エウレウムの悲劇
エウレウムに抱えられた子供は綺麗な銀髪で黄色の瞳をしていた。エウレウムと同じ髪と瞳だ。少年は美少年という言葉が合う程の美しさだった。
だが、一つ違うのは耳に特徴があった。尖った少し長い耳だ。
「エレム、その子は?」
「俺の息子のへリオルだ。可愛いだろ?」
「いやいや! そうじゃなく。その子もこの子も、エルフですよね?」
「あぁ。エルフの妻シーレルとの子共だ。こっちはへリオルの友達のフィネル」
エウレウムはへリオルを抱えていない方の手で足にしがみついているフィネルの頭を撫でる。
「お父さん、このおじさんは誰? お父さんが今日来るのは見えたけど、おじさんは見えなかった」
へリオルはエウレウムの首に手を回し、不思議そうにマードックを見る。エウレウムは息子の発言に笑っていた。
「マードック、おじさんだって。くくっ。時は残酷だな!」
「まだ二十歳です! いや、違う。そうじゃなくて。頭がついて行かない・・・」
「まぁまぁ。寒いから家に行こう。ほら、フィネルもおいで」
二人の子供を連れてエウレウムは先を行く。頭を抱えて混乱していたマードックは慌ててついて行く。
「二人共、こんな所まで来ちゃいけないだろ」
「だって、お父さんがここを通るって見えたから、隠れて待ってたの」
「エレムは何で私達が隠れてるってわかったの?」
「んー、秘密!」
和やかな親子の会話を聞きながら、どうしたものかとマードックは悩んでいた。
へリオルが隠れていた場所から少し進むと、小さな集落が見えて来た。
「ここがエルフの隠れ里だ。こんな所、普通は来ないから誰にも気付かれなかったんだよな。家に行こうか」
里に近づくと他のエルフがマードックを警戒したように見る。マードックはいつ襲われるのかと冷や汗を流す。通常、エルフは人前に姿を現せない。昔、エルフの故郷であるサラザール島から大陸東方のプラド地方に入植した。その後、プルセミナ教会の弾圧を受けて町を捨てて、森や山奥に隠れた。
「エレム、その人間は?」
「俺の弟子だ。驚かせてごめんな。こいつ良い奴だから気にしないでくれ」
道を通る度に誰だと聞かれ、エウレウムは答える。
「へリオル、今日のお母さんの料理は何が見える?」
「えーとね。お肉が入った赤くて熱い飲み物!」
「シチューか。お母さんには内緒だぞ」
「うん!」
マードックは親子の会話の意味がわからずに、悩みながらついて行くと家に着いた。
「ただいま!」
「ただいまー」
「え、エレム? 帰ってきてたの!?」
「あぁ。さっき、へリオルと会った」
家の中には、とても美しい美女がいた。淡く美しい金髪とアメジストをはめ込んだ様な瞳。エルフは総じて美しいが、目の前の女性は群を抜いている。
「もう! へリオル、お父さんが帰って来る事を隠していたでしょ!」
「だって、お父さんをビックリさせるのに秘密にしないといけなかったもん。ごめんなさい」
パンと両手を合わせて謝る。へリオルの謝り方はエウレウムとそっくりだった。
(本当に親子なんだな)
「・・・それと、後ろの人間は?」
エウレウムの妻シーレルは警戒したようにマードックを見る。
「ごめん、ごめん。俺の弟子で後継者のマードックだ。良い奴だから気にしないでくれ」
「・・・もう。その、マードックさん。妻のシーレルです。いらっしゃい」
「あ、はい。マードックです。お邪魔します」
こうして、エウレウムの家族とマードックは対面した。色々と驚きすぎて言葉も出ずに固まっていると、エウレウムは指を差して笑っていた。
夜になり、エウレウム家族とマードックは夕食を共にした。へリオルが言ったように肉の入ったシチューが出て来た。へリオルはエウレウムに向かって人差し指を口に当て、しーっと言った。それを見たシーレルは溜息をつく。
エウレウムとマードックは食後に暖炉の側の椅子に座り、酒を飲んでいた。エウレウムの膝にはへリオルが座り、両手から光の粒をフワフワと出していた。
「その、やっと落ち着いて来たので聞きますけど。へリオル君がさっきから出している光の粒は何ですか?」
「これはマーラだ。まさか自分の子供が、こんなに強い生命のマーラを持って操れるなんて思わなかったよ。お前にも教えただろう。マーラの移動を。それを発展させた物だ。うちの子、可愛くて、マジ天才」
驚きすぎて、酒の入ったコップを落としかけた。自分でも出来ない技を小さい子が操っているなんて。へリオルは父に頬すりをされて喜んでいる。
「だけど、もっと驚くぞ。この子は未来予知が出来る。あー、何やってるんだよ。この酒、高いんだぞ」
次はコップを落とした。慌てて立ち上がり、床を拭こうとするとシーレルがやってくれた。
「すみません!」
「いいのよ。この人、突拍子も無い事を言うから苦労するでしょ?」
「はい。本当に苦労してます」
「こらこら、本音が出てるぞ」
座り直して、話を戻す。
「未来予知なんて、おとぎ話でしょ?」
「ハッキリとは見えないらしいが未来予知が出来てる。今日、俺が来る事と夕食のシチューといい。本当に未来が見えているんだ。話せるようになってから知ったよ。それと俺達が使っている生命のマーラの技は、発見して開発した物もあるが、最近はへリオルが使っていた物が原型なんだ。それを磨いて俺達でも使えるようにした」
思わず呼吸が止まってへリオルをずっと見ていた。
「神なんて信じてなかったけど、信じざるを得ない様な奇跡だよ。でも、そんな事を抜いて」
エウレウムはへリオルを抱きしめた。そして、呟く。
「愛おしい。とても愛おしい」
家族の顔も声も忘れてしまったマードックだが、今のエウレウムの顔が父親の顔なのだと思った。
へリオルが眠りそうになったので、シーレルが抱きかかえる。その二人をエウレウムは優しく微笑みながら見る。暖炉の明かりに照らされた、この三人の姿を見てマードックの心が揺れた。
マードックも生命のマーラの道を歩む時に、選択をする事になった。そして今の光景を見て、その時の選択を後悔しはじめた。
その後、三日間をエルフの里で過ごしてシーレルとへリオルとも仲良くなり温かな時間を過ごした。
「エレム、ブローチがズレているわよ」
「お。ありがとう」
へリオルと遊んでいたエウレウムの、赤い宝石がはめられた翼の形をしたブローチを直した。隙を突きシーレルに口付けする。赤くなるシーレルに怒られながら、二人はエルフの里を出た。
「なぁ、マードック。命の時間の長さで言えば、俺はシーレルとへリオルよりも早く死ぬんだ」
「・・・そうですね」
「俺が死んだ後、二人の面倒を見てくれるか?」
「えっ。でも、俺だって二人より早く死にますよ」
「そうだな。俺が生きている間に完成すればいいが、ある研究をお前に託す。そして、完成したらその技を使って二人を守ってほしい」
「研究?」
「あぁ。・・・永遠の命を手に入れる研究だ」
そのエウレウムの言葉から、二人の長い研究生活が始まった。切っ掛けはエウレウムが見つけた文献だった。それがあった場所には、青白い光で形造られた人がいた。それは何をするでもなく反応も無く、ただ立っていた。気になったエウレウムはその場所を調べ尽くし文献と資料を見つけた。不老不死の研究をしていたのだ。
「その時に、生命のマーラの気付きに繋がったんだ。生命のマーラの道に永遠の命がある」
その頃には、シーレルと出会い結婚していた。
そして生命のマーラを見つけて歩んだ時に、エウレウムが選んだ選択は、『愛している人を守りたい』だった。エルフという人間よりも、圧倒的に長い人生を送る大切な人を守りたい。側にいたい。へリオルの誕生によって、その気持ちは強くなった。教会から禁止されても、自分の後継者になる人材を見つけ研究を続けた。
マードックも一人前の下級騎士となり、独り立ちをしたがエウレウムと研究を続けた。その間も、エウレウムの小間使いとしてエルフの里に行ったりと、エウレウムの家族とエルフ達と仲良くしていた。
そして、マードック、二十二歳の出来事だった。
「エレム、ブローチの宝石が濁ってますよ。宝石って色が濁るんでしたっけ」
「・・・本当だな。大事な物だから、職人にでも見てもらって来る」
その時のエウレウムの様子のおかしさと、一緒に行かなかった事がマードックの生涯の後悔となった。
その日以降、エウレウムが自室に戻って来る事はなかった。
長い間、帰ってこないエウレウムを心配しながら研究をしていると、ザクルセスの塔が大騒ぎになっていた。
「教会騎士が司教を殺したらしいぞ。エルベンの町だ。それから町の人が急に暴れ始めて大変な事になってる!」
(エルベンの町って里に一番近い場所。それに教会騎士って、まさか)
マードックの頭に過ったのはへリオルを抱きかかえて屈託のない笑顔をする師匠の顔だった。マードックは研究室に入り、嫌な汗と激しくなった鼓動が落ち着くまで待った。
「待て、待て。一度このまま塔にやって来る情報をまとめよう。それからでも間に合うな。エレムなわけないよな」
その後も入って来る情報は緊迫感を増した。エルベンの町を中心に暴動は起こり、最早、反乱の規模になった。西に侵攻した反乱軍を鎮圧に向かった領軍も何故か反乱に加わり、選任貴族を殺してしまった。
「教会騎士から討伐達が派遣されるそうだ」
「そうだな。もう領軍とかの手に負えないだろう。平民を殺す事になるのか・・・」
反乱の状況を聞きマードックは青ざめた。心当たりがあったからだ。自分の力に。自分達の力に。マーラを使って人の意識を支配する技に。そしてこの技を使えるのは、自分とエウレウムだけだった。
「違う。違う。あれだって、二人程度しか操れないのに。反乱を起こせるほどの力なんて・・・」
しばらく経って連絡が入った。
「討伐隊が壊滅したらしいぞ。逃げ延びた人が言ってたが、反乱を起こした教会騎士はエウレウム様だった」
その報告に倒れそうになる体を必死に支えた。そして、気付いたのだ。エウレウムが常に付けていたブローチの宝石の正体に。
「バナナイト石だったのか」
バナナイト石。対象の血を石に付けると赤く染まる。その石が赤色から濁ったり白くなると血を与えた対象者が命の危機に陥っていると示す。そして割れた時は、死を意味する。
遺書を読んでいたアルトは思い出した。かつて、ゴル村の戦いの前夜にミーナに渡された石だ。
エウレウムがバナナイト石に誰の血を付けたか考えるまでも無かった。
マードックは急いで反乱が起きたノーラ地方に向かった。行く町々で反乱の話を聞いた。教会騎士が起こした事は知られていなかったが、ノーラ地方の東部は混乱状態だった。
反乱軍が侵攻している場所に着くと悲惨な光景だった。平民や領軍など様々な人が意識を支配された状態で、襲った町の人々を根絶やしにするが如く殺していた。マードックはその中からエウレウムを見つけるために生命探知を使うと、吐き気に襲われた。
町の人々の光り輝く生命のマーラは次々に消えてゆき、反乱軍が持つ生命のマーラは消えて黒い何かに支配されていた。その空気に当てられて吐き気に襲われた。ただ、わかる事があった。あれは動く死体なのだと。
「エレム、どこに」
乱れる呼吸を落ち着かせ、反乱軍が過ぎ去った場所に行く。そこで、短い時間だがその場所の過去を見る技を使う。
「やっぱり、ここにはいたんだ」
その作業を繰り返しながら、場所を追っていくと気付いた。
「里だ」
里に向かい近づくにつれて感じた事のない重圧感がある。魔物と戦った時でも感じた事のないものだ。ただ確信は持てた。エウレウムは里にいると。
初めてへリオルと会った場所を過ぎると里が見えた。家は崩され黒い煙が上がっていた。
「エレム」
二つの遺体の前にたたずむ人の名を呼ぶ。
「・・・マードック」
小さな声で名前を呼ぶ。
「シーレルさんとへリオルですよね?」
問いかけた理由は、体の大きさでしかわからなかったからだ。
「二人共、俺のマーラをいくら送っても、傷も治らなくて意識も戻らないんだ。俺の技は世界一なのに。マーラが尽きるまで送ったのに何で二人共、動かないんだ?」
エウレウムの憔悴しきった顔に、二人の変わり果てた姿に涙が止まらなかった。
「なぁ、これ見ろよ。バナナイト石だって、赤いままで割れてもないんだぞ。生きているはずなのに、なんで目を覚まさないんだ」
エウレウムが見せたブローチのバナナイト石は、白くなり割れていた。
「へリオルだって、幸運の塊なんだ。奇跡の塊なんだ。へリオルってのは、シーレルの部族の言葉で幸運って意味なんだ。だから、へリオルも何とも無いはずなんだ。あんなに神に加護を受けたような、生命のマーラを持つこの子は、病気にだってかかった事はなかった。なんで今は動かないんだ?」
エウレウムの言葉一つ一つを聞くたびに胸が苦しくなった。もう見えてる世界が違うのだと。
「マードック、知恵を貸してくれ。わからないんだ。この状態は見た事がないんだ」
マードックは涙を拭き、息を大きく吸い、エウレウムに伝えた。
「バナナイト石は、白くなって割れてますよ。シーレルさんもへリオルも、生命のマーラも消えています」
「何、言ってんだ?」
ここに来てから初めてマードックの方を向いた顔は、乾いた血で汚れて黄色の瞳は赤色に変化していた。
「よく見ろ。輝きはあるだろう。少し弱くなっているだけだ。目を使う技を使い過ぎて、調子が悪くなってないか?」
それならどれほど良かっただろうと思いながら、言わなければならないと覚悟を決めて、次の言葉を伝えた。
「エレム。二人共、死んでいます」
エウレウムのまとっている空気が変わっていく。この空気に飲み込まれない様に必死で堪える。
「何で、そんな事を言うんだ。俺はお前に命を見る目を与えただろう? これが見えないのか!」
マーラが放たれているのか、焼き崩れた家や周辺の地面や岩が揺れた。
「落ち着いてください。二人はもう死んでいるんです!」
「・・・この、バカ弟子が!」
エウレウムが突き出した手からは衝撃波が放たれた。とっさに剣を地面に突き刺し吹き飛ばされない様にした。
「お前に全てを教えたぞ! 全てだ! 俺の進んだ道を教え、技を教えた。お前を鍛えたのは俺だ。俺に見えるものが、お前に見えないわけがないだろうが!」
エウレウムの叫びが里に響き渡る。
「何故、二人の輝きが見えない。・・・何で、二人の中が輝いていないんだ?」
膝から崩れ落ちたエウレウムをマードックは抱きしめる。
「そうです。二人の生命のマーラの輝きはありません。だから、もうやめましょう。今、あなたの技で大勢が死んでいってます。もうやめましょう」
茫然としているエウレウムを抱きしめ、やめよう、と繰り返す。
「・・・いいじゃないか、死んでも」
「エレム?」
「あいつらは、二人を薬の材料にしようとしたんだ。エルフの体が長寿の薬になるって伝説を真に受けたんだ。子供のエルフは全てが薬になるからって、全て取り抜かれた。何もかも。へリオルも。他の子も。シーレルは、俺があいつらの所に行った時はもう死んでた。へリオルは未来予知が出来るんだぞ。これから自分に起こる事、シーレルがされる事。どんなに怖かったか。あいつらが言っていた。シーレルはへリオルの目の前で。それで」
「もう、思い出さなくてもいいです! 何も思い出さないで。何も考えないで」
エウレウムを強く抱きしめる。この人が何も思い出さなくてもいいように。この人が何も考えなくていいように。自分の気持ちが伝われと、ありったけの思いで抱きしめる。
「二人は助けれなかったけど、あなただけは俺が守ります。技を解除したら、二人でどこか行きましょう。セレス地方なんか、どうですか? 暖かくて、珍しい物もあります。いつか任務でもいいから行ってみたいって言ってたじゃないですか。途中で、ニクスの花が咲いてるオアシスにも行きましょう。あのオアシスの水は大陸一美味い水だって言いましたよね。本当か確かめたいので俺を連れて行ってください」
マードックの言葉を聞きながらエウレウムは初めて涙を溢した。抱きしめる腕を弱く掴む。
「・・・意味がないんだ。もう全部、意味がないんだ」
「どういう事ですか?」
「俺の人生って何だったんだ?」
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