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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第二章:大陸縦断
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アルトの恐怖

第二章、連載開始です!

前編は『エウレウムの墓』編です。お楽しみください!

「ふぁ。前回も馬車に乗れていたらな」


 アルトは乗合い馬車に揺られながら、大陸北部のノーラ地方の入口となる都市ノーラムに向かっていた。のんびりとした道程にあくびが出る。


 死亡したアルトの師匠である最上級騎士マードックの遺書に従い、ノーラ地方の東の山を目指している。

 最近では、若きプルセミナ教皇トゥルスキア四世とカラムリア・テイゾ大司教の策により、アルトは生前にも関わらず『聖人』の称号と、新たな名前『メディクルム』を与えられた。


 今後の名はアルト・メディクルム。


 その経緯は、レイド・グラウェル事件や冤罪による追放事件を防げなかった事へのテイゾ大司教なりの謝罪であった。


 アルトは教会騎士になる為に、教会騎士団本部ザクルセスの塔へ向かう道の途中、神に選び任された貴族『選任貴族』の領地で残酷な出来事を経験した。それはアルトの世界を揺るがす程の出来事だった。その横暴を止めたいと思い、選任貴族と渡り合える教会騎士『レベナティア』を目指そうと決意した。


 テイゾ大司教はアルトの目指す場所の意味を汲み、レベナティアよりも教会や貴族への影響力が強い聖人の称号を教皇へ推薦した。


「『お前の努力で成した事だ。励め』か」


 聖人の称号を与えられる切っ掛けは、獣人に攫われたバラール地方の大勢の村人を、薬師の知識と現在はアルトにしか使えないマーラの用いた回復により救った事だった。それにより、バラール地方ではアルトを聖人と讃える声が高まった。

 その声と、最初の故郷ゴル村から始まった出来事と、その苦難を乗り切った力と努力を、教皇トゥルスキア四世が評価して聖人と認めた。そして教皇がテイゾ大司教を通してアルトに先程の言葉を送った。


「褒められたわけだけど、怖いなぁ。団長の言葉って冗談だよな。・・・冗談じゃないんだろうなぁ」


 ノーラ地方に出発する前に、教会騎士団長ロベルトから聞かされた教皇の考え方にアルトは震えあがった。


『お前の行動で、生前聖人と認めた教皇の立場が揺らぐ事になったら切り捨てられるぞ。教皇にとって生前聖人の都合の良い切り方は、本物の聖人にする事だ』


 若き教皇の恐ろしさを語る話はまだあった。


『あの教皇になってから何人かの枢機卿が、この世から消えた』


 その意味は誰が聞いても理解をするだろう。

 プルセミナ教会とプルセミナ共和国で強大な権力を誇る存在『枢機卿』。この海千山千の枢機卿がトゥルスキア四世が教皇になってから、数人この世から消えた。教皇の策略家の顔を語るには十分な話だ。


「怖いよ。怖すぎる!」


「兄ちゃん、どうしたんだ。静かにしろ!」


「あっ、すいません」


 馬車の御者に怒られて頭を抱える姿から正す。


 魔物との戦いでさえ勇気を奮えるアルトが、ここまで教皇を恐れる理由があった。


『マードックの弟子であるアルトに自由を与えたら、生命のマーラについて動くだろう』


 教皇がテイゾ大司教との会話で発した言葉だった。テイゾ大司教との会話は、最終的にアルトに伝わると知っての言葉だ。ロベルト団長の解説では、『見ているぞ』という言外(げんがい)のメッセージだった。

 実際にアルトはマードックの諸々の遺言を果たすために、生命のマーラの神髄を学ぼうとしている。


「教皇が気にしてるって、やっぱり生命のマーラの教えを恐れているから?」


 マードックの師匠で、生命のマーラを発見した賢者エウレウムの教えは、教会や国の権力基盤を崩壊させかねない物だった。エウレウムの悲劇で生き残ったマードックの今回の死は、枢機卿をはじめ教会上層部は生命のマーラの教えが潰えたと大喜びしていた。


 だが、教皇は知っている。アルトが生命のマーラの教えを引き継いでいる事を。


 そして、アルトはノーラ地方での用事を終えたら南に行く。それは横目で見ている程度だった教皇を、アルトの方へと振り向かせて大注目させる事になる。教会と静かな対立をしている南部最大の非選任貴族、セレス公爵家の領地エスト・ノヴァに行くからだ。


 マードックは生前、生命のマーラについての資料をエスト・ノヴァに移した。アルトはそこから学び、偉大な師匠の願いである真のマーラの感知者となり、マスターとして後世に教えを繋いでいく重要な使命を負った。


「生命のマーラの教えは、もう俺しか知らない。俺が倒れたら二人の思いが消えてしまう。マスター、エウレウム様。頑張りますね。・・・もしかしたら、本物の聖人になるかもしれないけど」


 生命のマーラを学び、継承する道の行く先に教皇トゥルスキア四世との対決が待っているのかもしれない。


 枢機卿を数人ほど消してしまえる策略家の教皇の心中はわからなくても、強い意志を秘めた草原の様な爽やかな緑色の瞳がアルトの背中をジッと見ている事に変わりはない。そして聖人の任命式で聞いた、涼やかで心地良いあの声で一言いえば、アルトは本物の聖人にされてしまう。


 暇な馬車の移動で色々な想像をしてしまうアルトは、思わず首に下げているミーナとの愛の絆の指輪と、生命のマーラの継承者に渡されていくエウレウムのブローチを握る。


「死んだら世界のマーラになってマスター達に会えるけど、死ぬわけにはいかない!」


 本物の聖人になった時はアルトにとっては嬉しい再会もあるが、教会騎士になった目的と師匠達の継承者としての使命を果たすまでは倒れるわけにはいかない。


「いや。ミーナと結婚もしたいし絶対に生き延びてやる!」


 湿り気を帯びていた母親譲りの灰色の瞳を拭い、決意を新たにする。例え、教会と国の最高権力者がアルトを本物の聖人にしようと来ても、山に隠れて森に隠れてでも生き延びてやると息を吸い胸を張る。


「兄ちゃん、さっきから叫んだり震えたりしているけど大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。教皇が来ても、絶対に生き延びますから」


「教皇?」


「お兄さん、この水を飲んで。ハーブが入ってるから気持ちが落ち着くわよ」


「お兄ちゃん、寒いの? これ貸してあげる!」


 乗合い馬車の優しい乗客達が、色々な物をアルトに渡してくれる。



 ***



 ノーラムに着いたアルトは宿を取って、ある場所に向かう。


「いらっしゃいませ! え、アルト!?」


「メアリー、久しぶり!」


 冤罪による追放事件の際、アルトとラーグを危険な山道を乗り越えて目的地のアカウィル村まで案内をしてくれた恩人に会いに来た。


「久しぶり! 何だか前より男前になったわね!」


「男前かはわからないけど、十八歳だからね! まだまだ、成長するよ!」


 実は男前だと言われて少し嬉しかったが、照れ隠しの為に胸を張る。


「ふふ。ソフィアが大変な事になるわね。それでどうしたの? また、追放された?」


 前半は聞き取れなかったが、後半は心外な事を言われた。


「違うよ! でも、まぁ、追放の方がマシだったのかも・・・。いやいや。またノーラ地方に行く事になって、ここを通るから会いに来たんだ」


「追放の方がマシって何よ。でも、また会えて嬉しいわ。料理とか食べて行く?」


「うん。サウサージとワインください!」


 ここにはいないアルトの背中を見る、爽やかな緑色の瞳に怯えながらも気を取り直してノーラムの名物料理を堪能する。休憩を貰ったのか、メアリーが向かい側に座る。


「それでノーラには何しに行くの? 今の季節は道も問題ないし、大体の所は馬車とかで行けるわよ」


 メアリーに後々、迷惑をかけない様に必要以上に話さずに、大切な人の遺言で東の山を目指していると話す。メアリーはノーラ地方の地図を持って来て、東の山付近を指差す。


「そこだとエルベンの町が一番近いわね。エルベンかぁ」


 複雑な顔をするメアリーに問いかける。


「エルベンの町って、二十年前くらいに大きな反乱事件があったの。廃墟になった町は非選任貴族の領地になったんだけど、実質的に犯罪組織が仕切るようになったわ」


「まさか、二十年前でエルベンの町って・・・」


 マードックの遺書の内容を思い出したアルトは気付いた。


「エウレウム様の悲しみの始まりの地だ」



 ***



 宿のベッドに寝転がりアルトは考えていた。エルベンの町を。

 メアリーからは治安の酷さからエルベンの町は避けた方が良いとアドバイスを貰った。そのルートはあるが、アルトの胸をざわつかせる。


「エウレウム様の悲劇の始まりの地・・・」


 生命のマーラの開祖でマードックの師匠、エウレウム。彼が世界を滅ぼそうと決意した悲しみの始まりの地。


「気になるけど、早くエウレウム様の墓参りを済ませて、エスト・ノヴァにも行かないといけないし」


 マードックの願いである真のマーラの感知者の道はとても長い。現実的に考えるなら、早くエスト・ノヴァに行く方が良い。教皇の目もある。ただ、その現実的な考えがアルトを気持ちを揺らしている。


 その時、アルトの脳裏に聖人に任命された時の光景が過った。


「そうだよ。俺は何で聖人って称号を貰ったんだ。レベナティアを目指したけど、テイゾ大司教が俺の気持ちを察してくれたからだろ。俺は聖人なんだ。人々を助けたいからレベナティアを目指した結果、聖人になったんだ。・・・それならやらないと」


 ベッドから起き上がり、エウレウムのブローチを握る。


「マスターは俺の心を信じて、生命のマーラの道を教えてくれた。自分の心を信じよう」


 翌朝、アルトはメアリーの元に行った。


「メアリー、色々と教えてくれてありがとう。エルベンの町に行くよ。そこでやらないといけない事があると思うんだ」


 その言葉にメアリーは笑い、やっぱり、と続けた。


「アルトなら行くんだろうなって思ってた。これ昨日の内に準備したの。エルベンに行くまでの馬車とか調べておいたわ。まずは、ホワイトランディングよ。そこからこの順番に東に行くと楽だと思う」


 メアリーが渡してくれた地図には馬車の経路などが書かれていた。


「ただし! 東に行く前にアカウィル村に行くこと! そこでソフィアに会ってあげて。アルトがエストに帰った時からソワソワしていたの。可愛い妹の為、アルトを会わせてあげないとね」


「そうだね。折角、ホワイトランディングに行くならソフィアやバーンズ司教にも会っておきたいな」


 その言葉にメアリーは目を細めてアルトをジーッと見て溜息をつく。


「ソフィア、頑張りなさい」


「ん?」


「はいはい! ホワイトランディングへの馬車に乗り遅れない様にしないと!」


 メアリーは手をパンパンと叩きながらアルトを急かす。アルトも乗り遅れない様に急ぐ。


「メアリー、ありがとう! 助かったよ。また会おう!」


「いってらっしゃい! 気を付けてね!」


 ホワイトランディングへの馬車に乗り込みノーラ地方へと行く。エウレウムの悲劇の地、エルベンの町を目指して。

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