笑顔と姿と一緒に過ごした記憶を収めて、世界を見渡してその人の存在を感じるんだ。見ている物、全てがその人なんだって。だから、バーンズ司教といっぱい一緒に過ごそう」
アルトの手を握っていたソフィアの手に力が籠る。ソフィアはアルトを見上げる。
「私は、アルトさんともたくさんの思い出が欲しいです」
「え?」
「・・・アルトさんとたくさんの時間を一緒に過ごしたいです。私は、アルトさんの事が好きです」
ソフィアの青い瞳は真っ直ぐアルトを捉える。
「アルトさんと一緒に過ごして、思い出をたくさん作って、命が尽きる時まで側にいたいです。・・・どこにも、行かないでほしいです」
アルトは一度、目を閉じて、右手首に巻かれている帯状のお守りを見せた。
「それは」
「やっぱり知ってるんだ。ちょっと前まで、これの意味を知らなくて周りから怒られたよ。ソフィア、俺には大切な人がいる。その人のお陰で、恐怖に立ち向かう勇気を手に入れて、挫けそうになる心を何度も救ってくれた。とても大切な人なんだ。その人の為に、俺は教会騎士になった」
「そうだったんですね」
「だから、ソフィアの思いには応えられない」
その言葉にソフィアは俯く。服に涙が落ちて染みを作る。
「お願いしても良いですか?」
「うん」
「出発までで良いので、一緒に過ごしてもらえませんか。友達として」
「うん」
「それと、今だけでいいので、私を抱きしめてください」
ソフィアの体を寄せて抱きしめる。肩口にソフィアの思いが溢れた熱が伝わる。彼女の思いを受け止める様に、夜空の寒さから彼女を守る様に、強く抱きしめる。
翌日、アルトとソフィアは一緒に時間を過ごした。バーンズ司教と三人で話、食事を共にして、教会の雑務を一緒に片づけていく。お茶を飲みながら、任務で行った様々な町や土地の話をする。
そして、夕暮れ時になった。
バーンズ司教に挨拶を済ませて、ソフィアの見送りを受ける。
「アルトさん、一緒に過ごしてくれてありがとうございます。とても楽しかったです」
「うん。俺も楽しかったよ」
「また近くに来たら寄ってくださいね。また旅のお話を聞きたいです」
「わかった。用事が終わった後に、近くに来るからまた寄るよ」
「はい、待っていますね! お気を付けて旅を」
「ありがとう。それじゃあ、また!」
アルトはアカウィル村を出発する。
だんだんと小さくなっていくアルトを見送りながら、ソフィアは両手を胸に当てて呟く。
「さようなら。私の初恋の人」
***
「来たな。この書状をエルベンの町を収めている非選任貴族レハンス・ヴィード男爵に渡せ。君の役に立つ」
夜、ニックスダムでマリーダ伯爵から書状を受け取る。
「そこには、メディクルム殿が教皇に認められた生前聖人である事。エルベンの町に関して私が助力が出来る事を書いてある。それを読めば、ヴィード男爵も領内でメディクルム殿に自由を認めるだろう。あとは君のやりたい事をすればいい」
「ありがとうございます。伯爵」
「それと、教えたように聖人らしい振る舞いをする様に。そうすれば、教皇は名簿に君の名前を書かないだろう」
アルトは一つ溜息をつき、少し顔を俯かせる。
「どうしたんだ?」
「実はノーラ地方での用事が終わったら、エスト・ノヴァに行かないといけないんです。教皇が見ていないといいなぁ」
「エスト・ノヴァに!? その立場であの場所に行けば、間違いなく教皇の目線は君を常に捉えているぞ」
「そうですよね。あそこに行かないと何も始まらないので」
「・・・ノーラを出た後の事は知らない。何かの縁だ。君の葬儀には出席しよう」
「あぁ~」
「まぁ、今日の夕食と明日の朝食は豪勢にしておこう。客用の風呂ではなく、領主用のニックスダムの風呂も満喫すると良い。最後の思い出にはなるだろう」
頭を抱えるアルトを、もう葬儀に出ているかのような顔でマリーダ伯爵が配慮をしてくれる。
「これで私は下がらせてもらう。ヴィード男爵への助力の準備もあるのでな。見送りはしないから、朝になれば東に出発しなさい」
「はい。お世話になりました、伯爵」
その夜はマリーダ伯爵の言葉の通り、豪勢な食事を楽しみ、ニックスダムの風呂に入る。
「さすが、エスト帝国皇帝の為に作られた城だ。あぁ、贅沢だ!」
そして、朝を迎えて最後になるかもしれない豪勢な朝食を食べ、ニックスダムを後にする。
乗り込んだ東行きの馬車は出発して門を通る。門番をしていた顔見知りの衛兵に手を振り、ホワイトランディングを後にする。
「ソフィア、行って来るね。また、会おう」
アカウィル村の方向を見て呟く。
***
「はぁー」
マリーダ伯爵は、アルトが城から出て行くのを確認して溜息をつく。
「お疲れさまでした。伯爵」
マリーダ伯爵は、後ろを振り向き椅子に座っている女性と向き合う。
「これで、あなたのご意思に叶うと思います。脅しも十分に効いている様でした」
「ふふ。聖下のお言葉だけで十分かと思いましたが、念のためです。彼には長生きしていただかないと、聖下のご機嫌が悪くなるので」
「彼に関して教皇のご意思をご存じで?」
「いいえ。ですが、彼がマードック殿の弟子と知った時の聖下は、珍しく反応されました。テイゾ大司教に、彼が生命のマーラについてどこまで知っているのかなどをロベルト団長から聞くように言われていました。あれは、枢機卿みたいに恐れというより、求めているという感じですね。推測ですが」
「そこまで考え至るとは、さすがですな」
「ラキエスとは幼馴染ですから。おっと。失礼しました」
「ははは。お気になさらず。それにしても、求めているか」
「エスト・ノヴァに何があるかは知りませんが、彼があそこに行っても『名簿』には載らないでしょう。注視はされるでしょうが」
「報告はされるのですか?」
「いいえ。今は私からは申し上げません。別の目もあるかもしれませんが、その時に順次、対応します」
女性はお茶を飲み切り、席を立った。
「私もエストに戻ります。彼らが戦った勇者と呼ばれている獣人を探すように言われていまして。ノーラ地方でも何か手掛かりがありましたら連絡をお願いします。それとヴィード男爵の件も」
「はっ。旅のご無事をお祈りいたします。レハン司祭」
「お世話になりました、伯爵」
レハン司祭はフードを被り、ニックスダムを後にした。
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