託される思い
「マードック。俺の人生って何だったんだ?」
赤色に変わってしまった瞳がマードックを見る。
「魔物に家族も友達も殺されて、それから魔物を一匹でも良いから殺そうと思って強さを求めた。たまたま教会騎士にもなって、すごく嬉しかった。もっと強くなれるって。危険な奴らから、この世界を守ろうと頑張った。覚醒を編み出して、皆を強くした」
縋りつく手は震えていた。恐怖という寒さに震えていた。
「でも、仲間は死んでいった。教会や貴族の玩具にされて、無謀な戦いに何度も行かされた。あんな死に方をさせる為に、皆を強くしたわけじゃないのに」
「わかっています。あなたのお陰で俺達も強くなれました。エレムのお陰で何度も命拾いしました。それで救えた命がたくさんあります。何より、大切な事を教えてくれたじゃないですか。死んでも、大切な人達はマーラになって側にいてくれるって。その教えに俺達は心が救われました!」
「でもな、マードック。俺にはもう感じないんだ。誰の存在も感じないんだよ。家族も友達も仲間も、何より、へリオルとシーレルの存在を感じれないんだ。あれほど、あれほど、大切な存在なのに感じないんだよ。皆、いなくなった。大切なものができれば、ただ失うだけの人生だったのか」
「俺がいます! 俺が側にいます! 俺が永遠の命を見つけて、あなたの命が尽きるまで、あなたの側でお仕えします!」
エウレウムの苦しみに涙を溢しながら、自分の存在を教える様に強く抱きしめる。
「マードック。お前は本当にいるのか?」
「え?」
「何度も生命探知を使っているのに、お前の生命のマーラが見えないんだ。お前だけじゃない。周りのどこを見ても生命のマーラが見えない。へリオルに見せたかった、あの綺麗な世界が見えないんだ」
エウレウムは不安気に周りを見渡し怯えている。弱々しく、小さい子供が怯えているような姿に胸が苦しい。
「・・・命も何も無い世界なら、無くなってもいいだろ」
震えていた体がマードックの腕を解いてスッと立ち上がる。空を見上げて、目をつむる。そのマーラの動きに本能的にエウレウムから距離を取った。今まで感じた事のないマーラだ。
「やめてください! 何をする気ですか!?」
「無くなっていい世界なら、最後は俺が壊す。へリオルとシーレルの命を踏みにじった奴らを、仲間を死地に追いやった奴らを。教会、貴族、平民、人類、亜人種。・・・全部、俺の手で壊してやる!」
エウレウムを中心に放たれる濃密なマーラを感じ、マードックの中に熱が湧き上がった。囁かれるような声が聞こえた。生命探知を使えと。
「エレム、何ですか。それは?」
エウレウムの生命のマーラは以前の様に強い輝きは無くなり、暗闇が体を満たしていた。何もかもを吸い込む様な闇だ。
そして、マードックは何故か理解が出来てしまった。この人は救えないのだと。マードックの生命のマーラが教える。
「これが、あの時の選択の結果なのか・・・」
生命のマーラの道を歩む時、マードックが決めた選択は『命溢れる、この世界を守る』だった。
今、世界中の命を飲み込もうとするエウレウムを倒せ、とマーラが言う。
「なんで。嫌だ」
いくら拒絶をしても、マードックの生命のマーラは強くなる。エウレウムと対峙する為に、力が湧いて来る。
「俺の幻覚でも良い、生きていても死んでいても良い。マードック、お前は俺の側にいてくれ。お前は大切な弟なんだ。へリオルの叔父だぞ。悪くないだろ? 全部おわったら、へリオルとシーレル。お前と俺の四人で、どこか遠くに行こう。こんな雪だらけの場所なんて出て行って、二人に違う景色を見せてやろう」
マードックに手を差し出すエウレウムの顔は幼年エレーデンテの頃によく見た、優しい笑顔だった。
「ごめんなさい、エレム」
マードックは剣を構える。
「何で、俺に剣を向ける」
「エウレウム、あなたに世界を壊せさせない!」
差し出していた手を下げた後に、エウレウムも剣を構えた。
「やっぱり、お前は幻覚だったのか。俺に剣を向けるはずがない。早くあいつを見つけてやらないと。手の掛かる弟だ」
その溜息混じりの言葉にマードックは泣いてしまう。涙を拭き、エウレウムに最後の言葉を、心を込めて送る。
「あなたは、最高の兄でしたよ。そして、最高の師匠でした!」
かつての生命のマーラの達人と、教えを引き継いだ生命のマーラの達人の長い戦いが始まった。
内側から溢れる力のまま戦うエウレウム。数々の手くだで翻弄し、エウレウムが教えた秘術をたくさん使いながら戦うマードック。
マーラの尽きる事のない二人は戦い続けた。しかし、いくらマードックが秘術を使えてもエウレウムは長い間の戦闘経験と使って来る技を理解している。傷を負わされて行くマードックは苦しい状況だった。
だが、エウレウムにほんの一瞬の隙ができた。マードックの動きを見る赤い瞳が、一瞬だけ別の所を見た。全ての力を込めて、隙を突く。その手応えに苦しくなりながらも斬りきった。
エウレウムの視線が外れた場所を見れば、へリオルとシーレルの遺体の場所だった。
剣を投げ捨て息を切らせながら、倒れたエウレウムの側に行く。
エウレウムは空を見ていた。まだ意識はある。
「エレム」
「マー、ドック。みんな、どこに」
「・・・皆、手を握ってます。へリオルとシーレルさんも、家族も友達も仲間も。皆、エレムの手を握っていますよ。温かいでしょ?」
マードックは震えそうな声を頑張って柔らかい声にして話す。エウレウムの内側にあった闇が消えたのを確認して、ゆっくりと自分のマーラを送る。エウレウムに温もりが伝わるように。力強く手を握る。
「・・・あたたかい。あの時と、いっしょだ。みんな、いてくれたんだな」
「はい。皆、側にいます。・・・だから、皆で、遠くに行きましょう!」
「あぁ」
吐息の様に言葉を吐き出し、エウレウムの時間は止まった。
「・・・うわあぁぁぁ!」
悲痛な叫びと共に、マードックの心は凍った。
その後、エウレウムに支配されていた反乱軍は倒れた。誰も生きてはいなかった。
***
遺書を途中まで読んだアルトは、一度、休憩した。勝手知ったるマードックの部屋からお茶を淹れ、静かに飲む。今は、何も考えれなかった。
長い時間を静かに過ごして、お茶は冷めきった。冷たいお茶を飲み切り、続きを読む。
『これが、賢者エウレウムに起きた悲劇だ。
最後に私が送ったマーラで微かにエレムの記憶を読んだ。激しい怒り。たくさんの血。長い悲しみの後にエレムの生命のマーラの輝きが消えていた。それから、外にあるマーラから切り離された状態になったのだろう。孤独になり何も信じれなくなって、マーラの導きの光が途絶えた。
アルト、お前の決めた選択はエレムと一緒なのだろうと想像する。愛する人を守りたい。
エレムはそれを失う事で全てが見えなくなった。最初に発見したはずの世界に満ちるマーラを忘れ、怒り、悲しみ、憎しみ、孤独に溺れて行った。前提となる道を見失い、最後は生命も見えなくなった。失う事の恐れがエレムを闇に墜としたと思う。
だから、決して忘れるな。失う事は恐れる事ではない。生命から抜けたマーラは世界に溶け込む。そして、私達の側にいてくれる事を。エレムが見つけた偉大な教えだ。
きっと私は生前に何度も言っているだろう。マーラを信じろ、マーラに身を委ねろ、マーラの灯を消すな、と。これが理由だ。
エレムが言っていた。マーラを信じるという事は、生命を肯定する事だ。だから俺達は生命のマーラに気付けたんだ、と。
エレムの悲劇とマーラを信じるという意味を、忘れずにいてほしい。これを教訓にしてくれ。
ここからは、アルトへの感謝を記す。
幼い頃に家族と切り離された私は家族を知らなかった。それをエレム、シーレルさん、へリオルを通して家族を学んだ。彼らは家族の様に受け入れてくれた。とても温かい時間だった。もっと早く会っていたら、選択の時にアルトと同じ選択をしていた。
姉の様に慕い、甥の様に可愛がった人達を悲しい形で失った。最後は大切だった兄を、偉大な師匠を、この手で殺した。エレムとの戦い以降、私の力は衰えた。あれほどアルトに言った、マーラを信じる心が揺れ続けた。それか兄を殺した報いなのかもしれない。
そこからは研究に専念する日々だ。あの温かった頃を思い出せるから。
そんな中、アルトに出会った。本当に驚いた。お前の中にある輝きはへリオルかと思うぐらいだ。心が揺れた。この子を鍛えて、後継者にしたいと。エレムと私が作った道を歩ませたいと。だが、恐れがあった。鍛えた先でエレムと同じ事が起きた時、衰えた私が止める事が出来るのかと。それがいたずらに時間を使ってしまった。
だが、決心がついた。アルトの優しさと命を尊ぶ姿を長く見て、この子なら大丈夫だと。大切な人がいると聞いた時は不安が過ったが、それよりも勇気が勝った。優しさと命を尊ぶ姿は絶対に変わらないと信じれた。しっかりと道を教え、いつかはエレムの悲劇を話して、世界と命を見る目の重要さを学ばさせ、真のマーラの感知者にさせる。これが後悔と悲しみで時間が止まった私を動かした。
時にはアルトから学ぶこともあった。弟子を鍛え、弟子から学ぶ。師弟の素晴らしさに心が軽くなった。エレムもこんな気持ちだったのかと想像した。これは教えを伝える事が出来るアルトがいたからだ。
マーラを信じる心が揺れていた私を救ってくれた。またマーラの温かい光を感じれるようになった。本当にありがとう。この思いを手紙でしか伝えれないのが残念だ。
次にアルトへの願いを記す。
エレムの話を聞き、生命のマーラの道が恐ろしくなったかもしれない。道を捨てる選択肢もある。だけど、アルトにエレムと私の道を引き継いでほしい。
エウレウムの優しさと愛情から生まれた、この教えを絶やさないでほしい。この教えを悲劇だけで終わらせたくない。
エウレウムの様に強大な存在にならなくてもいい。私みたいに技をたくさん使えなくてもいい。生命のマーラの神髄を学び、それを新たな後継者に渡していくんだ。
アルト、お前がマスターになるんだ。
机の正面の引き出しを見てくれ。その中に翼のブローチがある。
エウレウムのブローチだ。そのブローチはエレムとシーレルさんの愛の絆。輝く宝石はへリオルの生命のマーラの輝きを現した。そして私が作り直し、決して壊れない様に技を使った。私達、四人の思いだ。これを付けて後継者になって、次代のマスターに渡していってくれ。
もし、教えを引き継いでくれるならエルフの里にも行ってほしい。場所は記してある。そこに簡易的に作った三人の墓所がある。エウレウムの墓に後継者だと報告してやってくれ。アルトならエレムも喜ぶだろう。
最後に。
この部屋とここにある財宝をアルトに譲渡する。この部屋はエレムの仕掛けで認められた人以外には入れない。好きに使ってくれ。ロベルト団長に、この遺書を見せてくれ。取り計らってくれる。エレムと同期生だった団長には、あの事件の真相を伝える時が来たのだと思う。
ここにあるのは、アルトを調査した時の資料と、永遠の命に関する物だけだ。念の為にこの部屋の仕掛けが破られた際の保険だ。本来の重要な生命のマーラに関する資料は全て別の場所に移した。教えを学んでくれるなら、そこに行けば私達の研究資料がある。その時にエウレウムのブローチが鍵になる。
その場所は―――。
アルト、最後まで遺書を読んでくれてありがとう。頼み事ばかりで申し訳ない。
でも、アルトには心から感謝している。この出会いは幸運と奇跡だ。もしかしたら、落ち込んでいる私をへリオルが導いてくれたのかもしれない。あの子には、何度も驚かせられた。
この先、色々な体験をすると思う。辛いこともあるだろう。大切な人の死もあるだろう。だが、失う事を恐れるな。悲しくても、マーラになって側にいる。決して一人じゃない。これは我々、マーラの感知者に許された特権だろう。
辛い時は、瞑想をするんだ。そうすれば皆の存在を感じられる。
アルト、さよならは言わない。私は見守っている。いつか、会おう』
読み終えたアルトは、机からブローチを出した。
金で造られた翼のブローチ。羽の根本部分には大きな輝く宝石がはめ込まれている。だが、光は反射しにくい様だ。これなら任務の時も光で目立たずに行動できる。これがマードックの技の影響なのだろう。
「エウレウム様、マードック。二人の道を引継ぎますよ。俺が、マスターになります。二人の様に偉大なマスターになれるかわかりませんが、生命のマーラの神髄を学んで真のマーラの感知者になります。それを次に繋いでいきますね」
アルトはブローチを胸に付けて、手を当てる。
「エウレウム様、シーレル様、へリオル君、マードック様。どうか、四人のご加護をください。このブローチに恥じない様に頑張ります」
かつて、エウレウムが座りマードックが座っていた椅子から立ち上がる。
悲しみはなくても、寂しさに沈んでいた心も立ち上がる。
「一人じゃない。皆がいる。・・・よし、やる事は決まった! まずはエウレウム様に報告だ。その次は行こうか。エスト・ノヴァに!」
読者のみなさまへ
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