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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第一章:暗闇の弓矢
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エウレウムの秘密

 ウェールド地方での任務を終えたアルトは、ザクルセスの塔に帰還した。任務の報告の為に指令部に向かった。書類には任務の報告とマードックの死亡を記載しないといけなかった。


「これを出したら、マスターは死んだ事になるのか」


 自室で書いた書類を出せば、マードックの死は皆が知ることになる。アルトはサラールからマードックがどんな存在だったか少し聞いた。含みのある言い方だったが、マードックの死を喜ぶ人もいる。


「そんな人達に知らせたくないけど、やらないとな」


 重い腰を上げて、指令部へ報告書を提出した。書類を受け取った受付の人は、一枚目の概要の中にある被害の欄を見て目を見開いた。その後、顔を上げてアルトを見る。


「この、被害の欄は間違いないですか?」


 アルトの小さな返事を聞き、長い沈黙の後にアルトを近くの椅子に座らせて、書類を持って奥へと行った。

 長い時間を待たされていると、最初の受付の人が申し訳なさそうにやって来た。


「お待たせしてすみません。上官からの伝言です。あとでアルトさんを呼ぶので自室で待機するようにとの事です」


 去ろうとするアルトを思わずといった様子で引き留めた。


「あの、本当にマードックさん。いえ、マードック卿は死亡したのですか?」


「はい」


 消え入りそうな声で、そうですか、と呟き席に戻って行った。


 自室に戻ったアルトはミーナの指輪を掌で転がしながら呼ばれるのを待っていた。


「マスターの部屋の整理とかしないといけないのかなぁ」


 たくさんの書類、資料、道具。マードックの研究の賜物(たまもの)がどうなるのかと、少しの不安も抱えながら先々にやる事を考えていると扉がノックされた。


「アルトさん、ロベルト団長がお呼びです」


「団長が?」


 マードックとの引き合わせ以来、会う事がなかった人に呼ばれて少し驚いた。案内に従いついて行くと団長室に着いた。中に通される。


「久しぶりだな、アルト」


「お久しぶりです。ロベルト団長」


 ロベルトはアルトを椅子に勧め、向かい側に座る。


「報告書は読んだ。大丈夫か?」


「マスターの死は受け入れています。それに、また会えますから」


「また会える? それはマードックの教えか?」


「はい。それと遺言で『マーラと共に道を進めば、また会える。死を悲しむな。それとお前には救われた。弟子になってくれてありがとう』と言われまして。マスターが教えてくれた道の先で会えるのだと思っています。寂しくはありますが、悲しみはありません。だから、大丈夫です」


 ロベルトはアルトの様子を強がりではなく、本心なのだと理解した。

 一つ溜息をつき、背もたれに寄り掛かる。


「生命のマーラか。天才達が見てる世界は、凡人には理解が難しいな」


「そうですね」


「ふふ。お前も天才側だぞ。マードックの教えから生命のマーラへの道を歩め、技も使える。私も何度も挑戦したが、まったく手応えがなかった。あいつらの言う、マーラを信じるというのはいくら長年マーラと親しみが合ってもできない。とても難しい道だ。自分の才能を自覚しろ」


 そこからロベルトはいつもの厳格な雰囲気から力が抜けて、悲しみとも寂しさとも取れる表情を浮かべた。


「救われたか。そうか、救われたんだな。アルト、感謝する。あいつの弟子になってくれて」


 ロベルトはアルトに頭を下げる。マードックの遺言で後半の部分は意味がわからなかったが、ロベルトには意味がわかっているようだった。


「頭を上げてください! それに俺を弟子に選んでくれたのはマスターです」


 微かに笑いアルトを見る。優しい眼差しを向けられ、こんな表情もするのだと意外に思った。


「お前にとって幸か不幸かは別にして。アルトというマーラの感知者がいて、エレーデンテ達の中で力を発揮して大勢の目に留まった。もしかしたらと思いマードックに引き合わせれば、あいつはお前の中にある力を見抜き初めての弟子をとった。そこから、マードックの時間が動き始めたんだ。アルト、お前という存在があったからこそなんだ。まるで運命だ」


「・・・俺には、遺言の後半の意味がわかりませんでした。団長は知っていますか?」


「知っている。だが、事件に対処した関係者が知っている程度の事だ。もしかしたら、詳しく書いた物があるかもしれない。遺書とかは聞いているか?」


「マスターの部屋にあると聞いています」


「そうか。お前はあの部屋に入れるのか?」


「はい。何度も資料を取りに行きましたが?」


「あいつの部屋は前の持ち主が細工してな。選ばれた人しか入れなくなっているんだ。私でも入れない。まぁ、ゆっくり部屋を探してみろ。しばらく任務を与えない。マードックの死の影響は大きいからな」


「ありがとうございます」


 ロベルトとの話し合いは終わり、アルトは早速マードックの部屋に向かった。部屋の扉の前に立ち、ドアノブを回して開ける。


「入れるよな?」


 何事もなく入れた。改めて部屋を見ると、主にマーラに関する資料で溢れていた。マードックがいつも座っていた椅子に座り、言われていた通り机の引き出しを開ける。そこには厳重に封がされた遺書があった。封を取ろうとしても開けれず、困っていると隅に文字が書かれていた。


『生命探知を使って開けろ』


 疑問に思いながらも生命探知を使うと、封を開ける方法が浮き上がって来た。


「こんな事にも使えるんだ」


 封を開けて遺書を取り出した。そこには、『アルトへ』と書かれていた。一度、深呼吸をして遺書を読む。


『アルトへ。


 こちらの遺書を読んでいるという事は、私は何かしらの理由で死んだのだろう。まずは、その出来事からお前が生き残ってくれた事に安心する。


 これはアルトに生命のマーラの道を教えて、生命探知が使えるようになった時期に書いた遺書だ。

 ここには、一つの悲劇とアルトへの願いを書いた。


 これから記す悲劇から学びを得て、アルトの進む先であの悲しみを繰り返さないように。そして、いつかアルトが誰かに生命のマーラへの道を教える時の教訓として活かしてほしい。


 それでは記す。我が師、賢者エウレウムの悲劇を』



 ***



 二十五年前―――


 マードック、二十歳。


 幼年エレーデンテとしてザクルセスの塔で教育を受け、通常のエレーデンテ教育を終えた十八歳の時、上級騎士エウレウムの下で下級騎士として修業をしていた。修業期間と定められている三年の内、二年目を迎えた年だった。


「マードック、感じるか。この流れを」


「はい。温かく落ち着きます」


 エウレウムはマードックと両手を繋ぎ、マーラの移動を教えていた。


「移動してる感覚を覚えておくんだ。今は、循環させているが自分の生命のマーラを一方的に他者へ移す事が出来る。移された相手は生命のマーラが活性化して、一時的だが体が持つ治癒力や精神力が向上する。体と心を癒す事が出来るんだ」


 エウレウム、三十二歳。


 当時、『女神サドミアの恩寵として体にマーラを宿す者』をマーラの感知者と定義していた教会に衝撃を与えた天才。



 現在では、マードック以降の世代でエレーデンテ達に教えられる『マーラの覚醒』は、彼がまだ若き下級騎士の頃に発見した物だった。

 家族や故郷を魔物に滅ぼされ唯一生き残ったエウレウムは、常に強さを求めた。偶然にも、自分がマーラの感知者となり訓練を受けて当時の基準で強くなったが、強さへの渇望(かつぼう)は止まらなかった。


 マーラの感知者が強くなる為には、マーラが重要だと考えた彼は、内に宿るマーラの探求を始めた。

 その結果、霧がかった視界で見るようなマーラの存在を『覚醒』によって、鮮明にマーラを認識して使う事が出来た。それは覚醒前よりも身体強化や直感力を向上させた。一緒に研究をした仲間達の協力もあり覚醒の体系化も成功した。


「何でこんなにも温かいんだ? この存在は何だ?」


 覚醒した後から、エウレウムは自分の中だけではなく外の存在の変化を感じ取った。

 だが、それを考える時間を周りは与えなかった。異教徒、魔物との戦い。共和国への反乱の鎮圧。覚醒を経て強さを増した教会騎士は各地で求められた。


「皆、ごめん。助けれなくて、ごめん」


 多くの戦いは、多くの血を流す。エウレウムは仲間の遺体を抱きしめて涙をたくさん落とした。仲間を助けれなかった悲しみ、失う悲しみが、エウレウムの目を曇らせていく。そして遂に、エウレウム自身が倒れる日が来た。


「みんな。また、あえる」


 血を吐き地面に倒れるエウレウムは漠然と家族や仲間達と会えると思った。それは教会の教えでそう思ったのか、朦朧(もうろう)とする意識ではわからなかった。だが、奇跡を見た。光の粒がエウレウムを包む。死んだ家族や仲間達が現れて自分に手を伸ばしていた。


「手を取ればいいの?」


 この手を取れば、皆の元へ行けると思い手を取った。心地良い熱が体を満たす。良い最期だと心を満たしていた。だが、消えかけた意識が戻ってきて痛みも無くなり、苦しかった呼吸が楽になった。自分の傷が治った事に気付く。戸惑いの中、周りを見ると家族や仲間達が光の粒となり消えかけていた。


「待って! 皆、行かないでくれ!」


 彼らを掴もうとするも光の粒は掴めない。優しく微笑みエウレウムを見つめる人達は消えて行った。


『側にいるわ』


 死んだ母の声が頭に響く。消えて行った光が残した感覚に覚えがあったエウレウムは、全力でマーラを使い直感力を高めた。


「これは、マーラ?」


 この経験がエウレウムを変えた。直感力を高めれば感じる温かさ。エウレウムが亡き家族や仲間達との繋がりを感じ、強さに固執する気持ちを和らげて行った。

 長い瞑想の末、世界に満ちるマーラに気付いた。そこからマーラへの理解は深まった。


「世界のマーラと俺の中にあるマーラには、どんな違いがあるんだ。あの時、マーラの感知者じゃない人もいた。もしかして、生命にマーラが宿っている?」


 生命の研究。生命のマーラへの道が見えた瞬間だった。

 任務の(かたわ)ら、各地のマーラに関する物を求め研究をした。長い研究の末に、『全てのものにマーラは宿っている』と確信を得た。生命のマーラの道を歩んだのだ。


「この研究は危険だ」


「教会の権威を落とすことになりますぞ」


 プルセミナ教会の支配者である枢機卿、選任貴族はエウレウムの研究結果を恐れた。

 教会は『女神サドミアの恩寵として体にマーラを宿す者』をマーラの感知者と定めている。

 選任貴族からマーラの感知者が誕生した時は権力闘争の末ではあるが、未来のプルセミナ教皇が誕生する。


 貴い生まれの血を引き、女神の恩寵を受けているマーラの感知者だからこそ、プルセミナ教皇は権威と共和国を統治する権力を与えられる。その権力があるからこそ、選任貴族は貴い生まれの者達として存在する。


「平民や亜人種にもマーラが宿っていると知られれば、我々の権力は崩壊する」


「ダメだ。それだけはダメだ!」


「非選任貴族と平民の反乱が起きるぞ」


「セレス公爵にだけは絶対に知られるな!」


 教会の上層部による命令と選任貴族達の圧力で、生命のマーラは研究を禁じられ秘匿とされた。

 だが、エウレウムは止まらなかった。それは彼が、生涯をかけて守ると誓った者がいたからだ。


「マードック。ノーラの東の山に行こう!」


 最年少で上級騎士となったエウレウムは数年の後、マードックを弟子に取った。

 禁じられ秘匿とされた生命のマーラの教えは、禁じられる前からマードックに教えられていた。二人は秘密裏に研究を継続した。

 この頃、マードックは生命のマーラの道を歩み、生命探知やマーラの移動など技をいくつか使えるようになっていた。


「それなら、ノーラ地方の任務を取ってきますね。そのまま準備してくるので、エレムも準備していてください」


 部屋を出たマードックを見て、エウレウムは不破のローブに付けられた宝石付きブローチを撫でる。旅先で起こる出来事にマードックはどんな表情をするのかと楽しみにしていた。


「疲れた。エレム、俺に任せすぎです。というか、スピナーを投げてきましたよね!?」


 ノーラ地方の東側にある遺跡の調査で、二人は魔物の群れと遭遇した。マードックを一人で戦わせながらエウレウムは静観した。途中、エウレウムに向かって来たスピナーをマードックの方に投げ飛ばした。


「スピナーだから良いけど、他の魔物だったら不意打ちなんて当然のようにやってくるんだ。俺が後ろにいるからって油断し過ぎ」


「そうですけど・・・」


 エウレウムの正論にマードックは反論できずに口ごもる。そんな弟子の前に進み遺跡の調査をした。


「よし! 仕事も終わったし、東の山に行こう」


 生命のマーラの発見からエウレウムの動向は注意が払われて、外に行くにも理由が必要になり始めた。

 本来の目的の為に、二人は険しい山を登っていく。


「そろそろだ。ん? 隠れているのか」


「ここに何があるんですか?」


「生命探知を使ってみろ」


 マードックは言われた通り生命探知を使うと驚いた。


「ちょっと待ってください。すごい輝きですよ。エレム以上です!」


 マードックの視界には目を細めてしまう程の生命のマーラの輝きを持った小さな人がいた。他にも普通程度の輝きを持った小さな人がいる。二人が行く先の雪の小さな山に潜んでいる様だった。


「お前の目も良く見える様になってるな。よし、先手で驚かせてやろう。静かにな」


「えっ、近づいて大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫」


 雪の中、限りなく足音を消して二人は近づいて行く。マードックは初めて見る存在に緊張した。


「わっ!」


「うわぁぁぁ!」


 雪の中から厚着をした子供が出て来た。


「び、びっくりしたー」


「ははは。さぁ、お前も出て来い」


 もう一つの小さな雪山からも子供が出て来た。


「もう! 驚かそうと思ったのに」


「詰めが甘いな。ほら、来い」


 強烈な光を持つ子供はエウレウムに抱えられる。


「先に来るなんてズルいよ。お父さん」

読者のみなさまへ


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