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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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命懸けの相応しい行動

 サーリア地方の都市ノーラムから出発した馬車は休憩など挟みながら、ホワイトランディングに着いた。

 途中、温泉で有名なフォンスカリの町ではラーグやメアリーと泊まった温泉宿に行った。マードックの遺産のお陰だ。快適ではあったが、苦労して山越えをした二人を思い出して、ふと隣でいつもアルトに手を伸ばしていてくれた黒髪の親友がいないのが少し寂しく感じた。


「着いた!」


 以前は真冬で雪で真っ白だったホワイトランディングは、今は舗装された道が建物がハッキリと見えて違った印象を受ける。


 馬車を降りて町に入るための検問を受けると衛兵がやって来た。


「あなたは二年前の、汚職をした衛兵長を捕らえるのに協力してくれた方ですよね?」


 アルトもその顔を見て思い出した。ホワイトランディングの衛兵長がメアリーを誘拐して、ニガーディアという強力な魔物を召喚した。結局、衛兵長は魔物に殺されてしまったが、アルト達が魔物を倒した後に秘密のアジトに一番最初に突入した来た衛兵だった。


「お久しぶりです! あの時は諸々のご協力をありがとうございました。あれから汚職した衛兵を一斉に捕えれて、町の風紀を正せました」


「いえ。俺達も必要に迫られた事でしたので。あの後、しばらくアカウィル村にいたので大変だなって見ていました」


「ははは。そういえば、後で知った事だったのですが教会騎士だったのですね」


「あの時は色々と事情がありまして。今は正式な教会騎士です!」


「それは、おめでとうございます。さぁ、町の中へどうぞ!」


 長い検問の列を通り越して町に入って行くアルトを羨ましそうに人々は見ていた。


 広場でホワイトランディングから、東に行く馬車の予定表などを確認していると衛兵の列が来た。何だろうと見ていると、それはアルトの方へと来ていた。


「え?」


 二列に分かれた衛兵は中央を開ける様にして敬礼をしている。


「教会騎士アルト・メディクルム殿ですな? ラマンド・マリーダ伯爵の命令により、お向かいに上がりました!」


「え?」


 アルトは衛兵達に護衛されるような形で領主館である、ニックスダムへと向かう。アルトは身元を隠す為に教会騎士のシンボルと言える不破のローブを、この旅の間ずっと着ていなかった。


「あの衛兵さんが報告したのかな」


 派手な移動に周囲は何事かとアルトを見る。


「きっと、連行されてるって思われているよな。今日、宿に泊まれるのかな」


 ニックスダムに到着後、マリーダ伯爵家の家宰が案内をする。


「こちらで伯爵がお待ちです」


 開けられた扉の先にはラマンド・マリーダ伯爵が笑顔で待っていた。


「お久しぶりです、メディクルム殿。その節はご助力を頂き、誠にありがとうございます」


 丁寧な挨拶と一礼に驚き戸惑う。地方の選任貴族と言えど、ノーラ地方では存在感のある大貴族だ。そんな大貴族にこんな態度を取られる理由と、返事をどうすれば良いのか困っていると思い出した。自分の称号を。


「く、苦しゅうない、伯爵」


 やってしまったっと心で叫んでいるとマリーダ伯爵は頭を上げる。


「はっ。衛兵から聖人様はこの町に来たばかりだと報告を受けましたので昼食はまだかと思い、ご用意させていただきました。さぁ、こちらへ」


 初対面の時は良い印象がなかったマリーダ伯爵を、こんな態度にするのかと、聖人の称号のすごさを初めて実感した。

 二人が座ると料理が運ばれてくる。久しぶりのご馳走に、手が出そうになるがマリーダ伯爵はジッと待っている。料理を食べる事が出来ずに沈黙が続く。


「・・・あの、俺は何か試されていますか?」


 アルトの一言にマリーダ伯爵は微かに笑い、姿勢を楽にした。


「偉大な称号を持っていても、それに相応しい行動が取れないと、『とある方』の名簿に載る事になるぞ。メディクルム殿」


 そこからは態度を崩して最初に会った頃の様な空気に変わった。アルトは叱られているのだと理解し、背筋は伸びたままだ。


「聖人と教会騎士の肩書が無ければ、先程の『苦しゅうない』で打ち首にしていた」


「すみません」


「それと、聖人という私よりも格上の者が最初に料理に手を付けないと誰も食べれない」


「はい」


「聖人は全ての貴族の上位の存在だ。教会側では色々とあるだろうが、貴族にとって前代未聞の生前聖人という威光は凄まじい。この大陸の支配者である教皇が認定した存在だ。言い方を変えれば、強力な力を持った選任貴族だ。そして聖人に挑むという事は、教皇と戦うという意味になるのだからな」


 教えてもらっている状況なのだと理解していたが、教皇という言葉にビクッとしてしまう。その様子を見たマリーダ伯爵はニヤリと笑う。


「教皇から、何かメッセージを受け取ったな?」


「はい。見ているぞ、と」


「ははは。メディクルム殿には、教皇の目線が刺さっているのだな!」


 マリーダ伯爵は笑っているが、あの爽やかな緑色の瞳を思い出すと震えてしまう。何も知らない人が見れば綺麗な瞳だと思えるが、アルトにはあの瞳に吸い込まれれば、果てしない草原の世界に閉じ込められる様に気持ちにさせられる。


 それを話すとマリーダ伯爵は興味深そうに笑う。


「そうか。メディクルム殿には教皇の瞳はそう見えるか。面白い」


 あごに手を当てて何か考えた後に、話の続きをした。


「何にせよだ。教皇が認めた存在を咎め止めれるのは、原則で言えば教皇しかいない。そう言う意味でもメディクルム殿は見られていると思うことだ。そして、その止める方法は」


「本物の聖人にする事ですね」


「わかっているじゃないか。誰かから聞いたのか?」


「はい。旅に出る前にロベルト団長から」


「さすがだな。良い読みをしている。ロベルト団長は政治力が高くてな。そのお陰で教会騎士は、昔みたいに戦場に行かされる事が無くなったからな」


「戦場に行かされる?」


「知らないのか? 貴族同士の戦いや反乱が起こる度に教会騎士は派遣されて戦った。昨日、酒を飲みかわし指揮していた兵士が明日には敵になって戦う事もあった。昨日まで一緒に戦った戦友と言うべきか、その戦友を斬ることに耐えきれず、剣が振るえずに戦死するのがよくあった」


「・・・それは、何年前ですか?」


「私も幼少の頃だからな。四十年前くらいじゃないか」


 それはきっと若きエウレウム達が戦っていた時代なのだろうと考えれた。


「そういう事だったのか」


 マードックの遺書に書かれていたエウレウムの悲劇の部分で、エウレウムが仲間の死に苦しみ、仲間を死地に追いやった奴らと言った怒りの理由が、本当の意味で理解できた。


「そんな命令を出せる教会や貴族から、政治的にうまく立ち回り今の教会騎士になっていくわけだ。そして、話を戻して。そんな人間達から頭を下げられるような存在になった聖人メディクルム殿は、舐められない様に人を御せる態度を取らなければならない。舐められるようでは立場を悪くする。それはつまり『とある方』の名簿に載るという事だ。ここまで言えばわかるだろう。とある方が誰か」


「きょ、教皇」


「教皇の心は全くわからないが、何か理由があって聖人に認めたのではないかと思っている。いくらテイゾ大司教の言葉でも、聖人にはしようとは考えにくい。それにしても、運が良かったな。最初に私の領地を通る事になって」


「何故ですか?」


「詳しくは話さない。教皇ではない『ある方』からメディクルム殿を試して、相応しい行動が取れない様なら教える様にと言われた。メディクルム殿とは衛兵長の件で面識があるという事で任された。あの人は、ここに来る事は知っていたみたいでな。だから、いつ来ても良いように顔見知りの衛兵を門に待機させていた」


「そうでしたか。教えていただきありがとうございます」


「あぁ。それでノーラには何の用事で来たんだ。その人から協力もする様に言われている。だから、正直に話せよ。ここで嘘をつかれて適切な協力が出来ないと、後で私もメディクルム殿も後悔する事になる」


 選任貴族であるマリーダ伯爵を後悔させれる程の人物に疑問を持ったが、ノーラ地方での目的とエルベンの町に行くことを話した。


「・・・そういう事か。わかった。諸々の準備をするから、明日の夜に会おう」


 何かを納得した様子だったマリーダ伯爵は城に泊めてくれると言ったが、アカウィル村に行く用事もある事を話すと、馬を貸してくれた。


「この時期は道の状態も良い。今から馬で行けばアカウィル村にはすぐに着く。それで明日の夜にここに来い。渡す物がある。それを受け取ってここで一泊して東に行けばいい」


「ありがとうございます。伯爵」


 馬を受け取り、ホワイトランディングからアカウィル村に向かう。



 ***



「馬で来るとこんなに早かったんだ。まずは教会に行ってみるか」


 アカウィル村に着き、馬を降りて教会を目指す。二年前にしばらく過ごした村は変わらずのんびりとしている。時々、アルトの顔を覚えている村人に会い、挨拶をしながら道を進む。


「こんにちは!」


「・・・はーい」


 教会の中は誰もいなかったので、声を出すと聞き覚えのある声が返って来た。しばらく待っていると、美しい金髪の少女が出て来た。


「お待たせしまし、た・・・」


「久しぶり、ソフィア」


「アルトさん、お久しぶりです!」


 ソフィアは笑顔でアルトの側に駆け寄る。二年前より身長が伸びたアルトを、少し見上げる格好だ。


「今日はどうされたんですか? また、追放されました?」


「姉妹揃って同じ事を言うね・・・。ホワイトランディングに寄ったから、ソフィアやバーンズ司教に会いに来たんだ。元気にしてた?」


「あの、はい、元気にしてました!」


 成長したアルトを見て、ゆっくりと恥ずかしくなったソフィアは顔が赤くなり少し下を向くと、アルトが覗き込む。近くなった距離に更に赤くなる。


「顔が赤いけど本当に大丈夫? 熱でもあるのかな」


 その近さに耐えれずに少し後ずさり、熱を冷ますように両手を頬に当てる。


「だ、大丈夫です! それより、バーンズ司教にもお会いに来たんですよね!」


「あ、うん。そうだけど、本当に大丈夫?」


「大丈夫です! 実は、司教様は体調が良くなくて。三か月前くらいに倒れてしまって」


「え! 今は大丈夫なの?」


「はい。でも、最近は説法をするのも難しくなりはじめて」


「病だったら力になれると思うんだけど。今、会っても大丈夫かな?」


 ソフィアにバーンズ司教の元に案内される。部屋の向こうでは咳をしている音が聞こえた。ソフィアがノックして部屋に入る。


「バーンズ様。アルトさんがいらっしゃいました」


「お久しぶりです。バーンズ司教」


「おぉ、アルト君ですか。お久しぶりですね」


 ベッドで寝ていたバーンズ司教は体を起こそうとする。アルトはそれを手伝い、椅子に座る。咳き込むバーンズ司教の背中をさすりながら話を聞く。


「お加減が悪いと聞きましたが、力になれる事はありますか?」


「いえ。もう年なのです。プルセミナ様への下へ行く日が近いのです」


「そうですか・・・」


「ははは。そんな顔をしないでください。こればかりは仕方がありません。セレス君は元気にしていますか?」


「はい。ラーグは各地で大活躍ですよ。反乱寸前だった人達を救ったり、元貴族らしいやり方で世界を良くしようと頑張っています。話を聞くと、バーンズ司教との出会いで教会に対する何かの希望が見えたらしくて」


「そうですか。私の思いは彼に届いたのですね。良かった。それで、アルト君の方はどうでしたか?」


 ラーグの話で嬉しそうに微笑むバーンズ司教に、アルトの過ごした日々と最近の出来事を話す。


「聖人ですか! 初めて生きている聖人を見ましたよ。それにしても教皇とテイゾ大司教が。ふふふ」


 何かを思い出したのか、懐かしそうに笑う。


「彼とは、よくやり合いましたからね。懐かしいです」


「やり合ったとは?」


「権力闘争です。当時は司教の座を巡って陰謀を巡らせていたものです。しかし、彼はズルかったですね。まさか、マーラの覚醒をしていたなんて。彼が司教になった後に吞み潰してやりましたが、衝撃の告白でした。酒では私の方が強かったんですよ?」


「は、はは」


 まさかの話に顔が引きつりそうになる。テイゾ大司教もバーンズ司教も出会った頃の印象が強すぎて、想像がつかない。


「若気の至りです。やはり決め手は、今の教皇の教育係でしたね。あれで大きく離されました。今やバラール地方管区の大司教で聖地コバクの長ですからね。私とは格が違ったのでしょう。申し訳ない。昔話が過ぎましたね」


「いえ。その、お二人の、意外な過去が知れて驚きました」


「ははは。貴族に生まれ、マーラの感知者になった者の運命みたいなものです。すみません。疲れが出て来たみたいなので、休ませてもらいますね。今日はゆっくりしていってください。ソフィアも喜びます」


 バーンズ司教は横になり、眠りについた。

読者のみなさまへ


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